F1復帰に向けてホンダの開発は遅れ気味も間に合うのか 世界一のパワーユニットを作った技術力に確固たる自信あり
2026年「ホンダF1復帰」の青写真(後編・技術編)
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現在、栃木県さくら市のHRC Sakuraでは、2026年に向けたF1用パワーユニット開発が急ピッチで進められている。
2025年まで開発凍結されている現行パワーユニット規定では出力・回生の両面でトップレベルの性能を誇るホンダだが、2026年以降もそのアドバンテージを保持することができるのか。
現在850馬力近いパワーを生み出しているICE(内燃機関エンジン)は、2026年規定では燃料の100%サステナブルフューエル化とエネルギー制限によって3割ほどパワーが落とされ、545馬力前後になる。その代わり、電動アシストのMGU-K(※)が475馬力(350kW)に増大する。
※MGU-K=Motor Generator Unit-Kineticの略。運動エネルギーを回生する装置。
F1の歴史に名を刻んできたホンダのパワーユニット
ホンダのF1プロジェクトLPL(ラージプロジェクトリーダー/総責任者)を務める角田哲史HRCエグゼクティブチーフエンジニアは、まずICEはほぼ刷新されるという。
「(現行型と違う点は)ほとんどですね。エンジン本体の主要寸法の範囲指定がかなり細かく決まっていて、既存メーカーの主要寸法をFIAが聞き取って、今後参戦してくるメーカーもほぼ同じような寸法で設計できるようにして、つまりICEであまり差が出ないようにしたというところです。
補器とか構造体はそんなに変わりませんが、燃焼構造とかピストンやクランクといった基本ジオメトリーは我々と違う寸法になってしまったので、そこは信頼性も含めてかなりやり直しをしなければならないと思っています」
エンジン吸気の圧縮比が下げられることや高額センサーの廃止といった規定も、実はホンダのアドバンテージを直撃する変更点だという。
ホンダが2018年後半戦から投入し、進化を重ねてきたことでパワーの源となっていた自着火高速燃焼技術は、ノッキング(異常燃焼)すれすれの燃焼を燃焼室内の高額なセンサーによって極めて特殊な制御を行なうことで実現していた。しかし、こうしたセンサーが禁じられれば、たちまち制御ができなくなってしまうからだ。
ホンダPUの開発を統括する角田哲史LPL
「シリンダーの中の圧力センサーというのはものすごく高額なんですが、これはもう使うのをやめようという規則になりました。我々のエンジン(の高速燃焼)はこのセンサーをうまく使って制御をしているんですが、これがなくなると制御をどうしていくのかというのが課題になります。
それと共通部品に関して言えば、たとえばインジェクターはメーカーが違えば噴霧の形が違いますので、非常に短い時間でバルブを開け閉めする中では大きな変化になります。もし今、使っているのと別メーカーのインジェクターになると、そこへのマッチングもしていかなければならなくなります」
高速燃焼技術を取り上げられた格好になり、別の方法でそれを実現することを模索していかなければならない。
「我々としてはかなり痛手です。しかし我々としては、与えられた環境(2026年規定)で高速燃焼をもう1回、作り出したいと思っています。ただ、物理的に弱体化するのは避けられないので、いろんな燃焼形態をトライしている最中です」
そのほかにも、MGU-H(※)が廃止される影響もある。MGU-Hのモーターを使ってタービンを回し、ターボラグを抑えるEブーストが使えなくなるため、エンジンのトルク特性や制御も対応が迫られる。
※MGU-H=Motor Generator Unit-Heatの略。排気ガスから熱エネルギーを回生する装置。
それに加えて、1周あたり9MJという現行の4.5倍ものエネルギーをMGU-Kから発電しなければならない。ブレーキング時の制動力だけでは到底足りないため、加速時やコーナリング時などパーシャルスロットル時にもエンジンを全開にし、MGU-Kの抵抗によって発電しつつトルクをコントロールするという特殊な制御が必要になる。エンジンの全開率は90%にも達し、耐久性も求められることになる。
【第4期は初期トラブルが多発】続けて角田LPLは語る。
「フルブレーキング時以外はほぼ全開で走らなければならない、というかたちになります。つまり、フルブレーキングからコーナーを曲がり始めたパーシャルスロットルの状態でも、エンジンは全開でMGU-Kから発電する、発電することでブレーキを掛けてトルクをコントロールするということになります。
コーナリング中に一生懸命MGU-Kから発電して、バッテリーに充電するというわけです。なので、燃料のエネルギーは30%減るんですが、全開率はかなり上がります。たとえばモンツァでは、おそらく全開率が90%くらいになります」
現在はテスト時間規制のない単気筒でのベンチテストを中心に開発テストを進めており、並行して2021年型をベースにMGU-Hを取り外した暫定型を仕立て、エンジン挙動の学習を進めている。
サステナブル燃料は世界最大の石油エネルギー企業であるサウジアラビア国営のアラムコとタッグを組んで開発することになるが、アラムコにはすでに他メーカーの経験者が加入しているほか、今季からはF2およびF3に55%サステナブルフューエルを供給している。ホンダもこれまでエクソンモービルとF1燃料を共同開発してきた先進技術研究所がノウハウを持っている。
120kW(約160馬力)から350kWへと約3倍になるMGU-Kも、すでに試作機ができており、ベンチテストが着々と進められてさらなる高効率化、熱によるロスの低減が進められている。
「モーターとしては、小さくて発熱が低いものが勝負どころになります。あとは、モーターで発電したエネルギーがバッテリーやコントローラーを通ってまた出て行った時、それぞれ少しずつ目減りしてしまうんですが、それが目減りしないようにすること、バッテリーの劣化をいかに抑えて新品と同じくらいにキープできるかで、けっこう大きな差が出てくると思います」
MGU-Kの駆動系は、第4期の初期にトラブルが多発して苦労した領域であるため、2026年の参戦を見据えてかなり先行開発を進めていたという。2021年かぎりで撤退したあとも、技術者をHRC Sakuraに残して基礎研究を続けていたのは、この分野だ。
【ゼロからのスタートではない】「我々は第4期にMGU-Kの駆動系にすごく苦労して、最終的に信頼性があるものを確立するのに2年以上かかったという痛い思い出があります。
モーターが大きくなると、モーターのローターのイナーシャ(物体が持つ慣性)が非常に大きくなる。そうすると、クランクシャフトとモーターというそれぞれ違う動きをしているものを駆動でつなぐところにものすごい力が瞬間的にかかり、それによってギアや駆動シャフトが壊れるというトラブルをすごく抱えました。
これを解決するのに、ものすごい時間がかかった。なので我々としては、ここは早く着手しなければならない大きなポイントのひとつと捉えていました」
バッテリーは2021年後半戦に投入した現行型でも大きなアドバンテージがあり、効率面でも劣化面でも優位に立っていた。「それをベースに開発して、"まぁまぁ"のものができつつある」と角田LPLは語る。
ライバルメーカーたちはすでにV6エンジンでのベンチテストを進めており、年内にはハイブリッドシステムをすべてつなげた状態でのテストも開始するという。それに比べれば、ホンダの開発はやや遅れている。
しかしそれは、ライバルたちが早々に2026年型の開発を開始したからだ。2022年3月に現行型の開発凍結をした瞬間から2026年型にフルコミットしてきたのに対し、ホンダは2020年10月に撤退発表をしてから2026年参戦が決まった今年4月までは、限られた基礎開発しかできなかった。その不利は間違いなくある。
だが、第4期のようにまったくのゼロからのスタートではなく、前述のとおり体制面でも開発面でも第4期からの継続性がある。そして2026年まで開発期間もまだ残されている。
「ライバルメーカーは2022年にフリーズされる現行PUのホモロゲーション(認証)を出してから、2026年に向かってまっしぐらのはずですから、その部分の遅れは取り戻さなければいけないと思っています。
ただ、基礎研究をしていたところが前回の第4期とかなり違うところで、MGU-Kの駆動系がカギになるとかバッテリーがカギになるといったポイントがわかっていましたから、そういう部分については基礎研究をしておくだけの予算は確保していました。なので、方向性はある程度見えているというステージからスタートできると思っています」
第4期、ホンダは世界一のパワーユニットを作りあげてきた。
だからといって、そのまま2026年規定でも世界一のパワーユニットができるということではない。ただ、ホンダにはどん底から頂点まで這い上がった経験と自信がある。どんなに険しい道でも、自分たちが独自の道を切り拓いて、必ずや世界一の頂点に辿り着けると自信を持って、目下開発に当たっている。
難問に挑む技術者たちの目は、光り輝いていた。それこそがまさに、ホンダがホンダである理由であり、2026年に始まる第5期F1活動は、そんな「ホンダらしさ」の結晶になるはずだ。
<了>