日用品最大手の花王が業績低迷に苦しんでいる。原因は、訪日需要剥落や原材料高といった外部要因だけではなかった(記者撮影)

「インバウンド消失や中国市場の変化など、外部要因で花王の弱みが顕在化してしまった」

8月3日、花王の長谷部佳宏社長は、決算説明会で業績下方修正の背景をこう語った。本業のもうけとなる営業利益は、今2023年12月期に前期比9%増の1200億円と見込んでいたが、これを同45.5%減の600億円へ大きく引き下げた。成長分野への集中投資を行う中、新商品の計画未達や新事業構築の遅れが響いたという。

インバウンド最盛期には化粧品が追い風を受け、2019年度に過去最大の営業利益2117億円を達成。だがコロナ禍に突入してインバウンド需要は消滅。追い打ちをかけるように原材料高騰も直撃し、2022年度の営業利益は1100億円とピーク時から1000億円程度も落ち込んだ。

今期の下方修正の要因は、600億円の構造改革費用が追加で発生したため。これで営業減益は4期連続となり、1000億円を大きく割り込む水準まで低迷した。三菱UFJモルガン・スタンレー証券の佐藤和佳子シニアアナリストは「大規模な構造改革はサプライズで、原材料高もピークアウトしており、長期的にみて大きな変化点を花王は迎えている」とみる。

“爆買い”が去り、紙おむつ中国生産撤退

「ブランドの競争力が低下し、現地生産品は販売が苦戦していた。競争激化の中、新しい薄型タイプへの移行に出遅れた」


中国人観光客による「爆買い」から一転、紙おむつ「メリーズ」はブランドイメージが毀損した(撮影:尾形文繁)

長谷部社長は決算説明会で、中国でのベビー用紙おむつ「メリーズ」の生産を終了すると発表した。メリーズはかつて、衣料用洗剤「アタック」やスキンケア「ビオレ」に並び、売上高1000億円規模の花王の稼ぎ頭だった。中国の転売業者による「爆買い」対象になったほど、高いブランド力を誇っていた。

しかし2019年に転売業者に対する規制が中国で施行されたことを皮切りに、バイヤーが在庫リスクを減らすべく「叩き売り」を実施。花王は2012年から中国生産を開始したが、ブランドイメージが破壊されて現地生産品を正規価格で販売する難易度が上がってしまった。

さらに、現地企業が50以上も台頭し競争は激化。花王も高単価なプレミアムタイプの新商品投入などで挽回を試みたが、一度毀損したブランドを回復させるのは難しかった。今期の第2四半期(1〜6月)で紙おむつ「メリーズ」の約80億円の減損損失などの計上が余儀なくされた。

今期の構造改革では、化粧品事業のブランド再編による費用発生も計画する。花王は2018年以降、国内外で重点投資する約20のブランドを中心に商品群を絞ってきた。今期は、12ブランドの展開を見直すために在庫処分の費用等を見込む。5年かけて進めてきた構造改革だが、今期で決着をつけたいという。

だが、600億円規模の費用を説明できる具体的な内容や内訳は明かされなかった。「構造改革の実行が遅すぎる。(化粧品へのテコ入れが)5年経った今でも、まだ終わっていないことにも驚いた。ここ数年は業績が停滞しており信頼感も下がっている」(アナリスト)と厳しい声も上がる。

大和証券の広住勝朗シニアアナリストは「巨艦で舵を切りにくい、切れてもすぐには動けない。社内でコンセンサスを構築しているうちに、環境変化についていけなくなっている」と指摘する。

グローバル戦略の核はケミカル事業だが

花王は業績下方修正と同時に、2027年度までの新中期経営計画を発表。劣勢挽回に向けて「グローバル展開の強化」を宣言した。

その「先駆け」となるのが、ケミカル事業だ。法人向けに産業用製品の販売等を行うBtoB事業は、海外売上比率が2022年度に65%と高水準となっている。衣料用洗剤やシャンプー等に使われる界面活性剤の主原料となる高級アルコールや、食器用洗剤や殺菌剤等に使われる三級アミンは、海外でも品質が高く評価されている。

現在は、半導体の洗浄などに使用される薬剤の開発にも注力する。5Gや6Gといった通信分野に欠かせない技術で、すでに大手企業からの採用が確定しているという。

しかし期待のケミカル事業も、今期は苦戦を強いられている。独自商品でシェアも高いことから、営業利益率8〜10%前後で収益面を底支えしてきたが、今中間期(2023年1〜6月)の営業利益は111億円と、前期比90億円のマイナスに沈んだ。これは花王にとっても計画外の打撃だった。


背景には、欧米顧客の在庫抑制の影響がある。景気後退や物流混乱を懸念して顧客が原料を買い控えたことで、高級アルコールなどの油脂製品等の需要が減少してしまった。

ケミカル事業の計画遅れは、今期の下方修正要因に含まれていない。三級アミンの新設備をドイツで増設する計画で、消費者向け事業の上振れも含めて後半に穴埋めできると見込む。

だが、花王は2018年度から5期連続で営業利益の業績予想未達を続けてきた。前2022年度も中間期に業績予想を下方修正したが、通期実績はそれを約350億円も下回る結果だった。今期も下方修正を発表済みだが、その達成すらも楽観視できない状況にある。

現場の意識を変えていく

「今期を底としてV字回復を目指す。事業再編による固定費の削減や、商品の付加価値化等を進め、来期から収益改善効果が徐々に発現し始める。2025年度からは年間300億円の利益改善を見込んでいる」(経営財務担当の根来昌一専務)

花王は前中期経営計画で掲げた2025年度の営業利益2500億円の目標を、1600億円へ引き下げた。構造改革を進めることで2027年度には、過去最高営業益となった2019年度の2117億円を超える目標を新たに掲げる。

「今回の構造改革で、今まで足かせだった部分を全て出し切る。グローバル戦略も強化し成長していく決意だ」と長谷部社長は言い切る。7月末にはオーストラリアの化粧品メーカー「ボンダイサンズ」を買収、さらなるM&Aを検討する方針だ。

社内改革も進めている。今まで販売部門が売り上げ確保を重視し、事業全体の収益を現場が十分に意識できていなかった。事業別に採算性を可視化できるROIC(投下資本利益率)を導入、現場の意識を変える狙いがある。

2020年に8000円台だった株価は、足元は5000円台まで落ち込んでいる。構造改革で膿を出し切り、日用品の国内王者は信頼を取り戻せるのだろうか。まさに正念場だ。

(伊藤 退助 : 東洋経済 記者)