最も遠く最も高エネルギーな「高速電波バースト」の「FRB 20220610A」を観測
短時間に大量の電波を放出する「高速電波バースト(FRB; Fast Radio Bursts)」は、その正体やメカニズムなどに多くの謎があり、現在でも研究が続いています。
マッコーリー大学のStuart Ryder氏などの研究チームは、高速電波バースト「FRB 20220610A」が発生した銀河を探索した結果、今から80億年前の宇宙で発生したものであることを突き止めました。地球からFRB 20220610Aの発生源までの距離は112億光年 (※) であり、これは観測史上最も遠い高速電波バーストです。また、放出されたエネルギーも過去最高の値であり、高速電波バーストのモデルを構築する上で重要な指標となります。
※…この記事における全ての天体の距離は、光が進んだ宇宙空間が、宇宙の膨張によって引き延ばされたことを考慮した「共動距離」での値です。これに対し、光が進んだ時間を単純に掛け算したものは「光行距離(または光路距離)」と呼ばれます。また、2つの距離の表し方が存在することによる混乱や、距離計算に必要な数値にも様々な解釈が存在するため、論文内で遠方の天体の距離や存在した時代を表すには一般的に「赤方偏移(記号z)」が使用されます。
【▲図1: FRB 20220610Aは地球から112億光年離れた合体中の銀河のグループから放出されたと考えられています(Credit: ESO, M. Kornmesser)】
■高速電波バーストとは
短時間だけ強力な電波を放出する「高速電波バースト」は、2007年に発見されたばかりの高エネルギー天文現象です。高速電波バーストは名前の通り電波を放出する天文現象ですが、電波の放出時間は1秒未満しかないにも関わらず、エネルギー量は太陽が数日かけて放出する総エネルギーに匹敵します。そして1つの例外を除き、高速電波バーストは1回だけ観測される周期的ではない天文現象です。
観測された電波の性質から、高速電波バーストは中性子星などの強力な磁場を持つ天体から放出されるとされていますが、詳しい正体や発生メカニズムはほとんど明らかになっていません。このため高速電波バーストに関する研究は、多くの高速電波バーストの観測データを積み重ね、現象を説明できるモデルを構築する段階にあります。
■史上最も遠くエネルギッシュな高速電波バースト「FRB 20220610A」を観測
Ryder氏らの研究チームは、CSIRO(オーストラリア連邦科学産業研究機構)の電波望遠鏡施設「ASKAP」で観測された高速電波バーストのうち、2022年6月10日に「ちょうこくしつ座」の方向で観測された高速電波バースト「FRB 20220610A」について追加の観測を行いました。ヨーロッパ南天天文台(ESO)が運営するパラナル天文台(チリ、アタカマ砂漠)の「VLT(超大型望遠鏡)」を使用し、FRB 20220610Aが発生した銀河がどこにあるのかを追跡しました。
【▲図2: VLTで観測されたFRB 20220610Aの発生場所付近の画像。黒丸で囲まれた領域がFRB 20220610Aの発生場所であり、画像Aのabcでラベルされた白丸は個別の銀河であると考えられています(Credit: S. D. Ryder, et al.)】
その結果、FRB 20220610Aが発生した銀河は、合体中の銀河の小さなグループに属することを突き止めるのに成功し、その赤方偏移の値がz=1.016±0.002であると測定しました。これはFRB 20220610Aが今から80億年前の宇宙で発生し、地球までの距離が112億光年であると言い換えることができ、FRB 20220610Aは観測史上最も遠い高速電波バーストであることになります。
【▲図3: 記録されたいくつかの高速電波バーストの距離とエネルギーの関係のグラフ。赤紫色の星印がFRB 20220610Aであり、グラフの一番右側にある、つまり最も遠い位置にあることが分かります(Credit: S. D. Ryder, et al.)】
また、FRB 20220610Aはこれほど遠いにも関わらず明るく観測されているため、放出されたエネルギーは2×10の35乗ジュールであると推定されます。これは通常の高速電波バーストの1000倍以上であり、FRB 20220610Aは観測史上最も高エネルギーな高速電波バーストでもあることになります。
■失われたバリオン問題にも絡む発見
FRB 20220610Aの研究では、宇宙にまつわる別の謎である「失われたバリオン問題(バリオンミッシング)」にも解決策を与えています。天体などとして観測可能な普通の物質について、初期の宇宙で予測される量と現在の宇宙で観測される量とでは半分以上もの食い違いがあることが知られています。一見 “失われた” ように思える物質は、実際には銀河の間を満たすイオン化した高温のガスとして存在すると考えられています。このような状態の物質は、自ら輝く恒星や銀河などと異なり観測が困難であり、見た目上消えて見えることと整合します。
イオン化したガスは通過する電波にわずかながら影響を与えるため、高速電波バーストを通じて観測することができます。遠い宇宙を通過する電波は、近くの宇宙からやってくる電波と比べて多くのガスを通過するため、より影響が大きくなります。これを「マッカール関係(Macquart relation)」と呼びます。
マッカール関係は比較的近い距離の宇宙では知られていますが、より遠くの宇宙からやってくるいくつかの高速電波バーストの観測により、マッカール関係が成立していない可能性が指摘されていました。しかし今回のFRB 20220610Aではマッカール関係が成立していることが明らかにされたため、宇宙の歴史の半分以上においてマッカール関係が成立していることが示されました。
■FRB 20220610Aが史上最も遠い高速電波バーストである期間は短いかもしれない
高速電波バーストが遠い宇宙でも観測されたことで、その正体が何であれ、宇宙の歴史において普遍的な存在であることが示唆されます。
ただし、FRB 20220610Aが史上最も遠い高速電波バーストの地位にいる期間は短いかもしれません。現在建設中の電波望遠鏡群「スクエア・キロメートル・アレイ」は、FRB 20220610Aよりずっと遠くの高速電波バーストを数千個発見できる可能性があります。また、同じく現在建設中の「欧州超大型望遠鏡」は、スクエア・キロメートル・アレイで発見した高速電波バーストがどこで発生したのかを突き止めるのに役立つでしょう。
Source
S. D. Ryder, et al. “A luminous fast radio burst that probes the Universe at redshift 1”. (Science)Stuart Ryder, Ryan Shannon & Bárbara Ferreira. “Astronomers detect most distant fast radio burst to date”. (ESO)
文/彩恵りり