正しく理解されていない96条改正の意味 - BLOGOS編集部
※この記事は2013年05月10日にBLOGOSで公開されたものです
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今回は「憲法改正は本当に必要なのか？」というテーマでお送りしました。
安倍総理が「夏の参院選の争点」と明言した憲法改正。報道では、憲法改正を発議するために必要な「衆参両院の３分の２以上の賛成が必要」という要件を「過半数」に引き下げる、「憲法96条改正」が大きく取り上げられています。昭和22年の施行から66年、これまで一度も改正されていない日本国憲法ですが、果たして本当に改憲は必要？ 法学者のお二方を迎え、改正のメリットとデメリット、自民党が96条改正の先に見据える９条改正問題などについて、話し合いました。
司会：大谷広太（BLOGOS編集長）
アナウンサー：山本都
コメンテーター：須田慎一郎（ジャーナリスト）
ゲスト：小林節（慶応義塾大学法学部教授・弁護士）
木村草太（首都大学東京 都市教養学部法学系准教授）
なぜこのタイミングで改憲なのか？
大谷：明日は憲法記念日です。毎年この時期になると新聞各社がそれぞれ草案を発表したりしますし、マッカーサーや連合国軍によって原案が作られた日本国憲法が手続き的に正当なのかという主張を含めて、「自分たちで憲法を作るんだ」という議論はずっと続いていますよね。
須田：７月に予定されている参議院選挙の争点に改憲問題が浮上し、きちんとこの問題について議論していこうじゃないかという問題設定もありますね。
山本：まず、安倍総理が憲法改正を訴える理由はなぜか？からお伺いしていきたいと思います。
小林：自民党は元々、憲法改正を実現するために保守が集まって作られた政党です。それなのに、歴代内閣は「我が内閣では憲法は議題にのせない」といって逃げてきた。そんな中、岸信介元総理が、自主憲法の旗を立てたんですね。
安倍総理は岸元総理のお孫さんにあたりますから、憲法改正に対して使命感のようなものを持っている。これが、自民党とずっと付き合ってきて感じる点です。安倍総理はお坊ちゃんで、思った通り行動する人。改憲が自分の歴史的使命だと本気で思っているように感じます。
須田：一方、戦後レジームの転換という安倍総理の歴史認識が大きく左右していますよね。
小林：「日本維新の会」などの動きがあり、３分の２の同意が取れる政治状況になってきたじゃないですか。そういう相乗効果で、いよいよ最後の一手に出てきたんではないかと思うんです。
大谷：安倍総理は前政権で「国民投票法案」を作っていますから、総理自身の動きは今始まったというより、昔からそこにこだわりを持っていらっしゃったのではないかと思います。
小林：予定通りなんでしょう。
大谷：「現行憲法にそぐわない部分があるから、改憲をしなくてはいけない」とか、それこそ「憲法の成り立ちが不自然」など、色々な議論があると思うんですけど、お二人は今の憲法の中で、変えるに値すると考える部分はありますか？
小林：私は昔から、戦争の詫び証文が前提の９条はムリがあると。負けたことは仕方ないんですけど、「諸国民の後世と審議に信頼して、我々の生存や安全を確保しようと決意する」と言っておきながら、その時すでに北方領土は当時のソ連に占領されていたし、その直後には韓国に竹島を軍事占領されてしまうし、北朝鮮は工作船で非合法の戦争を仕掛けてきていた。今は、中国が尖閣諸島を占領寸前まできています。
戦争を否定し「戦力を持たない」と言いながら、「自衛権がある」と言って、どう見たって戦力としか思えないものを持っているという訳のわからない状態。これはやはり「できること」と「できないこと」を整理しないとマズイと思っています。自民党の人達も共通認識としてある。
だからといって、どさくさ紛れに「明治憲法」に戻ろうという改憲論が主流になってきていますが、そこは私としては譲れない一線です。
憲法９条は“解釈”で乗り切れる？
大谷：「解釈改憲」という単語が出てきているんですけど、今の憲法の文言で、解釈で乗り切れる部分もあるし、乗り越えられない部分もある。この点について、木村先生、どう思いますか？
木村：私は小林先生とその点については考え方がちょっと違い、日本の法律の解釈、民法、刑法、行政法の解釈と比べた時に、日本国憲法だけが、日本の法律家として不自然な解釈のレベルまで達しているとは思いません。そういう意味で、文言を大きくいじらなくても、今のところは大きな問題はないだろうと考えています。
小林：それはちょっとムリがある。９条の下で護憲派は「一字一句も変わっていないから憲法は守られた」と言っている。しかし、あの憲法の下で、アフガンにもイラクにも派兵できちゃう。現行憲法で、アメリカのイラクにおける戦争とか、アフガニスタンにおける戦争に自衛隊が協力することがどうしてできるのか？これは解釈の限界を超えていると、僕は思います。
木村：……と、このような対立が学者の中でもあるということですね。
須田：ただ矛盾を感じるのは、安倍さんは、現行の憲法９条でも「集団的自衛権の行使は可能」というスタンスに立っているのに、なぜそれを変えなきゃならないのか？という点です。それはやっぱり小林さんが言うように「ムリがあるから」なんですかね？
小林：そう。だから「侵略戦争はできない。自衛戦争は出来る。そのための軍備はその限りで認める」と。対外派兵も国際国家として責任ある対話をしなければいけない場合には、国連決議を持って来いとかね。「できること」と「できないこと」を整理しないと、めちゃくちゃになる。それは国家としてよくないことです。
正しく理解されていない96条改正の意味
須田：「憲法とは？」のポイントについて伺います。小林さんはよく「六法の中に憲法が入っていること自体おかしい」という議論をされますよね。これまで日本の中で憲法立憲主義は「議会制民主主義」であると教えられてきた部分がありますが、「それは違う」ということですか？
小林：そうそう。明治憲法下で「立憲主義」という言葉は「議会制民主主義」を意識的に誤訳して使っていたんです。「立憲主義」は、主権者・国民大衆、つまり非権力の国のオーナーたちが権力を乱用しないように、枠をはめるもの。国民の幸福追求を守り、サービス機関としてきちんと律する。そして人権を侵害させない……はずのものだったんです。
六法のうち他の５つは法律ですから、「主権者国民の代表たる国会が、国家の名で我々の行動をしばるもの」ですよね。「借りた金は返しなさい」とか「人を殺しちゃいけません」とか。だけど、憲法だけは唯一例外。主権者国民ではなくて、権力者を枠にはめる。だから、法律と言わずに「憲法」というんです。
大谷：つまり"憲法違反"には誰がなるかというと、国民ではなく、国家権力や行政がなるということですね。
小林：そうです。憲法記念日の集会などで、護憲派が「憲法守るぞ」と言っている姿を見ると違和感を覚えます。正しくは「憲法を権力者に守らせるぞ！」ですね。権力を行使しようがないから、非権力者は憲法を守りようがありません。
大谷：その中で、まさに今焦点となっているのが、「憲法を変えるための手続きを定めた憲法96条のハードルをどうするのか」という議論です。お話を伺っていると、岸元総理の時代から反対意見はあったようですが、縛られるべき国会議員側から改憲問題が出てくるのはどうなのでしょうか？
小林：怪しいですよ！憲法が厳格に権力者を縛り、簡単に乗り越えられない硬性憲法だから、権力者は不自由です。その不自由を感じている権力者側から、「この縛りを取り除いてくれ」という提案が、今来ているわけですよ。
主権者国民大衆の権力を条件付きで扱っている権力者達が、この条件を取り払ってくれと言っているのは、主権者国民から自由になりたいから。これは反逆ですよ。こんなことは、改憲論者の私としてもアンフェアだと怒っているわけです。
木村：96条改正の意味が正しく理解されていないことが懸念されます。
団体の決定事項には「非常に重要な事項」と「普通事項」があり、例えば、マンション管理組合の例で言うと「建て替え」は重要事項で、年間の予算や庭の木の剪定（せんてい）などは普通事項。普通の事項を決定するのであれば、「総会」や「理事会」の過半数を取るか取らないかという普通の決議で行いますが、重要事項は、「特別決議」で、野党の反対も含めた広範な合意が形成できる手続きを用意して決定しましょうと。
つまり96条で縛っている発議要件を３分の２から過半数に緩くするということは、今お話した「特別決議」をやめてしまうということになり、結果として、重要事項を決定する手続きが無くなるということ。そうすると「そんなに緩い手続きなら、この重要な条項は変えられませんね。改正の限界を超えますね」という風に解釈されてしまう可能性が出てきて、新96条の下で行った「９条改正」や「地方自治の制度の改正」は、裁判所から「違憲」と判決を出される可能性があるわけです。
本当に改憲したいなら、96条を捨てようという議論は出てこないはずなのに、その意味がわからずに提案がされている。そこが非常に恐いですね。
須田：「重要事項」の中には、９条改正も間違いなく入ってくるわけですよね？
木村：もちろんそうでしょう。ですから、こういうことを決定するために、特別決議という衆参両院で３分の２の賛成、そして国民の過半数が賛成という手続きが課せられているわけですね。
憲法改正にも限界がある
山本：自民党の改憲草案では、まず、96条に手をつけようとしているわけですよね。現行では、憲法の改正は、衆参両院の３分の２以上の賛成で国会がこれを発議。そして国民に提案してその承認を経なければならないとなっていますが、これを自民党は、衆参両院「３分の２以上」の賛成から「過半数」の賛成にすると草案に明記したと。96条から手をつけた狙いはなんでしょうか？
須田：政治のリアルな現場からしたら、96条だけを議論していても意味がない。あるいは、国民に対して責任を果たしていることにならないのではないか？ もっといえば、議論が深まっていかないんじゃないか？ ということで、“96条改正のその先にあるもの”とワンパッケージで考えていきましょうというのが、今の大きな流れになってますよね。“その先にあるもの”とは、「９条改正」と考えていいでしょう。
先ほどの木村先生の、重要事項の改正権の限界論は、アカデミシャンの世界では非常にポピュラーな考え方として受け止めていいんでしょうか？
木村：憲法改正に限界があるという考えは、恐らく法律家の間で意見が一致していると思います。例えば、天皇主権に戻すとか、議会制を一切廃止してしまうような憲法改正は、96条の手続きを通しても「違憲」だと言われています。
小林：同感です。
大谷：ハードルが下がることで、我々が公民の授業で習った「基本的人権の尊重」や「国民主権」レベルまで手がつけられることを心配する方もいると思うんですが、そうはならない？
木村：そういうことをやっても「改正の限界」を超えるので、法的には無効といわれる。それをもし押し切ったらクーデターと言われる。そういうことですね。
小林：ただ政治家はそういう議論はしないので、手続きがひと通りしかなくなれば、論理的になんでも改正できるはずだとして進めて行くでしょうね。法律家が「それは無効です」といっても体制の不連続。新しい憲法の制定。革命という理屈でいっちゃう。
憲法の大幅改正は歴史から見たら「革命」なんですけど、事実が優先しちゃう。だからこそ、私が今心配しているのは、「力で押し切っても邪道」ということ。言葉を選ばずに言えば、いかがわしい方法だということを、主権者国民に気づいてもらって、それを止めさせなければいけないと思っています。
須田：「明治憲法改正」ということで、戦後の憲法が形作られた経緯がありますけど、これは「改正の限界」には抵触しないんですか？
木村：これは２つの考え方があって、１つ目が「８月革命説」。日本国が天皇主権だったわけですけれども、その天皇陛下がポツダム宣言受諾の段階で、国民主権にすることを連合国に約束をする革命をしたと。その革命に沿って憲法を作ったので、形式的には改正限界を超えているけど、革命が起きているので、日本国憲法は有効だ。これが８月革命説です。
２つ目が、それは革命ではなく、押し付けだったけれど、独立後に改憲をしなかったので、日本国民が追認をした。だから有効だ……という議論です。
大体、どちらかの形で日本国憲法は有効な改正であったとしています。明治憲法の改正限界は超えているけど、有効としていいだろうというのが、法律家の一般的な考え方ですね。
大谷：現在の日本国憲法のテキストは、元々英語で書かれているものを徹夜で訳し、１週間か10日ぐらいで完成したものだという話をよく聞きますが。
木村：そこがまた誤解されているところですが、GHQは英語で書き、その後、日本語に翻訳するプロセスがありますよね。日本語に翻訳した後に、日本国の法律に合うように表現を直したり、日本側から提案して参議院制度をいれてもらったりしているわけです。だから、「GHQの案をそのまま訳して作った憲法だ」というのは誤解ですね。
須田：法律的に９条を適切に改正したいなら、現行の96条のままやるべきというのが一般的な見方ということですね？
木村：当然そうですね。
改憲政党の自民党が憲法論議から逃げてきた
大谷：最近、「ドイツは何回も変えている」という回数の比較を良く耳にします。歴史を振り返っても日本憲法改正は０回。これではあまりなので、ハードルを下げたほうがいいという意見ですが。
木村：ハードルが低さではないんですね。アメリカでは、上下両院の３分の２に加えて、50州のうちの４分の３の承認という手続きが必要。このアメリカと比べた場合、日本のほうが多く改正しているともいえます。というのは、アメリカ合衆国憲法は220年前に作られて以降、27カ条に改正が加えられていますが、100年ぐらい前に明治憲法が出来た日本は、76カ条の全てを直しています。「27カ条」と「76カ条」ですから、比較によっては、アメリカより日本のほうがたくさん改正しているとも考えられます。
ドイツの例がよく挙げられますが、こちらはそもそも憲法改正の回数が多い。ドイツは日本と違って解釈の幅が狭い法律家が多く、日本なら解釈で対応できるようなことも、条文に書いている傾向があります。それから「EUに入る際、憲法をいじらなければいけなかった」、あるいは「ドイツ統一の際にもいじらなければいけなかった」という事情があるので、一概に比較できません。
須田：ドイツでは改正のハードルも３分の２でしたよね。その辺は、日本人の憲法観が影響しているとも考えられませんか？
小林：私はそう思いますよ。アメリカは自分たちで体はって、命かけて、国を作ったじゃないですか。使いこなしていくから、200年余りの間で、30回弱改正した。やっぱり憲法とか政治が自分たちの物になっているんですよね。
日本の場合は、300年も続いた江戸の徳川体制を「現人神」であるところの明治天皇が倒して、その現人神が「皇祖皇宗」というから、代々の天皇が背後霊みたいにいて、臣民に憲法を下げ渡したわけです。憲法自体も神々しい存在だったわけですよね。
その神々しい天皇の下で、おかしな戦争に突入し、負けてポツダム宣言を受諾して、東京に原発を落とされないですんだ。そこで事実上、強烈な指導で憲法を作られたと。現人神が作った憲法を、原発で張り飛ばしたマッカーサー元帥様がくださった。
そして、その直後の情報統制などで国民をマインドコントロールをして、憲法が神々しいものであり続けているんですよ。日本人というのはね。自分たちで変えたこともないですから。そういう心理状況もあると思いますよ。
大谷：昔は「五日市憲法」など民間から草案が出ていたのだと思いますが、それに比べると今は国民側から“草案を作ってみる”とか“議論をしてみる”という機会があまりない気がします。
小林：一番いけないのは、改憲政党といいながら、自民党が憲法論議を避けてきたことですよ。50年余りも政権にいたわけですから、本当に憲法改正がしたかったら、ずっとキャンペーンをすべきだったんです。国民と憲法の間をウンと遠くさせておいて、日本維新の会の橋下さんが何か言ったら、「うまくいけば、３分の２行きそうだ」と途端に動き始めた。
今、96条なら３分の２がまとまる。そして、96条を取っ払って過半数になったら、その後はどんなに分裂しても、自公で過半数を持っていると。これはどう考えても、姿勢として正しくないですよ。
大谷：「議論をすることがタブー」という空気感もあったりするのかなと思います。コメントでも出ていましたけど、去年、東浩紀さんが憲法草案を作って、議論を投げかけたりしましていましたね。
小林：東さんの案はいい。僕はすごく評価しています。ただ、あまりにもお利口過ぎてわかりにくい。それほど憲法がみんなにとって遠いものになっちゃっているんです。自民党が仕掛けなかったのもいけないけども、護憲派が議論に参加せずに、改憲派を潰すという「逃げまわり作戦」で、護憲派と改憲派が同席するという機会がほとんどないんですよ。それは、議論を生産的でないものにして、国民一般にとって憲法論議が縁遠いものになった。両方反省してほしいと思います。
大谷：憲法記念日に行われる集会も、護憲派は護憲派、改憲派は改憲派で、別々に集まって、それぞれ主張をするという形になっていますね。
須田：しかも護憲派には、「９条を墨守してきたからこそ、日本は戦争をしなくて済んだ」というよく分からない持論がありますよね。実際は、戦争に加担しているにもかかわらず。
国連憲章等も含め、自然権としての自衛権は認められているけど、集団的自衛権がどうあるべきなのかを考えて行かなければならない。９条改正の問題を避けてきたのは、現在の国際情勢の中で馴染まなくなってきているんじゃないかと思いますけどね。
改憲のハードルを下げると何が起こるのか
木村：３分の２から過半数に下げることで、改憲案は“過半数の支持を集めるだけでいい内容”になります。だから、今提案されているものより、もっと過激なものになると言われていますが、小林先生は、３分の２を過半数に下げることで、実際どのようなことが起こると考えていますか？
小林：今の制度は、国会内で３分の２を認めさせないといけないから、かなり緻密な議論をする。まだ、まともなものになりうると私は思うんです。ところが半分でいいとなると、もう自公で過半数を握っている。そういう意味では雑というか、ある種の自民党くさいものが堂々と出てくる私は思います。緊張感がなくなるでしょう。
木村：橋下徹さんは、「国民投票をすればいいじゃないか」とおっしゃるわけですけど、「３分の２があったあとの国民投票と、過半数での国民投票は全く性質が違う」。そういうことですか？
小林：そうです。
須田：民主党が圧勝した2009年の選挙の例もあるわけで、過半数となると政権交代ごとに、憲法改正になる可能性もありますね。そういう状況でも、これは憲法だということになるんですか？
小林：悪意のある考え方をすれば、まず２分の１に落とし、好き放題に改憲をしたら、また３分の２にハードルをあげて「俺達が作った憲法を変えさせない」という工夫も可能になります。
木村：そして、２分の１にすることで改正限界を超えたものが増え、せっかくやった改憲が「無効」と言われてしまう危険も増して、国政上混乱が大きくなると思いますね。
民主主義は多数決だけではない
大谷：「国民投票が通りやすくなる＝ポピュリズムに走りやすくなる」という意見もあると思います。
木村：ポピュリズムというか、「国民投票」「住民投票」が取り扱い注意物件というのは、憲法学・政治学の世界では常識です。国民投票や住民投票を与党とか権力者が好きなタイミング行える状況だと、世論調査の情勢を見て「反対が多いけど、今ならいける」と言って出してしまう。
その後に反対派が増えてきても、もう一度国民投票はしないので、それを国民投票の意思として正当化してしまいます。そういうことに使われてしまう危険性も過半数にすると出てきますね。
大谷：コメント欄には、「衆愚政治」とか「ポピュリズムでもいいじゃないか。それが民主主義なんだから」というものもあるんですが、それについてはどう思いますか？
小林：急に民主主義が「多数決民主主義」だけになっちゃっていますが、民主主義には「多数決民主主義」と、「立憲民主主義」の２つあります。「立憲民主主義」は、歴史の曲がり角で国民が深く考えて納得したレベルの規範を立て、それを硬性憲法にすることで、時の物の弾みで変えられないようにして管理をするんです。一時の興奮で政治家がブレないように。それがいけないというんだったら、おかしな話ですよ。
たった15人の、選挙で選ばれてもいない裁判官が国会の多数決で決まった法律を無効にできるんですよ。この制度も否定しなければ、その話は一貫しない。我々の憲法は世界の中でも標準的な憲法で、「立憲民主主義」と「多数決民主主義」のセットで安全にしてるはずなんですよ。なので、立憲民主主義も忘れないで欲しいですよね。
須田：その辺の議論って一般的にはほとんど出てきてないですよね。
木村：それは安倍政権に、憲法学に明るい小林先生のようなブレーンがちゃんとついていないんでしょう。そういうブレーンがいれば、学説や理論面できちんとした説明を伴った提案が出てくるはずなんです。でも、そういう話が全く聞かれないということは、「制憲」あるいは「改憲」を主張する人達が、理論面の検討をせずに提案をしている可能性が高いと思います。
小林：ご指摘の通り、今の政権はマンパワーの不足。だけど、つい最近、自民党の石破茂幹事長とこの問題で30分ほど対談した際、すべてにおいて私とぶつかるところがありませんでした。彼は勉強オタクで、憲法をよく勉強しています。「自民案は単なるたたき台で、これを憲法審査会及び本会議できちんと議論してもらって、直していけばいいじゃないですか。おっしゃることはよくわかりますよ」というトーンでしたね。
安倍政権がいつまで続くかわからないし、あの顔ぶれで党内を抑えきれるとは思わないので、本当にオープンな議論が始まったら、今の硬直姿勢は続けられないと私は思っています。
木村：つまり自民党の中でも、安倍総理のような態度は、かなり強行的だということですか？
小林：そうそう。本気で議論をしたら、あの人達は少数派になると思うんです。
大谷：「憲法改正の限界、司法の部分でブレーキがかかり改正できない」というお話もあったんですけど、「司法は信用できるのか？」というコメントが出ていました。これはいかがでしょうか？
木村：平気で違法なことをやろうという提案は、国民の方がきちんとニュースを見たり情報を集めてくれればわかると思うんですね。この２週間ぐらいで「96条改正はマズイんじゃないか」という空気が国民の間で出てきていて、衆参両院が頼りない状況の中、この問題については、司法部や衆参両院の前に国民が信頼できる面があると思います。
小林：ブレーンをしている財界の勉強会で、改憲に関する意見をまとめる段階に入っているんですが、最後の会合で座長が「96条改正案は、手続きだからいいですね。改正に賛成でパスしましょう」と。僕はビックリして、「待ってください！これはとても大事なことです！憲法が憲法じゃなくなるんですよ！」と、10分ほど大演説をしたんです。すると、「賛成でパス」と言っていた人が、「やっぱりこれは大事な問題だ」と言って、印象としてはその場にいた過半数が「反対」になりました。
改憲派の大新聞の紙面でも、日本一巨大な放送局でも世論調査は、反対派が逆転しました。語ることはムダじゃないなと思うし、世論は決してバカじゃないと楽観している部分もあります。
改憲派は改憲の必要性を説明するべき
須田：国際情勢を考えても、かつてと違い、尖閣諸島が相当な危機に晒され、竹島は実質的に占領されている。こういう状況で、集団的自衛権を含めた憲法９条以降の改正は、喫緊の課題になっていると思うんです。こういう議論をしていると、なかなかそこまでたどり着かないんじゃないかと感じるんですが。
小林：ただ、その問題に関して、政権は「集団的自衛権の解釈変更」とか「日米安保条約の運用」などで、具体的に対処できると思うんですよ。
須田：現行でも大丈夫と？もっともっと96条も含めて丁寧に議論していくべきだと？
小林：９条の改正は待っていられないですが、「日米安保」と「解釈改憲」という手法がある以上、現実はそれでいっちゃうと思います。ただ長期的には、あの訳のわからない、なんでもできちゃう、美しすぎて全く無視される９条を整理したほうがいいというのは、客観的事実だと思いますよ。
木村：96条が先行しているのは、９条の改正案に今ひとつ支持が集まってこない苛立ちの表現だと思うんですね。なぜ９条改正について、こんなに支持が集まってこないのか。その理由は、必要性をうまく説明できていないから。やるなら、９条改正の必要性を訴えて欲しいと思うんです。
小林：そうです。自民党はそれを逃げてきているのがいけない。
木村：「９条改正」と「96条改正」について、法律家でアンケートをとれば、96条改正のほうが反対が多いと思います。それぐらい重要な問題なので、96条に先に手をつけるのは、法律家として非常におかしいと思います。
９条改正はもっと正々堂々と、それこそ３分の２がとれそうな状況で提案すればいいのに、それをしないのは、改正派の自信の無さを表現していると思うんですけど。
小林：そうなんですよね。党内でも憲法改正派は、票にもお金にもならない一部マニアの世界なんですよね。全国から20人しかこないような勉強会を毎月やっていて、そういう勉強会に参加しているのは世襲議員。選挙の心配がない人たちなんですよ。
そういう意味でも党内で“悪趣味な少数派”という扱いを受けて来ていて、彼らは改憲についてきちんと語りかける体験もなく、体験がないから自信もない。ところが、その少数派のプリンスである安倍さんが総理大臣になったから、チャンスとばかり出てきていると思うんですね。まさに論争慣れしていない自民党の悪さが出ちゃっているんですよね。
大谷：選挙で争点にするなら「どこの何条の部分を具体的にどうするか」を掲げてやるべきだと思いますね。
小林：説得すれば、国民はちゃんと理解するだろうに、どうしてそれをやらないのか。これは、護憲派も改憲派も議論で勝てる自信がないのかもしれない。議論しなさいというとサッと引きますからね。ディベート慣れしていない日本人ですよね。
日本の憲法教育の落とし穴
大谷：産経新聞が憲法改正を大きく報じるなどして議論の材料を提供していますが、こういう動きについてどう思いますか？
小林：これまでのイデオロギー論争を超えた、新しい教養溢れる憲法論はいいですが、産経新聞は前提となる憲法観がね。権力者の側から「そんなに権力を疑わないで仲良くしましょう。国民のみなさんも我々に協力してください」というもので、憲法観に違いがあります。とにかく前提となる憲法観が、国が１つの大きな家族で、一種の家族主義的憲法というかね。
大谷：最高裁長官が「憲法改正は国民的議論をすべきだ」と発言したそうですが、日常レベルではどうすればいいのでしょうか？
小林：そこは安倍総理の功労が大きく、憲法改正論議を沸騰させてくれているじゃないですか。
須田：政治の舞台に、安倍総理だけじゃなくて、橋下さんや石原さんみたいな憲法を語るのが好きな人が増えていますよね。ある意味、国民的議論を進めるチャンスとみていいと思います。
大谷：「学校でも教えて」とコメントで出ています。公民では３つの大きな特徴を穴埋め的に覚えさせられるなどがあると思いますが、深くは教わらないですね。
須田：私、学校で憲法を教えてもらった記憶がないんですよ。特に、中学・高校。
木村：法学の学位を持っていらっしゃる小学校や中学校の先生はすごく少ないので、法学部の先生からみると「ちょっと違うな」という教え方にはなっているのかなと思いますね。アメリカでの「アメリカ憲法教育」は、学校の先生がきちんとできているんでしょうか？
小林：アメリカ人は建国の歴史に誇りを持っていますから、その一貫で憲法をきちんと教えます。だけど、日本の戦後憲法議論は、恐らく20年ぐらい前までは、大学教授でアンケートをとると、80数％が護憲派という状態でした。その上、大学は終身雇用で人事がゆっくりと進む中、ほとんどの教授は、後継者に自分と学説的に近い人を選びます。
そういう状況で「９条が大事」と教わり、そう習った中学・高校の社会科の教師はそこしかアクセントをつけて教えられない。だから僕らも日本の学校教育で、憲法感覚なしで育っちゃったんですよね。９条の話はできるけど。
大谷：思想とか政治哲学の部分からつながっていくのが憲法だと思うんですけど、今の学校では、一旦切れてしまって、憲法の３大要素だけの議論になってしまっていますね。
長年議論すらタブーだった
須田：護憲派って戦後長い間、進歩派みたいな捉え方をされていて、そういうムードが既存メディア中心に蔓延していた。これがなかなか議論が進まなかった原因なんじゃないですか？
小林：私は30歳から大学の教師をやっていますが、当時「我々が幸福に暮らすためにこの世があり、国家はサービス機関。サービス機関に対する主権者の命令が憲法なんだ。だから、マニュアルのバージョンアップで、我々の生活をよくしていこうじゃないか」と「改憲」を唱えると、「軍国主義者」とか「お前なんか憲法学者じゃない」と、罵詈雑言を浴びせられました。「改憲」の議論自体がタブーでしたよね。
大谷：木村先生、若い世代の憲法意識はどうですか？
木村：端的に、関心が弱いとは思います。若い方が色々出てきていますが、憲法以前に、法律学とか法学にあまり興味をもっていない。法学では常識なんだけど、そうじゃないなということを言って、法律の世界では解決したような問題をずっと論じていたりします。そういう意味では、憲法よりも、法の支配とか法学に関心を持ってもらうことも重要ですね。
大谷：去年の「違法ダウンロード」の件では、「表現の自由」が話題になりました。自分の生活に関わるところから、少しずつ法との関わりを考える機会はあるのかなと思うんですが。
木村：そうなんですけど、法学や法律は体系的に理解しないといけないものなんですね。ですから、違法ダウンロードだからと、表現の自由だけ勉強しても、憲法をわかるようにはならないですね。体系的に法律を学ぶ価値を、もっとアピールしていかなきゃいけないと思います。
小林：例えば、改憲論者が「憲法を見ていると“権利、権利、権利”で“義務”という単語が少ない」「バランスがとれていない」とか言いますね。だけど、憲法は権力の枠にはめて国民に人権を補償するためのものなので、権利が多くて当たり前。同時に、「総論」と「各論」があって、12条と13条で「全ての人権は乱用してはいけない。全ての人権は、我々の共存共栄の前提を崩しちゃいけません」と書いてあるんです。だから、全ての人権に、乱用しない義務、公共の福祉に伏する義務がセットでかかっている。こんなことは法学者にとってはイロハなんですけども、それをしていない人が憲法論議に入ってくるとごちゃごちゃになっちゃうんですよね。
木村：今の自民党の方々は、そのあたり法律や法学に対して、きちんとしたリテラシーを持っているという感覚はありますか？
小林：私が自民党の勉強会に呼ばれていた頃は、きちっと注意しました。同時に、自民党は一番の高学歴集団で、国会の学閥的に言えば、第一が東大で、第二が早慶という世界。話せばわかるし、彼らの議論には、壁側に官僚が座って忠告して、少しずつフライングをしながら揺り戻していくと。でも、一番大事なのは、こういう公開の場で指摘してあげることだと思います。
「改憲の回数が多い＝良い」は間違い
山本：ユーザーのみなさんからいただいた、質問をご紹介していきたいと思います。
大谷：奈良県の37歳男性から「安倍さんは“憲法を国民の手に取り戻す”とおっしゃいますが、96条の発議要件を緩和すると、逆に第３章の「国民」から権利がはく奪される恐れがあるのではないでしょうか？」
木村：その通りですし、新96条で権利を奪うようなことをしたら、それは改正限界を超えます。
小林：“おためごかし”ですよ。「アナタのため」と言って、アナタから物を奪っていくわけですから。
大谷：続いて、東京都の男性から「硬性憲法が重要で大事なことはなんとなく理解したつもりです。ただ、硬性憲法の他国も60年改憲していない国は無いように思います。これに関連して、過去の内閣や海外などで96条に当たるような改憲要件を変えようとした事例、あるいは変えられた事例はあるのでしょうか？」
小林：私は記憶にありません。
木村：細かく調べてみないと分からないですが、そもそも憲法改正自体が良い事かどうかが問題です。さっきのアメリカとドイツに加え、フランスや韓国も結構変えているんですが、軍事クーデターがあって憲法を改正して、もう一度民主化して憲法を改正してみたいなこともあるので、「改憲の回数が多いから良い」という価値判断はちょっとおかしいと思いますね。
どんな改正をしているのかを細かく見て、見習うべき改正とそうでない改正を判断する。クーデターの回数が少ないのは誇るべきことですから、そういうことも重要なのかと思いますね。
大谷：埼玉県の25歳男性から。「改憲というと主に９条を主張していることが多いが、13条以下の基本的人権の話もしてほしい」。
木村：日本で憲法改正がこれだけ少ないのは、広範囲に合意が取れるような改憲提案が９条も含めて全くされてこなかった。政治家側が広範囲の合意を取るような案を提案できていないからだと思うんですよね。むしろ変えたくないんじゃないかとすら思うような提案の仕方だと思います。
須田：日本人の憲法観や改憲といった時に、「軍国主義じゃないか」とか、タブー視されてきた部分があった。国民の権利の拡充であるにもかかわらず、憲法改正をなかなか言い出せなかったムードがあるんじゃないかと思います。
改憲について、正々堂々語り合うべき
大谷：今回のように96条の改正議論が前面に出てくるというような予感はありましたか？
小林：自民党と30年ぐらい付き合いがあるんですが、その30年前から「この改正要件は重すぎる」という愚痴をずっと聞いてきました。「そんなことありませんよ」「重すぎる！」の繰り返しでしたから、それが前面に出てくるとはびっくりしましたね。
木村：「３分の２」という要件は厳しいですが、ネット選挙の解禁などは、確か全会一致で成立していたと思います。これが憲法なら、改憲ができていたはずで、そういう意味で決して厳しい要件ではない。改憲派の人達が「ちょっと受け入れられない、一部の支持者に訴えかけるような改憲案」を出し、それに対して、それが形骸的に護憲派が益々強固になっていくことで、右と左がそれぞれどんどん固くなっていく。結果として国民が置いて行かれるという状況はあると思います。
須田：最後にとんでもない質問をします。９条改正の必要性が指摘され、９条改正の必要性を指摘する人達の中の多くが、憲法前文の改正も併せて話していますよね。前文改正に踏み込んでしまうと、改正の範囲でおさまるのかという議論も出てきますが、その点はどうでしょうか？
小林：103カ条＋前文で104カ条といっておきましょう。そのうち２箇所に手を入れるだけだから、これはどうみたって改正であって、新憲法の作成ではないと思います。緻密に議論をすればいいんですよ。
木村：議論をすればいいんですよ。96条はそれを規定しているだけです。それを目の敵にするということは「私たちは議論ができません」と言っているようなもんですからね。
須田：早くやらないと国際情勢に取り残されるんじゃないかという危機感もあるんですけどね。
木村：ですから、本当に９条を改正しないと国際情勢に取り残されると国民にしっかりアピールできれば、みんな賛成するはずですよね。そのアピールをやるんだったら、正々堂々やってくださいということだと思います。
― 議論が盛り上がってきたところで、番組恒例のアンケートを実施。「憲法改正は必要か？」という質問に対し、結果はこのようになりました。
・必要・38.5％
・必要ない・20.9％
・必要だが96条を変えるべきではない・40.6％
この結果について、スタジオではこんな話で盛り上がりました。
大谷：メディア各社の世論調査とはまたちょっと違う傾向がでてきていますね。
小林：改憲論者の私としては嬉しい。96条を変えるべきじゃないというのも、私としては嬉しい。
木村：「96条の改正がいかにマズイか」が今日のテーマだったと思うので、そのことは視聴者のみなさんもよくわかってくださったのかなと思いますね。
須田：今日は真面目に締めたいと思いますけども、専門家の話を聴くというのは非常に大事だなと。いかに自分が物事を知らないということがわかったという点でも勉強になりました。
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国民誰しもに関わる問題にも関わらず、実際は私たちから遠い存在になってしまっている「憲法」。メディアでも報道することがタブー視され、学校教育でもきちんと習うことは少ないため、実態がよくわからないという方が多いと思います。今回、安倍政権が起こした改憲論争は、私たちが改めて“憲法”を考える良いきっかけを与えてくれました。安倍総理が進める96条改正、そして９条改正の是非は、国民一人一人が考える問題。私たちが憲法について論じ合うことが重要なのかもしれません。これから夏の参院選に向けて、より激しくなる改憲論争。そして、近い将来やってくるかもしれない国民投票で芯の通った１票を投じられるよう、憲法について深く考え、語り合っていきましょう。
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