なぜ日本経済は「失われた××年」を繰り返しているのか…終身雇用と新卒一括採用を捨てられない大企業たち
■経済の長期停滞の本当の理由
日本経済の長期停滞について「失われた30年」という言葉がすっかり常態化しています。
“失われた”という過去を振り返る言葉からは、日本だけが世界経済の成長から取り残されてしまったかのような印象を持ちますが、果たして本当にそうなのでしょうか。
本稿では長期停滞の真因をひもとき、日本がそれを脱却してどう成長すべきかを提言します。
日本の長期停滞の背景を分析するなかで、特筆すべき現象に人口減少があります。日本の総人口は2008年にピークを迎え、経済活動の中核を担う生産年齢人口(15〜64歳)は1995年を境に減少の一途をたどっています。
減少傾向は今後も続き、このままのペースでいくと約30年後には、総人口は1億人を下回ると予測されています。この減少スピードは海外と比較するとより顕著です。先進国でも米国や英国のように人口が増加し続ける国がある一方で、日本の人口減少は際立っています。
しかしながら、人口減少が始まったからといってすぐに経済規模が縮小するわけではありません。では、なぜそれが経済の長期停滞につながったのでしょうか。
実は、最も影響が大きいのは、人口減少がこの先も続くことへの“将来不安”が国内に広がったこと、そして、それによって「成長期待が低下したこと」にあります。人口減少のトレンドが現実化する中で、多くの企業や個人が国内市場での将来的な成長を悲観視して、投資や消費を抑制してきたのです。
■国内ではなく海外へ積極的に投資
それを具体的に示すデータを紹介します。
図表1に見られるように、期待成長率は、生産年齢人口が減少局面に入った1990年代後半に2%を割り、それ以降は1%前後を低迷しています。期待成長率が下がると、企業は投資による十分な収益を得られないと考え、ヒトやモノへの投資をさらに控えるようになります。
それを示すかのように、期待成長率に合わせて賃上げ率も2022年まで低い水準が続いています。
この期待成長率の低さは、日本企業の投資行動にも影響を及ぼしています。企業の海外への投資額は2010年代前半から急激に拡大し、国内投資額の伸びを大きく超えていきます。将来不安を背景に、日本企業は国内での積極投資を抑え、より成長が見込める海外展開に経営資源を大幅にシフトしていったのです。
これは企業の価値を高めるには合理的な行動ですが、国内の設備投資が鈍化し、国内発のイノベーションによる需要創出は起こりにくくなります。
こうして、人口減少による成長期待の低下によって投資や消費が縮小し、国内市場の停滞が定着する負の連鎖が起きていきました。
■「失われた30年」の真因
日本の人口が徐々に減少フェーズに入っていくことは前々から予測されていたことであり、それ自体は「サプライズ」ではありません。それが、これほどの将来不安とそれによる成長期待の低下を引き起こし、経済の長期停滞から抜け出すことができなくなっているのはなぜでしょうか。
この背後にある「失われた30年」の真因は一体何なのでしょうか。
それは、「人口増に依存した大量生産型の供給体制」と「人口減の予測に基づき深刻化する需要不足」との間のミスマッチという構造課題を抱えていることにあります。
■過去の成功体験から離れられない
1955年以降の高度経済成長期は、人口増に伴い国内市場が拡大し、企業にとってはモノを作れば売れる状態が続きました。そのような環境下では、「いかにモノを効率よく生産し安価に供給できるか」が企業の競争力の源泉であり、日本企業はそれを実践してきました。
具体的には、企業ごとに独自のサプライチェーンを構築し、人材は終身雇用制度や新卒一括採用などで固定化し、供給者主導のビジネスモデルを行ってきました。
しかし、近年の成熟社会で需要が飽和状態になり、モノをいくら効率よく作っても売れないようになると、過当競争がより進む一方で、これまで競争力の源泉だった独自のサプライチェーンは簡単には変えられず、人材も社内で囲い込んできたため成長分野への移動がままならず、労働市場が硬直化している状態です。
つまり、現在の日本経済は「高度経済成長期から残存する供給体制」が、「飽和した国内市場における需要不足」に見合っていないという構造課題を抱えているのです。
こうした中で人口が減少に転じると、過度の「将来不安」が広がり、期待成長率が下がることで、投資も消費意欲も減退してゆき、ますます需要不足とのギャップが慢性化する体質に陥っていきます。
このように、人口減少時代へと潮目が変わったにもかかわらず、過去の成功体験に基づく産業や社会の仕組みを変え切れずに長年にわたって苦しんでいるのが、今の日本です。
それでは、これから日本はどのように変わっていけばよいのでしょうか。
■どうやって「新たな需要」をつくるか
日本が長期停滞を脱して経済成長していくためには、いかに「新たな需要」を創出できるかがポイントです。
「新たな需要」を創出できるシナリオを見いだし、日本が将来的に成長できるという“期待”を持てるようになると不安が解消され、構造的なミスマッチを解消することにつながります。
しかしながら、人口が増加する時代に高度成長を果たしてきた日本にとって、人口の減少局面では過去の方程式は通用しません。まさに、人口減少を前提にした「新たな需要」を生み出すための、大胆な発想の転換が必要です。
そこにおいて、私は「価値循環」という考え方を提案します。
「価値循環」とは、ヒト、モノ、カネ、データといった全てのリソースを「回転」させ、さらに「蓄積」することで経済価値を高めていくという考え方です。
■「頻度」と「価格」は上げられる
まず、「価値循環」のベースにある「循環」がなぜ必要なのか、を説明します。
人口減少下での成長には、人の“数”に依存しなくても付加価値を高めていくことが求められます。企業の売り上げを例にとると、「売り上げ=価格×数量」という式になり、数量を分解すると「人数×頻度」です。
高度経済成長期は人数が増えることで売り上げは伸び、つまり、価格や頻度よりも人数の伸びに依存して成長してきたということです。
しかし、人口減少下で人数を伸ばすことができないとすると、伸ばせる要素は2つあり、「頻度」を高めることと、「価格」を上げることが必要です。
ここでは、取引の頻度を増やして“量”を増やすことを「回転」、取引を通じて得られた情報や知見を基に製品やサービスの“質”を高めて価格を上げることを「蓄積」と呼び、これらを統合して「循環」と捉えています。
つまり、仮に人口が減ったとしてもヒト、モノ、カネ、データの“4つのリソース”を効果的に循環させることができれば、経済活動の量と質を高めて成長につなげることが可能です。
■将来有望な4つの市場
さらに、こうしたリソースの循環を、「新たな需要」へとつなげてゆくには、将来にわたって市場として広がり得る“4つの機会”に着目すべきです。
有望な4つの機会としては、具体的には、「グローバル成長との連動」「リアル空間の活用・再発見」「仮想空間の拡大」「時間の蓄積が生み出す資産」が挙げられます。
このように人口減少下の日本では、「価値循環」という考え方のもと“4つのリソース”の循環と、将来市場が広がる“4つの機会”を生かすことが成長の原動力になります。それらを相互にかけ合わせることで「新たな需要」を創出し、持続的に成長していくことができるのです。
■10の需要創出シナリオ
それでは、具体的にどのような新たな需要を生み出すことができるのでしょうか。
デロイト トーマツ グループの新著『価値循環が日本を動かす 人口減少を乗り越える新成長戦略』(日経BP社)では、「環境・エネルギー」「モノづくり」「ヘルスケア」「観光」「地域創生」の5つの領域において、日本の強みを生かした「10の需要創出シナリオ」を提唱しています。
例えば、ヘルスケア領域のシナリオの一つは、日本の“長寿”という強みに着目し、「“長寿”イノベーション・ハブ」を日本に作るというものです。具体的には、高齢者のヘルスケア関連データを軸として、日本に長寿研究の拠点をつくり、海外から日本にヒトやデータ、カネを呼び込み、グローバル規模で循環させていきます。
他にも観光領域では、「循環ツーリズム」を提唱しています。
例えば、これまで観光の対象と見なされていなかった遊休資産や自然資源(リアル空間)、地域の伝統文化(時間の蓄積)に着目し、従来の観光の枠組みにとらわれない新たな体験型のツーリズムの機会を開拓し、ヒトやデータ、カネの循環を生んでいきます。
また、インバウンド観光客に対しては、日本滞在中だけでなく帰国後まで接点を持ち続けて越境ECを通したモノの循環やリピート需要を生み出していく「インバウンドのアウトバウンド化」という発想も重要です。
『価値循環が日本を動かす』においては、企業や自治体、省庁等がそれぞれの立場で「人口減少下における成長シナリオ」を描き出すための実務的なアプローチを示しています。
そのツールが、「価値循環マトリクス」です。これは縦軸と横軸が、“4つのリソース”の循環、“4つの機会”となっていて、どのような需要を生み出すことができるか? を考えるためのフレームワークです。
こうした「価値循環」のフレームワークを活用することで、人口減少下にあっても成長戦略を導き出すことが可能になるのです。
■失われた30年を語るのはもう終わり
今世紀後半には、日本同様に世界中の多くの国が人口減少社会に突入します。
人口減少におびえ、自ら将来不安を増幅させておきながら、それを「失われた30年」という言葉で、まるで災厄のように語るのはもうそろそろ終わりにしましょう。
22世紀までの将来に目を向け、過去の30年を未来に向けた「始まりの30年」にするかどうかは、私たちの意思と行動にかかっています。
世界に先駆けて人口減少に直面する日本は、今こそフロントランナーとして「22世紀型成長モデル」に挑戦するべき時なのです。
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松江 英夫(まつえ・ひでお)
デロイトトーマツグループ執行役
1971(昭和46)年生まれ。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。中央大学ビジネススクール、事業構想大学院大学客員教授。経済同友会幹事、政府の研究会委員、テレビの報道番組コメンテーターなど、産学官メディアで豊富な経験を持つ。
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(デロイトトーマツグループ執行役 松江 英夫)