2021年6月、アマゾンジャパン本社前で抗議するIさん(中央)

 世界中で利用されるアマゾン。時価総額は世界5位でGAFAの一角を占める大企業だ。しかしその労働現場では、苦悶する社員の姿があった。

 Nさん(50代女性)は、2016年9月にアマゾンジャパンに入社。倉庫で働いたが、今は別の会社に転職した。

「退職した理由は2つ。月に160時間を超える残業によるうつ病と、上司によるパワハラです。48歳で入社した際、『西城秀樹が若くして死にましたけどNさんは大丈夫?』と揶揄されたり、仕事を教えてほしいと頭を下げても『君に教えても理解できないでしょ?』と嫌味を言われたり、複数人宛てのメールに名指しで『ミスをした』と書かれたりして、人事部に訴えましたが、不問に付されました」

 納得がいかなかったのは、理由を示されることもなく、いつの間にか、「コーチング・プラン」という業務改善計画の対象者にされていたことだ。

「コーチング・プランとは、内容はさまざまですが、前年の成績不振者に期限を定めて課題を与え、達成度を評価するもの。たいてい、達成困難な高い数値や抽象的な内容の目標が課されます。私の場合、『決められた仕事ができていない』との評価が下り、『退職合意書』を突きつけられました。『仕事ができていないのはどの点か』と問い質しましたが、無回答でした」

 退職を選んだNさんは現在、ハラスメントに対する賠償などを求める訴訟を準備中だ。

 東北地方の倉庫で現場責任者を務めるTさん(30代男性)は、いい会社だと思って転職したが、パワハラを目の当たりにして愕然とした。

「管理者の中に『挨拶パンチ』と称し、契約社員を殴る者が2人もいて、彼らは人格を否定する発言もしています。でも問題にならない。逆に、彼らはマネージャー候補に出世している。こんなことがまかり通るのは、マネージャーである上司に気に入られているからなんです。アマゾンでの評価は上司の胸三寸です」

 逆にTさんは、よくわからない理由で評価を下げられた。

「倉庫の中では荷台に轢かれる事故がよく起きますが、あるとき轢かれそうになった人に、『○○さん、危ない!』と大声で注意したことが問題視されたんです。上司に『その言い方はNG』と言われました。怪我したらどうするんですかと言うと、そうならないようにちゃんと伝えましょうと。じつは、私も荷台に轢かれて怪我をしたことがありますが、上司はその報告書を紛失したんです」

 そして会社の安全管理の不備を指摘したTさんも、コーチング・プランに入れられた。
「低評価の理由を上司に聞いても『言えない』の一点張り。納得できないと抗議すると、『あなたは言い訳しかしない』と言われ、それを理由にプランの対象者にされました」

 Tさんは現在、逆流性食道炎と偏頭痛に悩まされているが、パワハラと不当な評価制度に対して声を上げている。

 関東地方の倉庫で働くSさん(50代男性)は、コーチング・プラン中に体を壊して1年間休職した後、今年3月に復職。だが、待っていたのは従来の何倍もの仕事量だった。

「復職3週めから、休職前にやっていた入荷部門に加えて出荷部門もまかせられ、6月からはマネージャーも兼任となりました。従来は2人でやっていた業務で、私の仕事量は3、4倍になりました。昼休みを取らずに働いても終わらず、産業医から制限されている時間外労働を余儀なくされました。

 常に仕事が頭から離れず、家でも働かなければならない状態が続き、ついに38・8度の熱が出ました。しかし、過重労働による体調不良でも、休んだり早退した社員は強制的に休職させることができると会社は主張しています。そう言われれば、無理をしてでも働かざるを得ない。そこで何か問題が起きたら、それを理由に自主退職に追い込もうとしているのでしょう」

 営業の第一線で働いてきたIさん(40代男性)は、2013年に入社。アマゾンに憧れて転職したが、現在、会社側を相手取り解雇の無効などを訴えて裁判をしている。

 やはりきっかけは、2019年3月にコーチング・プランの対象者となったことだ。

「チームリーダーとして、他社と共同で進めるプロジェクトの課題を与えられました。期限は5月末でしたが、土日も働き、4月半ばで目標を達成したのです。ところが突然、上司が『この数字は認められない。書面にある目標を達成すればいいというものではない』と言うので唖然としました。合格の基準を問うと『自分で考えろ』と。まるで禅問答ですよ。要するに、上司は私を認めるつもりがないんです」

 厳しいコーチング・プランの目標を達成したIさんは、“敏腕”営業マンと評価されるべきだろう。だが、9月に入り会社からいきなり呼び出しを受ける。人事担当者と弁護士から、Iさんの営業活動のメールのやり取りや資料を見せられ、身に覚えのない「機密情報の漏洩」だと断定されたのだ。そして10月17日、事由は示されないまま会社から降格・減給処分を言い渡される。同時に合意退職の提案もあった。到底納得できなかったIさんは、上司に胸中を尋ねた。

「私もあなたと同じ立場になる覚悟はしている。私だったらさっさと会社から逃げる」

 この言葉で、「一矢報いてやろう」と心に火がついた。

 辞めずに粘るIさんに、会社は新たな課題を突きつけた。年末までの残り2カ月で、新規契約を12件取るという実現不可能な目標だった。

「年末の営業は売り上げの回収が主体で、案の定、私以外は誰も1件も取れなかった。上司もゼロ。私は死ぬ気でやって数件獲得しました」

 しかし、上司は「お前は新入社員以下の能力だ」と非難。2020年にも複数回にわたり困難な課題を突きつけられ、年末の目標未達を理由に、2021年2月15日付で解雇された。

 Iさんは2020年に降格・減給について労働審判を申立て、処分無効の判断を勝ち取ったが、アマゾン側が異議を申立て、民事裁判へ移行。2021年に解雇無効を訴えた裁判も並行し、ともに審理が続く。

 Iさんの代理人である梅田和尊弁護士が言う。

「日本の労働契約法では、解雇は『客観的、合理的な理由』と『社会通念上の相当性』がなければ、解雇権の濫用で無効であると決められています。Iさんの場合も無効が妥当です」

 今回取材した4人は、労働組合「管理職ユニオン」に所属し、アマゾンへの抗議活動をおこなっている。ユニオンの鈴木剛委員長が言う。

「アマゾンの現役社員から、電話やメールによる相談が毎日のように寄せられています。彼らはおしなべて、アマゾン独特の『コーチング・プラン』の被害者です。業務改善という名目とは異なり、実際は退職勧奨の手段なのです。このプランに入れられた人は、結局、自主退職に追い込まれます」

 4人が受けたハラスメントについて、アマゾンジャパンは把握しているのか。質問状を送ったところ、広報担当者は正面からは取材に応えず以下のように回答した。

「当社ではいかなるハラスメント行為も許容しておりません。またそのことを、社内の規則でも明確に示しています」

 Tさんいわく、「アマゾンは人間を奴隷のように使い捨てる」。その言葉をまさに具現化するような、非情な回答である。