大きな話題となった『あなたを陰謀論者にする言葉』の執筆者である雨宮純さん。陰謀論の事実や危険性についてお聞きした(筆者撮影)

これまでにないジャンルに根を張って、長年自営で生活している人や組織を経営している人がいる。「会社員ではない」彼ら彼女らはどのように生計を立てているのか。自分で敷いたレールの上にあるマネタイズ方法が知りたい。特殊分野で自営を続けるライター・村田らむが神髄を紡ぐ連載の第116回(前編はこちら)。

執筆活動のきっかけ

独自にオカルト史、疑似科学、スピリチュアル、悪徳商法を研究し発表している雨宮純さん。

大きな話題となった『あなたを陰謀論者にする言葉』(フォレスト出版)などで知られているが、執筆活動のきっかけは意外なことだった。2019年頃、暇つぶしに出席した街コンで、


「夢を叶えるためには起業しなくちゃダメだ!!」

とやたら煽ってくる人と出会ったことだ。別の機会で、知り合いが主催したプレゼン練習会に出席しても同じような話をしてくる人がおり、彼らがマルチビジネスの会員であることに、後で気づいた。

その組織について集めた情報を、note(ウェブサイト)にメモ代わりに投稿した。世の人に事実や危険性を知ってほしいという思いもあった。

「記事は想定よりも多くの人に読まれました。それを読んだ編集者に声をかけられ、ウェブメディアでの執筆を依頼されました。内容はマルチ商法についてです。これがライターとしては初めての仕事です。

マルチ商法の思想にはオカルトや宗教も関係しているので、その後はnoteでそれらの繋がりについても書くようになりました」

雨宮さんはこうして、自己啓発、ニューエイジ、スピリチュアル、疑似科学など、やや批判的にオカルト思想を解説する記事を書くようになった。

反ワクチン団体が世の中を騒がせていることもあり、ネット上の反響は大きかった。

出版社から声がかかり、『あなたを陰謀論者にする言葉』(フォレスト出版)を執筆することになった。

「子供の頃はずっとオカルト好きでしたが、まさか大人になって役に立つとは思わず驚きました。本が出た後は、様々な媒体から原稿依頼が来ましたし、トークイベントなどの出演依頼も来ました。

この活動で結構な収入が入るときもあるのですが、これからもエンジニアとフリーライターの二足の草鞋を履いてやっていこうと思っています」

陰謀論界隈の現在

雨宮さんから見て、陰謀論界隈の現在はどのような状態になっているのだろうか? 注意が必要な状況なのだろうか?

「いまだにSNSなどで間違った情報を発信している人はたくさんいます。だからもちろん注意は必要なのですが……。

そもそもここ数年陰謀論が盛り上がったのは、コロナ禍に入って日常が一変し、感染者数やワクチンのニュースを毎日聞くような状況が続いたからです。

世界の急激な変化を大勢が共通体験するという状況は、コロナ・ワクチンを強力な“陰謀論感染ツール”にしました。しかし、コロナが5類感染症に移行して以降はコロナ関連のニュースが大幅に減りました。コロナやワクチンが盛り下がると共に、この界隈の勢いも衰えていくのではないかと考えています」

陰謀論の中には、

「爬虫類型宇宙人が紛れ込んでおり、陰謀を企てている」

「ワクチンの中にはマイクロチップが入っており、打つと行動を支配される」

「闇の政府が世界を操っている」

などという、ちょっと信じがたい話が共有されている。彼らは、なぜそのような話を信じることができるのだろうか?

入り口にあるのは一般的な価値観

「宇宙人やゴム人間の類は、陰謀論の中でも極端なものではあります。そのレベルになるとついていけない人も出てきます。ただ、その入り口にはごく一般的な価値観が採用されていることが多いです。

場合によっては僕のように批判的な人間のほうがマイノリティーになる場合も少なくないです。

例えば、

「ワクチンを打つと何らかの健康被害がある」

と思っている人は多い。実際、副反応はあるし、否定はできない。

オーガニック(農薬や化学肥料を使用しない農法)の野菜を良いと思っている人も多いし、化学調味料(うま味調味料)は使いたくないと思っている人もいる。

それくらいなら、大して抵抗もなく信じる人も多いだろう。

「みんな健康大好きですよね? 陰謀論やスピリチュアル界隈もみんな健康が大好きです。僕みたいに、『ジャンクフードとコーラを摂取しながら作業に没頭するような生活も楽しそう』と言う人はほとんどいません。

パン一つ選ぶのにも、

『自然のものは良い。手作りは安心する』

と思っている人が多いと思います。

『有機農法で育てた小麦を、職人さんが手作りしたパンを食べたい』

という嗜好が『良いもの』とされ、そこに訴えるようなマーケティングが行われている。その手の商品は割高だったり、入手しづらいためにスーパーやコンビニの商品を買っている人もいるでしょう。

僕は、

『工場で作ったパンは人間の叡智!!』

と思っているし、

『化学調味料や人工甘味料には知的な刺激とロマンがある!!』

と思っているけど、どう考えたってそういう人のほうがマイノリティーじゃないですか? 陰謀論やスピリチュアルで言われていることって、意外とみんなが納得するような価値観が多いんですよ。

『日本を大事にしよう・好きになろう』

『グローバル企業の力を弱めて、所得格差をなくしていこう』

『合理主義一辺倒ではなく、人としての愛が大事』

とか、根本の考え方だけ聞いていたらまともなことが多いんです。価値観自体が少数派というわけではありません。

僕のように科学技術が好きだったり、

『一見良い話でも、デマだったら全部台無しですよね』

と考えるタイプの人はあまりいないし、共感もしてもらえない。

そうなってくると批判側が劣勢です。価値観的にはこちらのほうが反社会的かもしれないとよく思います」


(筆者撮影)

誰でもハマる可能性がある

陰謀論やスピリチュアルの界隈は、当たり前にみんなが求めていること、

『平等』

『健康』

『透明性』

などを強く訴えてくるという。

「だからこそ、普通の人がハマってしまうんです。誰でもハマる可能性はあります」

筆者の知り合いでも、

「妻が陰謀論に急にハマってしまった。ワクチンを打ったら離婚すると言われている」

と嘆いている人がいた。

妻はおとなしい女性で、そんな事を言い出すようなタイプには見えなかったので驚いた。

『陰謀論とは縁遠かった人が、ある日ズッポリ、ハマってしまう』

という現象を事前に防ぐ方法はあるのだろうか?

めちゃくちゃな話でも信じてしまう瞬間が訪れる

「話すと馬鹿にされることが多いのですが、自分の中では重要だと思っている話があります。

例えば『ゴム人間』っていう陰謀論がありますよね?」

ゴム人間とは、

「政治家や芸能人には、ゴムのマスクを被ってなりすましている人がたくさんいる」

という陰謀論だ。めちゃくちゃな話ではあるが、ネット上には、

「岸田総理はゴム人間だ」

などの言説がまことしやかに飛び交っている。

「ネット上には耳の形や首のシワに注目して『形がおかしい、ゴム人間の証拠だ』と指摘する画像がたくさんあります。活動上、僕も見る機会があります。

疲れた状態でそれをずっと見ていると、

『もしかすると、本当にゴムなのではないか!?』

と思う瞬間が訪れることがあるんです。すると、その瞬間は凄く気持ちが良いんですよ。後頭部がムズムズするような快感です」

その快感は“代替現実ゲーム(Alternate Reality Game、略してARG)”で得られる快感と似ていると、雨宮さんは語る。

代替現実ゲームとは、ゲームに現実の日常生活を取り入れて提供される遊びのことだ。

最初期の例として知られるのは、スピルバーグ監督の映画『A.I.』のプロモーションで、映画のポスターに書かれた情報を元に謎を解いていく『The Beast』という試みだった。電話、インターネット、トイレの落書きなど、様々な情報を使う。

日常生活とゲームが交錯する瞬間に、強烈な快感を覚えるという。


(筆者撮影)

『目覚めた人』になると、抜け出すのは難しい

「ストーリー自体が特異なわけではないのですが、謎が解けていくときにすごく気持ちが良いんですよ。脳内に快感物質が溢れ出ている感じです。これが先ほど話した感覚と非常に似ている。

『これは気持ち良いけど、ハマったら危ないぞ』

と冷静になれる人は良いですが、こういう体験に免疫がない人がその状態を経験したら、そのままズブズブとハマり込んでもおかしくないと思いました。特にメンタルが参っていたり、体調が悪いときには陥りやすいと思います」

陰謀論の界隈では、世界の秘密に気がついた人は、

『目覚めた人』

と呼ばれるという。

コロナ禍で仕事が休みになり、スマホ漬けの生活を送っていた人が『目覚めた人』になった例もある。

一旦『目覚めた人』になれば、ネットを検索するときには自分と似た意見の声しか聞こえなくなる。それを、エコーチェンバー現象と言う。

もし自分とは異なる意見が聞こえたとしても、『目覚めていない人』の言う戯言にしか聞こえないだろう。

そういう状態になってしまうと、抜け出すのは難しい。

陰謀論にハマってしまうのを防ぐ、最大の予防法

「『自分は一般人が知らない真相を知っている』というのは脳汁(エンドルフィンなどの脳内麻薬)が出るんですよ。結局は頭の中の話です。ギャンブル依存症などと一緒だと思います。ただ、一口に快感といっても、家族や友人といるときの幸福感とギャンブルの快感、苦労が報われたときの充実感は全て感覚として違いますよね。これからの時代は、どうやって自分の脳汁を出すのか、そしてそれをどう人生に活かしていくのかをマネジメントする必要があるかもしれませんね。

この話をすると笑われることが多いし、

『さすがにオーバーだろう』

と思うかもしれません。


でも元々は全く悪意のない人が癒やしを求めてスピリチュアルに向かった結果、陰謀論になってしまい、マルチビジネスの被害者になってしまった、ということはあります。家族や友人など周りの大切な人が不幸になってしまう結果になることもあります。

あらかじめ様々な知識を入れることで、

『これは怪しいぞ』

とピンと来ることができるようになります。そうすれば、不幸な結果を避けることができるかもしれません」

確かに「様々な情報を知っておく」というのは、陰謀論にハマってしまうのを防ぐ、最大の予防法かもしれない。

そのためにも雨宮さんにはこれからもどんどん、陰謀論やスピリチュアルに関する情報を発信してもらいたいと思う。


(『あなたを陰謀論者にする言葉』より)


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(村田 らむ : ライター、漫画家、カメラマン、イラストレーター)