『10代の脳 反抗期と思春期の子どもにどう対処するか』(フランシス・ジェンセン)

 この本は、思春期の子どもを持つ親にとって目からうろこの本と言えるでしょう。

 思春期、反抗期に、これまで親子仲良く順調に暮らしてきたはずのわが子が豹変し、暴言を吐き、煙草や飲酒に走り、信じられないような無軌道なことをして怪我をしたりする。「死ね」とわが子に言われ、これまでの自分の子育てや人生はいったいなんだったのか、と途方にくれる、それが反抗期、思春期の子どもを持った親の深刻な悩みです。

 そして、自分の子育てのどこが間違っていたのだろうと自分を責めて、苦しい思いをしている方も多いと思います。

 しかし、この本は、この15年間に急速に進んだ10代の脳に関する研究を紹介し、こう書くのです。そもそも、脳が完全に完成するのは30歳になったぐらいである。それまで脳はゆっくりと成長する。特に最後に成長が完成するのは、様々な感情をコントロールし抑制する前頭葉である。このガードが外れた状態で、10代の脳は急速に成長する。そこで、反復練習が重要な技術の習得(スポーツ)や学習に適している一方で、様々な刺激に中毒になりやすく、怒りをつかさどる扁桃体の制御がうまくいかないために、問題行動が起きる。

 こうした因果関係がわかるだけで、「わが子がまったく別人になってしまった」と嘆く親は冷静さをとりもどし、落ちついて問題に対処する気持ちになる、そんな本です。

 本書の特筆すべきところは、著者のフランシス・ジェンセン先生が脳科学の専門家であると同時に、育児に悩んだ普通の母親でもあり、その経験に基づいた本だということでしょう。

 ジェンセン先生はボストン小児病院でてんかんやADHDの子どもを診療していた女医で、ハーバード・メディカルスクールで神経学の教授をつとめた科学者でもあります。現在はペンシルベニア大学教授として、診療のかたわら学生の指導も行い、脳と病気の因果関係についての研究論文も数多く発表しています。

 そして、シングルマザーとしてアンドリューとウィルというふたりの男児を育て上げた母親でもあるのです。

 ジェンセン先生は、思春期に関する新たな論文を読めば読むほど、おとなの脳と10代の脳は異なっているのに、研究者が知る新たな情報が、実際の10代の親に届いていないということに気づきます。序文に書かれているとおり「情報を求めているのは、単なる傍観者ではない。実際にティーンに腹を立て、イライラし、当惑している親や保護者、それに教育者なのだ」。そこで、自ら初めて一般読者向けに書いたのが本書というわけです。

 私は、50年にわたって児童精神科医として多くの子どもを診てきました。2014年まで勤務していた慶應大学病院の小児科では、毎年のべ2000人以上を診察し、常勤は退いて渡邊醫院で変則的に診療する今でも、200~300人の子どもを受け持っています。

 そこで日本の児童精神科医という立場から、本書をどう読めばいいか考えてみたいと思います。

 私たち児童精神科医には、小児科医から「これは専門家でないと難しい」と判断された患者が紹介でつれてこられます。思春期やせ症、ひきこもり、抑うつ、暴力・反抗などの問題行動などふつうの対応では解決できない激しいケースです。

 50年間診ていて感じるのは、全体的な傾向として思春期の問題が増加し複雑化していることです。統計ではなかなか現れにくいのですが、厚労省の資料では児童・思春期の精神疾患の外来患者数が15年以上増加傾向にあったり、思春期外来を設ける施設も増えています。

 さて、では、専門的な相談が必要なような深刻なケースに、児童精神科医はどう対応しているのでしょうか。

1.子どもへの対応

 1)悪循環をほぐす

 多くの問題行動は悪循環に陥ったために受診に至る。その悪循環は、父母関係、家族関係だけでなく、学校の集団での関係にも及ぶことが多い。するとたとえば、母親はわが子の問題にうろたえ孤立しつつ、過去の生活における父親の無理解に恨みや怒りが向き、夫婦の離婚の危機などに波及していく。

 2)子どもとの治療同盟

 その子の健康な自我と同盟を結ぶ。児童精神科の治療では子どもと医者の信頼関係が要。できるだけありのままの気持ちを語って欲しいと語りかけ、発言の秘密は守ることを約束し、わかりやすく悪循環の弊害を話す。

 3)診察のルールを決める

 治療の出発点で子どもと話し合いルールを決め、治療の構造を明確にする。

 4)日常生活をみなおす

 過密スケジュールの改善、生体リズムの再確立(睡眠、覚醒、食事のリズム)、インターネットやゲームの時間制限など自分と向き合う態勢づくり。

 5)問題にはそこに至るまでの訳やいきさつがあり理解が大切である

「悪いことをしていないのに誤解されたら怒りたくなる。親から頭ごなしにいわれたらキレる。でも、包丁を振り回しても何も伝わらない。なんとか言葉にしてみよう」と。行動化から言語化へと導く。

2.家族への対応

 親への試し行動:思春期の子どもは寂しく孤独になる瞬間、ふと見捨てられる不安を親にぶつけて試す。親がおどおどして子どもにふりまわされると、子どもの激情はエスカレートする。父母、教師、治療チームが緊密な連携により、子どもの自己破壊的な不安や怒りを鎮め、健全な自我との同盟を組む。そのためには子どもの複雑な「試し行動」の脅しにのらない、攻撃的言動や懐柔にふりまわされない。ネガティビズム(拒絶的言動)の奥の、本当に信頼できる存在に出会いたい願いに答える。

 とくに母親には、あなたの育て方のせいとは誰もいっていないのでくれぐれも罪悪感をもたぬように、と支える。診察には早い段階でできるだけ父親を呼びいれ、思春期の子どもの問題行動によりどの親も傷つくが、これは社会に一つの人格を産みだすための「心の陣痛」と思いましょう、と励ます。親の役割を強化し、父母が一枚岩となってわが子の本音と向き合う。わが子の攻撃的な言動を肌で受けとめその存在の苦しみを肌で受けとめることこそ、社会にわが子を産みだす「心の陣痛」に匹敵する。

 思春期にもう一度育てなおすつもりで、親が子どもを受けとめる。親の受けとめる姿勢ができると子どもは本音を表出しはじめる。根深い問題、乳幼児期からの自我発達不全が思春期に露呈することも多い。思春期の脳の発達スパート期に、新しい治療的関係、環境、体験により、今まで生きてきた年月を振り返り、内省し、新しい家族関係、自己発見をしなおす。

3.学校への対応

 学校は親とともにその子の日々の様子を把握している。早期より学校とは緊密に連携し、適切な対応をする。

4.投薬

 思春期の症状や問題行動では、状態がエスカレートし急性錯乱状態に陥ったり精神病に発展するリスクがある。その場合には、すみやかに対人刺激を取り除き、向精神薬により鎮静をはかる。しかしまず、子どもとよく話しあい、わかりやすく説明し、子どもの気持ちを十分にくんで子どもの不信をあおらぬよう本人の同意を得る。「薬は料理にたとえればあくまでも塩・胡椒のようなもの。でもこの苛立ちと不眠はますます君を苦しめるので使ってみよう。君に役に立つかどうかを君が私たちに教えてほしい」と。

病院や相談機関に行くべきかどうかの判断

 さて、ここまで読んできた方には、本だけではどうにもわが子の問題は解決できそうにない、病院にいくしかない、と考える方もいるかと思います。

 医療機関の介入なしに親の力で解決できる思春期の問題と、医療機関などに相談した方がよい問題をどう見分ければよいでしょうか?

 ひとつの基準は、子ども自身がその行動や症状によってどれくらい困っているかどうかです。

 たとえば家庭内暴力も、偶発的に手が出てしまったようなケースは、親が落ちついて様子をみましょう。しつこくからんできたり何度も繰り返しエスカレートする暴力は、相談機関の介入が必要でしょう。

 自傷行為などもこの基準でよいでしょう。不登校など「いじめ」が原因とはっきりわかっているケースとそうでないケースがあります。後者は鬱病などがあるといけないので、医療機関を受診したほうがよいということになります。

 そうは言っても、そうした専門医を知らないという方も多いと思います。

 そこでアドバイスしたいのが、家庭医やかかりつけの小児科医を持ちなさい、ということです。

 子どもの心は体と一体。そして現在の健康状態は小さいころからその子を身近に診てきた小児科医が一番適切な判断をするものです。普段から家庭医やかかりつけの小児科医に子どもを診てもらうことです。そして、もしも専門的に対応すべき兆候があれば、家庭医から専門医を紹介してもらうのが一番よいのです。

 地域のお医者さんで、小児科と内科の看板を出している医院。お子さんが女の子なら、女医さんがいるところがよいでしょうね。地域のコミュニティとのつながりをもつことにも通じます。

 本書の優れているところは、煙草や飲酒などの嗜好品がなぜ10代によくないのかということを、はっきりデータを示して提示してあるところです。若い時期の飲酒や喫煙が、後のIQの低下につながるなどの信頼すべきデータを提示し、だからそうしたものからは遠ざけておくことの必要性を語っているのです。

 性感染症の問題も同様で、リスクコントロールがうまくいかない10代の脳は、避妊具を使わない不特定多数のセックスなどに走ってしまうことがあり、しかしその結果は悲惨であることを、きちんと語っていることです。この性感染症の問題は、日本でもたいへん深刻で、この本のように因果関係をはっきり示して子どもとともに考えるということが必要です。

 おそらくこの本を手にとった方は、かつてのジェンセン先生のように、子どもの「問題行動」に途方にくれている方でしょう。しかし、ゆっくり息をすって、ジェンセン先生のように近所や友人の力も借りながら、目を離さず、手は離して、子どもたちに接してあげてください。

 やがて、アンドリューが、量子物理学で修士号を取得し、医学部の博士課程にいるように、あるいは、ウィルがハーバード大学を卒業し、ニューヨークシティでビジネスコンサルタントをしているように、今の苦労が笑い話となる日がくることでしょう。