カシオ計算機が注力する「Privia(プリビア)」シリーズの電子ピアノ。机の上などに置いて弾けるタイプの本格派電子ピアノが増えている(記者撮影)

都内のある家電量販店。電子楽器コーナーは上階に設置されていた。陳列されている電子ピアノをみると、半分以上に「脚」がない。脚を外して机の上に置いて弾くことができる、省面積タイプの商品だ。そのようなタイプの電子ピアノの人気が最近高まっているという。

「弾かない時に片付けられることで、『弾かなくなったらどうしよう』という購入時の不安を払拭できる」。池部楽器店が東京・渋谷に構える旗艦店「イケシブ(IKEBE SHIBUYA)」で、電子ピアノ売り場を担当する安部純二氏(池部楽器店 デジタルユニット ユニット長)は、人気の背景をそう分析する。

巣ごもり特需で門戸が広がった

楽器業界はコロナ禍で、巣ごもり特需の恩恵を受けた。都市部を中心に、在宅勤務が浸透する反面、娯楽が制限されたことで人々の過ごし方が変わった。手持ち無沙汰になったおうち時間を有意義に使って、「何か技能を習得したい」という人々は電子楽器を買い求めた。

電子楽器なら、音を気にせずいつでも演奏を楽しめる。最近はYouTubeなどに初心者向けの練習動画があふれており、楽器を手に取るハードルも、一人で練習するハードルも下がっている。その中でも鍵盤楽器は、たたけば音が出るという点でとっつきやすい。そうして選ばれたのが電子ピアノだった。

「通常であれば楽器を弾かない人も、コロナ禍で電子ピアノを手に取った。(練習動画の普及などで)楽器を手に取るハードルが下がっていたところに、特需でさらに門戸が広がったと感じる」。売り場で顧客とじかに接してきた安部氏はそう話す。

特需と半導体不足による品不足が相まって、電子ピアノはここ数年、品薄状態が続いた。需給逼迫は2023年初頭頃から解消している。しかし、メーカー各社によれば、電子ピアノ人気は依然として高い。

電子ピアノでは、楽器メーカーのヤマハ、ローランド、河合楽器製作所に加えて、「Gショック」などの腕時計で知られるカシオ計算機のシェアが世界的に高い。この4社の電子ピアノの売上高をグラフにした(ヤマハについては電子楽器の売上高)。


ヤマハは規模が大きいため、競合よりも半導体不足で苦しんだが、電子楽器の売り上げは2019年度から2022年度にかけて約1.2倍になった。河合楽器、ローランドはいずれも、同期間で電子ピアノの売り上げが1.7倍に。カシオも1.2倍、と各社ともコロナ禍で大躍進していることがわかる。

目覚めたニーズはそのまま続く

2023年度の予想については、巣ごもり特需はなくなり、旅行や外食などに消費が向かう、というのが各社共通の見立て。しかしそれでも、コロナ禍の時と同じくらいの高水準を維持する見通しとなっている。

「コロナで目覚めた新たな電子ピアノ需要はそのまま維持されている。そのため、世界的に需要は高止まり状態だ」(ローランド)

通常だと電子ピアノは、子どもの教育向け、あるいは子ども時代にピアノを習っていた人が大人になり、再度弾きたくなった際に購入する場合が多い。後者のパターンの潜在顧客を、楽器メーカーは「休眠層」と呼ぶ。楽器業界でとくに重視されている顧客層だ。

コロナ禍では、「休眠層」が活発化したことに加えて、初めてピアノを手にし、演奏する大人もたくさん現れた。楽器を手に取る「休眠層」の増加には先食い的な側面があるが、大人の初心者需要については、コロナ禍で顕在化した新たな市場といえる。

しかし、売れ筋の商品はコロナ前後で変化がみられる。低価格帯の商品が減少した代わりに、高価格品の売り上げが増えているのだ。

楽器のうち、初心者が手にしやすい低価格帯(おおよそ10万円以下)はインフレや景気低迷の影響を受けやすい。2022年度下半期から、欧米を中心に低価格帯モデルへのマイナス影響がすでに表れている。そのため、もともと低価格帯に強みがあるカシオは、他社と比べて2023年度の見通しが弱い。

各社が続々と高価格品を投入

ただカシオも手をこまねいているわけではない。注力中の高品質ピアノ「Privia(プリビア)」シリーズで2022年9月、約25万円の最上級ラインを投入。壁に向かって設置するタイプとは一線を画す、家の中心に置いて楽しむことを想定したデザインの電子ピアノだ。

こちらは好調が続いており、「独自の市場を見つけ出した」とカシオの田村誠治上席執行役員は自信を見せる。2022年度の販売台数は8000台だったが、2025年には2万2000台の販売を目標にしている。

静岡県浜松市に拠点を置く3社も高価格帯に力が入る。ヤマハと河合楽器は、アコースティックピアノの弾き心地と音を再現したモデルに強みがある。自社のグランドピアノの音色を数種類搭載するなど、電子ならではの機能を取り入れている。

ヤマハの「Clavinova(クラビノーバ)」シリーズは、本格派電子ピアノとして知名度が高い。約20万〜40万円と安くはないが、ピアノ学習者にとって定番の商品だ。近年はクラビノーバでも、ピアノ以外の音や複雑なリズムが楽しめる、大人のピアノ学習者やコアな趣味層を想定顧客とする多機能モデルの投入が続く。


ヤマハの「Clavinova(クラビノーバ)」。ピアノ学習者向けの電子ピアノとして定番だ(記者撮影)

電子楽器専門のローランドは2023年3月、自動演奏機能がついた「グランド・デジタルピアノ」の新製品を発売。190万円もするが、高級感あるインテリアとしても注目されており、北米を中心に人気だ。

巣ごもり特需が終わっても業界が好調な理由は、顧客層の拡大だけではない。電子ピアノに商機を見いだしたメーカーによる創意工夫が、新たな需要を生み出しているという側面もありそうだ。

(吉野 月華 : 東洋経済 記者)