ABEMA/サイバーエージェント・藤田晋氏(左)とDAZN JAPAN・笹本裕氏【写真:松橋晶子】

写真拡大 (全2枚)

ABEMA/サイバーエージェント・藤田晋氏とDAZN JAPAN・笹本裕氏がTHE ANSWERで対談

 新しい未来のテレビ「ABEMA」を手掛けるサイバーエージェント社長・藤田晋氏と、スポーツチャンネル「DAZN」を運営するDAZN JAPANのCEO・笹本裕氏の対談が「THE ANSWER」で実現した。2月にABEMAでDAZNのコンテンツを視聴できる新プラン「ABEMA de DAZN」を発表したばかりの両社。前編では、このサービスが誕生した背景から、ユーザーや両社にもたらされるメリットまで語った。(聞き手=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

 ◇ ◇ ◇

 革新的なサービスで業界の第一線を走り続ける「ABEMA」と「DAZN」がタッグを組む。2月16日に発表されたリリースが反響を呼んだ。

「ABEMA de DAZN」と銘打たれた新プランの発表。月額4200円、年額3万2000円(ともに税込)で、DAZNが配信しているサッカー明治安田Jリーグ全試合、AFC主催の日本代表戦、スペイン・イタリア・フランス・ポルトガルなど、国内外の世界最高峰リーグを「ABEMA de DAZN」で生中継し、試合ごとのハイライトも視聴できる。J1リーグ毎節注目の2試合無料に加え、海外の日本人選手所属チームの毎節2試合は無料で視聴可能。さらに、F1世界選手権の全レースも生中継する。

 ネット上に「これは凄い」「ABEMAでJ1が見られるの?」「日本サッカーの希望」の声が寄せられるなど、驚きが広がった発表から4日後。20日、東京・渋谷区のサイバーエージェント本社「Abema Towers」で藤田氏と笹本氏がおよそ1時間にわたり対談した。

 創業したサイバーエージェントを超大手に成長させた経営手腕は言うまでもなく、サッカーJ1町田ゼルビアの代表取締役社長兼CEOも務め、スポーツ界にも精通している藤田氏。とりわけ「ABEMA」でサッカーの2022年FIFA ワールドカップ カタール(以下、カタールW杯)を全64試合生中継し、世間を驚かせたことも記憶に新しい。一方で、マイクロソフト常務執行役員、Twitter Japan社長などをIT大手の経営に携わり、参入以来、日本の有料放送に革命を起こしているDAZN JapanのCEOに2月5日付で就任した笹本氏。

「ABEMA」と「DAZN」を率いる2人が語る、今回のサービスの狙いとスポーツ視聴の未来とは――。

――お二人はもともとビジネスで接点があったとお聞きしています。お互いの印象はいかがでしたか?

笹本「一番深い接点は僕がTwitter社に在籍していた時ですね。いろいろとお仕事をご一緒させていただき、特に広告事業ではサイバーエージェントさんに大変お世話になりました。藤田さんのことを僕が語るのは恐れ多いですが、インターネットの黎明期に立ち上げた時から、凄い勢いでいろんなものをどんどん追い抜いていった。『凄いな』という一言しかない。ABEMAさんへのベットの仕方は藤田さんしかできないだろうなと、尊敬の目で見ておりました」

藤田「僕しかベットできない部分は、確かにあるかもしれません(笑)。他人から見ると無謀かもしれないことをやってきたかもしれません。笹本さんもX(旧Twitter)はもちろん、DAZNも簡単な会社ではない、難しいところに飛び込んでいかれるなと思っていました」

――両社のサービスにはどんな印象を持たれていましたか?

笹本「メディアなどのコンテンツのビジネスは一つのエコシステムがあると思うんです。ABEMAさんはこのエコシステムを壊すというより、刷新する存在なのかなと思っていますね。当初のテレビ朝日との取り組み方や、ABEMAニュースの出し方、我々の今の近いところではカタールW杯もそう。そういう領域で存在を作ってこられたので、進化していくべきエコシステムにABEMAさんが先陣を切っていることが、印象としては強いですね」

藤田「世界的にもABEMAは独特な視聴モデルかもしれません。動画配信のコンテンツは他社の動画サービスと直接競合しないように作ってきた。テレビのいい部分をネットにリプレイスしながら作っているんです。逆に僕から見たDAZNさんは、いかに(スポーツの)放映権が高いかを知っているので、なんて気前の良いサービスなんだと思っています。昔、別の有料放送を契約した時は、いくつもチャンネルを重複して契約しなきゃいけなくて、月に何万円も払っていましたから」

笹本「長年作られたコンテンツビジネスの構造にABEMAさんも一石を投じているし、DAZNもより多くのスポーツファンに見られやすい環境を作っていくことが、ライツホルダーの皆さんにもプラスになると思っています。特にDAZNはグローバル展開をしているので、日本のスポーツのファンをもっと世界に広げていけたらと思いますね」

藤田「もちろん、僕もJリーグはDAZNで見ています。ゼルビアが勝ったらもう1回復習で見ていますね。負けたら見ないですけど(笑)。非常にシンプルなサービス。レイアウトもシンプルだし、価格体系もシンプルだし、だから凄く分かりやすいですよ」

笹本「僕はW杯の時は、ABEMAさんもなんて気前の良いサービスなんだと思っていました。本来は日本戦が見られない環境だったので。日本戦も含めて熱狂させてもらったので、ABEMAさんがなければ、どんなつまらない何週間だったのか。ABEMAニュースは常に見ていたので、そういう意味では他のソーシャルの動画配信のサービスとは一線を画したものとして使っています」

「ABEMA de DAZN」に至った背景、必要なことは「スポーツを知るきっかけ作り」

――世間的にも大きな反響を呼びましたが、カタールW杯はABEMAにとって大胆な投資でした。

藤田「あれはうまく行き過ぎた面もありましたね。W杯を全試合生中継することが決定した時点では日本がW杯に出られない可能性もあったので。グループリーグで敗退していたら今回のような結果にもならなかったし、(日本戦で解説を務めた)本田圭佑氏があんなに面白いとは……。本人も実際解説をするまで気づいていなかったと思いますし(笑)」

笹本「本当に面白かったですよね」

藤田「いろいろな幸運が重なったのですが、一発花火を打ち上げても(ユーザーが)残ってくれないと意味がないので、W杯期間中、『残存プロジェクト』を同時に走らせました。W杯で来てくれたお客さんにいかにABEMAを継続的に利用してもらえるか。その『残存プロジェクト』の中心になったのが、プレミアリーグやブンデスリーガの放送です。サッカーファンをきっちり取り込むのが大切だった。それに成功したと思っているので、今回の取組みにも繋がっていきました」

――その「ABEMA de DAZN」ですが、サービスに至った背景や経緯をお聞かせください。

藤田「もともとは、日本代表戦をDAZNが独占中継している中、『もっと多くの人に見てもらえたらうれしい』という声が出ているというニュースを見て、もっと我々と補完関係が作れると思っていたんです。ABEMAが始まってすぐ、ゼルビアのホーム戦だけ無料で放送する許可をもらえて1年間流したんですよ。当時はJ2で下位に沈んでいたこともあって数字が伸びず、やめてしまったのですが、提携関係を一度築いていて、カタールW杯もあったし、もう一度踏み込んだ話ができないかと。去年の春頃ですね」

笹本「ABEMAさん、サイバーエージェントさんといえば、デジタルの雄ですから、DAZN自体が外資ではありますが、日本にしっかりと定着していく上でもABEMAと今回組ませていただき、“日本のDAZN”として見ていただくのは大きいと思いますね」

藤田「ABEMAは基本は無料なので、無料でサッカーを見に来る人が多い。プレミアリーグも『三笘の試合だけ見たい』というW杯の延長の感覚。そのライトユーザーが無料で見たことで、やがて深いファンになり、有料契約してくれたらと思っているので、まずはエントリー的な役割を果たすこと。それに特に無料の放送ではリアルタイムでコメントがX(旧Twitter)にはきだされ、大変盛り上がります。みんな、騒いでくれる。有料会員だけでの疎外感がなく、みんなで一緒に同時に楽しめる試合がある。そのような試合が毎週あることは凄く大きいですね」

笹本「日本のX(旧Twitter)利用者の熱量は異常と思うくらいです。『あけおめ』というツイートを一斉にするのも一つの例。あれだけ同時にみんなの関心事に熱狂するのは国民性です。令和の元号が発表された時、1日で4000万ツイートがあったと記憶しています。英国王室の結婚でも600万ツイート。英語圏で600万、日本語だけで4000万って凄いじゃないですか。みんなが一つのものに凄い熱を投じるのはスポーツの絶好の形。藤田さんがおっしゃることは物凄くシナジーとしては強いでしょうね」

藤田「スポーツじゃないですが、ABEMAで麻雀・将棋チャンネル対局を無料で放送していると、対局中にX(旧Twitter)のトレンドの上位に入ってくるんです。決して、派手ではない競技で。みんな見ているから、さらに見に来るというスパイラルが生まれる。試合が揃えば、サッカーや他のスポーツにおいても同じような大きな盛り上がりをつくれるという感覚がありますね」

笹本「そうですね。そういう意味で言うと本当に今回ご一緒させていただくのは、ABEMAさんの今の既存の視聴者の方々がそうやってソーシャルで盛り上がって、ライトタッチされた方々が深く入り込んでいく時にDAZNに来ていただけると非常にありがたい。日本のスポーツファンはコア層で1000万人いると聞いたことがありますが、ライトの方を入れると、物凄い数の方がいるので、DAZNとしてもまだまだファンの方々を取り込み切れていない状況だと思いますね」

――ユーザーが得られるメリットはどうでしょうか。

藤田「サッカーで言えば、揃えとしてもJリーグで相当な数の試合を楽しめるし、それ以外のスポーツも知るきっかけになる。DAZNのコンテンツをたまに見るだけでもこんな面白いんだと気付いてもらえる。最近F1を初めて見たのですが、とても面白い。知るきっかけって大事ですよね」

笹本「そうですよね。スポーツって試合の結果だけじゃなく、選手やチームにストーリーがあるじゃないですか。なので、切り方によってはまだまだポテンシャルがある。DAZN自体は試合がメインですが、藤田さんがおっしゃったように、そのスポーツを知るきっかけはいろいろとあるので、そこはABEMAのお持ちの力が発揮しやすい。我々としては、そこから深く入っていった方がDAZNに来ていただければと思うので、今回一部の試合を無料で見ていただく機会もそのきっかけ作りになればと思います」

今後は“ストーリー”を知るドキュメンタリーをABEMAで制作も?

――今回のリリースでも大きな反応があったのがサッカーファンという印象です。お二人はコンテンツとしてのサッカーをどうご覧になっていますか?

藤田「毎週末、自分の馬が走る競馬とサッカーの試合の時間が重なってしまうんですが、サッカーが勝っちゃうんですよね(笑)。(試合に)勝った時の喜びや、負けた時の悔しみ、怒り。サッカーはちょっと違う。人を狂わせるものがある。世界的にそうではないでしょうか」

笹本「古くは戦争を回避するためにサッカーの試合で国同士が戦うなんてこともあったわけですし」

藤田「そうですよね。国の代表として戦っているから、俺たちの地元が負けるなんて、という熱量が高い」

笹本「凄い熱量ですよね。どこまでDAZNができるか分かりませんが、今はJ1、J2、J3の中継をやらせていただき、Jリーグさんは裾野を広げ、サッカー人口とファンを広げながら、地域に根づかせる役割を果たされている中で、大げさな言い方をすると日本の地方創生も含めて、サッカーの持つ力や意味はもっとあると思うんです。でも、まずは見ていただかないと、そこに入っていかない。そういう意味で、DAZNでも『Freemium』という無料サービスは始めましたが、ABEMAでも無料でも見ていただく方が多ければ多いほど、意義は深いと思っています」

藤田「我々はライトユーザーのエントリー、最初のゲートになればいいので、まずはこの試合が無料で見られることをライト層に訴えかけたいですね」

笹本「まさにそうですね。『ABEMA、無料で見させてくれてありがとう!』という方々が多くいることが結果的にはDAZNにとっても良いことなので、そこに凄くシナジーが生まれる。お互いの役割が明確化されているし、その先はもっと技術を進化させる、またはジャンルを増やしていくなど、取り組み方は広がっていくと思いますね」

藤田「各競技におけるストーリーを知るようなドキュメンタリーやドラマを作ることもABEMAの中でもできますからね。F1もNetflixが作ったドキュメンタリー(2019年から配信されているNetflixオリジナル人気シリーズ『栄光のグランプリ』)でブレイクしていったので。ああいうことは我々にもできるんじゃないかなと」

笹本「それは、是非期待しています。私がシンガポールにいた時、知人の周りで女性のF1ファンが増えたらしいんです。そのドキュメンタリーで、選手一人一人のストーリーに感情移入して、いつの間にかF1のレースそのものを見に行きたくなった。日本でそれを作ろうとすると、やっぱりABEMAさんのような企業じゃないとできない」

藤田「サッカーは海外だとビッグクラブから街クラブまでドキュメンタリーがある。それをJリーグで我々が作ることもできますしね、まずはゼルビアから(笑)」

笹本「いいですね。是非、代表の苦悩も描いてもらって(笑)」

――今、ドキュメンタリー制作という話もありましたが、今後実現させたい構想やアイデアはありますか?

笹本「本当に今すぐできることと、将来できたらというものがあります。今すぐで言うと、DAZN内にFanZoneというファンが集まってチャットをしながら試合を見られる機能があるのですが、こういうものは是非ABEMAさんとご一緒する中でやらせていただきたいです。試合の見方は多様化した方がいいと思っているので、その先には、AIでどういうシーンを切り取るか判断し、それをリアルタイムに出していくなど、新しい技術を導入してABEMAさんと一緒に新しい視聴体験ができたらいいですね」

藤田「スポーツテックは本当にこれから有望な分野ですよね。ABEMAの将棋チャンネルでも『SHOGI AI powered by ABEMA(以下SHOGI AI)』と呼ばれるAIを導入していて、対局におけるその時の勝勢が60%と40%という形で表示をしている。『SHOGI AI』を導入してから一気に視聴体験が良くなっています。『SHOGI AI』においても藤井聡太さんが勝っていたら(優勢だったら)、AIの予測した勝勢通りに進むことが多いんです、毎回ではないですが。藤井さんはミスが少ない。そういうのが技術で可視化できるところも新しい視聴体験につながっていると思います。」

笹本「スポーツによって違いますね、見え方、見せ方が。それもまた面白いところですね」

(後編へ続く)

■藤田 晋 / Susumu Fujita

 1973年5月16日生まれ。大学卒業後、人材派遣会社インテリジェンス(現パーソルキャリア)を経て、1998年にサイバーエージェントを創業し、代表取締役に就任。2000年に26歳で同社の東証マザーズ上場を当時史上最年少で果たした。「ABEMA」は2016年に開局し、代表取締役に。スポーツ領域では2018年に当時J2だったFC町田ゼルビアの代表取締役社長兼CEOに就任。子会社のCygamesが開発したゲーム「ウマ娘 プリティーダービー」のヒットを受け、2021年から馬主活動も始めた。

■笹本 裕 / Yu Sasamoto

 1964年9月4日生まれ。大学卒業後の1988年に人材大手リクルートに入社。2002年にエム・ティー・ヴィー・ジャパン代表取締役社長兼CEOに就任した。以降は2007年からマイクロソフト常務執行役員、2009年から同社常務執行役員、2014年からTwitter Japan代表取締役などを歴任。今年2月5日にDAZN Japan最高経営責任者(CEO)兼アジア事業開発に就任した。

(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)