現在、東京大学大学院のギフテッド創成寄付講座で、当事者として研究協力をしている吉沢さん。自分と同じように苦しむ人を減らすため、第三者が声をかけやすいよう名前と顔を出すことを選んだ(撮影:高橋奈緒/朝日新聞出版写真映像部)

世間では「ギフテッド」と呼ばれることもある、才能を持つ子どもたち。文科省がその支援のために2023年度予算案で8000万円を計上するなど、日本でも注目を集めるようになってきていますが、突き抜けた才能を持つ一方で、IQの高さや並外れた知能の発達ゆえに問題を抱えるケースも少なくありません。

なぜ彼らは困難を抱えるのか? そして、なぜ教育はその才能を伸ばせていないのか? 『ギフテッドの光と影 知能が高すぎて生きづらい人たち』より一部抜粋・再構成してお届けします。(前編はこちら

能力ゆえの悩み、初めて肯定された

人間関係に苦しみ、3社目の会社に転職。人事データの分析を担った。自身の存在意義を探し求めるため、まっすぐ自分の道を進んで何が起きるか見届けようとした。

上司が吉沢さんの考えをよく思っていないからなのか、すでに経営層まで承認を得た企画を進めようとすると、上司から計画を変更するよう圧力をかけられた。自分の成果を横取りされたこともあった。多様性と公正をうたう会社の理念に従って、「人として間違っている」と感じた行動には異議を主張し会社にも訴えた。だが、「あなたは間違っていないし、周囲に問題があるのはわかるが、対応するこちらの立場と労力も考えてほしい、うまくやってくれ」と突き放され、状況は変わらなかった。

別の同僚からは「私は静かに業務をしたいので、あなたが上司や同僚と衝突するのは迷惑だ。私は『サラリーマン』ができる」とも言われた。面談の内容がねじ曲げられ風評を流されることもあった。匿名で行っていた発信活動を同僚に発見され、アウティングの被害にも遭った。

「人間には自分のための能力と社会のための能力があります。その中で自分の行動基準や能力は、社会に向けたものに偏ってしまっていると感じます」と吉沢さん。

「自分の能力で社会に役立てられている部分はあると感じていますが、なかなか自分には返ってきません。遠くの人に喜ばれ、近くの人に嫌われます。遠くからは応援されるが、みんな近づいてきてはくれません。そういう世の中の構図に失望しましたが、それを自身で確かめられたことに満足もしました」

苦しくても、正しいと思う行動を取り続けることができた。そんな自分の矜持を保てているうちに死のうと考えた。2020年12月、自殺を企てた。未遂となり、翌日から仕事を休職した。「最期まで魂の形を保ちたい、胸を張れる自分でいたい」。その思いから、遺書にはつらかったことや恨みではなく、周囲への感謝だけを書き残した。

もともとは、人間とは、社会とは、自分とは――。そういった抽象的な問いかけを探求するために、自分をいろいろな企業に投げ込んで実験してきた。その答えを出した以上、もはや何のために生きているのかわからず、頭は真っ白な状態だった。心理検査やカウンセリングを経て、自分とは何か、どのような特性なのかを調べているうちに、ギフテッドにたどりついた。

東京大学大学院総合文化研究科で「ギフテッド創成寄付講座」を開いている池澤聰(さとる)さんに出会った。そこで初めて、吉沢さんの悩みが「能力があるからこその悩みなんです」と言われた。

「初めて自分を肯定してくれる人で、とにかく『助かった』という感覚でした。少しずつ自分を許していってもいいかなと思えるようになりました」

自分の「取り扱い説明書」を渡す

そこから、ギフテッドについて調べ、自分がこれまで周囲と折り合えずに苦悩してきたのは、ギフテッドゆえの特性からくるものだとわかった。頭も心もセンサーが敏感で、正義感が強い。視野が広く、日常にある疑問や矛盾に気がつきやすい。説明書は読まず、触って覚える。枠の中にはめ込まれるのが苦手で、自分で創造するのが得意。自分の特性とはどういうものなのかがクリアになっていった。

休職中でどん底の状態だったが、勤務先に戻ることは現実的でなかったため、転職活動を始めた。開き直って、履歴書には、心に負荷がかかって休職していること、自身にギフテッドという特性があるということも書き加えた。

IT企業の1次面接を受けることになり、面接担当者からは、ギフテッドについて聞かれた。ギフテッドというのはどういう特性なのか。能力を発揮するためには、どういう支援が必要なのか。吉沢さんは、正直な思いを伝えた。

「自分が過去に成功したのは、いずれも人とやり方は違ってでも、勝手に動かせてもらえた時でした。不躾なお願いですが、もしご一緒することになったらそうさせてほしいです」

最終面接でもギフテッドの話題になり、面接担当者からは「会社にもそういう人はたくさんいると思うよ」と言われた。吉沢さんは、「当たり前の存在として見てもらえる」と安心できたという。入社してからは、自分の取り扱い説明書を渡した。

「自分はプロジェクトのようなチームを組む動きより、人より先を一人で突っ走って成果を形にします。つなぎ役はそれが得意な人にお願いします」と伝えた。そうした吉沢さんの得意分野を活かしたことで、成果も出ている。社内の個人MVPにノミネートされたり、人事データを分析する外部のコンペで表彰を受けたりした。

ただ、こうした能力の発揮の形を会社に認めてもらうのには課題を感じた。長所を活かし短所を周りにフォローしてもらうという働き方が減点対象となり、周囲と同じ働き方を目指すことがキャリアとして求められた。今後、社内で多様な能力が活かされるためのモデルケースになれるよう対話を続けているが、まだまだ壁は厚いと感じている。

なじまなくたっていい

ギフテッドは、「知能が高くて、社会性が低い」という誤ったイメージを持たれがちだ。「本当に頭が良い人は周囲とうまくやるはずだ」という批判を向けられることもあるかもしれない。しかし、知能が高く、視野が広いからこそ、方法や目指すゴールが周囲と異なるのかもしれない。

ギフテッドの特性として、複雑で論理的な洞察力や正義感などがあることがこれまでの研究で指摘されている。吉沢さんの仕事の目的は、上司の顔色をうかがうことや社内政治をすることではなく、会社や社会が良い方へ向かうこと。まっすぐに最適な方法を模索することを周囲が理解できなかったのではないか。


(撮影:高橋奈緒/朝日新聞出版写真映像部)

吉沢さんはギフテッドをスポーツカーで例えてくれた。

「スポーツカーで公道を走ろうとすると、ブレーキを踏みながらヨロヨロと走ることになります。走りやすい道を用意してくれる人や、助手席に乗ってくれる人など、アクセルを踏み続けられる環境が必要」だという。「自由に走れる環境があれば、勝手に走る」。それがギフテッドなのだという。

なんでもバランスよくできる優等生に憧れるかもしれないが、それを目指す必要はない。大谷翔平選手が将棋を指せる必要はないし、藤井聡太さんが時速160キロのボールを投げられる必要もない。


(撮影:高橋奈緒/朝日新聞出版写真映像部)

ギフテッドの特性や得意不得意を知ってもらえたら

「多様性」をうたう会社も多いが、本当の意味で「人と違う」ということを認めてくれる会社はそう多くはないのかもしれない。扱いづらい、周囲の意見を理解できないなどとすでに排除されているギフテッドもいれば、自身が周囲から浮くことを恐れて才能を隠しているギフテッドもいるかもしれない。


これからギフテッドが浸透し、採用しようという会社が出てきた時には、ギフテッドの特性や得意不得意があるということを知ってほしいという。

「ギフテッドはなんでもできる夢の人材ではありません。優秀なのではなく、特殊ということを知ってもらいたいです。扱いづらい点もあるかもしれません。会社として必要な能力と思ってもらい、能力を守って活かす方法を考えてもらえれば、お互いに良い結果を与え合う関係になれるのではないでしょうか」

現在は、東京大学大学院のギフテッド創成寄付講座で、当事者として研究協力をしたり、講演会で適応に苦しんだ体験を話したりしている。自分と同じように苦しむ人を減らすため、第三者が声をかけやすいよう名前と顔を出すことを選んだ。

「人と違うことは決して悪いことではない。だから人と同じになろうとするのではなく、人と違う自分のことを認め、嫌いにならずにいてあげてほしい。そして、周囲の方々には、伸ばそう、教えようとするのではなく守ってあげることを大事にしてほしい」

(※吉沢さんの年齢は2023年3月時点のものです)

(阿部 朋美 : 朝日新聞・CDPソリューション部)
(伊藤 和行 : 朝日新聞・記者)