依頼者とともにイーブイのスタッフが仕分けする様子(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

シングルマザーと小学生の娘が住む一軒家の2階は、部屋が3つもあるというのに誰も立ち入ることのない、この家における「禁足地」のような場所になっていた。母も娘も「2階が怖い」と口を揃えて言うのだ。そんな使われなくなった部屋には、どんどんゴミが溜まっていった。

本連載では、さまざまな事情を抱え「ゴミ屋敷」となってしまった家に暮らす人たちの“孤独”と、片付けの先に見いだした“希望”に焦点をあてる。

YouTube「イーブイ片付けチャンネル」で多くの事例を配信するゴミ屋敷・不用品回収の専門業者「イーブイ」(大阪府)がこの一軒家を訪れると、依頼主の母親は人が変わったように不用品を捨て始めた。片付けができない人でも、ひとつのきっかけ次第でゴミ屋敷の生活から脱することができる。

動画:「これを見て勇気を出してほしい」母子2人で困難を乗り越え汚部屋の片付けを決意

2階の部屋に怖くて入れない母と娘

「ゴミ屋敷の住人の中には、“あの部屋がなんとなく怖い、あの部屋にはなんとなく入りたくない”と、あるひとつの部屋を極端に避ける方がいらっしゃいます。中には精神的な病を抱えている方もいらっしゃいますし、霊的なものって証明ができないので、私たちはあまり突っ込まずに片付けるようにしています」

そう話すのはゴミ屋敷・不用品回収の専門業者「イーブイ」社長の二見文直氏だ。イーブイが配信している過去の動画を見ると、今回の依頼主以外にも「あの部屋が怖い」と話すゴミ屋敷の住人は何人かいる。

とくに多いのは屋根裏や2階など階段の先にあるスペースだ。怖くて使わなくなった部屋には自然と不用品が溜まっていき、より一層その部屋を使わなくなる。すると、その部屋に対する負のイメージが脳に植え付けられ、さらに怖さが増していくのかもしれない。

2階には使わなくなった大型の家具が詰め込まれた部屋が2つ。いらなくなった服や生活用品が入ったゴミ袋が床に並んだ部屋が1つ。主に生活している1階で不要になったモノをまとめ、そのたびに2階へ押し込んでいると言った。


モノであふれた2階(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

100円ショップで生活雑貨を大量に買ってしまう人

玄関こそ多少サンダルや靴が散らかっているだけだが、廊下を抜けてリビングに入るとその光景は一変する。真ん中に置かれたダイニングテーブルには、食料品だけではなく書類やスプレー類や生活用品が散乱している。まとめて押しのけないことには食事をすることもできない。ダイニングチェアーの上にもどっさり荷物が乗ったままだ。

食器棚の周りにも紙袋の束、書類、チラシ、空き箱などが積み上げられ、腰より下の収納は開かない状態だ。リビングの奥にある寝室には母と娘が2人で寝ている布団が1枚敷いてある。その周りもモノで埋め尽くされ、脱いだままの服や、鞄や書類などがあちこちに放り投げられている。

「この家はとにかく生活雑貨が多かったです。部屋がモノであふれかえってしまう人たちには、100円ショップなどで買える安い生活雑貨が大量にあるという共通点があるように思います。“100円だし使わなかったら捨てればいいや”という気持ちで頻繁に買ってしまうみたいです」(二見氏)

片付けが苦手な人が買いがちな生活雑貨は、同じ機能のモノ(ハサミが3つも4もあるなど)と収納用品だ。本棚、カラーボックス、衣装ケース、小物キャビネット、書類ケースなど……、片付けるためのモノでも多すぎるとかさばるだけ。加えて、押し込む場所が増えれば増えるだけモノも増えていってしまう。


積み上がった不要なモノ(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

使わなくなった子どものモノを捨てられない親たち

ほかにも、子どもの成長とともに家がモノ屋敷化していってしまうケースもある。「思い出まで捨てるわけではない」とはよく言うが、子どもがよく遊んでいたおもちゃ、いつも着ていた服、保育園で使っていたモノ、小学校の教科書や宿題……。

子どもの成長を示す思い出のモノたちはやはり捨てづらい面がある。この家にも2階に並べられたゴミ袋の中には子どもの服が多くあった。

「子どもも急激に成長していくのでモノがめちゃめちゃ増えてきて。子どものちっちゃい服とかも売ろうとか思っていたんですけど、全然追いつかず。歴代のものがそのままの状態になっているっていう感じです」(母親)

二見氏いわく、子どもが親のモノを捨てられないケースは稀で、親が子どものモノを捨てられないケースがほとんどだという。そのため、子どもが実家を出た後も歴代のモノたちでパンパンになっている部屋を片付ける依頼は非常に多いそうだ。

「勝手に捨てるのではなく、“もう捨てていいんじゃない?”と子どもが認めてあげるっていうのが大事だと思います。このケースに限らず、誰かの同意や同調があると捨てることへの罪悪感が薄れ、すんなり手放すことができるようになることが多いです」(二見氏)


ダイニングテーブルは隙間がないほど物が置かれている(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

シングルマザーの一軒家がゴミ屋敷になった理由

小学校高学年になる娘が生まれる前からこの家に住んでいるという母親。住み始めてもう24年になるというが、娘を産む前にも一度業者に頼んでゴミを一掃したことがある。しかし、4年ほど前から再びゴミが増えてきてしまった。

「子どもを産んでから5年くらいは頑張っていたんですけど、(飼っていた)犬が死んで、ちょっとメンタル落ち込んで、腰いわして(痛めて)、2カ月ぐらい動けなくなって、入院して、復活はしたんですけど、もう体力と気力が追いつかなくなってきて。入院で今まで張り詰めていたものが切れて、“しんどいな”ってなりだして。(夫とは離婚して)ずっと1人なので、“しっかりしないと”思ってやってきてはいたんですけど、しんどくなった。ちょっとずつ汚れてきて“やらな”と思いながらも、“なんかもういいや”って」(母親)

理由はシンプルで「しんどかった」からだ。しかし、人がしんどくなるときは複数の原因が絡み合っていることが多い。だから、そう簡単には気持ちが戻ってこない。

「転職して1年ぐらい経ったのでちょっと心身ともに落ち着いたんです。仕事もずっとハードで腰も2回いわしたんですけど、収入的にも精神的にも落ち着いてきた。お金的に余裕ができたら、精神的にも余裕が生まれてきたんです。夏のボーナスも出たので、一掃するなら今やなと」(母親)


生活スペース(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

テキパキと仕分けをする「片付けられない母親」

現場に入ったスタッフは計5人。母親と一緒に、いるモノといらないモノを仕分けしながらの作業になるので、片付けの終了予定は少し長めの5時間だ。

「椅子の上の書類は?」
「書類はほとんどいらないです」

スタッフが母親に確認しながら片付けを始めると、さっきまで「グータラなので」と自分を卑下していた母親がテキパキと仕分けをしている。とても片付けられない人には見えない作業のスピードだ。ただ、二見氏によれば、ゴミ屋敷の片付けの現場ではよくある光景だという。

「片付けに悩まれている方って、仕分けする→袋にまとめる→ゴミの日を把握する→ゴミ捨て場まで行く→残ったモノを整理する…という一連の流れを考えてしまうと気が重くなってしまうんですよ。だから、できない。でも、僕らみたいな業者が入ることによって最初の仕分けだけをすればいい状況になります。そうすると、一気に気が楽になってすごいスピードで片付けられるようになるんです」


依頼者と仕分けを進める(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

キッチン、リビング、寝室と、まずは母親がいるモノだけをピックアップして箱や袋に詰めていく。その後、残ったいらないモノをスタッフたちが外に運び出していく。すると、あっという間に部屋は見違えるように過ごしやすい空間へ生まれ変わった。


片付け後の様子(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

「満足度は100%です。年1回くらい呼びたい。私みたいに悩んでいる人は誰かに部屋を見てもらうのも嫌やと思うんですけど、相談だけでもいいから恥さらして見てもらったほうがいい。私もやっぱよう言わんくて、親に見せても“片付けなさい”としか言われへんし、どうしたらいいのって途方にくれていたんです。そう悩んでいる人っていっぱいいると思うんですよ。1人で住んでいた期間も10年あって、24年分の過去がすべてスッキリしました。娘と2人で頑張っていきます」

「一歩踏み出してよかった」と母親は噛みしめるように言った。清掃業者に電話をするというひとつの行動で、長年悩み続けていたことがたったの半日で解決した瞬間だった。


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(國友 公司 : ルポライター)