米クアルコムはハワイに400人を超えるジャーナリストとアナリストを集めて開催したイベントにて、「AIに強いモバイルPC向け」のSoC(システム・オン・チップ)「Snapdragon X Elite」を発表しました。カスタム設計のCPU「Oryon(オライオン)」を初めて搭載するチップが、モバイルPCによるワークスタイルやエンターテインメントをどのように変えるのか、解説します。

クアルコムが次期Snapdragonのワールドプレミアで「Snapdragon X Elite」を発表

○ジェネレーティブAI対応を徹底強化

クアルコムは毎年秋にハワイのマウイ島でSnapdragonシリーズのイベントを開催してきました。今年(2023年)は例年よりも1カ月ほど開催を前倒しにして、PCやモバイルデバイス向けの「AIに強いSnapdragonシリーズ」を発表しました。

クアルコムがフラグシップSoCの発表イベント「Snapdragon Summit」を、今年もハワイ・マウイ島で開催

2023年は年初から米OpenAIやマイクロソフトがジェネレーティブAI(生成AI)に関連する話題を振りまいています。イベントが前のめりに開催された背景には「鉄を熱いうちに打ちたい」という、クアルコムの意図があったのかもしれません。

Snapdragon X Eliteは、モバイルPC向けのフラグシップSoCとして位置付けられます

モバイルPC向けのSnapdragon X Eliteには、クアルコムのカスタム設計による新しいCPUのOryonや、毎秒45兆回(45TOPS)の高速演算処理性能を持つAIエンジンが統合されています。

これまでもクアルコムのモバイルPC向けSoCは、Windows OSを展開するマイクロソフトのほか、PCメーカーではHPやレノボ、サムスンなどが支持をしてきました。X Eliteチップを載せたモバイルPCも、密に連携するパートナーと力を合わせて、2024年の半ばごろまでに商品化される見込みです。

イベント会場に登場したSnapdragon X EliteのリファレンスモデルのPC。残念ながら参加者がハンドリングできる展示ではありませんでした

イベントの基調講演のステージに立ったプレジデント兼CEOのクリスティアーノ・アモン氏が、ライバルであるインテルやアップルに対する「Oryonの実力」を比べて見せたとき、イベントの参加者から大きな歓声があがりました。

OryonはIntelのx86プロセッサやAppleシリコンのM2シリーズよりも処理スピードが「速く」、駆動時に消費する電力がさらに「高効率」であるといいます。2024年に各社のチップが搭載されたモバイルPCが出揃ったころ、力関係が改めて評価されることでしょう。

プレゼンテーションするアモンCEO。クアルコムのOryonとAppleシリコンのM2 Maxの比較を紹介。会場が盛り上がりました

○AI・5G・エンタメ――。注目したいPC向けSnapdragonの特徴

筆者はSnapdragon X Eliteが持つ3つの特徴に注目しました。

ひとつはAIの処理能力です。クアルコムがワールドクラスの高性能をうたうAIエンジン「Hexagon NPU」と、PCに搭載する複数のセンサーから寄せられる情報をすばやく正確にさばく司令塔「Qualcomm Sensing Hub」回路により、ジェネレーティブAIが生成する情報の処理をきびきびとこなします。

機械学習処理に特化するAIエンジン「Hexagon NPU」によって、クラウドにつながない状態でもデバイス上で高度なAI処理をこなす実力を備えています

デバイスが搭載するセンサーの情報を処理する司令塔「Qualcomm Sensing Hub」もパワーアップ

特にPCがオフラインでもジェネレーティブAIに関連する機能やサービスが快適に、かつ安全に使えるように、Snapdragon X Eliteチップはファインチューニングされています。実力の目安として、70億パラメータの大規模言語モデル(LLM)に対して30トークン(単語)/秒の速度で処理を実行できるほどであると、クアルコムが伝えています。

筆者は今回のイベントで、開発中のSnapdragon X Eliteチップを載せたモバイルPCのリファレンスモデル+OpenAIの音声認識AIモデル「Whisper」+Metaの大規模言語モデル「Llama」という環境にて、オフラインの状態で人間とのAIチャットを軽快にこなすデモを体験しました。

特に大規模言語モデルで情報検索を行うときなど、最新の情報を参照するにはクラウド接続が必要になりますが、クラウドAIの力を借りなくてもエッジ(PC)側単体で、例えば外国語の翻訳や画像生成を活用した動画・写真の編集などがすばやく、あるいは安全に行える未来には期待感がわいてきます。2024年は「AIパソコン」のブームが確かに到来しそうです。

Snapdragon X Elite搭載のリファレンスPCによるデモ。屋外でインターネットに接続していないモバイルPCが、音声入力によるAIチャットをスムーズにこなす実力を披露しました



【動画】Snapdragon X EliteのStable Diffusionによる高速画像生成!Snapdragon X Eliteのチップを搭載したリファレンスデザインのモバイルPCにて、Stable Diffusionによる画像生成を体験。テキストを入力すると一瞬で画像が生成されます(音声が流れます。ご注意ください)

注目点の2つめは、5GやWi-Fi 7をカバーする高速通信機能です。特にSnapdragonのモバイルPC向けSoCには、クアルコムが自社で開発するセルラー通信用のモデムチップが統合されています。最新フラグシップのSnapdragon X Eliteも、下りピーク速度が10Gbpsに到達する高速5G通信に対応します。

気になるデバイスの消費電力については、クアルコムは処理の最適化によるロングバッテリーライフを実現するとしています。セルラー通信によるネットワーク接続はモバイルワークの安全性向上にもつながります。Snapdragon X Eliteの投入に伴う「5GコネクテッドPC」の本格的なブレイクにも注目です。

Snapdragon X Eliteチップには5GとWi-Fi 7による高速通信機能が統合されています

最後の3つめは、エンターテインメントPCとしても先進的で豊かな可能性があること。クアルコムのSnapdragonシリーズには、オーディオやVR/MRヘッドセット向けのSoCもあります。PCのSoCと連携して音質劣化のないロスレスオーディオ再生を楽しんだり、SoCを搭載するイヤホンとウェアラブルデバイスをスムーズに連携させたりする「Snapdragon Seamless」のソフトウェアによるプラットフォームも新たに発表されました。

クアルコムのオーディオSoCを搭載するイヤホン、ヘッドホンとの組み合わせでロスレスオーディオ再生を実現

米クアルコムのプロダクトマネージメント部門SVPであるZiad Asghar氏は、日本から集まったジャーナリストによるグループインタビューに答えて、次のように語りました。

「ユーザーはこれまで以上に、モバイルPCに対してスマートフォンのように『何でもできること』を期待しています。SnapdragonシリーズのSoCを搭載するデバイスがそれを実現します」

Snapdragon X Eliteを搭載するモバイルPCの評価は、実際の製品がユーザーの手に渡ってから確定します。ライバルのSoCにも目を配りながら、2024年の動向に注目しましょう。

著者 : 山本敦 やまもとあつし ジャーナリスト兼ライター。オーディオ・ビジュアル専門誌のWeb編集・記者職を経てフリーに。独ベルリンで開催されるエレクトロニクスショー「IFA」を毎年取材してきたことから、特に欧州のスマート家電やIoT関連の最新事情に精通。オーディオ・ビジュアル分野にも造詣が深く、ハイレゾから音楽配信、4KやVODまで幅広くカバー。堪能な英語と仏語を生かし、国内から海外までイベントの取材、開発者へのインタビューを数多くこなす。 この著者の記事一覧はこちら