「つまらない」と「よくわからない」は、密接につながっています(写真:buritora/PIXTA)

現代のビジネスでは、営業提案や会議報告にはもちろん、ちょっとした自己紹介にも人に伝える力、いわゆるプレゼン力が必要とされている。

しかし、こうした状況にあっても、プレゼンに対して苦手意識を持っている人は少なくない。

そこで、経営学者にしてYouTuberでもあり、起業家でもある中川功一氏が、科学的に実用性の高いプレゼンの方法論を平易に解説した『一生使えるプレゼンの教科書』を出版した。

本記事では、本書から聞き手が理解しやすい伝え方を紹介する。

「つまらない」とは「よくわからない」こと


皆さん、いまいち売れてないお笑い芸人を思い浮かべてほしい。特定の名前を挙げるのは失礼なので、皆さんとして思い当たる人を思い浮かべてほしい(笑)。そして、なぜその人は売れていないのかを考えてみてほしい。……おそらく皆さんは「ネタがよくわからない」というのを、かなり重要な理由に挙げるのではないだろうか。

イマイチだったドラマや漫画を思い浮かべてほしい。そして、なぜイマイチだったのかを分析してほしい。……皆さんは「脚本の意図がよくわからなかった」「キャラクタに感情移入できなかった」「ストーリーが難しすぎた」「設定が意味不明」などの理由を見いだすのではないだろうか。

世の中の「つまらない」の原因は、もっぱら「わからない」なのである。脳が解釈可能であるから、面白い。脳が解釈不能である事象に対して、私たちはポジティブな評価を下すことができない。

昭和を代表する劇作家のひとり・井上ひさしは、作品制作のポイントとして以下のような言葉を残している。

“むずしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく”

これは、皆さんのビジネス現場でも、何も違わないはずだ。前回説明した通り、この世界の経済活動のうちの、20%までが他人を説得する行為からなっており、それに長じる人がビジネスで成功する。面白い漫才をできる人、面白いドラマ脚本を書ける人、部下に仕事の醍醐味を伝えられる人、顧客に商品のよさを理解させられる人、投資家に事業の可能性を伝えられる人。どんなことでもうまく説明できる能力は、かくもさまざまなシーンであなたを助けることになる。

しかし、残念ながら、世の中のたいていのことは「難しい」。ビジネスの現場で、部下に、クライアントに、取引先に、金融機関・投資家に対して、あるいは家族に対して、あなたが伝えなければいけないことは、複雑で、あいまいで、多義的で、利害が入り交じった「難しいこと」ばかりだ。そんな難しいことを、どう相手に話したものか、皆さんは往々にして頭を抱えるはずだ。

そんな、難しいことを、どう伝えるのか。今回は、「ふかく、おもしろく」まではひとまず置いておくとして、その第一歩となる「むずかしいことをやさしく」伝えるための、決定版の方法論を解説したい。

「むずかしい」と感じる2つのパターン

結論、「むずかしいことをやさしく」変換するための最も有効な方法は、具体と抽象のモードを切り替えることである。


「むずかしい」とは、大別して2パターンに分けられる。

第1は、そもそも主張自体が難解で理解できない、というケースだ。もう少し分析的に解説すると、抽象度の高いメッセージが、相手の理解を超えてしまっているという状況である。「質的に難しい」と表現することもできるだろう。

第2のパターンは、これに対して「量的に難しい」場合である。伝えるべき内容が多すぎて、要点がまとまりにくく、何がメッセージなのか聞き手がつかみ損ねる状況。情報過多で、相手の思考がまとまらないのである。

伝えにくい内容を話さねばならないときは、皆さんはまず、「むずかしい」が、質的な問題なのか、量的な問題なのかを峻別するようにするとよいだろう。情報そのものが難解なのか、情報が過多なのか。

話の「むずかしい」の性質が特定できたならば、皆さんはそれに応じた対策を取ればよい。それが「抽象を具体化する」と、「具体を抽象化する」である。

メッセージが難しい場合は、具体例を用いる

話が質的に難しいとき、皆さんが選択すべき方法は「抽象を具体化する」である。メッセージをそのまま話してもわかりにくければ、具体的な例を用いて説明する。

たとえば、経済学における常識のひとつに、「最低賃金をアップさせると、社会的弱者の生活は苦しくなる」ということがある。どうだろうか、皆さんはこの抽象度の高いメッセージを聞いて、まったくもって納得がいかないのではないだろうか。最低賃金をアップさせれば、まさに最低賃金ぎりぎりで働いている社会的弱者の生活は、楽になるはずであろう、と。

しかし、これを具体的な例を用いて話せば、相手はたちどころに理解できるであろう。以下の通り。

“最低賃金が、仮に時給1000円から、1100円に増えたとしましょう。もし、あなたが会社経営者なら、どうしますか?人件費が10%もアップするわけですから、今のままの雇用を続けていては、会社は赤字になってしまうかもしれません。皆さんなら、どうしますか?雇用を減らしますよね。

では、そのとき雇用調整の対象になるのは、社内のどういう人でしょうか?経営者としては、生産性がどうしても低くなりがちな方から、辞めてもらいたいですよね。つまり、低スキルの方や、障害をお持ちの方、あるいは家事・育児と両立しながら時短勤務などで働いている社会的弱者の人から、経営者は雇用調整をせざるをえなくなります。

ですから、最低賃金アップは、社会的弱者の生活を苦しくしてしまう政策なのです。“

話が、量的に難しいとき。たとえば、映画や小説の内容を要約しろだとか、職場で起こっている課題を説明しろと言われた場合、話すべきことが多岐にわたりすぎて、そのまましゃべっても相手に伝わりにくいはずだ。

そうした場合に選択する方法は、「具体を抽象化する」。皆さんがやるべきは、その膨大な事項を、一言、せいぜい2-3にまとめるなら、どういうことになるのかを考えることである。


情報過多な話は、抽象化する

なるべく本質的なことを失わないようにしながら、抽象化してシンプルにまとめる。「職場の課題は一言でいうなら若手のモティベーション低下です」「ガンダムというのは、戦争の中でのヒューマンドラマなんです」「ラグビー日本代表が躍進できたのは、ONE TEAMになれたからです」「ももいろクローバーは、いつだって全員が全身全霊、一生懸命だから、推せるんです」などなど。

具体で話していても、結論が伝わらないなと思ったら、シンプルに要点をまず抽出して、それに沿って厳選したエピソードをひもづけていく。そちらのほうが、相手には内容を理解してもらえるようになるのである。

論理的な話し方にも、具体と抽象という2種類のアプローチがある。話のむずかしさが質にあるのか量にあるのかを特定し、一方で伝わらなければ、他方を使う。皆さんの中には、自然と使い分けていた方もおられるだろうが、以後はぜひ意識的にこれを使い分け、ご自身のプレゼン能力アップに活用してもらいたい。

(中川 功一 : 経営学者、やさしいビジネスラボ代表取締役)