赤い車体が目印の東急東横線「Qシート」車両(記者撮影)

都市部の鉄道各線で導入が広がる、座席指定車両などの「座れる通勤列車」。渋谷と横浜を結ぶ首都圏の動脈、東横線にも「着席通勤」の時代がやってきた。東急電鉄は2023年8月10日から、同線に有料座席指定サービス「Qシート」を導入。平日夜間の渋谷発元町・中華街行き急行列車の一部で、10両編成のうち4・5号車の2両を指定席車として運行する。

同社は2018年12月から大井町線(大井町―田園都市線長津田間)でQシートのサービスを導入しており、東横線は第2弾。指定席料金は大人・小児同額で全区間一律500円と、渋谷―横浜間の運賃309円(ICカード利用時)を上回るが、担当者は大井町線での好調を受け「十分な着席ニーズがあると考えている」と語る。どのような利用者層を見込んでいるのだろうか。

目印は真っ赤な車体

東横線のQシート車両は、同線の路線カラーをイメージしたという真っ赤な外観が目印だ。車内の座席は横長のロングシートと、進行方向を向いて座れる2人がけのクロスシートに切り替えられる構造で、日中などはロングシートの状態で一般車両として運行。Qシートとして運行する際は車端の一部を除いてクロスシート状態にする。一般車両としては2022年秋ごろから走っており、東横線利用者なら見かけたことがある人も多いだろう。

Qシートサービスのある急行は、平日夜間、渋谷駅19時35分〜21時35分の間、30分おきに計5本運転。座席は1本当たり計90席で、指定券はネットのチケットレスサービスと急行停車駅の窓口で販売する。座席指定が必要なのは東横線内で、みなとみらい線の横浜―元町・中華街間は指定なしで利用できる。


東横線の座席指定車両「Qシート」の車内(記者撮影)

コロナ禍によるテレワークの浸透などで鉄道の通勤利用者が減少する中、座席指定車両や通勤客向け特急列車は「増収策」として注目されることが多い。だが、東横線Qシートの導入検討が始まったのはコロナ禍よりも前だ。


クロスシート状態の座席。Qシートとして運用する際はこの状態となる(記者撮影)


コンセントは全席に、カップホルダーは一部の席を除き設置している(記者撮影)

東急電鉄鉄道事業本部運輸部運輸計画課の橋詰航季氏によると、検討を開始したのは大井町線でQシートの運行を開始した翌年の2019年冬ごろ。「大井町線で多くの方に利用いただいていること、東横線のトータルの利用者数を考えると同線でも着席ニーズは高いのではないか」としてスタートした。

ターゲットは横浜方面への長距離客

利用者層として想定しているのは、渋谷から横浜、さらにその先のみなとみらい線内までの利用者だ。橋詰氏によると、大井町線のQシートも約40分かかる大井町―長津田間の直通利用が多いといい、「それと同様の考え方で、長距離の利用をメインターゲットと考えている」と話す。

渋谷―横浜間は、グリーン車を連結したJR湘南新宿ラインが競合する。以前は遠く離れており不便だった同線の渋谷駅ホームは、2020年6月に山手線と並ぶ現在位置に移動して乗り換えの利便性が向上。東横線にとってはライバルの競争力が高まった。

だが、Qシートの導入にあたっては、「当社は運賃面ではJRより安価な一方、所要時間は長いなどサービスの質が異なると考えており、とくに意識はしていない」(橋詰氏)。Qシートを連結する列車を最速の特急や通勤特急ではなく、停車駅の多い急行としたのも、「途中駅のお客様にも多く利用していただけるという点を考慮した」という。他線との競合ではなく、あくまで同線の利用者に対するサービスが狙いだ。

車両や運用については、先行する大井町線の事例を基にしている。車両数は7両中1両の大井町線に対し、路線自体の利用者数の多さから10両中2両に増やしたものの、座席などの内装は基本的に同じ。平日夜の下り列車のみの運行である点や、一律500円の指定席料金も共通だ。また、大井町線では折り返しをQシートとして運行する上り列車は、折り返しに要する時間を短くするために一般の列車ながら座席をクロスシートの状態で運転しており、東横線もこの方式を踏襲した。

導入を発表したのは2022年7月末。実際の運行開始より1年も早かったのは、車両製造のタイミングが関係している。Qシートの車両は、従来8両で運転していた編成に2両を新造して組み込んでおり、一部は同年中に一般車両として運行を開始した。「最初の車両が走りだす前にお知らせしたいと考え、かなり早いタイミングで発表した」と橋詰氏は話す。この時点では、具体的なQシートサービスの導入時期は示さなかった。


赤い車体はホームドアがあっても目立つ(記者撮影)

2023年3月、東横線は東急新横浜線の開業と相鉄線直通開始に伴う大規模なダイヤ改正を実施した。新サービス導入には絶好のタイミングに思えるが、この際に導入しなかったのは「新横浜線開業で東横線を新たに利用するお客様も増える中、座席指定車両を同時に導入すると混乱を招く部分もあるのではないかと考えた」(橋詰氏)ためだ。8月のサービス開始は、新横浜線開業から一段落した時期を考慮したという。

乗車率はどの程度になる?

乗車率については、「恐らく70%程度になるのではないかと見込んでいる」と橋詰氏は話す。運行時間帯がラッシュのピークを避けた19時半以降であることから、大井町線Qシートの約8割よりやや低く見積もるが、「サービス開始前から指定券購入方法などの問い合わせをいただいている」といい、利用者の注目度は高そうだ。


東急電鉄鉄道事業本部運輸部運輸計画課の橋詰航季氏(記者撮影)

車両導入などの事業費は非公表だ。指定席料金が1人500円、列車1本当たり90席だと満席でも収入は大きくないが、橋詰氏は「稼ぐためというよりは、有料座席サービスという『帰り』の選択肢を提供することで、東横線の沿線価値を向上させることに増収以上の価値があると考えている。費用は十分回収できる事業設計」と話す。

直通する他線への乗り入れなどは「検討はしていないが、必要があれば他社とも意見交換していきたい」と橋詰氏は言う。渋谷方面・横浜方面の両方向ともに終日利用者が多い東急東横線。同線に初登場の「座れる通勤列車」は、利用者にどのように受け入れられるか。


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(小佐野 景寿 : 東洋経済 記者)