外国人観光客のさらなる増加も見込めることもあり、日本株への期待は高い。だが一時的に下落する懸念は消えない(写真:ブルームバーグ)

日米の株価指数は上値の重さが目立ちはじめており、ジリジリと軟化しているように見える。

終値ベースでは、NYダウ(工業株30種平均)は今のところ8月1日が今年の最高値となり、TOPIX(東証株価指数)もやはり同日が高値となっている。

また、一時テスラやエヌビディアといった「花型銘柄」によって押し上げられていたナスダック総合指数は、それよりもやや早く7月19日に高値をつけている。さらに日経平均株価は、5月以降買われすぎの上に買われすぎを積み上げ続けてきたが、ナスダックよりも早く7月3日が今年の高値となっている。

中長期の展望はともかく、足元の実態から乖離して投資家がハヤしていたような銘柄から、株価が先行して崩れているようだ。例えば、生成AIなどの「何らかのテーマ」や、日本企業の経営改革による低PBR(株価純資産倍率)改善期待などの「構造的変化」で大きく取り上げられたような銘柄群だ。

今は「買われすぎ」の株価が「適正な位置」へ戻る過程

つまり、今の日米株価の上値の重さは、別に新たに深刻な悪材料に起因するわけではない。以前から存在する実体悪を無視して上に向かっていた株価が、とうとう無理が露呈して、「正常化」あるいは「自律崩壊」という形で下がり始めているにすぎない。

筆者は、今後もこうした「正常化」が進むと見込んでいる。それは、悲観的どころか極めて楽観的な見解だ。例えば日経平均については「遠からず2万7000円近辺に下押しする」という予想は変えていない。ただし、下押しと言っても、単に「買われすぎている株価の正常化」であって、何か深刻な悪材料が台頭して長期株価下落基調に陥る、ということではない。単なる「適正な位置」への「仕切り直し」にすぎない。

とすれば、不幸にして筆者の見通しがこれから的中し、日経平均が2万7000円近辺に下がれば、そこはパニックになって株を投げ売りするような局面ではない。むしろ手持ちの現金から買い増しを図るべきだろう。今はとくに何もせず、じっと下値を待てばよいと考える。

もちろん、細かく時間分散して、今から少しずつ買い下がって行くことも望ましい。たとえば日経平均が3万2000円の時点で日本株を買い、その後日経平均が2万7000円に下がったとしても、そのまま放置すれば、今年末あたりから来年にかけては3万2000円超えが期待できる。

もちろん、どういう投資行動をとるかは、それぞれの投資家の自由であって、筆者があれこれ差し出がましく助言するようなことではない。余計なことを申し上げたかもしれない。

アメリカの国債格下げは深刻な悪材料だったのか?

以上が市場の全体観だが、この後は個別にアメリカ株や日本株をもう少し掘り下げたい。

最近、アメリカや他の主要国株に波乱をもたらしたのは、アメリカの国債格下げだった。具体的に言うと、1日のアメリカ市場の引け後(東部時間で同日の17時頃)に、格付け企業であるフィッチ・レーティングス(以下「フィッチ」)が、アメリカの長期発行体格付けを、AAAからAA+へと1段階引き下げた。ただ、この材料は、想定外でも驚愕するような内容でもまったくなかった。

まず、格下げ自体、フィッチはすでに5月下旬に格付け見通しを「ネガティブ」としていた。これは「将来格下げを行なう方向で検討している」という意味だ。格下げの日のタイミングこそ予想されてはいなかったものの、あらかじめ格下げ予告をしていたフィッチが、それを実行したにすぎない。

また、今回の格下げで「アメリカ国債はデフォルト(債務不履行)の危機に瀕している」などと考える人はいないだろう。アメリカから他国の国債に大量に資金を移す投資家もいないだろう。

さらに、2日に同国財務省が8〜10月の国債発行計画を発表し、その金額(定例入札分で1030億ドル)が5〜7月期(同960億ドル)よりも多かったため「債券の需給悪化が追加で悪材料視された」との見解も聞く。

しかし、これもおかしい。財務省は5月いっぱいまで、債務上限の引き上げを巡って議会でドタバタ劇が演じられていた間、すでに連邦債務が上限に突き当たっていたため、国債を発行できず、預金を取り崩すなどして、やり繰りを続けていた。

したがって、債務上限の凍結が決まった後、一気に財務省が資金を手元に取り戻そうとして国債を増発しそうなことは自明であり、驚きであるはずがない。実際、すでに国債発行計画の発表前には、主力メディアから「財務省が発行総額を増額する」との観測記事が流れていた。

それでもアメリカの株価指数が、国債格下げの報に影響を受けたのは、株式市場が「アメリカは景気も強いし、足元の企業収益も予想より良いし、連銀はどうせ金利は上げないだろう」と、いいところ取りに走り、現実に存在する、あるいは確実に予期される投資環境の悪化を、ことごとく無視して株高を演じていたからだ。

現実無視のアメリカ市場は突然崩壊するリスクも

その楽観の行きすぎも、同国の企業収益面から推し量ることができる。市場が「予想より良いので株高材料だ」と騒いできた4〜6月期の決算実績はどうだったか。

調査会社のファクトセットの集計によれば、S&P500種指数採用銘柄の1株当たり利益前年比は、3.6%減益で着地した模様だ。減益という「現実」を軽視しての株高騒ぎとなったため、結果として先週末のS&P500指数の予想PER(株価収益率)は19.1倍と、通常のレンジである15〜18倍を上に突き抜けて、明らかに割高だとの信号を発している。

国債の格下げや国債の増発に関しても、「少し前までありえなかったものがいきなり表れた」ということではない。すでに存在している投資環境の悪化を、まったくなかったことにして株高に走っていたが、「存在しているものはやはり存在した」というだけで、今回は「市場が勝手にうろたえたのだ」と解釈できる。

こうした砂上の楼閣の上に楼閣を重ねたアメリカの株式市場においては、今後も大した悪材料でないものが表れても、もしくは何の材料もきっかけもなくても、突然激しく株価が崩壊する展開もありうる。暗闇の中で崖に向かって進んでいくと、どこが崖であったかは、落ちてみるまでわからない。

さて、日本株に話を移そう。筆者は、日本株も「買われすぎの上に買われすぎを積み重ねている」と述べてきた。これは企業収益対比での株価分析についてではない。とく5月以降、「東証が低PBR企業に改善を求めているから買い」「日本経済がデフレを脱却し、健全なインフレ状態に移行するから買い」などといった見解を「ネタ」とした株高だったからだ。

筆者は「低PBR改善に向けた日本企業の経営改革はまったく進まない」「日本経済はデフレ状態をずっと脱却できない」などと予想しているわけではない。ただ、そうした構造的な変化は簡単には進まず、かなりの努力と時間を要すると考えているだけだ。

日本株を買い上げた「海外投資家の正体」

ところが、この間、日本株を大いに買い上げた海外投資家は以下の2種類存在した。(1)構造改革が本当に進むかどうかには関心はなく、それを「ネタ」として割り切り、「日本株が上振れするなら、先回りして株価指数先物を買っておこう」という短期筋、(2)「構造改革は短期間に大いに進む」と考えて、日本の現物株を買った「ツーリスト投資家」(日本株投資の経験がほとんどない投資家)」である。これらは、筆者自身の取材などを基に、以前からこのコラムでも指摘してきたとおりだ。

最近は、この点で日本経済新聞も興味深いコラムを掲載していた(8月5日朝刊「スクランブル」欄の「海外勢手じまい売り重荷 企業の緩慢な変化に嫌気」)。同欄では、「脱デフレや東京証券取引所による上場企業のPBR改善要請などを手掛かりに買い進めてきた海外勢が日本株の持ち高を減らす動きが目立つ」と分析しており、そうした日本株売りの背景として、「日本企業が変化に緩慢」であることを理由に挙げている。

この日経の記事を読んで「えっ、海外投資家がPBR改善期待で日本株を大いに買い上げたのは、せいぜい5月以降だよね? 今はまだ3カ月経ったかどうかなのに、海外投資家はそんなに短期間に日本企業が改革をどんどん成し遂げると思ったの?」と、驚いた人も多かったのではないだろうか。

まさにその通りだ。日本についてどころか、もしかすると株式・経済・企業分析も熟知しているかどうかも怪しいツーリスト投資家が、ありえない短期間での日本企業の改革期待を勝手に抱いて日本株を大いに買い上げたが、今は「そうした期待は実現しなかった」と勝手に失望して、日本株を売りに回り始めたのだろう。

株価の「崩壊」本格化なら、悲観論加速も

つまり、5月以降の日経平均の急騰をもたらした海外投資家の買いは「幻想」に支えられたもので、これから株価は地に足が着いた妥当な水準へと「正常化」する、と見込むべきだろう。

そうした「仕切り直し」が完了してから、低PBRの改善や経済全体のデフレ脱却がどの程度進んでいくのか、それをじっくり見極めながら長期目線で見ている投資家の買いによって、日本株が徐々に上昇していくものと予想している。

ごく目先の日本株については、中国が日本を含む諸国への団体観光客の訪問を解禁したことや、1ドル=約145円まで進んだ円安などにより、株価の下落が抑えられている。また、何度か日経平均が3万2000円を若干割れる程度で反発してきたため、何となく3万2000円が心理的な支持ラインとなっている。

ただ、株価の下落が本格化し、3万2000円を深く割りこみ始めると、そのこと自体が自律的な崩壊を招き、かえって悲観論が加速する可能性が高いと懸念している。

(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

(馬渕 治好 : ブーケ・ド・フルーレット代表、米国CFA協会認定証券アナリスト)