ASD・LD・ADHDの当事者の知覚世界を「社会」のシーンから解説します(写真:golfterc/PIXTA)

家や学校とは異なり、多種多様な人が入り交じる「社会」。

倫理や規律など、目には見えないルールが多数存在する公共空間や地域社会において、発達障害の子どもたちはどのように日々を送っているのでしょうか?

彼・彼女たちの目線から見た「社会」の様子がわかれば、当事者をサポートする立場にいる人が心がけるべきポイントが見えてくるでしょう。

今回は、臨床経験が豊富で、その道の第一人者である精神科医・岩波明氏による最新刊『発達障害の子どもたちは世界をどう見ているのか』より、当事者の知覚世界をご紹介します。

今回は、ASD(自閉症スペクトラム障害)・LD(学習障害)・ADHD(注意欠如多動性障害)の当事者の知覚世界を「社会」のシーンから解説していきます。

衝動性があり、動き回る

ADHDほど顕著ではなく、知的レベルにも左右されますが、ASDの人にも衝動性が見られます。

じっと座っていられないという人が、私の診察室に来るASDの方の中にも見られます。

ある思春期の女性の自閉症患者は、外来の診察室において毎回まったく席に座らず、診察室の中をぐるぐる歩き回ったり、勝手にベッドに横になったりしていました。

あるいは、電車の中で独り言を言いながら先頭車両まで移動して、先頭に到着すると最後尾まで移動して……という動きを繰り返している人を見かけることがありませんか? あの人たちは、おそらくASD(自閉症)だと思います。

これはダーウィンにも共通しています。彼は広い邸宅の庭の中をずっと歩き回っていたそうですが、歩き方、歩くコースなどは何年もまったく同一だったそうです。彼らは規則的な動き、決まった行動パターンを好むのです。

衝動的な暴力は、ASDでは必ずしも頻度は多いとは言えません。しかし、ぎりぎりまで追い詰められた場合やパニックになった際には、器物損壊や対人的な暴力が起こることもあるので、注意が必要です。

また、ASDの方々には、自分の好きなもの、興味のあるものに対してのめり込むという傾向が見られます。

とにかく漢字が好きな人、石を集めるのに熱中する人、女性アイドルの記事収集が好きな人など、興味・関心の対象はさまざまです。鉄道や乗り物、ゲームに対するマニアも大勢います。

同様にADHDの人にも、好きなもの、興味のあるものに対してのめり込むという傾向があります。

あくまでも印象になりますが、ADHDの人が「熱く激しくのめり込む」(色に喩えると赤の情熱)のに対して、ASDの人は「深く静かにのめり込む」(色に喩えると青の情熱)という違いはあると思います。またADHDの場合、のめり込みやすいが飽きやすいという点が特徴的です。

有効な「伝え方の工夫」

ASDの人とコミュニケーションをとる際に有効なのが、伝え方の工夫です。

1つめは、迷わない伝え方。

「○○をしましょう」といった形で、具体的かつシンプルに言い切って伝えます。曖昧な伝え方は、迷わすだけに終わります。

数字で具体的に伝えるのも良いですし、実際にやって見せたり、動画で説明したりするのもおすすめです。ASDの人が、迷う余地のないコミュニケーションをとるのです。

また、多くのことを伝えようとしないことです。混乱しないように、指示は1つずつ与えるようにしましょう。

2つめは、興味・関心の持てる伝え方。

ASDにおいては、自分の興味・関心があることにのめり込む一方で、それ以外のことには関わらない傾向があります。

たとえば、その人が電車を好きなのだとすれば、電車のイラストなどを資料にあしらったり、電車に喩えて説明したりすることで、コミュニケーションがスムーズになるでしょう。

3つめは、肯定的な伝え方。

残念なことですが、ASDの人が社会に出るまでに、学校生活において自らを否定的に捉えてしまうような出来事を数多く体験している例をしばしば見かけます。

「なんでそんなこともできないの?」「人と一緒の行動が苦手なの?」といった心ない言葉がけ、あるいはクラスメイトからのいじめなどです。

そのような体験を持つ人たちに対して、「ダメ」とか「そうじゃない」といったダメ出しベースの教え方・伝え方ではうまくいきません。

具体的に伝えた上でやってもらい、できているところをまず承認する。

その上で、できないところを改善していくという、「前向きな評価」をベースにしたコミュニケーションが必要です。

LDのお子さんは、家や学校だけでなく、その他の時間・場所でも同じ「世界」を生きています。

たとえば、「似たような文字がすべて同じに見えてしまう」という「世界」を生きている子は、道路や駅で看板を目にしても、そこに書かれている文字の意味がわかりづらい可能性があります。

あるいは、「先生の話をうまく書き留められない」という子は、近所の人から話しかけられても、言っている意味がうまく聞き取れていないかもしれません。

そして、「計算が苦手」という子は、買い物のレジでどのお金を出せばいいのかわからず、まごついてしまう……そのようなことも考えられます。

これは当事者の「やる気不足」でも「努力不足」でもなく、脳の特性によるものです。

周囲の大人はそのことを叱るのではなく、「その特性によって生じる問題をどのような工夫で解決できるか?」という視点でサポートしてあげてほしいのです。

最近ではコード決済なども浸透しているため、計算の苦手な子が買い物をするのであれば、「計算せずに済む環境」をサポートしてあげるのが賢明でしょう。

LDを乗り越えて活躍する著名人たち

LDは、「全体的な発達には遅れはないのに」という大前提がつくため、世界的に大活躍している人の中にもLDの公表者が多数います。

俳優のトム・クルーズさんや、キアヌ・リーブスさん。

お仕事柄、台本を頭に入れなければいけないわけですが、他の俳優のように「読む」のではなく、「聞く」という行為で問題をクリアしてきました(若い頃は母親やアシスタントに台本を読んでもらい、録音テープを何度も聞いてセリフを暗記していたそうです)。

たとえ苦手なことがあっても、周囲のサポートがあれば乗り越えられる好例を、彼らは示してくれています。

また、テレビタレントのミッツ・マングローブさんも、文字がうまく認識できないため、読むことが難しい特性を持っています。

難関の慶應義塾大学法学部に合格したキャリアをお持ちですが、「文字をすべて絵としてイメージで捉える」という勉強法で、見事に問題を乗り越えています。

ちなみに、LDは判明しづらい障害のため、成人になってから「自分はLDだったのか」と気づく人もいるようです。

落語家の柳家花緑さんは、その1人です。

読み書きが苦手で、疲れたり緊張したりすると、普段読めている字まで記号のように見えてしまい、読めなくなることがあったと、メディアなどで語っています。

ご本人は「自分の努力不足だ」と悩んでいたそうですが、40歳のとき、テレビの視聴者からの手紙をきっかけに診断を受け、LDと判明したそうです。2017年に公表し、その特性と付き合いながら高座でご活躍されています。

さらに花緑さんは、LDに加えてADHDの特性を持っていることも明らかにしています。

LDに悩みながらも活躍を続けている著名人の障害の乗り越え方・対処のしかたは、当事者の方々、周囲の方々にとって大いに参考になるでしょう。

自らがLDであることを公表している彫刻家のロナルド・D・デイビスさんは、著書の中で「LDの人は言語ではなくイメージによって思考を行い、この非言語的な思考と直感力が特別な才能を生むことがある」と述べています。

LDは困難をもたらすだけのものではなく、ギフテッドとして働くという視点は興味深いものがあります。

ADHDの子どもが成人になり、社会生活を送る上で少し心配な点として、「見ず知らずの他人に対して自分が思ったことを口にしてしまう」という行動があります。

さらに、ASDの方々にも共通する、他人に対して規律正しい言動を求める特徴も見られます。

たとえば、喫煙が禁止されている路上で喫煙者を見かけて、衝動的に大きな声で「そこで吸っちゃダメでしょ! わかってる?」などと注意してしまうような行為です。

ルールを守らない人が当然悪いわけですが、きつい言い方をしたことで相手と揉めてしまうケースもあります。

見ず知らずの他人だけでなく、身近な相手に対しても思ったことを口にしてしまい、それが元でトラブルになり悩む人も多いようです。

社会人になり、入社した会社の上司や先輩に対して、「課長、そのアイデアは絶対うまくいかないですよね?」「先輩、今失敗しましたよね?」といったように、目の前で起こったこと、頭の中にふと浮かんだことをそのまま口にしてしまいます。

その結果、「それ、思っても口にすることじゃないだろ!」「みんなの前で言うことじゃないだろ!」と叱責されてしまうのです。

このような特性をふまえると、社会に出る前にソーシャルスキル(社会生活を送るための技能)を身につけておいた方がいいことは言うまでもありません。

ソーシャルスキルは、多くの子どもたちは幼児期から人とのつきあいで自然と身につけていきますが、良くも悪くも「空気を読もうとしない」ADHDのお子さんは、その基本スキルを身につけていないことがまれではありません。

特別支援学級などにおけるトレーニングでは、専門家が相手の意図や気持ちを理解することの重要性、感情や行動をコントロールする力の磨き方などを教えてくれます。

さらに、人の話を聞くとき、目上の人に挨拶するとき、会話の輪に加わるときなど、さまざまな日常生活の場面を設定し、専門家がお手本を見せてくれたり、本人がロールプレイングで演じてみたりしながら、「こんな場面ではこう行動すればいいんだ!」ということが体感的に理解できるようになっていくのです。

「過剰集中・一点突破」をプラスの個性と見なす

ADHDのお子さんの場合、「好きなものにはとことんのめり込む」という特性があります。没頭の度合いは、定型発達者のレベルを凌駕しています。

その「過剰集中・一点突破」を素晴らしい個性と見なし、本人が打ち込める対象を見つけてあげることが大切だと思います。


芸術の分野などは、没頭できるよい対象です。中でも絵画やイラスト、漫画などは、ADHDの人たちと相性が良いようで、寝食を忘れて描き続けている人が多くいます。

彼らはいろいろなことを想像して新しい試みを考えるのも得意で、起業家にはADHDの特性を持つ人が数多く存在しています。

また、スポーツもおすすめです。

サッカー、ラグビー、バレーボール、陸上競技など、激しい動きを伴うコンタクト競技(相手選手に直接接触する形式の競技)、スタミナの求められる競技で活躍する人が多いです。

「これは苦手」「あれはできない」ということも多いADHDのお子さんに、チャレンジする機会を作ってあげて、「これだ!」という出合いをサポートしてあげてください。

(岩波 明 : 精神科医)