Vol.219「DaVinci Resolve for iPad」登場。その真価とは?[OnGoing Re:View]
はじめに
iPad=タブレット向けに登場した編集ソフト「DaVinci Resolve for iPad」(以下:iDR)は、2022年12月22日に公開を開始した。出荷される前から話題を集めており、具体的な用途も関係なくお祭り状態だ。ベンチマークを測るような検証は他の動画サイトにまかせて、本記事では「使うにあたって」の内容で書いていきたいと思う。
筆者を自己紹介すると、NLE(Non Linear Editor=ノンリニア編集システム)業界に住んで30年が見え始めてきたおじさんだ。使う側/生み出す側/売る側/構築する側/教える側を経験し、NLE創世記からいくつかの転期を見させていただいた。
今回のiDRはNLEの抱える課題の一つに一石を投じるものと思っており、転期の1つと思っている。今回はその視点でレビューを書きたい。
DaVinci Resolveに関しては、2009年9月のBlackmagic Design社によるDaVinci Systems社の買収によって入手しやすくなったVer.8のころから触れており、この2022年11月に辞退したがそれまで認定トレーナーを名乗らせていただいていた。今はそのしがらみはないので、よくあるような忖度はなしに書きたいと思う。
iPadに関しては、初代から家族用の同じ世代複数台を含め7台ほど購入するほどiPad好きだ。実はこの記事もほぼiPadで書いている。
iPad版の課題とは?
ビデオを編集するデバイスは様々なものに広がった。今はもうあまり見ることもなくなった専用機器やPCはもちろん、スマートフォンにまでだ。
その内容は使い勝手、用途に応じてスタイルを変え、例えばスマートフォンなら、操作はできるだけシンプルに、操作しやすい大きなUI、目を引く装飾を与えるエフェクト効果が基準となっている。
では、タブレットはどうか?まだこれといった答えがないという状況だ。しかし、おそらく多くの期待を持たれているデバイスだ。
しかし、これまでにタブレット向けにいくつかの編集ソフトが出てきているが、なかなか方向性的なものが定まらない。スマートフォンのような方向性でいくものが多いが、期待する人たちにはその「あえてのシンプル化」の実装も機能不足と嘆く。
私の認識では現状、タブレット端末では、タブレットの良さを残しながらも高機能であるものは、Luma Touch社のLumaFusionぐらいだ。
そこに「機能全振り」なiDRが出てきた。これがどう業界に影響を与えるだろう。その内容を見ていこう。
ファーストルック
iDRを軽く見た感じだと、まさにDaVinci Resolveが動作しているノートPCのモニタだけを切り離しただけのもののようだ。
UIもタブレットである妥協もあまり感じられない。テキストで書かれていたメニューがアイコン化されたものもあるが、どちらかと言えば「テキストでは入りきらないから」というもので視認性や操作性を考慮したものとは思えない。それほど「再現性」を狙ったものなのだろう。
編集光景としては、「Speed Editor」との組み合わせがよく似合う。これにペンを持って…、おそらくこのビジョンに憧れる人も多いだろう。
機能では「Cut」ページと「Color」ページの2つになる。ネットでは2つだけのことをネガティブに評価する意見が散見されるが、個人的にはポジティブな印象だ。「再現性」を優先とした今の方向性において、iPadの狭いモニタで「Edit」「Fairlight」を使うことはあまり考えたくない(もちろん、最適化されているなら別だが)。そういった意味ではDaVinci Resolveとしての色を残す意味でも「Color」の実装、狭いインターフェイスに耐えうる「Cut」の実装は妥当だと思う。
今回のレビューではiPad Pro(M2)が入手できなかったのでiPad Air(第4世代、A14 Bionic 256GB)で動作確認を行ったが、iPadのハードウェア性能による機能制限(最大シーケンスサイズ1920×1080、ProRes非対応ほか)はあるもののBRAWの再生など快適な動作をする。当初はM2のメディアエンジンがないことを懸念したが、同社の高い技術によるものだろう。
環境を考えてみよう
実際に使うことを想定して、使用環境を考えてみる。
ストレージ
iPad Pro(M1/M2)はもちろん、今回使用するiPad Air(第4世代)にはUSB-C形状のコネクタがあり、USB規格なりThunderbolt/USB4規格の接続ができる(第4世代はUSBのみの5Gbps止まり)。SSDを接続することで、必要十分な速度を得られる。iPad内部に移動すればなおさらだ。
ただUSB-Cに関してはデータレートを気にしたい。速いものなら良いのだが低価格のUSB-Cハブではそれを通すことによって、USB-Cの形状ながら信号をUSB2.0にまで落とすものまであった(PD目的のため)。ポートの形状の規格と転送速度は別なのだ。
また、個人的な印象では大きなファイルサイズには警戒したほうがいいかもしれない。これはiDRでの話ではなくOSによるものであると思うが、若干不安を感じる部分がある。検証中は数GB単位のファイルを複数で数十GBを内蔵ストレージにコピーしたが、何度となく問題に悩まされた。
ネットワーク
iPadOSは当然ながらネットワークにつながることができる。SMBのネットワークにぶらさがることができ、ネットワーク内のファイルサーバーにアクセスできる。
アクセス先のメディアを読み込んで編集することができるが、実践での実績がまだ少ないので(NAS関係は便利だが、予想外のトラブルも多い)これからだが、USBC-Ethernetアダプタで有線で接続できるのは大きい。
近年は多くの放送局でも大規模なNASネットワークが構築されており、セキュリティの考え方から「有線」でローカルのネットワークに接続させるのが一般的だ。収録素材もテープレスでNAS上に上がっているのでそれらにもアクセスできる。
※セキュリティポリシー的にiPadがそのネットワークに認められるかは別としてだが。
そしてiDRで接続したサーバーにある、対応したメディアを使って編集できる。
注意:iPadでのネットワーク作業は十分に注意した方が良いかもしれない。検証中、iPadOSが何度となく、[フリーズ>再起動]と悩まされ、ときには無限ループで画面がブラックアウトして手が付けられない場合もあった。十分に注意されたい。
クラウドストレージ
iPadOSではいわゆるクラウドストレージを利用することにより、同ストレージ内にあるメディアを利用できる。確認したものでは、iCloud、Dropbox、Google Drive。これら共有されたメディアをiDRで編集できる。ただし、いずれも一旦、内蔵ストレージにデータをダウンロードするのでその分の内蔵ストレージ量が必要になる。
モニタ
実は、本当は最もレビューしたかった内容だが、今回は残念ながらiPad Pro(M1/M2)が用意できなくて実際に確認できないのだが、iPad Pro(M1/M2)の仕様における想定とiPad Air(第4世代)における確認で書く。
iPad Pro(M1/M2)には高性能なモニタが装備されており「色」を重視するDaVinci Resolveには相応しく、Display P3と1000/1600nitsの性能を持ち(12.9インチ M2モデル)、しかも持ち歩きできるので、クライアントとの確認、アイディアの思考に利用できる。ましてや操作する「編集画面」がそれで見えるのだ。素晴らしいことだ。
近年のiPadはHDRの表示に対応しているがiDRでのHDRの表示は、XDRモニタが前提のようだ。非対応と思われるiPad Air(第4世代)の挙動を見る限り、アプリ自体は対応動作しているようなので、機能はしているがモニタの性能による制限を受けている(ハイライト部分のディティール表現)感じがする。
Mac/iOS/iPadOSで通常のHDR表示ではトーンマッピングを利用している。これはモニタ性能が満たないもの(低輝度など)に対応するためだ。ただし、そこには仕方のない補間が入りごまかしができる。それに対してDaVinci Resolveは「色」のためのアプリだ。ごまかしを良しとしない。
そのため、おそらくトーンマップを使わない表示をしており、素の表示でHDRに対応できる性能を持ったモニタとしてXDRを持つiPad Proが必要ということなのだろう(「リファレンスモード」も精度のためにトーンマップを使わないものらしい)。
iPadOS16.2でM1/M2のiPad Proであれば外部モニタでミラーリング以外の2ndディスプレイがサポートされた。正直、iPadでのモニタ表示では狭いので、希望としては外部ディスプレイの広い作業スペースで操作を行い、結果を高い品質のiPad Proの画面で見る感じにしたい。残念ながらiPad Air(第4世代)では実現できなかった内容だ(M1/M2でできるかは未確認)。
※iPad Air(第4世代)→USB-C Alt→外部モニタ(クリーンフィード)は可能だったが、逆(iPadにクリーンフィード)のモニタでの表示はできなかった。
モニタへの接続には、USB-C接続を行う。iPadのUSB-CにはiPad Air(第4世代)の段階でもDisplayPort Alternate Mode(以下:DP Alt Mode)がサポートされており、USB-C接続がサポートされているモニタならUSB-Cケーブル1本で接続される。同入力がない場合でも、USBC-HDMI変換を使ってHDMIでモニタを使用できる。
※iPad(第10世代)がDP Alt Modeをサポートしているかは不明。
またiPadOS16.2ではHDRモニタの接続にも対応している。
ファイルの互換性主なファイルの互換性を見てみた。基本的にiDRは入出力に乏しいため、不可能なものがほとんどだが念のために確認した。
.drp(Davinci Resolve Project)などのネイティブ形式は問題なく対応した。.dra(DaVinci Resolve Archive)はコンテナ形式を認識しないため通常のフォルダ構造で対応できる。
XML/EDL/AAFなどの編集シーケンス情報を渡すものはダメだった。そもそもこれらの対応は「Edit」ページに実装されているもので、お門違いなのかもしれない。
BRAWは素晴らしい対応具合で、ディベイヤー時のパラメーターの調整はもちろんBMPCC4Kで撮影した4K DCI/60P BRAWのデータをスムーズに再生した。iPad Air(第4世代)での話でだ。
※処理の早さはシーケンス解像度の制限の影響があるかもしれない。一方で当たり前のようにProRes RAWには対応していない。
ちなみに通常のProResもiPad Air(第4世代)では読み込み(音声だけにされてしまう)も書き出し(メニューにでない)も対応していなかった。ちゃんとiDRを使うにはiPad Pro(M1/M2)を使うべきということだろうか。
RED/R3D、キヤノン/Cinema RAW Light、CinemaDNGなど他のRAWも確認したが対応しなかった。CinemaDNGはそもそも連番ファイルに対応していないこともある。
取材時の「ハンディ」としてよく利用されるAVCHDはメディアとして読み込めるが、構造体を認識しないため、深い階層を潜る必要のほか、スパンドクリップを理解しない。これはそもそも「Media」ページの機能か。
MXFはOP1aの形式での確認だが、XDCAM、XAVCの形式が読み込めた。しかしそれぞれの形式で書き出しができない。これは「Deliver」ページの機能か。
LUTに関してはPC版同様の対応となっている。外部からの読み込みに対応していることはもちろん、作成にも対応している。
静止画への対応
静止画はJPEG/PNG/TIFF/HEICに対応している。TIFFは珍しくアルファチャンネルや16bitをサポートしている。
有償化(DaVinci Resolve Studio for iPad)現時点(2022年12月27日)では15,000円を課金することで、有償化(DaVinci Resolve Studio for iPad)できる。これによりいくつかの制限されてた機能が解放される。
先述の通り、評価機はiPad Air(第4世代)とハードウェアとして制限を受けているものだ。制限されていた、いくつかのResolveFXや機能が解放されるが、ハードウェアとして制限受けた環境なので、あまりパッとしない。
※早々に有償化してしまったため、無償化の認識と異なる部分があるかもしれない。その部分があればお詫びしたい。
目を引くところとしては「Voice Isolate(音声分離)」、モーションエフェクト(ノイズ除去)ぐらいで、iPad Air(第4世代)の環境では課金の価値があるかといえば、あまり良い答えを返せない。やはりM1/M2環境ありきなのだろう。
一方で、今後「Cut」「Color」以外のページが増えていくだろうが、その中でも有償/無償の機能差は出るだろう。出揃ったタイミングで評価すべきだろう。
ここまでの感想、そしてそこから
iDRとは別の話でOSの次元での話だが、今回のレビューにおいて感じたのはデータのハンドリングに関しての不安感だ。
※iPad Air(第4世代)での使用であり推奨の環境でないことを前提とする。
日頃のiPadの使用用途では行わない、OSの再起動を何度となく行った。OSの動作に不安定感を覚えたり、うまくいかない場合はこれで直るからだ。前述の通り、レビューでは数十GBのメディアをコピーしたり数GBのクリップを再生するなどこれまで経験している負荷より何倍も高い負荷をかけている。これまでのタブレットにない、こういう負荷にはM1/M2世代でないとシビアなのかもしれない。
同時にその際に感じたのは、問題を回避するための、救済法や代替え案の少なさだった。PCであれば多数の数/種類のコネクタがあったり何らかの回避法があるが、iPadではそうはいかない。趣味はともかく業務では心許ないと感じる。
iDRでの編集にあれば良い周辺機器
先述で「Speed Editorとペンの使うスタイル」のことを書いたが、正直、このスタイルは人にもよるが使いにくく、多くの方が諦めることだろう。それを含めて実際の作業を想定すると次のデバイスの必要性が感じられる。
キーボード
今の世代のエディタには、キーボードでの操作が圧倒的に速く、キーボードの操作の方を求める人が多いだろう。スポーツ中継や報道の編集現場をよく見ることがあったせいからかなおさらそう思う。みんなキーキャップを壊す勢いで(実際壊れる)高速にキーボードを叩いて編集する。彼らに言わせれば「呑気にクルクルやってられないよ」(除くEVS)という感じか。速度を求めるならキーボードは必須だろう。
マウス/トラックパッド
ペンは使うと、ペンを持つ手で画面を覆ってしまい見にくくなる。指も同様な上に、さらに細かさで指では利用しにくい大きさのUIも相まって使いにくい、皮脂の問題もある。立てかけられている状態でのペンや手での操作も難しい。結果的にマウスかトラックパッドのデバイスを持つこととなるだろう。
テンキー
業務用途にはテンキーも必要になるだろう。趣味の方やYouTuberにとってはフレーム精度の縛りはないから良いが、業務の方には重要である。
「Speed Editor」はタイムコードを叩くようなテンキーがなくカーソルすらない。つまり単独では目的の編集点に飛ぶこともできないのだ。そうするにはキーボードが必要だ。
そういった意味では業務用途的には厳しい面がある。なので別途テンキーが必要となる。あるとないでは差が大きい。もちろんテンキー付きのキーボードでもいいわけだ。
※対応するものがあればだが。軒並みiPad向けのキーボードは小柄なものが多くテンキーがないものが多い。
「DaVinci Resolve Editor Keyboard」を使えればある程度のものをまとめられ、スマートになるうえにサーチダイヤルにクラッチがつきメリットが大きいが、Blackmagic Design社に問い合わせたところiDRでは対応していないそうだ。
外部ストレージ
SSDなどの外部ストレージも必須だろう。内部ストレージとの入出力はレビューでの経験上、正直信頼性にはいまいちの印象を得た。また内蔵ストレージは確かに高速ではあるが、メディアデータをPCとの受け渡しが前提にあるなら、外部ストレージの中に留めておいた方がいいだろう。この辺も先述のようにこなれていないと感じている。
Ethernetアダプタ
もちろん、これに関しては、すべての人に当てはまることではないが、有線接続でのNASへの使用時に必要だ。Wi-Fiを繋ぐのももちろんあるが、速度の問題はもちろん、先述のとおり近年ではセキュリティの観点から企業/放送局ではWi-Fiを禁止しているところもある(守られてるかは別として)。その手段となる。
外部ディスプレイ
今回レビューできず悔やまれる要素だが、あるに越したことはないイメージだ。最大の大きさのiPadでも12.9インチ(2732×2048 264ppi)。解像度こそ高いが、HiDPIでの使用が前提なので表示されるUIは大きく表示領域は狭い。
DaVinci ResolveをPCで13インチ(13インチMacBook Proで2560×1600 227ppi 13.3インチ)で使用された方はわかると思うが、作業スペースが小さくなかなかストレスのかかる環境だ。
※参考 iPad Air(第4世代)2360×1640 264ppi 10.9インチ
DaVinci Resolve Project Server(=以下DRPS)
複数人での作業であれば、DRPSの導入を検討したい。コラボレーション作業が利用できるほか、結果として端末に問題があった場合、すぐに他の端末に移行できる保険となる。NASと併用すればiDRの最大の懸念となる編集メディアの用意も簡単にできるとメリットは大きい。
導入はいたって簡単で、Blackmagic Design社が提供するサービス「Blackmagic Cloud」を利用するか、「Blackmagic Cloud Pod/Server」を導入するかだ。コストを抑えたい場合は、適当なPCに同社の公開している「DaVinci Resolve Project Server」をインストールしローカルで展開する。
私の場合は動作検証用(あくまで検証用として速度を問わない)として、1台のMacでプロジェクト用のDRPSとメディアファイル共有用のSMBサーバーをローカルネットワークに展開している。これは特別なことではなく画面に出る指示に従えばできる程度の話だ。
※iPadからはコラボレーション設定ができないことに注意。
参考動画
用途別のシステムイメージ
全体として
おそらく同製品へもたれるイメージは、「iPad+Speed Editor」だけのコンパクトなイメージ。もしくはiPadだけを持ってソファーでくつろぎながら編集するイメージだが、残念ながらこれらは実際にはあり得ないものだと思う。もちろんできないことはないが、手間のかかるものとなるだろう。実際使用するイメージはどちらかといえばデスクの上でガッツリというイメージだ。
画面タッチに関しては意見はあると思うが、業務用途では避けるべきと思うところがある。編集者は意識せずとも編集中に映像のQC(Quality Check)を行っているものだ。放送用途ならなおさらだ。それがタッチによる皮脂の汚れなどでわからなければ、目も当てられない。そういった意味でもキーボードなどの操作デバイスは必要だと思う。
趣味の方
できればコストを抑えて、楽しんで使いたいというのが大半だろう。でもマウス/トラックパッドと外部ストレージを勧めたい。マウス/トラックパッドは先述の通りペンや手では画面を覆う要素があるので細かなインターフェイスのiDRでは使いにくい。外部ストレージは、データの管理はもちろん、内蔵ストレージの容量を補うためだ。
データ管理に関してはデータの保護の意味もある。万が一、iPadに問題があった場合、内蔵ストレージではデータを救出できない。PCであれば最悪分解してでもストレージを取り出したりいろいろあるが、iPadでは無理だ。
外部ストレージであればiPadでは一般的なフォーマットで運用しているのもあり、そのフォーマットに対応しているPCに接続するだけだ。
※フォーマットによる制限には事前に気をつけたい。あとフォーマットにはPCが必要。
容量に関しては内蔵ストレージに対してのコスト費だ。速度は犠牲になるが、割り切るところだろうか。せめてもSSDを勧めたい。そしてこれまでの話はUSB-C(iPad 第10世代除く)上の話であり、Lightningなら速度の問題から諦めた方がいい。
業務用途の方
先の紹介した機材に加えてキーボード、テンキー、Ethernetアダプタが欲しい。
キーボードを使うことでソフトウェアキーボードで遮られる煩わしさから解放され、タイムコードを使った、ジャンプやデュレーション決めなどができ、テンキーの存在が不可欠になるだろう。
Ethernetアダプタは、先述の通りNASでの作業や企業や放送局へ出入りするような仕事をされている場合は必須となるだろう。
これらの多くのデバイスを考えるとUSB-Cハブの検討が頭に浮かぶ。導入の際は、USBのポートの速度、電源供給用になるUSB-C PDポートの口を確認したい。SDカードリーダーや後述するオーディオポートもだろう。
オーディオに関しても近年のiPadには出力端子がないため、検討が必要だ。作業用ならBluetoothで割り切っていいのではないだろうか。サンプリングレートは規格の制限から低下し、レイテンシーに関しては悪いイメージがあるがレイテンシーは近年では許容範囲らしいので、作業用には良いだろう。
あと、いまのところiDRのオーディオはステレオ2chだ。デュアルモノの編集には出力後にミキサーでのアサインが必要だ。
予想される使用用途と提案
全体的な話では、iDRは高性能・高機能な素晴らしいソフトウェアであり、その機能に触れるだけでもいろいろ満たされるものもあるだろう。これまでの「タブレットを使うユーザー層に向けたもの」ではなく「iPadOSに移植したもの」なのだ。
一方で肝心の映像を生み出すことにはそれなりの知識や努力が必要だ。編集作業と同時に学習を迫られることも多いだろう。つまり「気軽」なものではないと思う。それを覚悟の上であれば素晴らしい体験となるだろう。
あと注意したいのは「Cut」ページ。この記事を書いている時点でも動画サイトには多くのレビュー動画が上げられそれらを見ているが、そのどれもが苦労されているものと思う。「Cut」ページは古の「リニア編集」のアプローチの延長線上にあるもので、現代の一般的な「ノンリニア編集」の発想では単に「使いにくいもの」になってしまう。
使うか使わないかは編集者の判断であり、割り切って気に入るなら使用し、気に入らないなら使用をやめた方がいい。これは性能の問題ではなく「コンセプト」の違いのためだ。
機能の面でも他のページありきで機能を「あえて」絞っている部分もあるので心しておきたい。「Edit」ページも将来的には追加されるだろうから、変にこだわる必要はない。
趣味の方
先述の通り、iDRを使う上で鍵となるのは「Cut」ページであり、ここの印象で大きく評価が変わるだろう。
考え方はこれまでと変わるので、少しでも他の編集ソフトででも操作の知識があるのなら、割り切ってその知識は捨てた方が良い。場合によっては混乱を招くことになり評価を下げることとなる。
編集のアプローチはかなり見た目は違うが、意外とiMovieをイメージすると近い。頭の中にある動画を紡いでいく感じだ。
スナップ感覚の短い動画を多数使用するものは向いていない(もちろんできないわけではない)。ある程度の尺のある映像を紡いでいく感じに向いている。あくまでも一本の線を紡いでいく感じだ。一般的なNLEの「自由に貼り付けていく」概念とは別だ。
先に「Speed Editor」について苦言を書いたが、制作に尺などの縛りがないなら、良いものとなるだろう。「Cut」ページとの相性も良い(そもそも組み合わせて使うことを想定されたものだ。「Split(クリップ分割)」のボタンもある)。
映像の楽しみ方は、制作の結果はもちろんだが、その過程にもある。コストに余裕があるなら「Speed Editor」でじっくり映像に向き合うのもいいだろう。
業務用途の方
一般的なネット動画などのプログレッシブ映像を扱うには問題はないが、59.94iを使うような放送用途、商業映像コンテンツには注意が必要だ。これはiDRに限ったことではなくDaVinci Resolve自体がインターレースの処理は苦手だ。
業務関係の方は一度は試してご存知かもしれないが、最初評価したのはVer.12の頃(それ以前は編集機能自体が評価にいたらない)だったと思うが、それから変化はあるがなかなかスッキリしない。技術的には処理は正しいのだが、余計な処理をするのでその分時間がかかる。タイムラインの最小単位がフィールドという良いような悪いような複雑な気分にさせられる問題もある。そのため処理速度が売りのDaVinci Resolveが速度で負ける場合がある。iDRでもそれも受け継いでいる。
また、現段階では放送コンテンツで標準的に使われているXDCAM HDのデータであるMXF OP1a形式のMPEG2 50Mbpsも読み込めるが、書き出しはできない(PC版では可能)ことも注意が必要だ。
プロジェクトサーバーを導入している前提で、「Color」ページでのPCとのコラボレーション作業は効果的だろう。「Color」ページでのコラボレーションでは、ノードによる色調整作業はもちろん、その内容のスチルも同調される。メインカラーリストの横でジュニアカラーリストがベースのカラーコレクションをiPadで並行作業するというスタイルも可能だ。そのほか、PCで作業しているプロジェクトの内容をiPadで開きクライアントのそばで確認しながら調整しプロジェクトに反映するスタイルもできる。
「Cut」ページはなかなか悩ましい存在だ。すでに確立したスタイルがあるなら、無理に「Cut」ページを取り入れる必要はないだろう。「Edit」ページを出るのを期待して待つのが良いだろう。
ちなみに、これまでの話は母艦となるPC環境があることが前提だ。また先述の通り、DaVinci Resolveは高機能な分、習得する内容の難易度が高い。組織ならiDRは新人教育の良い学習パートナーとなるだろう。
まとめ
好き勝手、言い並べたレビューもまとめに移ろう。
今から述べる評価の基準は、今手に入る低価格な構成12.9インチiPad Pro Wi-Fi 512GB(M2)を想定してのものだ。
ハードウェア性能で機能の対応が変わるため、推奨機種を選択、モニタサイズも先述の通り大きな方が望ましいので12.9インチを選択。ストレージは先のようにクラウドでもローカルにプールするため、対応のためにも必要最低限。もちろんよりある方が望ましい。
※紹介した機器は動作を保証するものではありません。
コスト的にどうか?
実際の運用を考えるとイメージに対して高価なシステムとなる。周辺機器を揃えると20万円台後半となる。金額的には14インチMacBook Proが見えてくる。
ソフトウェアとしても現状のiDRは有償版としてもすべてのページを装備しておらず、ほかにもいろいろ制限がある。PC版の有償版(DaVinci Resolve Studio)に比べて見劣りがする。それなりの覚悟がいる金額だ。
導入すべきか?
DaVinci ResolveのPC版を使用されている方は、無償版でいいので是非とも試してみるべきだ。コラボレーション作業での「Color」ページでの恩恵は、無償版でも大きい。実感の後、有償化を検討しても良いと思う。
一方、趣味の方は、無償版から焦らずゆっくりと習得しながら導入を考えてもいいと思う。使い勝手は違うがPC版と同様な機能が多いので、それらのネットに溢れる情報を有効に利用でき学習することができるだろう。
「課題」はどうか?
「課題」の「方向性」に対しての正誤の判断はまだ早い。今始まったばかりだからだ。
これまでのタブレット向けのものは先述の通り、いろいろな理由からPC版に比べて総合スペックが大きく引き下げられたものだった。これは使用を想定するユーザーの力量を考えてのことや、広い端末への対応を考えてのスペック負荷を減らすためのものからだ。
それに反するようにiDRは高性能なM1/M2を引き連れて妥協の少ないものを出してきた(正直、UIのタブレット向けの対応は最低限だと思う)。
今のところ、この中間のバランス(機能寄り?)を取るものはLuma Touch社のLumaFusionか。これまで燻ってきたタブレットでのビデオ編集ジャンルにiDRがどう作用するか、今後が見ものだ。
まだこの市場に黙っている数社のメーカーがいる。おそらくそのメーカーもその方向性を定めるためにiDRの動向を注視しているだろう。
最後に
iPad Pro(M2)での検証ができなかったのが心残りだ。できるだけ早い段階でiPad Pro(M1/M2)で検証できればと思う。
評価に関しては、イメージ以上のフィールドまで想定し、厳しめな評価の部分もあったと思うが、そういった範囲までの可能性を感じるからだ。「DaVinci Resolve for iPad」という興味深い製品を産み出したBlackmagic Design社に祝福と感謝を申し上げたい。
最後にBlackmagic Design社に質問し答えをいただいた内容を記す。
- 筆者=私、高信
- BMD=Blackmagic Design社
筆者:
「DaVinci Resolve for iPad」はどのようなユーザー層を狙ったものですか?
BMD:
特に限定しているわけではありません。
趣味で編集をされているアマチュアの方から、ハイエンドポスプロのプロフェッショナルの方まで、広い範囲のお客様にご利用いただければと考えております。
iPad版のDaVinci Resolveはユーザーの方から最も多いリクエストのひとつでしたので、その多くのご希望にお応えできることも大きな意味があることだと思います。
筆者:
macOSに対してのiPadOSのように、Linuxに対するAndroid版が出る予定はありますか?
BMD:
現時点では予定はございません。
筆者:
「Blackmagic Cloud Pod/Server」は良い組み合わせと思いますが、御社の製品ラインナップに一緒に使用すると良い製品はありますか?
BMD:
「Blackmagic Cloud」でのプロジェクト共有はもちろんですが、ハードウェアとしては「Speed Editor」が良い組み合わせになると思います。
筆者:
「UltraStudio」のようなビデオ機器と接続できるような製品を使えるようになりますか?
BMD:
現時点では予定はございません。
以上(取材時:2022年12月27日)。