戦車ってブルドーザーになる?“ドーザー付き”車体の役割 東日本大震災では重用されるはずが…
陸上自衛隊の戦車の一部には、ブルドーザーのような排土板を付けた車体があります。パワーのある戦車は確かにブルドーザーの代わりにもなりそうですが、排土板は実際どんな用途なのでしょうか。
意外と違いが多いドーザー付き車体
陸上自衛隊では2022年現在、74式戦車、90式戦車、10式戦車の3種類の戦車を運用しています。駐屯地記念行事などでこれら戦車を間近に見ると、その大きさに圧倒されますが、観閲行進などを行う際、車列の中にブルドーザーのような排土板を付けた車体が混ざっていることがあります。
ただ、海外の戦車を見るとこういった排土板を付けているモデルはあまり見られません。また自衛隊の戦車もすべての車体に用意されているわけでもなさそうです。どのような場面を想定した装備なのか、戦車乗員であった元自衛官に聞いてみました。
ドーザ装置付きの90式戦車(柘植優介撮影)。
排土板を装備した車体を、陸上自衛隊では「ドーザ装置付き」と呼ぶそうです。これがあると、まさにブルドーザーと同じように地面を削ったり、簡単な掩体(戦車壕)を構築したり、障害物を除去したりできるとのこと。では、なぜ標準装備にならないのかというと、あれば便利だけど、デメリットもあるからだと話してくれました。
自衛隊の戦車が装着する排土板は油圧によって車内から操作します。ただ、その動きはあくまでも上下のみで、板を斜めにするようなことはできません。また板の大きさも、戦車としての行動に邪魔にならないサイズに抑えられているため排土能力は限定的で、当然のことながら作業量はブルドーザーにはかなわないとのこと。排土板をブルドーザー並みに大きくすると、主砲に干渉したり、機動力を阻害したりしてしまうため、ブルドーザーの代わりとしては力不足です。
また、重量のある鉄の板を車体前面に取り付けていることから、走行時はどうしてもドーザーなしの標準車体とは異なる運転感覚が必要になるそう。ほかにも戦車の車体前面右側(操縦席脇)には砲弾の収納スペースや燃料タンクなどが設けられていますが、それらの積載分も減ってしまうといいます。
ご指名で派遣される?
排土板は前出の通り油圧で動かしますが、そのための配管など整備すべき項目が増えるため、メンテナンス性などはドーザーなしの車体よりも明らかに劣ります。そういったことから、ドーザー付きの車体も、状況によってはドーザーを外して運用されることもあるといいます。逆に、ドーザーのない車体にこれを後から増設するのは、車体自体の形状変更や構造変更も伴うため基本的に無理とのこと。
90式戦車や10式戦車は、ドーザー付きの車体と、装備していない標準車体で車体前面形状からして違うというので、見比べてみると、ドーザー付きの車体はヘッドライトの位置やマッドガード(前部ゴムカバー)の大きさも違っていました。
ドーザ装置付きの74式戦車(柘植優介撮影)。
ドーザー付きの車体は、おおむね1個戦車中隊に1両ずつ配備されているそうです。1個中隊は10両強からなるため、90式戦車の場合では全341両中、1割弱の30両程度ではないかとのことでした。
なお、過去には74式戦車のドーザ装置付きが災害派遣で出動したこともあるといいます。それは2011年3月の東日本大震災で放射能漏れを起こした福島第一原発に対してで、このときメルトダウンを防ぐために自衛隊の化学科部隊や消防車らが派遣されていましたが、周辺の放射線量が高いため通常のブルドーザーでは安全に作業することが難しかったためだそう。
万一、道路啓開(進入路を切り開くこと)などのため原発敷地内のがれき撤去が求められた場合、高い放射線防護能力を有している74式戦車のドーザー付きであれば、ブルドーザーの代わりを務められると見込まれて派遣されたそうです。
3.11のとき白羽の矢が立ったのは静岡県御殿場市の駒門駐屯地で、そこからドーザー付きの74式戦車2両が、78式戦車回収車1両とともにトレーラーで運ばれ、福島第一原発近傍のJヴィレッジに派遣されました。ただ、間もなくリモコン操作式のブルドーザーが投入されたため、実際に作業を行うことなく撤収しています。