橘慶太(たちばな・けいた)/2017年に円満相続税理士法人を開業し、現在は東京・大阪に拠点を置く。YouTube「円満相続ちゃんねる」は登録者数8万8000人を突破。著書に『ぶっちゃけ相続』がある(撮影:尾形文繁)

2024年から相続や登記・空き家のルールが激変。1月からは「生前贈与制度」が変更、4月には「相続登記の申請義務化」が始まる。そしてマンション相続税評価額の新算定ルールも導入予定だ。『週刊東洋経済』の8月7日(月)発売号(8月12・19合併号)では、「相続・登記・空き家 2024年問題」を特集。そうした相続関連の2024年問題とその対応策を解説していく。誌面の中から、「税務調査の実態」について解説した相続専門の税理士、橘慶太氏の記事を配信します。


2021事務年度(2021年7月〜2022年6月)の相続税の実地調査は6317件。2019事務年度以前は1万件を超えていた。新型コロナウイルスの影響を受け減少しているが、その分文書や電話など簡易な接触による調査が増え、トータルの調査件数は2万件を超える。

相続税の申告件数は約13万件なので、およそ6件に1件が調査対象に選ばれる計算だ。確率は決して低くない。とくに総資産額が5億円を超えるような資産家や会社経営者は、たとえ疑われる余地がなくてもかなりの高確率で対象になる。

対象者のリストアップにAIも導入

しかも、実地調査のうち申告漏れなどの非違件数の割合は87.6%(2021事務年度)と実に約9割が追徴課税になる。調査官の調査能力はもちろんだが、強力なツールが国税庁の巨大データベース「国税総合管理(KSK)システム」だ。

そこには全国民の毎年の確定申告(会社員の場合は給与の源泉徴収票)や過去の相続遺産などの膨大な情報が集約されており、そこから保有する財産の理論値をKSKがはじき出し、申告した遺産額との乖離から申告漏れの蓋然性が高い人をリストアップする。近年ではAIの機械学習も導入しており、申告漏れをあぶり出す精度は今後も向上するだろう。


実地の税務調査は通常10時から16時まで丸1日に及ぶ。税務署からは必ず2人以上の調査官が来て、午前中は亡くなる直前から約10年間の事実関係を時系列で整理する。午後はその時系列に沿って、親族からの聴取で事実確認をする。会社経営者の場合は親族、会社と2日間にわたることもある。

追徴課税の種類は3つ。納めた税金の額が過失で少ない場合は過少申告加算税(5〜15%)、正当な理由なく期限内に申告をしていない場合は無申告加算税(10〜20%)、故意に財産を隠していれば重加算税(35〜40%)が適用される。


その「故意」と「過失」の差を調査官はどう見極めるのか。調査官は財産調査の強大な権限を持ち、故人だけでなく親族も含めたすべての預金口座の、少なくとも10年分の履歴は押さえている。親族でも把握できていない預金通帳や株式などの財産まで証拠をそろえたうえで、当日は知らないふりを装って質問する。虚偽の答弁をしたら、後出しで証拠を見せて「今の答弁と矛盾していますね」などと追及する。これが重加算税を適用するためのテクニックだ。税率の高い重加算税を取れる調査官は税務署内でも称賛されるらしい。

名義預金と名義株に注意

税務調査で最も問題となるのが「名義預金」だ。子や孫のために贈与税の非課税枠である110万円を毎年積み立てるケースなどが典型例だが、真実の所有者と名義人が異なっていれば、たとえ悪気がなくても納税逃れと見なされる。

通帳の名義を変えるだけでは税務署に生前贈与と認められない。通帳・印鑑・キャッシュカードの「3点セット」を相続人が成人であれば本人、未成年者であれば親権者が実態として管理していることを証明する必要がある。相続が発生してから子や孫がその存在を知った場合は証明が困難で、どう転んでも名義預金と見なされるので、おとなしく相続税の申告書に計上するほかない。

生前贈与は「あげます」と「もらいます」の意思表示があって初めて成立する契約。一般的に多いのは「もらいます」の意思表示がないパターンだが、近年では「あげます」の意思表示がない“逆パターン”も増えている。認知症が絡むケースがそれだ。


国税庁の職員は約5万6000人。多くは全国に524カ所ある税務署に配置される(撮影:梅谷秀司)

例えば、親の介護費用に充てるために親の通帳から子の通帳に送金することがあるが、親の認知機能が低下し「あげます」との意思表示が証明できなければ生前贈与が認められず「(親から子への)預け金」とされ課税対象となる。認知機能が低下していたかどうかは実態を見て判断される。調査官は病院のカルテまでも調べ尽くす。

名義預金とともに、会社経営者の場合は「名義株」が問題になりやすい。名義株は名義人と本当の所有者が異なっている株式のこと。ほかの人の名義の株式でも、実質的には亡くなった人の株式と認定された場合には、相続税の対象になり、多額の追徴課税がなされる。とくに非上場のオーナー企業に多いが、オーナーが保有する株式を生前に子や孫、従業員らに分散させるようなケースは注意が必要だ。

名義株の調査は名義預金以上に厳しい。筆者も税務調査の現場で、調査官が株主名簿を見ながら無作為に株主を呼び出し「いつから何株持っているか今ここで答えてください」「買い取ったのならどの銀行から支払いましたか」などと問い詰める“修羅場”に遭遇した。近年は創業者の高齢化に伴う事業承継が増えているが、その際には現在の株主名簿が正しいかどうかを確認しておいたほうがよい。

2023年度税制改正により、2024年1月からは贈与税の暦年課税制度を活用した生前贈与の加算期間が3年から7年に変更される。これに伴って、名義預金や名義株が疑われるケースは今後増えるだろう。追徴課税を避けるためにも、本人の意思表示ができるうちに贈与契約書の作成を勧めたい。あげる人(贈与者)、もらう人(受贈者)、贈与する金額、日付、互いの住所・氏名を書き、押印する(認め印で可)。契約書は2通作成し、1通ずつ保管しておけばよい。

いまだに多い「タンス預金」

名義預金、名義株以外に、「タンス預金」が指摘されるケースもいまだに多い。亡くなる直前に口座から引き出したタンス預金は、当然ながら履歴から一発でわかる。相続税の申告書に計上していなければ故意の納税逃れとして重加算税の対象になる。筆者も「タンス預金は高い確率でバレる」とYouTubeで注意喚起している。

調査官は百戦錬磨で、税務署には長年にわたって蓄積された調査のノウハウとマニュアルがある。「過去にこんな場所に隠していた」などの事例も共有されている。調査対象に選ばれたら、重加算税だけは避けるためにも過去の通帳などは手元に残し、虚偽の発言をしないことだ。筆者も顧客の税務調査に立ち会う前には「記憶が曖昧なものは『わからない』で構わない。ウソだけはつかないようにしてください」と進言している。

(構成 堀尾大悟)


(橘 慶太 : 円満相続税理士法人 統括代表社員 税理士 )