日韓の溝「映画の力」で越えたい~韓国で大ヒット「純愛ドキュメンタリー」が日本公開 - BLOGOS編集部

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※この記事は2016年06月07日にBLOGOSで公開されたものです

韓国で人口の10分の1にあたる480万人が見たというドキュメンタリー映画「あなた、その川を渡らないで」が、日本の映画館でも上映されることになった。98歳の夫と89歳の妻という老夫婦の愛と別れを撮影したラブストーリー。美しい自然を背景にした純愛物語が、中高年だけでなく、10代や20代の若者の共感を呼び、ドキュメンタリー映画としては異例の大ヒットを隣国で記録した。

海外の映画祭での評価も高く、モスクワ国際映画祭の観客賞やロサンゼルス映画祭の最優秀ドキュメンタリー作品賞など、多数の賞に輝いている。日本では、近年の対韓感情の悪化を受け、韓国映画の上映が難しい状況が続いていたが、配給会社の地道な努力が実を結び、7月30日から東京のシネスイッチ銀座などで公開される。

日本公開を前に来日したチン・モヨン監督(45)に会い、映画のみどころや日本の観客への期待などを聞いた。(取材・構成/亀松太郎)

■若者たちの「理想」を体現している老夫婦

――この映画「あなた、その川を渡らないで」は、韓国で多数の若者が見て、感動したと聞きました。90代と80代という高齢者の物語なのに、なぜ、多くの若い人が映画館に足を運んだのでしょうか?

最近、若い人にとって、韓国は暮らしにくい社会になっています。なかなか就職できなかったり、恋愛や結婚が難しかったりして、若い人には絶望的な状況が続いています。そんな中で、この映画の老夫婦が愛しあって暮らしているというのは、自分たちにとって身近なことだと、若い人たちがとらえたようです。

自分のことを大事に思ってくれる人と、互いに尊重しあって幸せに暮らしてみたい。そんな理想を、この夫婦を見た若い人たちが感じたのでしょう。おそらく、この老夫婦が若者たちに希望を与えたのではないかと思います。

その結果、最初は一人で見にきた観客が、次は恋人を誘って見にくるようになって、この映画は「デートムービー」に発展しました。さらに、デートで見にきた人が、今度は自分の親や家族を誘い、家族で見にくる「ファミリームービー」になりました。

■日韓の間に「壁」があるのは残念

――韓国での公開から2年。今回、日本でも上映されることになりましたが、日本の人々にこの映画をどう見てもらいたいですか?

これは何も特別な映画ではありません。不思議な韓国人の愛の物語でもありません。「互いに愛すること」がどういうことかを伝える映画です。特別な人が特別な愛をかわしている映画ではないのです。

どうすれば、この夫婦のように互いに尊重しあって、愛しあっていけるのか。そのヒントを、この映画を通じて得てほしいと思います。

韓国では、映画を見終わったカップルたちが劇場を出るとき、手をつないで外に出ていきました。その後ろ姿を見たとき、この映画を作ったのはこのためだったのではないかと思ったほどです。日本の人たちにも、映画に散りばめられた「愛のヒント」を暗号を解くように味わってほしいです。

――ただ、最近は外交問題などの影響で、日本人の対韓感情が悪くなっています。内閣府の世論調査では、「親しみを感じない」という比率が6割を超えています。このような状況について、どう考えていますか?

「韓国の映画だから」という理由で、日本の人々が「見たくない」と思うのだとしたら、とても残念です。映画を見る前に、そういう「壁」があるのは、残念なことです。

一方で、日本でも、最初に誰かがこの映画を見てくれたら、主人公の老夫婦の力で「壁」を越えられるのではないかと考えています。日本と韓国の間には感情の溝があるのかもしれません。しかし、こと映画については、この夫婦の愛のメッセージによって溝も越えられると、私は信じています。

■次の映画は「脱北」した潜水夫の物語

ーー次回作として、北朝鮮の潜水夫を撮っていると聞きました。どんな映画でしょうか?

いま撮影しているのは、脱北者の話です。10年前に脱北して、いまは韓国で、潜水着をきて海産物を採る仕事をしている潜水夫の物語です。北朝鮮で習った技術を生かし、北と南の境界付近の海に潜っています。

こちらも「あなた、その川を渡らないで」と同じように、人生の普遍性をテーマにしています。人生には、やりたくないのに何かをやらなければいけないときもあれば、やりたくてもできないときもあります。

この潜水夫は「脱北した」という特別なバックグラウンドがありますが、それ以外は普通の人たちと変わりません。

普通のサラリーマンの場合、会社で屈辱的な待遇を受けても、がまんして出社しないといけないときがあります。彼の場合は、潜水夫という危険な職業で、なにかミスをしたら命にかかわりますが、生きていくために、この仕事をしなくてはいけません。会社に所属する普通のサラリーマンと根底では同じなのです。

人は困難があっても、立ち向かっていかないといけない。そういう人生の普遍的なテーマを描きたいと思っています。