生成AIで「ググる」が終焉し「コパる」へ移行の必然
2024年は生成AIで働き方が大きく変わることになりそうです(写真:Choreograph / PIXTA)
2024年は「生成AIの利用」がビジネスの中心テーマになりそうです。このトレンドの中心に位置するオープンAIは「GPTストア」の運用を開始しました。すでにオープンAIはChatGPTを自由にカスタマイズできる機能を提供していて、さまざまな分野に無数の独自AIが出現しています。
このことが意味するのは、まるでスマホのアプリをダウンロードするように専門のAIをダウンロードできる日がもうすぐやって来るということです。株の投資先を探すAI、論文を探すAI、報告書の下書きに使うAIといった具合に、それを得意とするAIが選べるようになるのです。
2024年の生成AI利用という視点で、もう1つ重要な変化が、同じオープンAIが提供する企業向けChatGPTです。「ChatGPTエンタープライズ」は2023年8月に発表され、アメリカでは260社が契約、15万人の従業員がこのサービスを利用しています。
ChatGPTが出現した当時は、ビジネスで利用しようとして質問を入力すると、その質問が逆に学習されてしまうスペックが問題になりました。情報流出につながると言う理由です。これらの新サービスはその問題をクリアすることで、生成AIのビジネス利用を加速するでしょう。
「コパイロット」で変わる働き方
2024年中頃には、私たちはあたかもスマホを使うのと同じように、自然に仕事で生成AIを使うようになるはずです。ではそのことで私たちの働き方はどう変わるのでしょうか? 3段階で説明したいと思います。
まず真っ先に私たちが日常で使うようになる生成AIが、Windows11やブラウザのエッジに標準装備されている「コパイロット」です。これはオープンAIと提携するマイクロソフトが提供するサービスです。ちなみにマイクロソフトは今回のAIブームによって、アップルを抜いて一時的にアメリカ企業の時価総額トップに返り咲いています。
私たちはこれまで何かを調べるときに「ググる」のが習慣でした。この習慣が2024年には「コパる」へ変化するでしょう。
仮に「推しの子」をググる場合、検索窓に推しの子と入力すれば関連サイトがリストアップされます。ググるときの問題は、それらのサイトを一つ一つチェックしなければならないことです。推しの子を知らない人がググった場合、とりあえずウィキペディアのページを最初に見ることで概要を理解するでしょう。
次に「推しの子のニュース」カテゴリーから記事を2〜3読んで、その後で、推しの子の原作公式サイトとアニメの公式サイトを見れば、だいたいの状況が把握できると思います。
仕事で知識をキャッチアップさせるには電子書籍のイッキ読みや、アニメの動画配信サービスに飛ぶことになります。ググるためには多くのサイトを確認していかないと調べることができないということです。
コパると要約してくれる
次にコパると、どうなるのかを対比させてみます。エッジのコパイロットの窓に「推しの子とは何ですか?」と入力してみます。すると上記のググったときと同じ情報を1つの回答窓で入手できます。
具体的には、推しの子とは人気漫画とそれを原作にしたアニメ作品であることが表示されたうえで、その内容の要約が表示されます。生成AIのユーザーの視点で言うと、この要約が非常に絶妙なことがコパイロットの興味深い点です。
ググった場合に推しの子が何かを理解しようとして、ウィキペディアのページに飛ぶとわかるのですが、とにかく情報量が多いのです。それがコパると、身もふたもない話ではあるのですが、コパイロットはウィキペディアなど5つのサイトの膨大な情報の中から一番コンパクトに推しの子がわかる箇所を要約して返してくれます。
ビジネス利用として情報を深掘りするとしたら、コパる場合は最初の回答に推しの子に関する新たな質問を加えれば情報が深掘りできます。
「なぜ人気なのですか?」「どんな人たちが楽しんでいるのですか?」といった具合です。このチャットを何度か繰り返すと、おそらく「推しの子」を知らない人でも「推しの子ブーム」が何なのかを極めて短い時間で理解することができるでしょう。
情報検索がググるからコパるに変わることで起きる働き方の変化は、タイパの変化です。実際、コパイロットに慣れてくると、これまでいかに自分がググることで無駄な時間を費やしていたかを思い知らされます。
一方でこの検索の仕方が一般的になると、大きな落とし穴が生まれます。それが「情報が正しくない場合がある」という生成AIあるあるな落とし穴なのですが、その話はこの記事の最後でまとめたいと思います。
ChatGPTエンタープライズで変わる働き方
さて、生成AIによる働き方の変化の2段階目の話をしたいと思います。何かを調べる際にググるのではなくコパることにある程度慣れた段階で、仮に自分が働く会社でも「ChatGPTエンタープライズ」が導入されたとします。いったい働き方はどう変わるのでしょうか?
これはある程度、ChatGPTエンタープライズがその社内のイントラ情報について学習を終えた後ではという前提になるのですが、結果として新入社員でもベテラン社員のノウハウを簡単に手にいれることができるようになります。
具体例としては営業やコンタクトセンターの現場で説明するとわかりやすいかもしれません。顧客から「この商品はうちのような会社で導入したら効果は出ますかね?」「こういう不具合が頻繁に出るのですけど、どうしたら出なくなります?」などと言った問い合わせを受けた場合で考えましょう。
以前であれば、「申し訳ないですが一度持ち帰らせていただいて検討させてください」とお断りしたうえで、会社に戻るのが標準手順だったことでしょう。それでググる代わりに先輩に尋ねるか、ないしは専門部署にその質問を回すことになります。
それがこれからどうなるのかを対比させてみましょう。ChatGPTエンタープライズを利用することまでコパると言っていいのかどうかは、ブランドの観点ではやや躊躇がありますが、ここではそのまま生成AIを使うことをコパると表現して続けてみたいと思います。
ChatGPTエンタープライズがきちんと会社のイントラネットに蓄積されたノウハウを学習しているという前提で言えば、「この商品をこの会社で導入すると効果は出ますか?」といった質問を具体的な商品名と具体的な顧客名で入力すると、チャット形式で回答が出るはずです。
「この会社が従業員数120名という規模を前提に考えると、商品Aの特性は活用できますが、BとCの特性はあまり効果が出ないかもしれません」といった回答が得られたとしたら、さらにチャットで「ではこの会社でBやCの効果まで得たい場合、最適な商品はどれでしょうか?」と入力すれば、「Xという商品を顧客に勧めてみてはどうでしょうか?」という回答が、そのスペックや期待効果とともに表示されるようになります。
これは「一度持ち帰って検討します」という対応と比較すれば、その場で顧客対応が進むという意味で営業であればはるかに成約確率が高くなることを意味します。
多くの職場がコンビニ化する
良い点としては仕事の生産性が大幅に上がることですが、悪い点を挙げると正社員の価値が下がるということが懸念されます。その究極の事例がコンビニ店員だと言えば理解しやすいかもしれません。コンビニの店員は日常業務で受発注から商品の受け取り、売り場への陳列など小売業で行うべきほとんどの仕事を非正規従業員の立場でこなしています。
それがこなせるのは小売業としてのノウハウが端末から簡単に手に入り、ITないしはAIの支援で仕事がスムーズにこなせるからです。
コンビニではない多くの職場で、これと同じことが起きることが予測されるため、短期的には仕事の生産性は非常に大きく向上するのですが、長期的に見れば「この仕事は正社員でなくてもこなせるのではないのかな?」と経営者が気づく可能性も増大しそうです。
3段階目に大企業の社員ではない立場の仕事を考えてみましょう。たとえば起業家やフリーランスの専門家の場合はどうでしょうか?
GPTストアが提供してくれるであろう無数の専門生成AIアプリは、大企業に所属しない立場でも、さまざまな領域の専門情報を簡単にコパることができるようになることを意味します。
たとえば飲食店を経営していて新しい食材に興味を持ち、マデラ酒を使ってみたいと思ったとします。
マデラ酒ないしはマデイラワインとは「俺のフレンチ」で有名になったロッシーニステーキのソースを作る際に使う特別なワインです。以前、自宅で似たような料理を作れないかと思いレシピを検索したところで、そのようなお酒があることを知りました。それでスーパーやワインショップに探しにいったのですが、売っていなかった記憶があります。
フレンチのシェフならともかく、創作居酒屋のオーナーシェフならばこういった情報は今後はまず「コパって」入手するようになるでしょう。もちろん食材専門のAIがどこまで使える形で学習が進むか次第ではありますが、「どんな食材なのか?」「どこで売っているのか?」「試食だったらどこで味わうのがいいのか?」というような情報入手が、これまでよりも格段に速くなるはずです。
産業政策もAIで活発化
起業家が小さい会社を経営しているとして、政府の補助金について学習したAIが手に入ったとしたら、やはり同じような効果が見込めます。
政策としていろいろな産業を振興させるための制度ができているのですが、知らない制度が世の中には多いものです。それを「このような投資の際に使える補助金は?」「それはどのように申請すればいいの?」といったことが、簡単なやり取りで見つけることができるようになるでしょう。
実は政府や自治体の補助金を受け取ると、本業とは別に報告書をきちんと書かなければならないという別の仕事が発生します。それが面倒で補助金申請をためらう人もいるのですが、生成AIを利用するとそのような報告書も作成が簡単にできるようになります。
それがいいことかどうかは別にして、さまざまな産業政策が生成AIのおかげで利用が活発になるという影響が起きることは興味深いことだと私は思います。
さて、このような3段階の利用法を考えていくと、2024年の仕事の仕方は生成AIの活用で大きく変わることはイメージできそうですが、リスクはどこにあるのでしょうか?
2024年から2025年にかけての生成AIの最大のリスクは、誤情報とフェイク情報です。最近、いわゆる専門家の方と生成AIについて議論をしていてしばしば耳にする話なのですが、最近どうも「間違った知識を信じ込んでいる素人顧客」が増えているのだそうです。
症状はさまざまですが、たとえば「この工事にこんなにお金がかかるはずがない」(工法が違うので実際は費用がかかる)、「法律上、こういうことができるはずだ」(専門家の知識では法律上それはできない)、「こんないいやり方があるのに専門家なのに知らないのか?」(それたくさん訴訟になっています)など、共通点としては顧客が間違った深い知識を持っているという症状です。
誤情報や意図的に誤った情報を流すフェイク情報は、生成AI全体の抱える現在進行形の課題なので、こういった現象はこれからさらに拡大することが予想できます。
新入社員がベテランと同じ情報を使う恐ろしさ
実は生成AIを活用した働き方の最大の課題はこの点です。新入社員でもベテラン社員のように仕事ができるようになることが利点だとすれば、ベテラン社員でないと正誤の判定がわからない情報を新入社員が使うようになるというのが生成AIの最大の欠点だというとわかりやすいでしょうか。
このリスクを回避するためにはどうすればいいのでしょうか? 一言でまとめると、生成AIの活用で無理してタイパや生産性を追求しすぎないことです。生成AIの本格導入で世界がどう変わっていくのか、詳しい未来予測については著者の最新作「『AIクソ上司』の脅威」でも解説しています。
ある程度、コパってみてわかったようなつもりになったら、きちんと先輩や専門家に尋ねて「それでだいたい正しいかどうか?」を確認する。ないしは生成AIに報告書の下書きや議事録の要約を書かせたら、それが正しいかどうかをきちんと時間をかけてチェックする。
そのような仕事の習慣が守れる人と省略してしまう人で、2024年は本当の意味での仕事の生産性が大きく変わるかもしれませんね。
(鈴木 貴博 : 経済評論家、百年コンサルティング代表)