アメリカでは年収1000万円は低所得の部類に入るそうですが……(写真:NewStella/PIXTA)

「外国人が観光地に殺到!」――最近よく見かけるこのニュース。もちろん、長く苦しかった観光業が復活するのは喜ばしいことですが、実は外国人がこぞって訪れているのは「日本が安い国」だからなのです。
元国連専門機関職員の谷本真由美さんは、「日本は物価も給料もいまだに激安」であり、その安さゆえに「海外から買われている」のだと言います。本稿では、谷本さんの最新刊『激安ニッポン』からの抜粋で、「日本人の給料の安さ」を海外とのデータと比較しながら紹介していきます。

専門職の給料さえ激安な日本

日本人の給料はここ30年でほとんど伸びていません。それを具体的に分析するために「業種別の年収」を見てみます(下の表)。


『激安ニッポン』より

たとえば、情報通信産業の年収は624万円で、全体の平均(443万円)を大きく超えています。

ところが、これを他の先進国と比較してみると非常に驚くべきことがわかります。

アメリカの労働統計局が発表している2021年のデータによると、アメリカの情報通信産業に従事している専門職の平均年収は9万9860ドル(約1378万円)でした。アメリカの情報通信産業の平均年収というのは、日本と750万円以上の開きがあるのです。

さらに、アメリカの情報通信産業は日本よりも細分化されていて、職種によって給料が大きく異なってきます。日本の場合は、職種によってそれほど給料は変わらないですが、アメリカは職種ごとの需要と供給によって大きく報酬が変わってくるのです。

下の表はアメリカの職種別の平均給料です。


『激安ニッポン』より

これを見ると、一番平均年収が低い「プロダクトサポートスペシャリスト」でも1000万円弱になっています。最も高額な「セキュリティアーキテクト」だと、なんと平均年収は2304万円です。アメリカでは需要がある職種に就くと、これほどまでに高収入を得ることができるのです。

また、主要都市部のIT系業種の平均年収も驚くような金額です(下の表)。


『激安ニッポン』より

主要都市であれば、どこでも平均年収は1000万円を超えているのです。最も高いシリコンバレーでは平均年収は1838万円とかなり高額です。

2022年以後も引き続きアメリカの人件費は上昇しており、特に情報通信産業は人不足で平均給料は今後も伸びていく予測です。労働統計局の予測では2019年から2029年のソフトウェア開発者、品質管理者テスターの需要は増えていき、21%から26%の増加となる見込みです。さらにセキュリティの専門家の需要は40%も伸びる予測なのです。

アメリカ労働統計局は特に需要が伸びる職種はソフトウェア開発者、データベースアーキテクト、コンピューターと情報の研究者と予測しています。

サービス業の時給で比べても…

IT業界のような高収入の業種だけではなく、海外では他の産業の給料水準も日本より高くなっています。たとえば日本でよく話題になるサービス業の時給は他の国だとどうなのでしょうか。


『激安ニッポン』より

上の表はイギリスの大手求人サイトである「Indeed」が膨大な求人情報の中から収集した、サービス業に従事している人の時給です。政府の経済統計よりも最新の細かいデータです。これを見ると、どの仕事の時給も1700円から1950円程度と日本より高めであることがわかります。

さらに、イギリスの職種別の平均年収をまとめたのが下の表です。


『激安ニッポン』より

一般事務や小学校の教員は日本とあまり変わりませんが、電気工事士の年収が671万円、トラック運転士が705万円と、日本よりかなり高めです。

イギリスも日本と同様に人手不足に悩んでいて、特に専門的なスキルが必要な仕事を若い人がやりたがらないので、人手が足りません。BrexitでポーランドをはじめEU圏内の多くの人が帰国してしまったのも大きな打撃でした。また、コロナの最中に多くの人を解雇してしまったこともあり、人手不足に拍車がかかっています。

こういった理由で熟練労働者の賃金が非常に高くなっているわけです。電気工事士やトラック運転士の平均年収が高くなっているのも、その傾向が表れているわけです。その一方で、一般事務や教員、公務員の賃金は低いままです。

これはイギリスをはじめとした先進国というのは報酬体系の設計が日本とは異なるためです。

日本では「年収1000万円」が高所得のラインとされています。しかし、これは日本特有の感覚です。他の先進国では非常に物価が高騰していて、経済も成長しているので、「どれくらいの年収が高所得か」というのも日本とは大きく異なっているのです。

たとえば、アメリカ政府は家族4人で世帯年収が3万1000ドル(約430万円)を下回る家庭を超低所得層としています。また、低所得者向け住宅入居資格があるのは、家族4人で世帯年収が3万6000ドルから5万2150ドル(約497万円から約720万円)の家庭です。

厚労省が2021年に発表した「国民生活基礎調査の概況」によると、日本の世帯平均年収は564.3万円なので、日本の平均的な家庭がアメリカでは「低所得層」とみなされてしまうわけです。

ただ、アメリカは州によって収入格差が大きいため、経済的に豊かな地域では定義ががらっと変わります。

アメリカの住宅都市開発省によれば、2018年におけるサンフランシスコの低所得者の定義は家族4人で世帯年収が11万7400ドル(1620万円)を下回る家庭です。なんと年収1000万円を超えていても「低所得」なのです。

このような驚くべき定義が行える理由は、サンフランシスコのような大都市は物価が高騰しているからです。たとえば、家族4人が住むのに最低限2LDKぐらいは欲しいという人が多いと思いますが、この間取りのマンションの賃料は月に3000ドル(41万円)を超えます。

日本のロイヤルは質素倹約?

日本最大手の物件情報サイト「SUUMO」の調査によると、東京都港区における2LDKの物件の平均賃料は37万円ですから、ロサンゼルスよりも10%近く安くなっています。

実際、アメリカ人は年収1000万円以上でも不安を抱えているという調査結果があります。個人資産会社の「Personal Capital」と市場調査会社の「Harris Poll」が2021年に2000人以上のアメリカ人を対象に行った調査によると、「アメリカ人が家計は健全だと感じるには平均12万2000ドル(約1684万円)の年収が必要」だという結果が出ました。もはやアメリカでは年収1000万円では安心ができないのです。

日本では以前、小室圭さんと眞子さんが住むニューヨークのマンションの家賃が60万円を超えていると報じられ、高すぎると話題になりました。

実は、現在のアメリカの大都市では月60万円はそれほど高級な水準ではありません。むしろ、私の住むイギリスでは、プリンセスがそのような住宅に住むということで「なんて質素倹約をしているロイヤルなんだ」と大変驚かれていました。


また、私の夫は日本に滞在時に、街で配っていた不動産のチラシを見て、怪訝な顔をしていました。何が不思議なのか尋ねてみると、次のような答えが返ってきました。

ここには、不動産購入者のモデルケースとして、夫の年収が750万円、妻は専業主婦、子どもは2人という家族構成が書かれている。子どもが2人いるのに、年収が750万円しかないと、生活はとても苦しいはずだ。これは生活困難な層の実例として挙げられているのか」

つまり、イギリス人の夫にとっては、世帯年収750万円で子どもが2人いる夫婦は貧困層という感覚なのです。広告のチラシ1つとっても、日本と海外では、もはや常識が異なってしまっていることがわかる例だと思います。

このように、日本以外の先進国は物価も給料も上昇し続けています。日本にいるだけではあまり気づかないかもしれませんが、物価も給料も30年以上低迷し続けている日本の現状は、他国から見ると、異常に映るのです。

(谷本 真由美 : 著述家、元国連職員)