これでは地震大国・日本では何も造れない…無意味な「タラレバ」でリニア妨害を続ける川勝知事のデタラメ
■今度は「残土置き場」に難癖をつけ始めた
リニア中央新幹線の南アルプストンネル静岡工区工事で発生する約360万m3の大規模な残土を保存するために、JR東海が建設を計画する燕沢(つばくろさわ)付近の残土置き場をめぐり、静岡県は2023年8月3日夜、県地質構造・水資源専門部会を開いた。
静岡県の環境コンサルタントも務め、県の利害関係人だった塩坂邦雄委員(株式会社サイエンス技師長)が「下流側に影響を及ぼすリスク(危害・損害などを与える可能性)」を問題提起し、燕沢の残土置き場の位置選定に課題があるとして、JR東海に「計画を見直せ」と迫った。
ただ約4時間にも上る議論の中で、塩坂氏や県当局から具体的にはどんな「下流側に影響を及ぼすリスク」があるのか説明がなかった。
■「下流側」には人家も建造物も何一つない
塩坂氏の言う「下流側」とは、実際には4、5キロ離れた椹島(さわらじま)周辺を指している。
南アルプス登山基地である椹島周辺は集落などから遠く離れた山間にあり、人家などは全くない。そこからさらに約10キロ離れた下流には中部電力の畑薙第1ダムがある。
万が一、残土置き場が崩壊するような事態になったとしても、土石流等は最悪でも畑薙第1ダムでせき止められる。
となると、「下流側の影響」と言っても、人的被害や建物損壊などは全く想定されないのだ。
椹島から最も近い集落は静岡市井川地区であり、畑薙第1ダムよりさらに10キロ以上も下流域に位置する。当然、「下流側に影響を及ぼすリスク」など井川地区には何の関係もない。つまり、危害・損害を与える危険性など何もないのだ。
地質を専門にする塩坂氏の唱える「リスク」とは、県民の財産や生命などとは全く無縁であり、南アルプスが有する特殊な地質から大地震などが起きた場合の燕沢周辺の崩壊などの可能性を問題にしたに過ぎない。
もし、南アルプスの自然環境保全等だけを目的に、天然ダム(河道閉塞)の崩壊等の可能性に備えるならば、崩壊地対策や河川改修、護岸整備をいまのうちにしておく必要がある。その責任と役割を担うのは、JR東海ではなく、河川管理者の静岡県である。
実際は、静岡県は、県民の財産、人命等を守ることを最優先にした行政に取り組むのが本来の仕事である。今回の「リスク」は、川勝知事が「命の水を守る」として、リニア工事による大井川中下流域の水環境への影響を議論してきたこととも全く違う。
この日の県専門部会は、想定できない天災が起きることによって、JR東海の残土置き場が管理不能となると大騒ぎして、人家等もない下流域に影響がある可能性を議論しただけである。
本稿では、「山梨県の調査ボーリングをやめろ」の川勝平太知事のリニア妨害に続いて、今回の「燕沢の残土置き場をやめろ」が、いかに静岡県行政の責任と役割を逸脱しているのかをわかりやすく伝える。
■JRは法律基準を満たした建設計画を発表
大井川源流部に建設される燕沢の残土置き場は、リニアトンネル建設予定地と椹島のほぼ真ん中辺りの林道東俣線の河岸側に設置が計画されている。高さ65メートル、長さ290メートル、奥行き600メートルで、トンネル工事で発生する残土(約370万m3)のうち、約360万m3を盛り土する計画である。
当初、JR東海は、残土置き場として標高約2000メートル付近の扇沢源頭部も想定していたが、山体崩壊の危険性があるなどの指摘から計画を変更した。
JR東海は南アルプス地域の特殊性を認識して、燕沢付近の現地踏査やボーリング調査等を実施。法律の定める以上の安全性などをすべて満たした上で残土置き場に決定し、構造物等の設計をした。
2018年夏から始まった県専門部会で、JR東海は燕沢の崩壊対策などを詳しく説明してきた。構造物の排水、安全性・耐震性、背後地山・周辺地形の確認、深層崩壊の確認、施行管理、維持管理、異常時対応などに問題がないことを具体的に示した。この中で、過去の論文等を基に燕沢付近での深層崩壊の可能性が非常に低いことも説明している。
これまで専門部会で「燕沢が残土置き場にふさわしくない」といった議論など一度もなかった。
■塩沢氏が挙げた「リスクのオンパレード」
ところが、塩坂氏は8月3日の県専門部会で突然、「下流側に影響を及ぼすリスク」を唱えたのだ。さらに、「広域的な複合リスク」として、多発的な土石流等の発生するリスク、斜面崩壊の発生リスクまで課題として挙げた。
塩坂氏いわく、大地震や豪雨により大規模土石流が発生すると、燕沢の残土置き場付近で天然ダム(河道閉塞)ができるリスクがあり、この天然ダムが崩壊した場合、残土置き場の盛り土が侵食されるリスクがあるという。さらに多発的に土石流が発生するリスクや、河岸侵食による斜面崩壊が発生するリスクも挙げている。
まさに「リスク」のオンパレードである。
ただ、すべてのリスクは、大地震や豪雨などが起きた場合を想定する「タラレバ」の話である。つまり、塩坂氏の持ち出したリスクは、すべて大地震、豪雨という予測不能な規模の天災が起きることを前提にしているのだ。
そもそも天災のような予測不能なリスクを「不確実性」と呼び、そのような解決不能な事象を持ち出して、JR東海にその対応を求める議論には何の意味もない。
だから、事業者であるJR東海は、一体、何を目的とした会議なのか理解できず、議論は最後まで平行線のまま終わった。
相変わらず、JR東海の正当な事業活動を妨害することだけを目的にして、4時間以上もムダな議論を続けたとも言える。
■JRの説明むなしく、中身のない「懸念」が噴出
なぜこんな無理無体な難癖が突然出てきたのか?
昨年8月、県専門部会に一度も出席したことのない川勝平太知事は、燕沢を視察した際、「深層崩壊について検討されておらず、残土置き場にふさわしくない」と、何の根拠も示さずに燕沢の残土置き場を強く否定した。
同視察には、塩坂氏も同行している。
川勝知事が、地震発生後の土石流によってできる天然ダムの懸念を挙げると、塩坂氏が「(大井川の対岸にある)上千枚沢の合流部付近で土石流がたまっている。(地震で)天然ダムが崩壊することで残土置き場が洗堀され、崩れる恐れがある」などと同調した。
JR東海担当者が「前回の専門部会で地震に対する安全性の検討結果を示している」と述べると、塩坂氏は「懸念しているのは、地震によって大規模な土石流が発生することだ」などと、説得力のない言い訳をした。
この視察以後も、川勝知事は定例会見でリニア問題が出される度に、「燕沢は、国交省の深層崩壊の最も頻度の高いところに指定されている。これをどのように解決するのか、いまの最大の課題だ」などと燕沢の残土置き場を否定した。
■意図的なうそで残土置き場計画を潰そうとしている
川勝知事が燕沢を不適格の理由に挙げる国交省の「深層崩壊推定マップ」は静岡県の南アルプス全域を指している。これでは、どこにも残土置き場を作ることができない。
「深層崩壊推定マップ」について、国交省は「簡易な調査で相対的な発生頻度を推定したものであり、各地域の危険度を示す精度はない」として、さらに調査を実施した渓流(小流域)レベルで評価している。
さらに詳しい調査を行った「深層崩壊渓流(小流域)レベル評価マップ」では、燕沢は「想定的な危険度のやや低い」地域に区分されているに過ぎない。だからJR東海は残土置き場の適地としたのだ。
これでは同マップを確認したはずの川勝知事が、意図的にうそをついたことになる。
そうまでして、燕沢の残土置き場に言い掛かりをつけて、リニア工事の妨害をしようとしているのだ。
■行政の役割は県民の生命や財産を守ることではないのか
これは、川勝知事が地下水の流出問題で「サイフォンの原理」を持ち出して、「山梨県の調査ボーリングをやめろ」と唱えたことにそっくりである(その後、「サイフォンの原理」は間違いだと認めた)。
現在でも、川勝知事は「静岡県の水が引っ張られる懸念があるから、山梨県内の調査ボーリングをやめろ」と主張し続けている。
山梨県のリニア工事を妨害する法的根拠を示さないデタラメぶりに長崎幸太郎知事は「企業の正当な活動を行政が恣意(しい)的に止めることはできない」などとJR東海の立場を尊重するように静岡県に要請した。
さらに長崎知事は「調査ボーリングが静岡県の大井川下流域に影響を及ぼす場合、その影響の度合いが受忍限度を超えるほど大きなものなっていて、リニアトンネル工事との間で因果関係が科学的に立証できた場合、山梨県の責務としてJR東海へ是正を求める」と行政の立場を明確にした。
行政が企業の正当な活動に何らかの注文を付ける場合、そのような慎重な姿勢となるのは、当たり前のことである。
8月3日の県専門部会後の囲み取材で、筆者は、森貴志副知事に「静岡県の行政の役割は、このような言い掛かりをつけることではなく、県民の生命、財産を守ることはではないのか」とただした。
森副知事は「行政の役割は県民の生命、財産を守るためである」と回答した。
もし、本当にそうならば、この日のムダな議論は何のために行ったのか?
川勝知事のリニア妨害のシナリオに沿って、静岡県が行政としての役割や責任を逸脱し続ければ、静岡県行政への信頼は完全に失われる。
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小林 一哉(こばやし・かずや)
ジャーナリスト
ウェブ静岡経済新聞、雑誌静岡人編集長。リニアなど主に静岡県の問題を追っている。著書に『食考 浜名湖の恵み』『静岡県で大往生しよう』『ふじの国の修行僧』(いずれも静岡新聞社)、『世界でいちばん良い医者で出会う「患者学」』(河出書房新社)、『家康、真骨頂 狸おやじのすすめ』(平凡社)、『知事失格 リニアを遅らせた川勝平太「命の水」の嘘』(飛鳥新社)などがある。
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(ジャーナリスト 小林 一哉)