アメリカのインフレはもう心配しなくてもいいのだろうか。同国在住の筆者は慎重だ(写真:ブルームバーグ)

アメリカのインフレは本当に落ち着いたのだろうか。結論から言うと、筆者は「インフレが今後も高止まりを続ける可能性があり、FRB(連邦準備制度理事会)が利上げを継続するリスクは消えていない」と考える。

FRBは「インフレ高止まり」を警戒している

FRBは7月25〜26日の両日に開いた連邦公開市場委員会(FOMC)で、政策金利であるフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標を0.25%引き上げ、年5.25〜5.50%とした。

このときのFOMC声明文も、前回5月2〜3日の開催時からは、利上げの部分を除いてほとんど変わっていなかった。すなわちFRBは「インフレとの戦いはまだ終わっていない。必要ならばさらなるなる利上げを行うことも十分にありうる」との姿勢を、改めて示した。

確かに市場の一部には前年同月比3.0%の上昇にとどまった6月の消費者物価などを受けて「利上げは終了した」という楽観的な見方がある。もちろん「今後のデータ次第」という基本状況は不変だ。だが、今回の声明文の修正がほとんどなかったことは、FRBがインフレに関して、高止まりを警戒する慎重な姿勢を崩していないことを意味している。

ではFRBは今後どのような金融政策を打ち出すのか。そのカギを握るのは、やはり今後の物価動向だ。次回の9月FOMC(19〜20日)までは、2カ月分のCPI(消費者物価指数)が発表になる(7月分は8月10日、8月分は9月13日)。

FRBは1回の経済発表の結果だけで金融政策を判断することはない。だが、6月分に続いて7月分や8月分も予想を下回る低い伸びが続くならば、政策を変更する十分な理由になる。その際は、9月FOMCで初めて今回の利上げ局面が終了した可能性が高いことを示唆するかもしれない。あわせて、ドット・チャートと呼ばれるFRB高官の金利予想の中間値も0.25%引き下げ、現状の5.25〜5.50%に合わせることもありうる。

一方で、消費者物価指数が再び予想を上回り、「インフレが高止まりするリスクが高まった」との見方が強まれば、FRBは「FOMC会合ごとにデータを見て金融政策を決定する」との従来の方針を維持、次回の9月かその次の10月31〜11月1日の会合で0.25%の追加利上げに踏み切る可能性もあると見ておいたほうがよい。

では、なぜ筆者はインフレ圧力がこのまま後退するよりも、むしろ再び高まり、「FRBが追加利上げを打ち出さざるをえなくなる可能性がある」と見ているのか。

6月のCPIが株価大幅上昇のきっかけとなったのは、とくにコア指数や住居費やサービス価格など、いったん上がるとそう簡単には下がらないと見られていた分野の伸びまでもが大幅に鈍化したことがサプライズになった。

「ベース効果」に惑わされてはいけない

だがこうした傾向が続き、インフレ圧力が順調に後退するとの見方は楽観すぎる。確かに6月の消費者物価指数は前年比3.0%上昇と、5月の4.0%から1ポイントも急低下。エネルギーと食料品を除いたコア指数も同4.8%と、5%の節目を割り込んだ。

だが、これは「ベース効果」とよばれる、前年の上昇分がきつすぎて発射台が高くなったために、低めの数字が出たという部分が大きい。具体的に言うと、2022年6月のCPIは総合指数が前年比で9.1%と、今回の物価上昇局面で一番高い伸びを記録した。

これは昨年2月24日にロシアがウクライナへ侵攻したことを受けて商品価格高騰の影響が、一番大きく表れた結果だった。

今回の数字は、ここからさらに物価がどれだけ上がったのかを見ることになるわけだから「伸びが低くなるのは当然」だ。昨年は7月以降、エネルギー価格の急落が主導する形で、急速に物価の伸びが鈍った。今後は逆にベース効果が薄れていく中で、前年比での伸びが強まる可能性の方が高くなると見ておいたほうがよい。

もちろん警戒すべきは、ベース効果だけではない。8月1日の「アメリカ国債格下げショック」前の7月20日にも長期金利が大きく上昇したが、背景にあったのは早朝に発表された失業保険申請件数だ。予想に反して22.8万件に大きく減少、雇用市場が依然として力強く推移しているとの見方が改めて強まったことだとされている。

雇用が好調さを維持する限り、賃金上昇圧力も簡単に後退することはなく、サービス価格などの押し上げ要因となる可能性が高い。8月4日発表の7月の雇用統計も、非農業雇用数の伸びこそ予想を下回ったものの、時間当たり賃金は予想を上回る伸びとなり、賃金上昇圧力の強さを再確認する内容となった。この先インフレ見通しが改めて高まる可能性が高い。

原油が騰勢、エルニーニョで食料価格上昇の懸念も

さらに商品価格の動向にも、十分な警戒が必要だ。CPIは直近のピークをつけた昨年6月以降、エネルギー価格を中心とした商品市場の下落が主導する形で順調に鈍化してきた。だが、今後はこの構図が崩れることも十分にありうる。

まず原油先物価格は、サウジアラビアやロシアなどの積極的な追加減産によって、世界需給が将来的に逼迫するとの見方が強まる中、原油先物価格は7月以降、徐々に騰勢を強めている。

8月9日にはNY市場の指標であるウエスト・テキサス・インターミディエート(WTI)の先物価格は、1バレル=84ドル台をつけ、約9カ月ぶりの高値となっている。

また、小麦やとうもろこしの価格にしても、先月の7月17日にはロシアが海上回廊を設置することによって、ウクライナ産穀物輸出合意から離脱。同国港湾への攻撃を再開したことで、輸出品である小麦やとうもろこし価格が急騰している。

さらに、アメリカでは穀倉地帯である中西部で猛暑が続いていることも、とうもろこしだけでなく、大豆の作柄を悪化させる恐れが高いと見ておいたほうがよい。

ダメ押しで言えば、年末にかけて「エルニーニョ現象が一段と深刻化する」との予報は継続しており、アジア諸国でも異常気象によって農産物が大きな被害を受けるとの見方は根強い。こうした中、砂糖やコーヒーといった商品価格にも買い意欲が強まっている。

こうした商品価格上昇が背景となり、インフレ圧力が改めて強まってくる可能性は、意外に高いのではないか。ジェローム・パウエルFRB議長がインフレへの勝利を宣言し、自信をもって利上げ停止に踏み切ることができるのは、まだかなり先の話となりそうだ。

(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

(松本 英毅 : NY在住コモディティトレーダー)