待ったなしの日本の少子化問題。2022年の出生数は過去最少を更新すると予測されている。大正大学准教授の大沼瑞穂さんは「日本のこれまでの少子化対策の柱は、現金給付と保育所などの整備の2本柱でしたが、今後は若い世代の非正規雇用、未婚化・晩婚化対策や、男性の育休取得促進などに加え、予期せぬ妊娠問題も議論するべきではないか」という――。
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■1日約400件の人工妊娠中絶という事実にどう向きあう?

8月30日に厚生労働省が発表した人口動態統計(速報値)によると、2022年1月から6月上半期の日本の出生数は初めて40万人を切り、38万4942人。昨年より5%減り、今年も過去最少の出生数を更新し、80万人を切る予想となっている。

速報値は、日本で生まれた外国人や在外日本人も含まれているため、確定値ではさらに少なくなるものと見られる。人口動態統計によると、日本での外国人の出生数はここ5年ほど年々増加傾向にある。すなわち、日本人の人口が減少する中にあって、日本で生まれる外国人が増加しているということは、新生児の中での外国人比率が上がってきていることを意味する。とはいえ、年間それは2万人に満たず2%である。

一方、日本での人工妊娠中絶(以下、中絶)は年間およそ15万件と、出生数の20%弱の数字であることがわかる。1955年頃にはまだ117万件超の届け出があり、その後、日本人女性の社会的な地位の向上や、避妊のためのコンドームの普及などにより減ったものの、現在も一定数発生している。平均すると日本のどこかで毎日約400件の中絶が実施されていることになる。

2013年に自民党の野田聖子総務会長(当時)が、「年間20万人が妊娠中絶しているとされるが、少子化対策をやるのであればそこからやっていかないと。参院選後に党内の人口減少社会対策特別委員会で検討してもらうつもりだ。堕胎を禁止するだけじゃなくて、禁止する代わりに例えば養子縁組(をあっせんするため)の法律をつくって、生まれた子供を社会で育てていける環境整備をしなきゃいけない」と発言し、物議をかもした。

強姦や近親相姦での妊娠などもあるゆえ、堕胎を禁止するといった発言は慎重になる傾向にあるが、日本で中絶問題がほとんど政策の土壌に上がっていないという意味において、大いに議論すべきことであろうと思う。

野田聖子さんの本意もそこにあったはずだ。人口問題と中絶問題をごっちゃにするなという批判もあるが、現実問題として、中絶しなければ、出生数にカウントされるだろうまさに「人口問題」であることは否定できない。問題なのは、さまざまな理由で中絶を選択せざるを得ない女性たちに寄り添う政策が欠けていることにある。

文春オンラインは9月10日、巨人の坂本勇人選手とかつて交際していた女性が坂本選手からアフターピルを飲んで中出しを強制されたり、性的に過激な行為を強いられたりした、という女性の友人の証言を報じた。坂本選手は妊娠がわかるやいなや、「おろすならおろすで早い方がいいやろ?」と、中絶を強要するような発言もあったともされ、波紋を広げている。

誠意のない言葉や行動が繰り返され、出産を望んでいた女性側もうつ病になり自殺未遂を図った、との内容は、中絶により女性が背負う苦しみや悲しみに全く寄り添おうという気持ちがないことが露呈した(坂本選手は謝罪し、双方が弁護士を通じて示談成立との内容も掲載されている)。

■「予期せぬ妊娠への支援」が初めて少子化社会対策大綱に登場

1990年以降、日本政府の少子化対策は、主に「現金給付」と「保育所などの整備」の2本柱で進められてきた。

最初は、「子供を持つ親」「共働き夫婦」への支援が少子化の主たる支援対象だったが、ここ数年は、若者の非正規雇用、未婚化・晩婚化といった結婚前からの支援や、男性の働き方や育休取得といった日本の慣行や文化といった側面において少子化問題とリンクして議論がされており、もはや当たり前のこととなっている。

であるならば、予期せぬ妊娠問題も少子化対策の中で、1つの柱として、議論してもいいのではないか。これまで中絶をめぐっては、日本は宗教上の理由ではなく、性の問題を公に語ることをタブー視する保守と、女性の権利としての中絶権を主張する左派との机上の論理で議論されてきた。実際に、「産みたいけれど、産めない」状況下に置かれている当事者の女性たちの声はなかなか行政や政治に届いていない。

そうした意味で、2020年に発表された少子化社会対策大綱に初めて「予期せぬ妊娠等に悩む若年妊婦等が必要な支援を受けられるよう、NPOなどとも連携しながら、取組を進める」との一文が入ったことは画期的だった。

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少子化対策の中に、予期せぬ妊娠への対応が「文字化」されたのだ。しかし、2020(令和2)年の統計でもわかるように、現実は、全体の14万1433人のうち、25歳以上の件数が8万2499件と半分以上を占めている。一般的なイメージでは、予期せぬ妊娠に悩んで中絶を選択しているのは、避妊知識が乏しい、もしくは避妊行為を怠った中高生を中心とした10代に多いとの見方もあるが、中絶を決意するのはそうした若年妊婦に限らないのだ。

中絶をする理由として多いのは「経済的な余裕がない」と「相手と結婚していないこと」(それぞれ約2割)となっている。経済的理由に対しては、例えば、多子世帯へのサポートや養子縁組の充実などを図っていく必要がある。一方、「相手と結婚していない」ことを理由とする場合、事情は個々によってさまざまだろう。

そこで提案したいのは、年代にかかわらず、安心して産める環境という意味で「内密出産に向けた環境整備の必要性」という項目をしっかりと立てて国会での議論を促してほしいということだ。

安倍政権以降、日本政府にとって、「少子化対策」は国難の一つと位置付けられ、安倍政権では保育所の整備、幼児教育の無償化、菅政権では不妊治療の保険適用などが政策として矢継ぎ早に打ち出されてきた。

岸田政権の主要政策にも「少子化問題」は位置付けられており、人工妊娠中絶がおよそ15万件の日本において、「内密出産に向けた環境整備」を少子化問題の一つとして扱うことは、少子化社会対策大綱にも記された予期せぬ妊娠への支援と結びつくものであろう。

■内密出産は政府の「ガイドライン」だけでいいのか?

2022年2月、熊本市の慈恵病院が取り組む「内密出産」に対し、熊本市長の職権で戸籍を作成し、内密出産の手続きに沿って生まれた子供の戸籍が国内で初めて作成される運びとなった。しかし、日本には各国にある内密出産に関する法律は存在しない。8月下旬に政府は速やかにガイドラインを発出する方向を打ち出した。

ドイツやフランスおいては、匿名での出産がすべての医療機関で認められ、養子縁組さらに、子どもの知る権利についても保証がされている。米国においても、匿名での出産が各州で認められている。

日本は予期せぬ妊娠の責任を女性だけに負わせている。そして、生まれてきた子供の権利も定まっていない中、果たしてガイドラインだけで、この問題を片づけていいのか。

慈恵病院の医師たちは、少しでも多くの子供の命を救いたいとの思いで、「こうのとりのゆりかご」を設置してきた。しかし、生まれてくる子供にとっても、不安な気持ちで出産する女性にとっても、今の制度では不十分である。

「慈恵病院」HPより

中絶をすべきかどうかを悩む多くの女性が身近な病院で相談することができ、希望すれば匿名での出産を可能とする。また、養子縁組を早期にできる仕組みを作る。産まれてきた子どもは成人になると同時に出自に関する情報を得ることができる。そういった法律があって初めて、安心して女性も出産ができ、子どもも健やかに育つことができる。

■望まない妊娠を防ぎ、安心して産むことのできる日本へ

9月10日、和歌山県白浜町のホテルの共同スペースのごみ箱から布にくるまれた生後間もない赤ちゃんの遺体が発見された。昨今しばしば耳にするこうした乳児遺棄事件の報道を見るたびに、心が痛むと同時に、彼女たちを助ける手立てがない行政や政治に対し、何かしないといけないという強い思いに駆られるのは筆者だけではあるまい。わが子を捨てる無責任な行動を非難する声もあるが、なぜ女性だけがこの不利益を受けなければならないのか。そんな怒りを覚える人も多いに違いない。

そうした悲劇を生まないためにも、予期せぬ妊娠・望まない妊娠を防ぐ仕組みをより拡充することも国の役割であるはずだ。

緊急避妊薬は、これまでは病院での対面の診察を経て処方されていたが、コロナ禍でオンライン診療が解禁され、医師によるオンライン処方で即日配達できるようになった。現在は、薬局で購入できるようにすべきだという意見とそれに慎重な医師会とで意見が割れているが、そう遠くない未来に薬剤師の適切な説明の下、日本でもフランスのように、緊急避妊薬を薬局で購入できるようになる日も来るだろう。

性教育のあり方にしても、日本はまだまだ不十分である。秋田県や富山市では、医師会が協力し、性教育をしっかりすることで、人工妊娠中絶件数が減少しており、正しい知識を持つことが、望まない妊娠を防いでいる。

■バイアグラが超スピードで認可、ピルは認可に9年

少子化問題はもはやまったなしの状況にある。

そのため多くの政治家は街頭などでマイクを握れば、「日本では少子化が進み、特に地方では……」と始めるが、有効な手立てを提案できる議員は少ない。なぜなら、彼らはほとんど男性であり、子どもを産まないがゆえに、子どもを作る行為に関心はあっても、産む行為には関心は薄いからだ(男性議員にも、もちろん産む行為や育てる行為に関心が高い議員もいるが、筆者が見てきた男性社会の政界の中で、決して大多数ではない)。

バイアグラが超スピードで認可された日本でピルに関しては9年も認可に月日がかかったことは政治分野における女性の参加が進んでいない、いかにも日本らしい政策決定だ。

産みたいのに産めないと悩み、中絶という選択をせざるを得ない女性たちに寄り添う心があれば、1日約400件も日本のどこかで行われている中絶を思いとどまらせ、産むという選択へと結びつけることができるかもしれない。

中絶は、都市部に多く、地方が少ない。そう考えている人が多いだろうが、実際は違う。実は日本全国でまんべんなく行われている。全国の隅々の自治体が、正しい性教育やピルの適切な使用、予期せぬ妊娠をした際の相談窓口の設置、また前述した内密出産の仕組みを作るなど環境を整備することこそ、女性が出産に前向きになる鍵になるのではないだろうか。

多くの中絶を選択した女性たちの苦しみは、政策の中で救われていない。国難の「少子化対策」の中で、こうした女性たちの声が少しでも国に届くことを祈る。

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大沼 瑞穂(おおぬま・みずほ)
大正大学社会共生学部公共政策学科准教授
NHK報道記者、外務省専門調査員、内閣府上席政策調査員などを経て、参議院議員。元厚生労働大臣政務官、元自民党副幹事長。現在、大正大学地域構想研究所准教授
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(大正大学社会共生学部公共政策学科准教授 大沼 瑞穂)