日本人が「資源リテラシー」を上げなければいけない理由とは(写真:tomotomo/PIXTA)

「資源」が私たちの生活に欠かせないものであることは誰もが知っています。エネルギーや有用な元素を供給してくれる鉱産資源は、46億年に及ぶ地球の歴史のなかで培われてきました。すなわち、太陽系の第三惑星として成立するうえでの地球固有の特殊な環境の中で、貴重な資源の数々が誕生したのです。

国土が狭く険しい山地の多い日本列島は、世界でも有数の地殻変動地帯にあります。そのためヨーロッパやアメリカをはじめとした大陸地域とはまったく異なる環境にあります。このことは、地下資源の誕生と胚胎についても大きく影響し、わが国のエネルギーと環境の諸問題はつねにこうした制約下に置かれています。

日本人の「資源」知識は中学生程度

地下資源が私たちの生活に不可欠であるにもかかわらず、その地球科学的な知識を備えている人は多くありません。それはななぜなのか−−私の近著『世界がわかる資源の話』を書く動機は、まさにそこにあったといってもよいのです。日本人の資源リテラシーの低さについて考えてみるうち、3つの理由がわたしの頭に浮かびました。

1つ目は、そもそもテーマとして大きすぎて、自分に身近なことと思えないから。2つ目は、それゆえに「知ったところでその知識を生活でどう活用すればよいかわからない」から、です。

3つ目の理由は、資源に関する学校教育にあります。実は、ここ20年ほどのあいだ、高校生の大半は地学についてほとんど学んでいません。高校の理科教科である「地学」を履修した生徒は、全国でわずか5%くらいしかいないのです。

つまり、わが国の9割以上の若者がエネルギーや地球環境について持つ知識は、中学生レベルにとどまっている、という非常に困った状況なのです。しかも残念ながら、こうした事実はまったくといってよいほど認識されていません。

ですが、主要な地下資源のほとんどを海外からの輸入に頼り、かつ地震国・火山国の日本に暮らすうえで、地学のリテラシーがないのはとても危険な状態ではないかと私は思います。地球に関する乏しい知識で、エネルギーや地球環境にかかわる重要な判断を下さざるを得ないからです。

ところで、もし「石油があと○年で枯渇する」と言われたら、国民生活に関わるきわめて重要な資源問題であることはすぐ理解できます。だからといって、個人に何ができるかというと、ちょっと思いつきません。

その点が、政治や経済や社会問題と違って「判断が難しい」ポイントであるように思います。資源に関しては投票や投資や善悪といった具体的な判断に結び付く手がかりのようなものが、なかなかイメージしづらいのです。

どんなニュースの裏にも資源がある

それだけではありません。地球温暖化にいかに対処するか、エネルギー源をどう確保するか、電源のバランスをどうするか、食料自給にまつわる資源問題など、為政者のみならず市民レベルの判断が必要な場合が少なくないのに、日本では徒手空拳(としゅくうけん)で考えなければならない状況に陥っています。

昨今、資源や環境の世界規模のトピックスがたびたび世間を賑わせていることもまた事実です。電気代の高騰、石油不足、世界的な半導体不足、ロシアのウクライナ侵攻と天然ガスの関係、レアメタルの争奪戦、SDGsにエコテロリスト……。現在進行中の世界を正しく理解するため、もっと資源についてくわしく知りたいというニーズがいつになく高まっているのは本当でしょう。

さらには近年、例をみないほどの酷暑や水害など、異常気象に対する関心も高まっています。まさに資源を「自分ごと」の知識として血肉化するタイミングが来ているということです。

ちなみに、私は京都大学で24年間、地球科学の研究と教育に携わってきました。また京大に着任する前に18年間勤務していた通産省地質調査所(現在の独立行政法人・産業技術総合研究所)では、火山学や地球変動学を始めとする地球科学の基礎研究に従事していました。

実は、この地質調査所という組織は、世界各国において国策で設置されている地球科学と資源政策の国立研究所です。日本では明治時代に創設され、その主要な目的は黎明期の殖産興業を支える鉱産資源の探査と安定確保でした。と言うのは、国家の繁栄は資源とエネルギーの調達力にあると言っても過言ではないからです。

日本は今「大地変動の時代」にある

私は1979年に東京大学理学部地学科を卒業して地質調査所に入り、先人たちの残した研究成果を引き継ぎつつ、地熱を含むエネルギー資源について研究を続けてきました。1997年に京都大学へ移籍してからは、日本を揺るがす地震や噴火の大事件が次々と起きました。中でも2011年3月11日に起きた東日本大震災から、日本列島では地震や噴火が頻発する1000年ぶりの「大地変動の時代」が始まっています。


地球科学の観点からは、東日本大震災を引き起こした地殻変動はまだ終わっていないのです。むしろ日本列島は地震と火山噴火の活動期に入り、今後さまざまな激甚災害が予想されています。さらに現在世界的に問題となっている地球温暖化が、火山の大噴火によって地球寒冷化に置き換わる可能性も出ています。

すなわち、現在の日本ではエネルギーと環境の問題に対しても、「大地変動の時代」という新しい状況に即して対応しなければなりません。SDGs(持続可能な開発目標)の各項目についても、日本列島の現況に合わせなければ成果を上げることは不可能です。こうした時代の資源問題を理解するため必要なものが、地球内部と日本列島に関する正確な基礎知識なのです。

現在、我が国にはエネルギーと環境に関する喫緊の問題が山積しています。地球科学の基本的なリテラシーを獲得し、日本がいま置かれている事態をきちんと理解し、的確で有効な対処法を見つけていただきたいと願っています。

(鎌田 浩毅 : 京都大学名誉教授・同レジリエンス実践ユニット特任教授)