タイでは日本から渡った鉄道車両が多数走っています。なかでも、珍しいところを走り現地でも人気の特別列車が存在。日本では考えられないことばかりなツアーを盛り立ててくれる列車には、かつての「ブルートレイン」が使われています。

「寝台車」が人気な往復6時間の特別列車

 コロナ禍で観光業界も大きな打撃を受けたタイも、少しずつ活気を取り戻しつつあり、バンコク市内や鉄道でも多くの観光客を見かけるようになりました。そんなタイで、冬の時期のみ運行され、チケットが争奪戦となるほどの特別列車があります。しかも車両は日本製の客車です。


ひまわり列車(大音安弘撮影)。

「ひまわり列車」と呼ばれているこの列車は、首都バンコクからタイ最大のひまわり産地であるロッブリー県までを結びます。ひまわりが見ごろを迎える11〜12月頃を挟んだ11月中旬から1月中旬まで、土日と祝日のみ運行されている特別列車です。

 この列車の魅力は、ひまわりだけではありません。タイで唯一、鉄道がダム湖の上を走行する区間が含まれ、そのダムの上で一定時間停車し、ダムの景色を楽しむことができるというから驚きです。このため、現地の方からも人気があり、チケットを取るのも厳しめとさえ言われるほど。

 そのチケットは、タイ国有鉄道のWEBサイトでも販売されており、海外からの購入も可能。発売は乗車日の1か月前からとなります。全てのチケットは座席指定となっています。

 列車の席は、冷房付き寝台車、冷房付き車両、扇風機付き車両の3つに分かれます。夜間の運行ではありませんが、往復6時間もの列車旅のため、寛げる寝台車が一番人気で、次に冷房付き車両と続きます。

 乗車した日は、寝台車は完売。冷房付き車両さえ残りわずかでしたが、なんとか席を確保できました。お値段、往復で500バーツ。日本円で2100円ほどなので、1日の列車旅と思えば、お手頃でしょう。

 寝台車、日本製――ここまで聞いてピンと来た人もいるかもしれません。実はこの列車、機関車牽引の客車列車で、その客車はもとJR西日本の「ブルートレイン」こと24系客車なのです。

いた! まさしくブルトレ! 車内に入ると「えー!!」

「ひまわり列車」の出発時刻はとても早く、バンコクのファラポーン駅を朝6時に発ちます。駅へは5時半には向かわなくてはならず、タクシーで出向くことに。とはいえ歴史ある駅なので、雰囲気もばっちりで、旅情を盛り上げてくれます。構内には、同じく観光列車に使われる蒸気機関車も停車していましたが、カラーリングが少し派手なのは、タイスタイルといったところ。ここから、片道約3時間の列車旅が始まります。

 発車するホームに向かうと、そこには見慣れたブルーの車両の姿がありました。実は、タイ国有鉄道では日本の元ブルートレインだった車両たちが現役で活躍中。それらは元色が保たれたものから現地カラーに回収されたものまで様々ですが、内部に日本語表記が残るなど当時の面影も残します。

 少し車内を見学してみると、編成後部の車両に、サロンだけでなく会議室もあるなど、ちょっと不思議な作りです。そこにも乗車が可能なようで、テーブルには手荷物が置かれていました。人気の寝台車はというと、座席の生地が元のブルーから赤色に張り替えられ、ちょっと派手になっていましたが、懐かしい寝台は、そのまま。当日は、多くの仲良しグルーブのご婦人たちが利用しており、学生の頃に戻ったように会話に花を咲かせていました。


早朝のファラポーン駅で。ひまわり列車には日本の国鉄の客車が連結されている(大音安弘撮影)。

 私が乗車した冷房車は、左右2座ずつのリクライニングシートとなっており、窓側には形状こそ違いますが、小さなテーブルも残っています。暖かい気候のタイだけに、空調は一新されており、良く冷えて寒いくらい。上着を持ってきて大正解でした。

 いよいよ長旅の始まりです。列車は街中を抜け、高架となった新路線も走ります。バンコクでは中心部から離れた周辺部でも開発が進んでおり、新しいビルが建ってきていますが、郊外にでると、のんびりした田園風景が広がります。

 車内では車掌さんが検札に訪れ、チケットを手渡すと、切符切りでパチン。私の子供の頃は、まだ改札で駅員さんが切符を切ってくれていたので、ちょっと懐かしく思えるシーンでした。その他にも、車内では弁当販売に加え、タイ国有鉄道によるプレゼント抽選会があり、旅を楽しませてくれます。

え、降りていいの!? 豪快すぎる見学タイムが

 やがて列車は、見所のひとつであるダム湖を横断する橋の区間へ入ります。湖の真ん中に差し掛かると、列車が停車し、そこで20分の見学タイムとなりますが、驚くべきことに、列車を降りて線路上を歩くことができるのです。そのダムと列車が織り成す光景の美しさから、絶好のフォトスポットとして知られ、写真好きのタイの人たちが撮影に興じています。

 出発した列車は、ダム湖の区間を過ぎてコックサルン駅を経由し、再び停車。この駅では現地の人々が露店を出していて、食事や土産物の購入ができます。私も散策し、ちまきを購入。内部には焼き鳥も入っていて、美味しかったです。

 そして、終着駅であるパーサック・チョンラシット・ダム駅に到着。ここで5時間の観光時間が確保されており、夕方前に同駅からバンコクへと戻ることになります。

 同駅からは歩いて10分弱でダム湖畔に出ることができます。近くには無料の水族館もあり、様々な淡水魚たちを展示。華やかさはないものの、巨大魚などもいて意外と見ごたえがあります。このほか、駅からひまわり畑などに連れていってくれるツアーバスも運行されているほか、付近には食堂や売店もあるので、散歩しながら、のんびりと過ごせます。


コックサルン駅で買ったちまき(大音安弘撮影)。

 肝心のひまわり畑は、ちょっとベストタイミングとはいえませんでしたが、多くのひまわりが咲いており、こちらもフォトスポットとして観光客に人気でした。

 16時過ぎに列車は再びバンコクへ向け出発。次第に周りの景色も暗くなり、夜が訪れます。ファラポーン駅への到着は、18時50分なので、寝台車を利用する人は、帰路で寝て帰る人も多いのでしょう。

 終点であるファラポーン駅に到着すると、隣のホームに、これまた見覚えある車両がいました。

ここは北海道か!?

 それは、JR北海道から移籍したキハ183系気動車です。札幌〜網走間の特急「オホーツク」などに使われていましたが、カラーリングも当時のまま、タイの地にいたのです。

 このキハ183系は、2016年度に引退した車両をタイ国鉄が無償で譲り受けたものだそう。当時の映像を見ると、外観は錆びてボロボロでしたが、敢えて当時のままに再塗装し、リフレッシュしたことが分かります。


ファラポーン駅に停車していたキハ183系。高運転台の初期タイプで、北海道では特急「オホーツク」などとして走っていた(大音安弘撮影)。

 車両には、「JRHOKKAIDO」のロゴや形式番号標もしっかりと残されています。日本から来た特急電車というアピールと共に、日本とタイの友好関係を示すものでもあるのでしょう。

 キハ183系は現在、観光列車として活躍中で、タイの人たちにも人気だそうです。こうした日本の列車に懐かしさを感じられるのも、タイの鉄道旅の魅力でしょう。外国人観光客よりもタイ現地の観光客の方が圧倒的に多いため、メジャーな観光地に飽きた人にもおススメです。