加齢とともに記憶力が低下するのは、当然のことだと思っていませんか?(写真:Graphs/PIXTA)

老化に関するステレオタイプが記憶力に与える影響を調べるために、62歳から84歳の高齢者と18歳から30歳の若年者に、3種類の偽の新聞記事のうち、1つを読んでもらう実験を行いました。

1つは、典型的な老化による記憶力の低下を強調。別の記事では、記憶と年齢の関連について、もっとポジティブな知見が強調されているものでした。3番目の記事は中立的なものでした。研究参加者全員が、30個の単語のリストを2分間学習した後、覚えている単語を書き出すという標準的な記憶課題に取り組みました。結果はどうだったのでしょうか?

『ポジティブ・シフト 心理学が明かす幸福・健康・長寿につながる心の持ち方』より一部を抜粋のうえ、ネガティブな老化ステレオタイプの危険性についてお届けします。

ネガティブな老化ステレオタイプの危険性

雑誌やテレビ番組、映画からのメッセージなど、日常生活の中ではつねに「お年寄りの物忘れ」について言及されていることを考えると、高齢者が自分の記憶力を心配するのは納得できます。

メディアは毎日、老化に関するネガティブなイメージを私たちに浴びせています。老化とは、物忘れがひどくなること、魅力がなくなること、活動量が減ること、そして死に近づくことだ、と考えるように仕向けているのです。

しかし、ステレオタイプ脅威に関する研究が他のネガティブなステレオタイプについてすでに示しているように、年を取ることで生じる記憶力の低下を高齢者に明示的に想起させることによって、実際に記憶力が低下する場合があります。

ある研究では、老化に関するステレオタイプが記憶力に与える影響を調べるために、62歳から84歳の高齢者と18歳から30歳の若年者に、3種類の偽の新聞記事のうち、1つを読んでもらう実験を行いました。その記事の1つは、典型的な老化による記憶力の低下を強調しており、高齢者は他人に頼る必要があることを示唆するものでした。このような内容です。

このような研究結果は、老化が心的能力にネガティブに影響するという考えを強めるものですが、研究者は、それは必ずしも高齢者が日常生活を送れなくなることを意味しない、とも述べています。しかしながら、これらの知見は、高齢者が十分な機能を維持するためには、友人や家族だけでなく、記憶装置の助けを借りなければならなくなる可能性があることを示唆しています。

別の記事では、記憶と年齢の関連について、もっとポジティブな知見が強調されているものでした。

このような研究結果は、老化が心的能力にネガティブに影響するという考えを弱体化するものです。これらの研究結果は、生物学的な変化が必然的な損失をもたらすという考えを支持するのではなく、記憶力の低下はある程度、環境と個人の力でコントロールできる、ということを示唆しています。

ネガディブ記事を読んだ高齢者の成績は悪かった

3番目の中立的な記事は、記憶と年齢の関連についての具体的な情報は含みませんでした。研究参加者全員が、30個の単語のリストを2分間学習した後、覚えている単語を書き出すという標準的な記憶課題に取り組みました。

実験の結果、どのような新聞記事を読んだのかには関係なく、若年者は比較的良い記憶成績を示すことがわかりました。平均すると60%の単語を記憶しており、記事内容による記憶成績の違いは示されませんでした。

高齢者を対象に行った実験の結果はどうだったでしょうか。想像できるかもしれませんが、老化が記憶に与える悪影響を強調した記事を読んだ場合、記憶成績が悪化しました。具体的には、中立的、あるいはポジティブな記事を読んだ高齢者は、57%の単語を思い出したのに対し、ネガティブな記事を読んだ高齢者は44%しか思い出すことができませんでした。

この研究は、記憶に関する1つの記事を読むことが、その後に高齢者が受ける単純な記憶課題の成績に影響する可能性を示しています。このようなステレオタイプをつねに耳にしていると、現実世界ではどのような影響があるのかを想像できるのではないでしょうか?

そして、そのようなステレオタイプ自体が、高齢者の記憶パフォーマンスの低下につながる可能性があるということもおわかりいただけるのではないでしょうか? これは、私たちのマインドセットのパワーを示す、はっきりとした例です。

その他の研究によれば、例えば、微妙にテストに対する表現の仕方を変えることによっても高齢者の記憶に影響が生じることが明らかになっています。ある研究は、若年者(17歳から24歳)と高齢者(60歳から75歳)を対象に、雑学テストを実施して、その成績を比較しました。

研究参加者全員に「ダチョウの卵をゆでるのには約4時間かかる」「ジェームズ・ガーフィールド(訳注:アメリカの第20代大統領)はアメリカ大統領の中で靴のサイズが最も大きい」など、60個の雑学をランダムに選んだリストを渡して、記憶してもらいました。

研究参加者は、このリストを学習するように指示され、後日、そのリストから無作為に選んだものを使って記憶力テストを行う、ということも伝えられました。

ところが、実際は、記憶力テストの性質について、研究参加者の条件群ごとに、微妙に異なる情報を提供しており、これこそが、研究の重要な要素でした。

若年者と高齢者を含むある条件群は、後で記憶力テストを行うので、このリストからできるだけ多くの文章を「記憶」してください、と指示されていました。

具体的には、この記憶教示条件に割り当てられた人は「この実験は、あなたの記憶がどの程度優れているかに関心があります」「次のフェーズでは、このことについての情報を得るために、あなたの記憶力をテストします」と伝えられました。

「記憶」ではなく「学習」という言葉を使ったら

一方、別の条件群には、「記憶」という言葉は使わず、リストの中からできるだけ多くの文章を「学習」してください、と指示しました。この学習教示条件に割り当てられた人は「この実験は、あなたが事実を学習する能力に関心があります」「次のフェーズでは、このことについての情報を得るために、あなたをテストします」と伝えられました。

次に、研究参加者全員に同じテストを行いました。テストでは、雑学に関する文章のリストを読んで、その正誤を評価しました。その文章には「ダチョウの卵をゆでるのには約6時間かかる」など、もともとの文章に手を加えて誤りにしたものも含まれていました。研究者は、若年者と高齢者のテスト成績を求めました。

研究者の予想どおり、テストに対する指示の仕方の変えることで、テスト成績に大きな差が生じました。学習教示条件では、高齢者と若年者の成績差は認められませんでしたが、記憶に焦点を当てた記憶教示条件では、高齢者の成績は若年者と比べて大幅に低下しました。

これらの結果は、高齢者が若年者と比べて記憶成績が悪いとは限らない、ということを示しています。実際は、高齢者は記憶力が悪い、という老化に関するステレオタイプを、高齢者が確認しようとした場合においてのみ、テスト成績が悪化するのです。

この研究は、心理学の実験によって、テストに対するフレーミング(表現の仕方)が短期記憶テストの記憶成績に影響することを示しています。ただし、この研究は、重要ではあるものの、その効果が大きいということを証明した、とまではいえないかもしれません。

ところが、テストに対する表現を微妙に変えることによって、臨床的に大きな効果が得られる可能性がある、ということは他の研究からも明らかにされています。

例えば、60歳から70歳の研究参加者を対象としたある研究は、研究参加者の半数の条件群に、「この研究では40歳から70歳がテストを受けているので、この条件群は『高齢者側』です」と教示しました。別の条件群には「この研究は60歳から70歳がテストを受けているので、この条件群は『若年者側』です」と教示しました。

この2つの条件群の研究参加者の半数に「記憶力と高齢者」と題した偽の記事を配布しました。

この記事には高齢者が経験する一般的な記憶障害について説明されていました。それは、約束を覚えられない、よく使うもの(鍵や眼鏡など)を置いた場所を忘れてしまう、記憶のトラブルに対処するためにカレンダーやノートを使って定期的にリマインダーやリストを作成する必要がある、などの情報を記述したものでした。

もう半数の研究参加者には「一般的な能力と高齢者」という記事を配布しました。この記事では、加齢に伴う認知機能の低下について、もっと一般的に説明されていましたが、記憶力については言及されていませんでした。そして最後に、研究参加者全員は認知症の診断に使われる標準的な記憶力テストを受けました。

研究結果は、記憶成績が悪くなることを予想することが絶大なパワーをもつことを示していました。具体的には、自分は研究参加者のなかで「高齢者」に位置すると信じて研究に参加した人のうち、老化による記憶障害について説明された記事を読んだ人の70%が認知症の診断基準を満たしたのです。

一方、他の3つのグループで認知症の診断基準を満たした人はわずか14%でした。この結果には、同じように「高齢者」に位置すると信じていたけれども、老化による記憶障害を強調していない記事を読んだ人が含まれていました。そして「若年者」に位置すると信じて研究に参加した人では、配布された記事の違いは示されませんでした。

老化による記憶の問題を耳にするだけで、日常生活に重大な影響が生じる可能性があるということは、研究から繰り返し明らかにされています。

南カリフォルニア大学のサラ・バーバー教授(老年学)は「高齢者は、老化によるネガティブなステレオタイプを信じないように気をつけなければいけません。物忘れをすべて老化のせいだと決めつけると、かえって記憶に関する問題が悪化することもあります」と指摘しています。

無意識的な手がかりによる記憶への影響

これまで説明してきた研究では、老化と記憶の関連性についてのネガティブな情報の明示、そして記憶力テストに対する微妙な表現の仕方の双方が、それぞれ記憶成績に影響することを示しています。

しかし、特に注目すべきは、サブリミナルな手がかり、つまり無意識的なレベルで処理される手がかりであっても、高齢者にネガティブなステレオタイプを想起させ、記憶成績を低下させる場合がある、ということです。

高齢者の記憶に対するこうした手がかりの効果を調べるために、研究者はサブリミナルなプライム刺激を研究参加者に提示する実験を行うことがあります。

この種の研究では、コンピューターの画面に瞬間的に単語を表示することで、研究参加者が特定の単語を意識したり、意識レベルで処理したりせずに、プライム刺激の影響を受けるようにします。この方法を使うことで、研究者は、このような無意識の、あるいはサブリミナルなプライム刺激が、行動に影響を与えるのかどうかを調べることができます。

ある研究は、60歳以上の高齢者に2種類の単語のどちらかをサブリミナルなプライム刺激として提示しました。

研究参加者の一方には、思慮深い(wise)、洞察に満ちた(insightful)、熟練した(accomplished)などのポジティブな老化に関するステレオタイプを表す単語を、もう一方の研究参加者には、老いぼれた(senile)、混乱した(confused)、ヨボヨボした(decrepit)などのネガティブな老化に関するステレオタイプを表す単語を提示しました。

この研究では、単語の長さ、英語での出現頻度、老化プロセスの相対的典型度など、さまざまな次元で単語を照合することで、その他の要因が結果に影響しないことも確認していました。

研究参加者全員は、どちらかのプライム刺激の提示を受けた後、さまざまな記憶を調べるために一連の記憶課題を行いました。

例えば、そのうちの課題の一つでは、紙の上に並べられた7つの点の列を10秒間見せられた後、その配置を再現することが求められました。別の課題では、研究者が単語のリストを読み上げた後、研究参加者は覚えている単語をできるだけ多く書き出すことが求められました。

高齢者の記憶に影響を与えるステレオタイプ

それから、2種類のプライム刺激を提示された研究参加者が、これらの記憶課題でどのような成績を示すのかについての検討が行われました。プライム刺激の提示時間は、瞬きするよりも短い時間に設定されていた、という点に留意してください。

実験の結果、老化に関するネガティブなプライム刺激にさらされた人は、ポジティブなプライム刺激にさらされた人と比べて記憶課題の成績が悪いことがわかりました。

さらに、この研究では、無意識的なプライム刺激が記憶に与える影響以外に、これらのプライム刺激が老化に対する人々の態度やステレオタイプにも影響するのかどうかについても検討が行われました。具体的には、研究参加者全員に、成人した娘と同居している、マーガレットという名前の73歳の女性が、大学の同窓会に出席するという物語を読んでもらいました。


そして、記憶力テストの一環として、この物語から思い出せる限り多くの事柄を書き出すように求めました。さらに、研究参加者は、老化に対するステレオタイプを調べるために、マーガレットに関する自分の考えや意見を述べることも求められました。

老化に関するポジティブなプライム刺激を提示されたある研究参加者は、マーガレットについて「トラウマになるような出来事の後に、新しい状況に適応しようとしている、わりとどこにでもいるおばあちゃん。子どもや孫の幸せを願っていて、同年代の人に関心がある」と記述していました。

一方、ネガティブなプライム刺激を提示されたある研究参加者は「年を取って物忘れがひどくなるのは、ほとんどの年寄りにとって自然なこと」、別の研究参加者にいたっては「アルツハイマー病」と短く記述していました。

この研究は、老化に対するステレオタイプが高齢者の記憶や加齢に対する印象に影響を与えることを示しています。そして、このプロセスが、ネガティブな手がかりが意識されずに与えられた場合でも起こりうるという、実に重要な証拠を示しているのです。

(訳/本多明生)

(キャサリン・A・サンダーソン : アマースト大学マンウェル・ファミリー生命科学(心理学)教授)