出版不況、少子化にもかかわらず絵本が売れているようです(撮影:佐々木仁)

出版不況と言われて久しいが、絵本が売れている。

コロナ禍の影響で、学習参考書など子ども関連書籍の売れ行きが好調となったのは想像にかたくないが、それはすでに落ち着きを見せ、もはや過去の話となった。

一方で、コロナ特需が終わっても「絵本」の人気は衰えていないという。書店を訪れてみると、児童書や絵本コーナーは充実していて、活気を感じるほどだ。

子ども4人を東大理三に合格させた佐藤ママが「3歳までに1万冊読み聞かせた」という話に象徴されるように、近年、読み聞かせは幼児教育でもより重要視される傾向にあり、知育の文脈で語られることが増えた。

絵本人気が続く理由はどこにあるのか? その背景を探った。

出版業界は右肩下がりでも絵本はじわり拡大

出版業界の売り上げは1996年をピークに右肩下がりとなっている。書籍に限ってみても、推定販売金額は1996年の1兆0931億円から2022年には6497億円(『季刊 出版指標2023年春号』)まで減少している。

しかし、そんな市場下においてこの10年、じわじわ市場が拡大しているのが児童書だ。

2013年に770億円(うち絵本は294億円)だった児童書の売り上げは、このコロナ禍前後の2019年が880億円(うち絵本は312億円)、2020年が930億円(同330億円)、2021年が967億円(同353億円)と増加傾向で(『出版指標 年報2022年版』)。なかでも、絵本はコロナ特需終了後も堅調さを保っているという。


出版不況、少子化にもかかわらず、絵本コーナーを拡大する書店が増えている。写真は代官山 蔦屋書店(撮影:佐々木仁)

出版流通を担う取次会社トーハンの書籍部アシスタントマネージャー河上昌司さんによると、

「当社お取引書店のPOS売り上げでは児童書全体の売上はコロナ前の2019年(4〜3月)と比べ、2020年は99.1%、2021年は102.8%、2022年はコロナ禍の反動もあってか95.2%とやや減少傾向だが、児童書のなかでも創作絵本はこの3年間ずっと2019年比100%を超えており、2022年は115.8%を記録している」

子どもの出生数は、2016年に初めて100万人を割り込み、2022年はついに80万人を下回った。少子化に歯止めはかかっていないにもかかわらず、絵本が好調な理由はどこにあるのだろうか?

絵本はもともと既刊の占有率が高いジャンルだ。

トーハンのデータによると、新作ではない既刊本のPOS売り上げの割合は文芸系37.4%、生活系65.9%、趣味実用60.2%だが、2022年の児童書の既刊本は78%、絵本だけに限ると83.3%とほかのジャンルに比べて既刊本の割合が格段に高い。

しかし、「実は10年前の児童書は既刊の占有率が92%、新刊は8%程度だった。それがこの10年で新刊本の割合が大きく伸びている」と河上さん。

点数自体は若干増えているものの、ほぼ横ばいという状況下において、「ヒット作が生まれ、ロングセラー作品も引き続き売れている。この10年で児童書に参入する出版社も増え、書店では店舗リニューアル時に棚を広げて注力しているところも多い」(河上さん)と言う。

100万部以上売れた絵本

トーハンでは2006年から、累計100万部以上売れた絵本を「ミリオンぶっく」としてまとめ、広く発信する取り組みを行っているが、735万部と日本で最も売れている絵本『いない いない ばあ』(文・松谷みよ子、絵・瀬川康男/童心社/1967年刊)を筆頭に、今年で誕生60周年を迎え、シリーズ合計2150万部を超える『ぐりとぐら』(551万部/文・なかがわりえこ、絵・おおむらゆりこ/福音館書店/1967年刊)。


(注)発行部数は2022年12月末時点。対象年齢は目安(出所)「ミリオンぶっく2023」を基に東洋経済作成

発売から47年を経てミリオンを達成した『おばけのてんぷら』(作・絵・せなけいこ/ポプラ社/1976年)など100万部以上を売り上げる130点が、絵本の売り上げの10%超を占めている。それほど、ロングセラー作品の底力は大きい。

そして「基本的に、絵本は読者と購入者が違う」ということも、他のジャンルの本との大きな違いだ。読み手は子どもだが、購入するのは親などの大人たち。たとえ子どもが欲しがった本だとしても、最終的に購入に至るかどうか判断するのは多くの場合子ども本人ではない。

その点は出版社も理解しており、近年は大人も意識した絵本も増えている。それが出版不況下でも新たなヒット作を生み出す背景にもなっているのだ。

例えば、2023年上半期ベストセラー児童書ジャンルの1位の『大ピンチずかん』(小学館)や、3位に一挙4作品ランクインした『パンどろぼう』シリーズ(KADOKAWA)などは、オチがしっかりしていて、大人が読んでも納得感がある。


2022年最大のヒット作『大ピンチずかん』。子どもが日常で出合う大ピンチをユーモアいっぱいに描いている。大人も「あるある」と思わず笑ってしまう納得の1冊(撮影:佐々木仁)

「絵本の内容が世相に合っていて、コミカルで、本離れした人にも読みやすい。『パンどろぼう』シリーズは、大人も子どもも楽しんでおり、グッズも売れている。出版社もシリーズ化、続編投入のスパンを短くして、店頭でのプロモーション展開など広げている印象がある。また、1冊1冊に時間をかけてつくる出版社もある。そこが絵本のおもしろさであり、奥深さだろう」(河上さん)

店内の雑誌や書籍の選書、取り扱い雑貨、企画イベントなど、書店の存在そのものが情報感度の高い大人たちの情報発信基地のようなイメージが強い代官山 蔦屋書店でも絵本の売り上げは好調だ。

そもそも代官山 蔦屋書店がオープンした2011年当初は、「キッズ」というジャンルはなかった。それが顧客の声を受け、フロアをどんどん拡大。オープン時は人文ジャンルの1コーナーにすぎなかった絵本コーナーが、今では1号館の2階スペースの半分以上を占めるほどになった。


代官山 蔦屋書店の絵本コーナーは1号館の2階の半分以上のスペースを占める。担当者の目利きと思いの詰まった選書や企画フェアなどの棚は、見ているだけで楽しい(撮影:佐々木仁)

大人向け、子ども向けの絵本イベントも随時行っており、2022年秋には「えほん博」を大々的に開催。絵本作家らによるサイン会や新日本フィルハーモニー交響楽団メンバーとアナウンサー堀井美香さんによる朗読演奏会、絵本作家 五味太郎さんのトークイベントなど、まさに”絵本のお祭り”で、イベントはすべて満席と大盛況だったという。

えほん博の担当者で、代官山 蔦屋書店キッズコンシェルジュの瀬野尾真紀さんは、絵本そのものの特性をこう説明する。

「ほかのジャンルに比べ、絵本の売り上げが下がりにくいのは、紙である必要性があるから。絵本はページをめくる動作自体が意外に大事。大人の本はめくる時にそれまでの文章を覚えていて次のページに進んでいくが、絵本は文章も切れて、絵も変わる。めくることで場面転換が起こるプロダクト。これらは電子書籍では賄いきれない」

作り手の裾野も広がる

その絵本の魅力は、読者だけではなく作り手の裾野も広げている。

「絵本は、色、形、紙の質など表現の幅が広く、決まった表現がないため、クリエーターにとって魅力的なジャンル。この10年くらいでさまざまな分野のクリエーターたちが絵本を出すようになった。そういう人たちが絵本を出すことで、読者層も広がっている」(瀬野尾さん)

作り手がターゲットを子どもに絞っていなかったり、内容も子ども向きの単純明快なものではなかったりすることもあり、大人にも受けている。その代表格が画家junaidaさんの絵本だ。

緻密で圧倒的な画力の美しい絵と、想像力を掻き立てる展開は、何度も目を凝らして読み返したくなる。三越クリスマスのメインビジュアルや「ほぼ日手帳」にも作品を提供し、ボローニャ国際絵本原画展で入選した実力派だ。

実際「大人絵本」と冠をつけて売った書店もあるようだが、いざ販売してみたら、大人も子どもも関係なくファンがついた。もはや絵本は、対象年齢は問わずファンを開拓しているのだ。


絵本コーナーの一角にあるjunaidaさんのコーナー。大人も子どもも、性別も、関係なく楽しめる世界観で新しい絵本の需要を切り拓いた(撮影:佐々木仁)

ほかにも、写真家の若木信吾さんが立ち上げた若芽舎からは有名クリエーターたちの絵本を出版。代官山 蔦屋書店で2月に最も売れた赤ちゃん絵本『やぎさんのさんぽ』『どこどこ?ねどこ』は刺繍作家junoさんによるもの。出版社は老舗の福音館書店だ。7月には葉っぱ切り絵アーティストのリトさん初の絵本『まねっこカメレオン』(講談社)が出る。

また、専門書や参考書を発行する化学同人も絵本ジャンルに参入していたり、新潮社も今年6月にNHK Eテレの人気番組の絵本を発売。同社としては約70年ぶりの絵本出版となるなど、出版社や作者もバラエティ豊かになっている。


代官山 蔦屋書店ではjunoさんの刺繍絵本とともに、刺繍をあしらった作品も販売し、大人気企画となった(すでに会期は終了)(撮影:佐々木仁)

絵本業界の活況の裏には、各出版社が新たなクリエーターを発掘する絶え間ない努力をし、絵本作家のデビューの間口を広げる絵本賞などが増えたことも起因しているようだ。

このような絵本の好循環を作っているのは、出版社側の取り組みだけではない。

全国出版協会出版科学研究所常務理事、出版科学研究所所長の加藤真由美さんによると、「自治体とコラボして2000年から始まった『ブックスタート』が根付いてきたことも大きい」と言う。

ブックスタートとは、0歳児健診などの機会に自治体の事業として、絵本をひらく「体験」と「絵本」をセットでプレゼントする活動で、2023年2月末現在、全国1102の自治体(全国の66.3%)で行われている。もともとはイギリスで行われていた取り組みだ。

産後のママと関わることの多い行政が、主体的に子どもと絵本の接点を作る取り組みを行うことで、どの赤ちゃんも絵本に触れるきっかけが生まれている。

「読書推進の原点に返ると絵本がある。赤ちゃんから大人まで人気の絵本だが、対象がはっきりしているので取り組みやすい。政策的にも子育て支援に注力する自治体が増え、環境が整ってきた」(加藤さん)

また、2012年には国立青少年教育振興機構により絵本専門士の資格も設立され、絵本に関する高度な知識、技能、感性を備えた専門家が生まれている。今年の第10期絵本専門士養成講座は、定員70名のところ1500人を超える応募があった。2019年からは全国の大学や短期大学などに「認定絵本士」養成講座も設置され、絵本の専門家を生み出す仕組みが出来上がってきた。

絵本にもじわり値上げの波

しかし、昨今の物価高で、輸送費や紙代、印刷費用などが高騰し、絵本もじわじわ値上がりしている。絵本は、子どもを対象としているので、「なるべく安価に」との思いを持っている出版社も多く値上がりは遅かったというが、それでも改訂版のタイミングなどで物価高騰の波は避けられなくなってきた。


大型版の絵本『MAPS 新・世界絵図』は、学習本ではない地図絵本の先駆けとなった。高額にもかかわらず、発売から9年経った今も売れている(撮影:佐々木仁)

「2014年に発売された『MAPS(マップス)新・世界絵図』という大型判の絵本が3200円(発売当時税抜き価格、現在税抜き3800円)にもかかわらず、かなり売れた。高くても納得感があれば売れることが立証され、勝負をかける会社も出てきた」と代官山 蔦屋書店の瀬野尾さんはが言うように、絵本独自の前向きな要素もある。

「本は嗜好品だが、子を持つ親にとって絵本はほぼニーズ品。今後、物価高騰などの影響をどこまで受けるかまだ不透明だが、好調なジャンルなので、各社継続して注力している」とトーハン書籍部マネージャーの高橋正利氏は言う。

新しいクリエーターたちが、自由さを求めて絵本に参入してきているように、本来、絵本は楽しく自由な世界だ。

いろいろな育児情報に触れるたび、「情報教育や知育のために絵本をたくさん読み聞かせなくては」と少しプレッシャーに感じることもあるが、紙だからこそ楽しめる世界観を、大人も、子どもも関係なくのぞいてみてほしい。

(吉田 理栄子 : ライター/エディター)