パワハラ告発後に不当逮捕された現役自衛官「異動先は“1日座っているだけ”の部署」語った“組織の闇”
「やっと夢が叶ったと思ったら、わずか半年でこんなことになってしまった。やりきれないですよ……」
現役自衛隊員のAさんは、悔しそうにそうこぼした。2月3日、防衛省へパワハラの告発をしたあとに不当逮捕されたとして、国に向けて慰謝料約1000万円を求める訴訟を起こしたのだ。
『週刊女性PRIME』は、当事者であるAさんと、彼と連名で裁判に参加しているパワハラ被害者で元自衛隊員のBさんの2人に取材し、今の思いを聞いた。
Aさんは40代の男性で、勤続約20年のベテラン。BさんはAさんと同じ職場で働いていた20代の男性だ。
「逮捕される半年前から、以前から志望していた、自衛隊内にある診療放射技師を育てる専門学校の教官をしていました。若い隊員のなかには、体力の問題でやめていく子も多いんですけど、この仕事だと被災地に医療支援で行くこともあり、やりがいを持って働けます。私自身、直接民間の方から“支援してくれてありがとう”って言われたことを今でも覚えているんです。若い隊員に自衛隊の医療職種の楽しさを伝えられるように頑張っていました」(Aさん)
仕事に邁進していたAさんだが、'21年12月、後輩隊員であるBさんから相談を受けたのが、今回の騒動の始まりだった。
「Bさんは'22年の1月付で退職が決まっていたのですが、X氏が、退職まであと2か月のBさんの業務を大幅に増やしたというのです。当直という泊まり込みの仕事で、通常であれば2か月に1回ほどのところを、X氏はBさんに2か月で5回の当番を命じました。Bさんが理由を聞きに行くと、“お前は1月でいなくなるわけだから、2月と3月の分だ”と言われたそう。もちろん、そんな決まりや慣習はなく、X氏の独断でした」(Aさん)
「俺は気に入らないことがあると人を殴ってきた」
Bさんは、自身の夢である音楽活動に専念するため、転勤の多い自衛隊を退職する予定だった。
「X氏はそれが気に入らなかったようなんです。私に対して、“お前の顔じゃ歌手なんて無理だ。水商売みたいなものだし、ありえない。納得できない”と、退職を考え直すよう言ってきました。“俺は昔、気に入らないことがあると人を殴ってきた”とも威圧されて……。でも、X氏はそもそも私の歌を聞いたこともありません」(Bさん)
この相談を受けたとき、Aさんには思い当たることがあった。
「彼ならやりそう」パワハラ気質のあったX氏
「私も過去にX氏と一緒に働いていたことがあったので、話を聞いて“彼ならやりそうだ”と納得しました。以前から“パワハラを受けた”と言っている隊員がいたので、その人たちに聞き取りをしてみたんです」(Aさん)
パワハラ被害を口にしていた隊員に事情を聞くと、不条理な話が次々に飛び出した。
「C子さんは、通常では8時からの勤務のところを、X氏の独断で“若手は7時15分までに出勤しなさい”と命じられていました。確かに以前は、海上自衛隊のそういった慣習もありましたが、今は完全になくなったはずです。自宅から職場の横須賀まで距離があり、家庭もあるC子さんには指定時間の出勤は難しかった。いつも7時20分ごろに出勤していたそうなのですが、それがX氏は気に食わなかったのです。彼女に“君は歳はいってるけど階級が低いんだから、若い子と同じように時間までに来い!”と怒鳴りつけたらしいんです。“そんな制度はありません”と反論しても認めてくれなかったと」(Aさん)
同じく、女性隊員のD子さんに対してのハラスメントもあったという。
「D子さんは、旦那さんも自衛官で、幼稚園に通うお子さんが2人います。あるとき、旦那さんの転勤が決まり、子育てをひとりで抱えた彼女は、泊まり込みでの業務には立てなくなってしまいました。一時的に泊まり込みを免除してもらう申請をしようとしたところ、X氏は“甘えている”と激昂。“お前は全然仕事ができないのに、免除とは何事だ”と……。最終的には、“年始の休みで泊まり込み業務に入るなら、今後の免除申請を受け付けてやる”ということになりました。D子さんにとっては、単身赴任する旦那さんと、家族で一緒に過ごせると楽しみにしていた年末年始。お互いの実家へ行くために飛行機のチケットも取っていましたが、全てキャンセルし、業務に入ることで、ようやく泊まり込み免除の申請を受け付けてもらえたそうです」(Aさん)
被害として提出はしていないが、セクハラを受けた女性もいたという。
「X氏に根拠なく“お前はすぐに股を開く”と言われたという方もいたんです。ひどい話ですが、彼女はこの件に関しては、“自分で上司に報告に行く”とのことだったため、今回告発した被害者のなかには含みませんでしたが……」(Aさん)
これだけのパワハラ被害を聞いたことで、危機感を抱いたAさんは告発をすることに。
「ハラスメントの申告書を提出するため、私が被害者たちの話をとりまとめました。被害の内容を書いてもらい、みんなで一緒に文章を考えましたね。ニュアンスや書き方についても被害者本人に確認を取って、“やっぱり表現を変えたい”と言った隊員には自分で書いてもらいました。申請の前には、被害者3人からそれぞれサインと印鑑をもらい、全員が納得した状態で文章を作ったのです」(Aさん)
書類はできあがったが、送り先は直属の上司を避け、海上幕僚監部(海幕)にした。
「X氏は“俺はパワハラなんて揉み消せる”と以前から言っていたので、《本来の直属の上司の病院長ではなく、こういう形で送らせていただきますので、第三者の目で調査をお願いします》と、手紙もつけました。私は実際の被害者ではないので、答申書自体はBさんが送ってくれました。それが昨年の2月初旬です」(Aさん)
送ってからほどなくして、海幕からBさんに連絡が来た。
「“書き方に不備があるし、詳細な話を聞かせてほしいから来てほしい”と電話があったんです。行くと、なぜか倉庫のようなところに連れて行かれましたが、そのときは“今の就職先を書いた方がいい”とか、普通に添削をしてくれたので、その部分を直して再提出しました」(Bさん)
その後、3月中旬ごろには“ハラスメントの現場を見たことがあるか?”と、病院内で聞き取り調査があったが……。
「記名制のアンケートだったため、誰も書きたがらなかったそうです。僕らの意図としては、第三者に見てもらいたいから、わざわざ海幕に送ったんですが、結局内部で調べることになったと知り、がっかりしたのを覚えています」(Aさん)
病院の総務課長らとBさんは電話でやりとりもしており、
「申告書に間違いはないか聞かれたので、“答申書に書いてあるとおりです”と答えています」(Bさん)
調査はあったものの、その後は何も動きが見られなかった。“どうなったのだろう”と疑問に感じること約半年、昨年の9月下旬にいきなり事態が動いたという。Aさんが当日のことを振り返る。
急に家宅捜索の令状が出されて逮捕されたAさん
「いつもどおり勤務していたら、海上自衛隊警務隊の方が5人ほど来たんです。“X氏のことで”というので、応じました。やっと話が動き出したのかと思ったら、車に乗せられ、私の家に連れて行かれて、急に家宅捜査の令状を出されたんです。驚きましたが、“令状が出ているなら拒否できないし、仕方ないのかな”と応じました」(Aさん)
その後、Aさんは“虚偽告訴”“自分の階級と権力を使って嘘の答申書を書かせて、X氏を陥れようとした首謀者”として逮捕された。
Aに脅されて無理やり書かされた
「警務隊としては、“Aに脅されて無理やり書かされたとみんなが言っている”という主張でした。そのときは状況がわからなかったんですけど、Bさんも同日、職場で逮捕されたそうです。
ただ、後日、私の担当弁護士が被害者に聞き取りをしてくれたんですが、彼女たちはみんな“答申書の内容は、事実の通りです”と答えているんですよね……」(Aさん)
Bさんも当時のことを語る。
「私が逮捕されたあと、添削の相談に乗ってくれたはずの海幕の方から“虚偽申告だと思ったから私が通報した”と、なぜか勝ち誇ったように言われました。そもそも海幕は、ハラスメント被害の調査をしたり、相談に乗ってくれるところであるはずなのに、そんなことをされたら、私たちハラスメント被害者はどうすればいいんでしょうか……。警務隊には “Aがやったと言えば、君は不問にするよ”と迫られましたが、そこはきちんと“私が書いたメモをもとに、Aさんが書いてくれただけです”と主張し続けました。彼らはAさんを主犯ということにしたかったんでしょう」(Bさん)
しかし結局、2人への正式な取り調べは行われないまま、11月30日に不起訴処分になり、釈放された。
「私が釈放された日、警務隊の方から“歌で成功できるのは生まれ持った才能を持ったヤツだけ。君みたいな特別うまくない子には絶対無理だから、看護師としてやっていきなさい”と、なぜか説教されました。そもそも、その方も私の歌を聞いたことがないはずなのですが……」(Bさん)
一方で、釈放されたAさんには理不尽な待遇が待ち受けていた。
異動先は「ただ1日、座っているだけ」
「久しぶりに職場に行くと、業務隊という部署に異動させられていました。逮捕された日に異動したことになっていて、そのことは職場の人も知りませんでした。
異動先はけがや病気で、今現在働くことができない人が集まっている部署です。なんの仕事も与えられず、ただ1日、小部屋で座っているだけ。エアコンも4年ほど前に壊れていてつきません。寒いときは部屋の気温は10度ぐらいになります。ケガをしている人を療養させるにしては寒すぎるし、新型コロナウイルスの対策もまるでなし。逮捕されたとはいえ、結局、不起訴になっているのに、“まだ行政処分は残っているから”と、異動希望の話も却下されています。誰も信じられないし、夜も眠ることができず、精神状態はどんどん悪くなっています。病院に行ったところ、重度のうつ状態と診断されました」(Aさん)
勾留が終わったあとのBさんも、不審な点を感じていた。
「私が選んだ弁護士について、“素行が悪い”“話し合いのゴールが見えているのに、わざわざ弁護士を介入させる必要はない”と、弁護士を外すことを何度も要求されたんです。私の母親にまで電話しています。明らかに不審な行動ですよね……」(Bさん)
結果的に国を相手に裁判を起こすことになったAさんとBさん。これから裁判はどのように進んでいくのか、Aさんの担当弁護士にも話を聞いた。
「争点は、警務隊が出した逮捕状の請求と執行が正しかったのかどうかです。今回は“虚偽告訴罪”と言われていますが、これは客観的事実に反する懲戒請求をする、ということです。これからどういう証拠が向こうから出てくるか次第ではありますが、今回その答申書を書いた方々に私が直接話を聞いても、全員が“事実でないことは書かれていない”と言っているんです。もし本当だとしたら、逮捕はどう考えても違法です」
4月から始まる裁判で、AさんとBさんが知りたいこととは……。
「どうして僕らに罪を着せてまで、X氏を守りたかったのかということが知りたいです」(Aさん)
「なぜ逮捕されなければならなかったのか、裏で何が起こっていたのか。この裁判を通して知りたいと思いますし、今後そのようなことがなくなればいいなと思っています」(Bさん)
今回の件について、自衛隊のとある幹部に状況を聞いてみると、
「Aさんの裁判に対して、海幕は相当焦っているみたいですよ。不起訴で釈放されているのに、裁判に向けてのアクションなのか、Aさんを急遽、懲戒処分にするつもりだそうです。根拠として、“事実を誇張して書いて、X氏を貶めようとした”ということにする予定らしいですが、パワハラかどうかは認めていなくても、Aさんの告発内容自体は本当なんですね……」
X氏のハラスメント行為や、急な懲戒処分が事実なのか、海上幕僚監部に問い合わせてみたが、
「現段階でお答えできることはありません」
とのことだった。
2人の逮捕理由は、裁判で明らかになるのだろうか。