TVerやABEMAをテレビ受像機で見る人が増えている(画像:foly/PIXTA)

8月初旬に出揃った在京キー局の第1四半期決算をチェックしてみた。昨年度の厳しい状況が今期も続いていると聞いていたからだ。

キー局はどこもホールディングス体制で決算も本体のテレビ局以外のさまざまな企業を含んだ数字だ。全体の数字を見ても放送事業の実態がつかめない。筆者はいつも決算資料から放送収入だけを取り出して比べている。

ついに放送事業は、下がり続ける時代に

放送収入は番組の中で提供枠にCMを流す「タイム」と、番組と番組の間にランダムにCMを流す「スポット」に分かれる。


金額の単位は百万円(図版:筆者作成)

2022年度はタイム・スポット両方とも急減した局が多かったが、今年も同じ傾向が続いていた。TBSのタイムがわずかにプラスだったのが目を引くが、全体としては惨憺たる状態だ。

PUT(総個人視聴率)も全体的に下がり続けており、コロナ禍以降顕著になった人々の「放送離れ」が一向に止まらないことがはっきりしてきた。今後も同じ傾向が続くだろう。そしてそのことは、テレビ局の人々も重々承知している様子だ。ついに放送事業は、下がり続ける時代に入った。

在京キー局以外にも上場し決算を発表する局はあるが数は少ない。そのためローカル局の実態ははっきり把握できないのだが、聞こえてくるのは「格差」が生じていることだ。関東地区、関西地区、中京地区のいわゆる「東阪名」と、それ以外の県単位のローカル局との間で、特にスポット受注に差ができているのだ。

ローカル局でスポットCMを流す企業は、全国に支社や営業所を持つメーカーが多い。スーパーやコンビニなどの量販店で商品を売るためには、津々浦々でCMを流す必要があるのだ。そういった企業は「ナショナルクライアント」と呼ばれ、全国のテレビ局が大事にしてきたお得意様だ。

見ない日はない「めちゃコミック」「UberEats」

ところが最近、新興IT企業が広告主として浮上してきた。新しいサービスをスマホやPCに誘導するようにCMでアピールしている。このタイプのCMは見るとすぐにスマホで登録したりダウンロードできる。広告主としてはCMを流すと即反応が得られるので、テレビは直接的に顧客を刈り取る媒体だ。ただし、すぐに結果が出る分、反応が薄いCM出稿はしない。

スマホに落とし込むサービスの多くはターゲットが若い世代。CMを流すエリアに若い人が多くないと効果が出ない。となると、大都市圏以外では効果が薄いことになってしまう。そのため、東阪名にCM出稿が集中し、あとは北海道地区、福岡地区あたりまでで他のローカルにはスポットを流さない傾向がある。

大都市圏に住んでいると見ない日はないほどの「めちゃコミック」「UberEats」「楽楽明細」などのCMが、エリアによってはほとんど流れていないのだ。

在京キー局のスポット収入は前年比でマイナス数%の局が多かったが、ローカル局になるほど、もっと下がっているようだ。その原因が、こうした新しい広告主によるデータ重視のドライなエリア峻別にある。

人々の「放送離れ」と、エリアを吟味する新しい広告主。この流れは当面止まりそうにない。ローカル局の中には昨年度すでに赤字局が出てきたし、今年度もいっそう厳しい。そこで、経費削減に走ることになる。赤字をできるだけ回避したいからだ。

だが赤字になるからと経費を削減するのは本当にローカル局にとって正しい経営判断だろうか。今必要な考え方は、今年度の赤字を避けることより、5年後10年後も事業を継続できるかだ。ただ経費を下げるだけでは収入下降とのいたちごっこで、削っても削っても赤字が続くだけだろう。

事業コンセプトを一から見直すべき時だ。そして新しい方向へ会社を変えるための投資が必要になる。今の赤字を恐れるより、未来の収益のために投資する時なのだ。実はローカル局の自己資本比率は平均80%と異様に高い。投資に回さなくてどうすると言えるレベルだ。

ところがローカル局のほとんどは、そうした事業転換を図れるような仕組みになっていない。地元財界や地方紙とキー局や大手新聞社が株を持ち合う旧態依然とした資本構成であり、その株主の関係論の中で社長が決まる。

外からくるにせよプロパーにせよ、どの道2〜3年ごとに社長が変わるのが見えている状況では、自分の代で赤字を避けることしか考えなくなるだろう。5年後10年後を見据えた経営マインドになるはずがないし、方向転換するための投資を決断することもない。せいぜい「その投資、絶対儲かるんだな」という話に乗るのが関の山だ。

さんいん中央テレビの成功例

記事(「かまいたち」で浮上、島根ローカル局の独自戦略)で書いた、さんいん中央テレビの社長、第25代田部長右衛門氏。島根を支えてきた一族の当主であり、自分の父親が設立したテレビ局の社長になった。

この局がどうなるか、自分が責任を取るしかない。だから反対を押し切って改革を断行し、給料は下げずに現場のやりたいことはどんどん承認する。メディアではなく、「地域創造カンパニー」のコンセプトを打ち出し、自らも新規事業をIT事業から農業まで次々に起こして軌道に乗せた。放送収入は35億円だがグループ全体では200億円の売り上げ規模にし、まだまだ成長を目指している。そしてテレビ局は地域創造の発信基地として今後も重要なのだ。

これはさんいん中央テレビが見出した方向性だが、ローカル局が取るべき道はひとつではない。特にネットには何らかの投資を検討すべきで、うまくすれば放送業界全体の再成長もありうる。現に、アメリカがそうなっているのだ。

アメリカのマーケティングメディア、eMarketerは定期的にテレビ広告市場の今後の予測値を発表している。今年4月に出たグラフでは、2022年の旧来型のTV広告市場は666.4億ドル、CTV広告市場は206.9億ドル。それが今後、旧来TV広告市場は2027年に568.3億ドルに下がるが、CTV広告市場は409.0億ドルへと成長すると予測している。

CTVとはConnected TVの略でネットにつながったテレビCMの市場だ。日本でもTVerやABEMAをテレビ受像機で見る人が増えている。そこでもテレビCMが流れるわけだが、アメリカではその広告市場がすでに旧来のテレビCM市場の3分の1程度に達し、ゆくゆくはテレビCM市場の落ち込みを補って余りあるほどに成長すると予測されているのだ。

このCTV市場の中身はさまざまで、アメリカではhuluも広告付きで視聴されていたり、FASTと呼ばれる番組がずっと流れ続けて合間にCMが流れるサービスも急成長している。

さまざまな新サービスがひしめき合って広告市場として成長し、テレビ広告市場全体を押し上げているのだ。

TVerに番組を積極的に出すべき

だからローカル局はまず、TVerに番組を積極的に出すべきだ。在京在阪キー局が作ったプラットフォームなのでローカル局の番組は埋もれがちだと、躊躇する声もある。だが先述のさんいん中央テレビの「かまいたちの掟」がTVerで人気番組になり認知が高まった結果、FODやLeminoなどにも売れて収入が増えたことも先の記事で書いた。やってみたから得られるものがあった。TVer全体も成長が期待できるのだから、番組を出さない選択はないと思う。

だからといって、TVerに託せばもう安心、ということでもない。ローカル局主体のプラットフォームも構想すべきだ。中京地区のテレビ局が開発したエリアの共通プラットフォーム「Locipo(ロキポ)」は、まだまだ発展途上だがローカル局の可能性を示してくれる。アプリをダウンロードするとこの地域のニュースがパッと視聴できるし、もちろん多彩な番組も見られる。

さらに「ロケマップ」の機能では、自分が今いる場所近辺のお店情報が、過去に各局が情報番組などで取り上げた映像で見られる。ローカル局は膨大な地域情報を持っており、それを生かすことでそこに住む人々に放送とは別の形で情報を届けることができる例になっている。

「放送」の形態は、どんなに手間をかけて番組を作っても一度流せばそれで終わり。ビジネス機会もオンエア時だけだった。だが映像は各局にストックされている。ネットを使えばそれを二度三度、生かすことができる。

そこにどんなビジネスを生み出せるかが、ローカル局の生き残り方の原点になる。アメリカの業界が、さまざまなサービスを生み出して「CTV市場」により再活性化しているように、日本も小さな試行錯誤の膨大な組み合わせで似た状況を生み出せる可能性がある。個々のローカル局が、あるいはローカル局同士で力を合わせてさまざまなトライアルに投資すべき時だ。削減だけでは、どこにも未来は見えてこない。

(境 治 : メディアコンサルタント)