放送席は空のまま...世界が称賛したなでしこジャパンを評価しないのは「日本」だけだった
日本は日本を知らない。今回の女子W杯を通して、私は強くそう思った。
Jリーグ発足当時からずっと日本のサッカーを見てきた筆者は、近年のその成長ぶりに驚いている。ブラジルでは昔、ヘタなプレーをすると(大変失礼ながら)「おい、日本人みたいなプレーをするなよ!」と言っていた。しかし今、そんなことを言う者はひとりもいない。
1993年、男子の日本代表は世界ランキング66位だった。それが今やどうだ。世界20位でW杯常連国。第9位にまで上り詰めたこともあった。中国もインドも、どんなに大金をつぎ込んでも自国サッカーを強くすることはできていない。今、世界中のスターを爆買いしているサウジアラビアだってそうだろう。唯一、これほどの速さでサッカーを成長させた日本に世界中が敬意を払っている。
そして男子より先に世界の頂点に立ったのが、なでしこジャパンだった。女子サッカー界において、彼女たちは特別な存在だ。強豪のアメリカやドイツ、北欧のチームに割り込んで、優勝を果たしたことがあるのは日本だけだ。
しかし今大会の日本の対応を見ると、彼女たちへの敬意を著しく欠いている気がしてならない。
最初にそれを感じたのは、日本では女子W杯が放送されないかもしれないという、信じられない話を聞いた時だ。確かに今回の放映権はいろいろな問題があった。FIFAのジャンニ・インファンティーノ会長の「女子W杯を男子と同じくらいのものにしたい」という野望のもと、これまで男子W杯と抱き合わせで売られていた放映権が個別となり、多くの国はFIFAが望む金額を提示しなかった。ヨーロッパの主要各国でも交渉は難航したが、それでも6月半ばには落ち着いた。主要国のなかで最後まで放送が決まらなかったのが日本だった。
このニュースはまたたくまに世界中に知れわたってしまった。
「元世界チャンピオンの日本が大会を放送しない?」(『グローボ』紙)、「日本が、女子ワールドカップのテレビ放送打ち切りの危機に直面」(AFP)......。
【多くのブラジル人が日本を応援】
放映権の差額をクラウドファンディングで集めるという話を聞いた時には、日本はどうしてしまったのかと、驚くよりも悲しくなった。日本は金のない国ではない。現在は円安でもあり、かつてよりは羽振りがよくないかもしれないが、それでも世界から見れば堂々たる金持ち国だ。その証拠に、この夏には多くのヨーロッパの名門チームが次々と日本で興行を行なった。パリ・サンジェルマン、マンチェスターシティ、バイエルン・ミュンヘン、インテル......。彼らを呼ぶ金はあっても女子のW杯に払う金はないのだろうか。日本のサッカーにとってどちらが重要なのかは、はっきりしているというのに。
今年2月にアメリカで開催されたSheBelieves Cupでも、日本の試合は1試合もテレビで放送されなかったと聞いた。世界的に女子サッカーがどんどん盛り上がるなかで、日本は逆行している。その思いは大会が始まってより強くなった。
今回のなでしこジャパンはすばらしいチームだった。この大会は番狂わせが多く、ブラジルは予選で敗退し、アメリカも早々に消え去った。しかしそのなかで、日本のモダンで聡明で勇敢なプレースタイルには誰もが喝采を送っていた。
優勝したスペインに唯一、勝利を収めた日本。写真は先制点を決めた宮澤ひなた photo by Reuters/AFLO
ニュージーランドのニュースメディア『Stuff』は、FIFAのテクニカルチームの意見も参考にして、グループリーグのベスト11を発表した。そこに最も多くの選手が入ったのは日本だった。DFの熊谷紗希、MFの長谷川唯、そしてFWの宮澤ひなたと田中美南と、11人中の4人が日本人選手だった。そしてラウンド16までの間で最も称賛された監督は日本の池田太監督だった。
日本の皆さんは知らないだろうが、ブラジルが敗退した後、多くのブラジル人が日本を応援することに決めた。ブラジルのマスコミも、なでしこジャパンを大きく取り上げ、ブラジルの選手たちまでもが、今回のW杯のお気に入りチームに日本を選んだ。ブラジルサッカー界の女王マルタに、どこがワールドカップで優勝するにふさわしいか尋ねると、彼女は迷うことなく「日本」と答えた。
【現地からの実況はなかった】
日本は今回世界女王となったスペインをグループリーグで破っている。それもカタールW杯でサウジアラビアが優勝したアルゼンチンに大苦戦の末、1点差で勝利したのとは違い、4−0という大差をつけて。完ぺきな勝利だ。そして大会得点王には宮澤ひなたが輝いた。
しかしそんなすばらしいチームに対しても、日本の関心は最後まで薄かった。最終的に放送を決めたNHKだが、現地の放送ブースに彼らの姿はなかった。彼らは最後までニュージーランドに来ることはなかった。1勝もできずに敗退したパナマだって、それを重々承知で、2つのテレビ局が取材、中継に来ていたというのに。ブラジルでは大会をテレビ、ラジオ、ストリーミングで中継し、現地には約60人のジャーナリストが来ていた。ブラジルから現地に来るのは、物価や距離を考えると、日本人よりはるかに大変だったはずだ。
なぜ日本は日本を応援しないのか、世界中が疑問に思っている。
現地に来ていた数少ない日本のジャーナリスト(彼らの多くはフリーランスだった)に私は率直にその疑問をぶつけてみた。国内が盛り上がっていないから。高校生の野球の大会があって今はそっちのほうに関心があるから。世界水泳やラグビーW杯があってそっちにお金がかかるから......。だが、テレビやメディアが報道しなければ、盛り上がらないのは当たり前だ。興味を持たすのがメディアの仕事ではないか。
日本にはもっとこの大会と女子サッカーを盛り上げるチャンスがあったはずだ。初戦でザンビアに大勝した時、スペインを破った時、ベスト16に出た時。しかし結局、放送ブースは空っぽのままだった。スタジアムに来ていた記者の間では「今日も日本は現地実況しなかったよ」とジョークのように言われていた。
それはつまり、彼女たちにはその価値がない、コストがかかりすぎると判断されたのだ。彼女たちはあなたたちの国を代表して戦い、日本の国歌を歌ったのに。
日本のメディアに関わっていると、しばしばある違和感にとらわれる。日本のメディアは先にストーリーを作ってしまうことが多く、それに沿って報道する傾向があるのだ。だが、大会の行方がどうなるのかはメディアが決めることではない。これは選手はもちろん、サポーターに対しても失礼なのではないだろうか。
スウェーデン戦の前に、ひとりの日本人サポーターと話をすることができた。彼女はこの1試合を見るためだけにニュージーランドに来て、そして翌朝にはとんぼ返りで日本に戻るという。彼女は言っていた。
「みんなが『今回のなでしこには希望はない』と言ったから、それを信じて休みも取らなかった。でもそれは違った。だから1試合だけでも見たくて強行スケジュールでやってきたんです」
世界はなでしこジャパンのすばらしさを見た。それと同時に、日本の女子サッカーに対する冷たさを目の当たりにした。「報道」という観点からは、残念ながら悪い印象を残してしまった。日本を評価しないのは日本だけだった。