今年の入選作品の一部

2020年の年初から長らく悩まされてきた新型コロナ感染症も、今年5月には5類に移行し、コロナ禍前の日常生活がかなり戻って来た感がある。新卒採用においても、これまでのオンライン化への動きが緩み、かつてのように対面でのインターンシップや会社説明会、面接が復活してきている。

今年もHR総研では、就活会議株式会社が運営する就活生向けクチコミサイト「就活会議」と共催で、就活生、採用担当者のそれぞれの目線からの印象深いエピソードを川柳・短歌に込めて詠んでもらう「2024年卒 就活川柳・短歌」と「2024年卒 採用川柳・短歌」を6〜7月に募集した。

就活生・採用担当者ともに、今年は何かと話題となっている生成AI「ChatGPT」やZ世代の流行語「蛙化現象」をネタにした作品が複数入選した。

オンライン面接がテーマの作品は減少


ここ数年見られた「オンライン面接」をテーマにした作品は応募自体が減少傾向にあり、代わって復活してきた「対面面接」への戸惑いをテーマにした作品や、コロナ禍に関係なく、就活・採用にまつわる不変のテーマを扱った作品が増えてきた印象がある。

今回は、「2024年卒 就活川柳・短歌」の入選作品を見ながら、学生たちのここまでの就活を振り返ってみたい。ぜひ学生たちの心の叫びを感じ取ってほしい。

まずは【最優秀賞】から紹介する。

嬉しくて 何度も開く 合格メール(長崎県 みーさん)

実質的な面接就職活動は、大学3年の6月頃から始まるインターンシップへの参加申し込みからスタートする。「3年生の3月より採用広報解禁(エントリー・会社説明会解禁)、4年生の6月から面接選考解禁」という政府主導の就活ルールなんてまったく関係がないに等しい状況だ。

この作者が、希望する企業から念願の「内定」連絡を受け取った時期がいつかは不明だが、もし4年生の6月だとすると、実に1年以上にもわたる就職活動の末に、ようやく手に入れたことになる。

それはさぞ嬉しいことだろう。この1年間のできごとが走馬灯のように頭の中を駆け巡っているかもしれない。この合格メールを受け取る前に、いくつかの企業からのお祈りメール(不合格)を味わったかもしれない。

合格の文字で自然と微笑んでしまう

でも、この合格メールさえ来れば、もうそんなことは気にならない。そんな作者の熱い思いが伝わってくるとともに、「間違ってないよね、本当に合格って書いてあるよね」と何度もメールを見返しては、「合格」の文字を確認するたびに自然とにんまりしてしまう作者の姿が目に浮かぶ、なんとも微笑ましい作品である。

続いて、【優秀賞】を紹介しよう。本来は2作品を予定していたが、該当作品が少なく、残念ながら今回は1作品だけとなった。

「私が 尊敬するのは 母親です」 隣の部屋に 聞こえぬように(東京都 1ダースさん)

ビジネスのオンライン会議では、ヘッドレストやマイク付きイヤホンを使うことが多く、こちらの話す内容は隣の部屋にも漏れてしまうが、相手が話している内容まで漏れることはない。

しかし、なぜか就活のオンライン面接においては、PCのマイクとスピーカーを使っての会話がマナーとされているようで、面接官の質問内容もPCのスピーカーからまる聞こえである。

実家暮らしの学生が、隣の部屋にいるかもしれない家族に、オンライン面接でのやりとりの内容を聞かれないように、スピーカー音量を下げるとともに、自らも大きな声では話さないようにすることはよくある。

企業からの質問内容が家族に関することであれば、本人に聞かれたくないという思いはなおさらであり、ついつい小声になってしまう。

でも、「尊敬している」という内容であれば、胸を張って大きな声で回答してみるのもいいかもしれない。だって、家族本人に面と向かって伝えるのではなく、さりげなく伝えられるなんて貴重な機会は滅多にないのだから。

ここからは、【佳作】に入選した作品をいくつか抜粋して紹介しよう。

AIに 作ってもらった 言葉より 必死で書いた Iが最強(神奈川県 梅澤 九良璃さん)

エントリーシート作成にも生成AI「ChatGPT」を活用する動きが徐々に広がり始めている。

学生個人で使いこなしているケースだけでなく、就職サイトの中にはChatGPTと連携して、キーワードからエントリーシート(自己PRなど)を自動生成してくれるサイトまである。学生はChatGPTのことをまるで理解していなくても、エントリーシートができあがってしまうわけだ。

そんな中、ChatGPTの便利さは理解しつつも、それに頼ることなく、自身の経験は自分の言葉で表現しようとする、就職活動に対する真摯な姿勢が伝わってくる作品だ。学生自身が考え抜いて選んだ言葉には、AIなんかでは表現できない志望企業への「熱い思い」が詰まっていると信じたい。

流行語の「蛙化」を取り入れた作品も

蛙化だ まさか私に なぜ起こる(熊本県 ゆきちゃんさん)

「蛙化現象」とは、Z世代が選ぶ「2023年上半期トレンドランキング」(Z総研)で1位となった流行語で、片思いから両思いになると熱が冷め、相手のことが突然嫌いになってしまう現象を指す。醜いカエルが王子に変身するグリム童話「カエルの王様」が由来(物語の逆パターン)だといわれている。

自身の第一志望として内定を目指して選考を受けてきた企業から、ついに念願の内定を告げる電話が掛かってきたにもかかわらず、その場で承諾をすることを迷ってしまった自分自身に驚いたという作品。

ただ、最終的には「迷って当然だよ」という採用担当者の言葉もあり、悩んだ末に、数日後には承諾の返事をしたとのこと。作者にとって、その企業が素敵な王子であることを祈るばかりである。

憧れの 企業受ける前 見たSNS 踊る社員 わたしは蛙化 (茨城県 カリエの極みさん)

こちらの作品も「蛙化現象」をテーマにしている。長年憧れ続けてきた企業にもかかわらず、その企業の採用向けSNSで、新入社員が音楽に合わせて踊りながら自社PRをする姿を目の当たりにし、「うわっ、こんな風に踊らされる会社に入りたくない!」と一気に熱が冷めたとのこと。

企業から内定が出ていたわけではないので、「蛙化」といえるのかという点はさておき、気持ちは十分に理解できる。

企業は、こういったSNSを通して、堅苦しくない社風や新しいものも積極的に取り入れる姿勢をアピールしたいと考えているのかもしれない。ただ、受け手である学生がそのSNSを見てどう思うのか、さらには出演してくれる新入社員は嫌々仕方なく協力してくれているだけではないのか、今一度検証してみたほうがいいだろう。

新型コロナ世代の悲哀

【佳作】をあと3作品紹介しよう。

両親の 凄みを知った 4年春 (群馬県 ももっきさん)

就職活動で自己分析や企業選びに悩み、エントリーシートや面接で落とされる経験を通じて、就職するってこんなに大変なことなのかと初めて実感した作者。

それまで、楽しそうに働く両親の姿を当たり前のように見てきたが、そこに至るまでに両親もきっと同じような苦労を乗り越えてきたからこそ今があることを理解し、さらにはやりがいを持って働く両親の背中に「凄み」を感じたことを見事に表現している。

「4年春」には、4月1日現在で5割前後、5月1日現在には65%以上と就職内定率が高まる中、まだ内定のメドが立っていないもどかしさも含まれているのであろう。でも、内定の時期なんて、少しばかり人より遅くなったって構わない。両親のようにやりがいを持って働くことの大切さに気づいたことは価値ある経験だ。ぜひ自分の天職と巡り会ってほしい。

面接で 「第一志望です」 10回目(愛知県 まさみちさん)

採用面接でよく聞かれる質問に「当社は第何志望ですか?」というものがある。「はい、第三志望です!」と答える学生なんているものだろうか。とりあえず内定が欲しい学生からすれば、面接を受けたすべての企業に対して「はい、第一志望です!」と答えざるをえないだろう。

「第一志望群」という、「第一志望」は1社ではないことを暗に含めた表現をすることもあるが、大して変わらない。1社で複数回の面接があることを考慮しなければ、面接が10社目であれば「10回目」、20社目であれば「20回目」となる。果たして作者は、「何回目」で本当の第一志望の企業と巡り会うことができたのだろうか。

入学式 無くてスーツを 持ってない(新潟県 ぶたたんさん)

今年の就活生(大学4年生)は、新型コロナウイルス感染症が騒がれ始めた直後に入学式を迎え、拡大防止のために発出された緊急事態宣言により対面での入学式が実施されなかった世代である。

スーツを準備できずに就活開始

当然、入学式に出席するためのスーツを用意する必要もなかった。時が経ち、スーツを1着も持っていない状況で、早くも就職活動を迎えてしまったという悲哀を端的に表現している。

でも、スーツを持っていなかったことで、今の自分にピッタリ合ったスーツで就職活動に臨めたことはかえってよかったかもしれない。来年の春、ピシッとスーツで決めて出社する作者を想像して応援している。

今年の入選作品は以下のとおり。今年、入選者が最も多かったのは東京都と宮城県の2人で、その他の府県は1人ずつと、宮城県から熊本県まで幅広い地区から入選者が生まれる結果となった。来年も全国からの応募を期待したい。

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さて、HR総研のオフィシャルページでは、「2024年卒 就活川柳・短歌」の全入選作品について、作者の思いを踏まえての寸評・解説とともに掲載している。それぞれの作者がどんな気持ちでこの川柳や短歌を詠んだのか、ぜひご覧いただきたい。

次回(8月22日配信予定)は、採用担当者による「2024年卒 採用川柳・短歌」を紹介する。

(松岡 仁 : ProFuture HR総研 主席研究員)