「129日前の私!まじで状況変わったよ!」 どん底から注文殺到へ...1本のツイートで激変した切子作家の人生
約130日で若手切子作家の置かれた状況が激変した。ガラスの表面を削り模様を描く切子作家のともかさんは、バイトを掛け持ちしながら制作を続けている。独立して間もなく時間的にも金銭的にも追い詰められたある日、SNSで衝動的に紹介した作品が大きな注目を集めた。
「切子ガラスって存在は知ってはいたけどこんな幻想的でキレイな代物になるの...」
J-CASTニュースの取材に対し、ともかさんは2023年7月13日、「個展にも多くの人が訪れSNSの反響の大きさを実感している」と振り返る。
「27歳です。きっと伸び代あります」若手作家のSOS
きっかけはツイッターの投稿だった。2月27日、バイトの休み時間に次のように漏らした。
「マジで人生全てに行き詰まって更にお金なくて発狂してるので励ましの拡散を頼むます。右のガラスを左のように削るのが好きな切子ガラス作家でございます。27歳です。きっと伸び代あります」
ツイートには琥珀色のガラスコップの写真を2枚添えた。1枚は削る前のもの、2枚目は繊細な模様が削られた作品だった。ツイートの文言では、左右を誤って書いてしまい、削る前のガラスと完成品を逆に説明してしまった。しかしこの投稿を機に、多くのユーザーがともかさんの作品を目に留めた。
「いや、左から右でもすごい技術だ。伝統的なデザインとはまた少し違って、とても美しい」
「かっこいい!!!!!!これは人に見つかればいくらでも売れる!!!!」
「いや、既にかっこいいし凄い綺麗だと思うんですけどこれ以上すごくなるんですか...!?」
完成前後の作品を逆に紹介してしまったことにツッコミが寄せられると同時に、作品に注目する声やともかさんをねぎらう声が相次いだ。ツイートには、5万1000件を超えるリツイート、24万9000件を超える「いいね」が寄せられた。
取材に対しともかさんは、当時を「どん底でどうしようもないと感じていた」と振り返る。切子作家として活躍していきたい一方で、入ってくる仕事量にはばらつきがあり、将来への不安に駆られていた。
「どん底」だった当時の状況
「2019年に一人で切子のブランドを立ち上げました。まだ経験も浅く、充実したコネクションも販売経路もないまま始めてしまったので、不安しかなかったです。でも『これしかない』と思って、まだ若いうちに挑戦してみたいと思いました」
ともかさんがガラス細工に興味を持ったのは高校生の頃だった。昔から絵を描くことが大好きで、イラストやデザインの道を志し、美術に力を入れる高校に進学した。授業の課題で美術館のレポートを作成することになり、あるチラシが目に留まった。
「六本木のサントリー美術館で開かれていた『ヴェネチアン・グラス展』のチラシがとても印象的で、惹かれて見に行ったのがガラスとの出会いでした」
2年生からは学外のガラス教室に通い、卒業後はその専門学校でガラスに関わる技術全般を2年間学んだ。切子だけでなく、吹きガラスやトンボ玉にも取り組んだという。その後、切子ガラスを制作する会社に入社した。
「2年10か月にわたって職人見習いをしていましたが、会社は合わずに辞めてしまいました。一人でやり始めたものの、依頼の数にはバラつきがあって、たくさんのオーダーを頂くタイミングがあれば何もないこともありました。自分からイベントに出展することもありましたが、爆発的に売れることはなく、どうにか少しずつ食いつなぐ状況でした」
ともかさんは、組合には所属せず個人ブランド「ともきりこ」として活動を始めた。コンセプトは「カラフルでポップなかわいい切子グラス」。切子らしい規則的な模様よりも、メリハリを利かせたデザインを意識している。アシンメトリーな柄や、大胆な太い線と細やかな模様を両立させたデザインなどで、ガラスの織り成す光と影の美しさを自分の感性で表現する。
「ビビッドカラーからパステルカラーまで、ガラスの持つ鮮やかな色彩に惹かれました。私は、少女向けアニメに出てくる変身グッズのようなかわいさが好きです。まだ切子のアクセサリーの種類が少なかったので、『私だったら可愛く作れるぞ』と思って、カラフルできらきらとしたガラスの魅力が伝わるようなピアスなどを作っています」
切子ガラスの素材となるガラスは、吹きガラス職人に依頼する1点ものであり高価だ。自転車操業の日々が続き、アルバイトを増やした。多いときは4つほど掛け持ちしていたという。切子は座り作業が中心だが、バイトは立ち仕事も多く、心身が疲弊していった。
「この時間をもっと制作にあてたいな」
思いつめたバイトの休憩時間、衝動的に投稿したツイートが想定外の反響を呼んだ。
「そろそろ切子一本でやっていきたい」
ツイート後、オンラインショップで販売していた商品は軒並み完売した。ともかさんは、この時受けた依頼がまだ残っているとして7月中に終わらせたいと意気込む。
「3日ほどオーダーが殺到し、2、30件ほど引き受けたと思います。オーダー商品はダイレクトメッセージで相談しながら制作を進めるので時間もかかります。『私の手には負えないかも』と思い、途中でストップさせていただきました。オンライン商品の発送手続きなども急に忙しくなり、これは大変だと思いながら過ごしていました。嬉しい悲鳴ですね」
7月5日に開いた個展にもたくさんの人が訪れ、ともかさんはツイッターでこう振り返った。
「129日前の私!!!!まじで状況変わったよ!!たくさんの人に見つけてもらえたよ!!!おつかれ!!ありがとう!!」
大きな反響に手ごたえを感じ、ともかさんは「そろそろ切子一本でやっていきたい」と希望を抱く。
「切子一本でやっていけそうなほど忙しくなって、心に余裕が出てきました。おかげさまで心身健康に制作に取り組めて、とても充実しています」
ともかさんの作品をきっかけに切子を知ったとする人もいたといい、ともかさんは「切子自体にも伸びしろがあると感じました」と語る。
「伝統工芸で知られている切子ですが、ガラス工芸の大きなジャンルの1つでもあります。私は伝統的なものとはまた違った、切子やガラスの魅力的な一面を見せていけたらいいなと思います」