「M-1」優勝で人生が変わった二人

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 日本テレビ系「ZIP!」で7月19日から放送中のドラマ「泳げ!ニシキゴイ」で、これまでの半生が描かれている錦鯉(長谷川雅紀・渡辺隆)。「M−1グランプリ2021」(以下「M−1」)で、歴代最年長で第17代王者になった二人の活躍は2022年に入っても留まるところを知らない。感動の「M−1」優勝から超過密スケジュールへ。その最中で見えたもの、感じたものは何か。二人にじっくり話を聞いた(前編/後編の後編)。

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【写真】ガッツポーズをする「錦鯉」の2人

「M-1」優勝、放心状態から引き戻した渡辺の一言

「M-1」優勝の瞬間を、長谷川は全く覚えていない。VTRを自分で見返したそうだが、最終ジャッジで「錦鯉!」とコールされるたびにガッツポーズをする渡辺に対し、長谷川は生気を失ったような無表情。実はあの時、完全な放心状態だったという。後に、霜降り明星・せいやから「無の顔」と称された、能面のような顔だった。

「M-1」優勝で人生が変わった二人

「優勝決定の瞬間、隆がボクに抱きつきながら耳元で『ありがとう』と。その一言で我に返りました」(長谷川)

 審査員席に座るナイツ・塙宣之、サンドウィッチマン・富澤たけしの「涙」は、その場では気付かなかったという。芸人として活躍する錦鯉にとって「涙」というワードは欠かせない。21年に刊行された初の自叙伝『くすぶり中年の逆襲』(新潮社)でも「笑って泣けた」「涙が止まらない」といった感想がネット上やレビューなどでも多く寄せられている。さらに「M-1」優勝が笑いあり、涙ありの「感動の名場面」となったことも拍車をかけた。

「家に帰ったのは、優勝から2日後の夜でした」

「確かに“笑った”よりも“泣けた”という感想が多いとは聞いています。読者や視聴者の皆さんの受け止め方なので、ボクとしては反響を素直に受け止めたいです」(渡辺)

「笑ってくれてもいいし、泣いてもいいんです。とにかく多くの人の感情を揺さぶる、つまり心を動かすことができたのだからよかったと思っています。人の心を動かすなんて、素晴らしいことじゃないですか」(長谷川)

「“無”の人間がエラそーに言うなよ」(渡辺)

「人生が変わった」二人

 21年の「M-1」ポスターには「人生、変えてくれ」というコピーが大書されていた。この文言は決してウソではなく、優勝を決めた瞬間から、錦鯉の人生は変わる。テレビ、ラジオ、ネット番組、雑誌、新聞――ありとあらゆるメディアから出演・取材依頼が殺到、優勝した日の深夜から、過密スケジュールは始まった。

二人は今、「M-1を取った後の方が大変なんだ」ということを強く意識している

「今、打合せをしているのは何の番組だっけ?と思うことが何度もありました。家に帰ったのは、優勝から2日後の夜でした」(渡辺)

「優勝当日はホテルに部屋を取ってもらったのですが、その部屋に滞在していたのも2時間くらい。次の日は朝5時半にロビー集合という具合で。密着番組があったので、母親に電話しましたが、落ち着いてちゃんと話せたのは、だいぶ経ってからです」(長谷川)

 ある日の早朝、渡辺が担当マネジャーと話をしていた時のこと。明け方だというのに、マネジャーのスマホは鳴り続けている。「ずーっと止まらないんですよ」と言うマネジャーと共に、反響を感じていたという。一方の長谷川は、過密スケジュールがこたえたのか、本気で「うわあああーーっ!」と叫びたいほどの衝動に一度だけ駆られたことがあった。相当なストレスがたまっていたようだ。その時、マネジャーの一言で救われたという。

「人志松本のすべらない話」や「IPPONグランプリ」に出演した際、共演者のあまりのレベルの高さに愕然としたという

「次から次へと仕事をもらえる。こんな状況になるなんて、一生に一度あるかないかです。忙しいのを楽しまないと損ですよ」

 人生が変わる=売れる。芸人にとって憧れであり夢でもある。だが、その実感は経験した者にしか分からない。

「戦国時代だったら生きてない」「人生折り返し地点からの大逆転」、49歳と42歳でブレークした「若くない若手」漫才師・錦鯉。ここまでの道のりは山あり谷あり嵐あり……。生い立ちから苦難の下積み時代を経て、大ブレークまでを初めて明かす大爆笑自叙伝! 『くすぶり中年の逆襲』

売れてから分かったこと

 今日も多忙なスケジュールをこなしている二人だが、その一方で常に抱える「不安」もある。

「売れるまで時間がかかったこともあって、どうも自分を下に見てしまうんです。一言で言うと自信がないんです。今年の12月になれば、次のM-1チャンピオンが生まれ、注目される。その後も自分は変わらずテレビに出続けることができるのかどうか、不安は常にあります」(長谷川)

 その不安の根源は何かと問うと、多くのテレビ番組に出演してきたが、収録後「よっしゃ!」と満足のいくものがほとんどなかったことだという。うまいことが言えていない、リアクションが取れていない――コロナ禍もあり、収録後の反省会も行われることが少ないため、助言を得る機会が少ないことも、長谷川を不安にさせている。渡辺も同様だ。

「今は『M-1』王者だからテレビに出られるのであって、錦鯉で出ているのではないと思っています。錦鯉だから出てほしいと思われるようにしないといけない。そもそも僕らは、テレビ番組がどうやって作られているのかも分からなかったんです。『M-1』王者になれたからこそ、これだけの場数を踏ませてもらい、基本から勉強することができました。この経験をこれから生かしていかないとダメです」(渡辺)

 二人は今、「M-1を取った後の方が大変なんだ」ということを強く意識している。芸人として生きていくための扉を開けてくれたのは「M-1」だが、その先はあくまで自分で切り開いていくしかないのだ。

もっと面白くなりたい

 二人がホッとできる場所、それはやはり舞台の上だ。テレビ出演の合間を縫って、全国で漫才を披露してきた。観客の反応が直に伝わる舞台はたまらないという。単独ライブも含め、漫才を披露する場も今後は増やしていく方針だ。合わせて新ネタも作り込んでいくという。その一方で、渡辺はこう語る。

「テレビに出るようになって、改めて思いました。もっと面白くなりたいと。ボクが出たら面白くなる、そう言われるようになりたいんです。流れをつかみ、共演者がどういう人かを見極め、当意即妙に面白いことを言う。現場力とでもいうのか、この大切さを痛感しました」

ゲストとして「人志松本のすべらない話」や「IPPONグランプリ」に出演した際、共演者のあまりのレベルの高さに愕然としたという。「面白くなりたい」という希望は漠然としているが実は奥が深い。あらゆるアンテナを張り、自身をスキルアップさせる。それが目下の渡辺の目標だ。対する長谷川。

「もう少し自分に自信をもちたいです。これまでのように、自分を下に見るのではなく、共演者の皆さんと同じ視線、立場にいるんだと意識しないと。これから毎年、M-1王者は出るわけで、その中で17代王者として恥ずかしくない生き様を見せないと」

 王者としての生き様を見せる――言葉にすると厳めしい感じがするが、王者だからといって常に強いのはなく、「弱さ」や「不安」もさらけ出せるのが人生経験の豊富な(?)錦鯉の魅力ではないだろうか。最後に、渡辺が著書で記した一文を改めて振り返りたい。

〈若手のアンチであったり、カウンターであったりと、オッサンにはオッサンの存在意義があると思っています〉

デイリー新潮編集部