マネ―スクエアのチーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話しします。今回は、英国の債券市場について解説していただきます。



英国の債券市場が大変なことになっている。9月下旬に長期金利が急騰(長期国債の価格は急落)、BOE(英国中央銀行)が対応に乗り出したものの、依然として事態は沈静化していない。

○減税案が長期金利急騰の発端

9月6日に誕生したばかりのトラス政権は同23日、大規模な減税を含む経済対策を発表した。減税や財政支出の財源が明らかにされなかったことで、債券市場では財政赤字拡大(=国債増発)懸念が強まり、長期金利は上昇した。

ここで問題となったのが、長期金利の上昇が英国の年金基金の財務を直撃したことだ。22年初め以降の長期金利上昇によって脆弱化していたとみられる年金基金の財務状況は一段と悪化した。2008年リーマン・ショック後の低金利環境の下で、英国の年金基金は年金負債対応戦略(LDI)なるものを採用していた。年金基金や保険会社は、長期債務に対応するために期間の長い運用を行う、それは英国に限ったことではない。ただ、英国の場合は運用利回りを向上させるために保有する長期国債を担保に借り入れを行い、国債やその他のリスク商品を購入していたようだ。つまり、レバレッジを効かせていた。

そして、価格下落によって国債の担保価値が下がり、マージンコール(追証)を求められると、流動性の高い国債を売却して資金調達をし……国債の売りがさらなる売りを呼ぶ展開になった。

○対応に乗り出したBOE(英国中央銀行)

長期金利の急騰が英国以外の主要国にも波及したこと、そして何よりも英国の年金基金の財務悪化が金融システム不安を招きかねないことから、BOEは9月28日、緊急避難的な国債購入プログラム(対象は20年以上の国債)の導入に踏み切った。そのため、いったん長期金利は低下したものの、国債購入プログラム終了の期限である10月14日の接近に伴って、再び長期金利は上昇した。

10月11日、IMF(国際通貨基金)・世銀総会などに出席するためにワシントンを訪問していたBOEのベイリー総裁は、予定通り国債購入プログラムを終了する意向を表明。そして、「残された時間は3日だ」として、維持できないポジションを手仕舞うように年金基金などの投資家に呼びかけた。

高インフレ抑制のために昨年12月から利上げを続けるBOEにとって、金融緩和の側面を持つ国債購入はあくまで一時的な緊急避難措置との位置付けだ。一方で、年金基金などからは国債購入の延長を求める声は強いようだ。そして、事の発端となった減税案を発表したクワーテング財務相は12日、週明け17日以降に債券市場が新たな混乱に見舞われた場合は「ベイリー総裁の問題だ」として責任を押し付ける発言をした。

13日には、関係者筋の話として、トラス政権が減税案を見直しているとの報道が流れ、英長期金利は低下した。しかし、クワーテング財務相は減税案の見直しを否定しているようだ。そもそもトラス首相は就任前から高インフレの責任はBOEにあると批判してきた。今後の展開によっては、トラス政権とBOEの確執が浮き彫りになるかもしれない。

○10月17日以降に何が起こるか

ベイリー総裁率いるBOEは非常に厳しい立場に立たされている。国債購入プログラムを予定通り終了し、その後に債券市場が大きく動揺したら、それでもBOEは事態を座視するのだろうか。一方で、BOEが前言を翻して国債購入プログラムを延長すれば、政府からの「独立」に大きな疑問符がつき、中央銀行として金融市場からの信頼を失いかねない。中央銀行が信頼を失えば、自国通貨や債券価格に下落圧力が加わるだろう。

○英国の状況は他山の石

日本にとって、英国の状況は対岸の火事ではないだろう。金利が上昇すれば、大量の国債を保有する投資家などは大きな含み損を抱えることになるし、それを回避するために保有国債を売却すれば、売りが売りを呼ぶ展開になりかねない。

日本銀行は大規模金融緩和を続けており、YCC(イールドカーブコントロール=長短金利操作)の一環として、日本の長期金利(10年物国債利回り)を0±0.25%のレンジに誘導している。今年4月以降、8月を除いて日本の長期金利は0.25%の上限にほぼ貼り付いている。世界的に長期金利の上昇圧力が強まるなか、日本銀行は無制限で国債を購入して上昇圧力を相殺してきた。

しかし、日本銀行が長期金利の目標を維持できなくなったとき、あるいは意図的に放棄したとき、何が起こるのか。日本は英国と必ずしも同じ状況にいるわけではないが、英国債券市場を取り巻く混乱を他山の石とすべきではないだろうか。

西田明弘(マネースクエア) マネースクエア チーフエコノミスト。日興リサーチセンター、米ブルッキングス研究所、三菱UFJモルガン・スタンレー証券などを経て、2012年にマネースクウェア・ジャパン(現マネースクエア)入社。「投資家教育(アカデミア)」に力を入れている同社のWEBサイトで「ファンダメ・ポイント」 や「ウイークリーアウトルック」 などのレポートを配信する他、投資家のための動画配信サイト「M2TV」 でマーケットを解説。 この著者の記事一覧はこちら