子どもの発達障害が増えているのは、日本だけではありません。その背景の1つとして筆者が指摘するのが、デジタルスクリーンの影響です(写真:prathanchorruangsak / PIXTA)

今、日本で子どもの発達障害の診断数が増えています。この傾向は、米国をはじめとした先進諸国でも同様です。子どもの発達障害をはじめ多くの精神疾患を診てきた米国の精神科医、ダンクリー博士は、その背景としてデジタルデバイスの存在に警鐘を鳴らしています。

200以上の精神医学・心理学の文献と数百名の子どもの臨床事例から、デジタル機器への子どもの脳への深刻な影響とその回復方法をまとめた『子どものデジタル脳 完全回復プログラム』から一部を抜粋・再構成してお届けします。

第1回:「集中力が「金魚レベル」になるスマホ漬けの脅威」(5月12日配信)

数か月前、職場の廊下ですれ違った同僚に引き留められた。彼女は切実な様子で、「ちょっと話があるんだけど」と言って、私の返事を待たずに、8歳の息子が抱えている問題を次々と話し始めた。

8歳の男の子に起こった異変

彼女の息子ライアンは、この1年で、徐々に落ち込んだり、イライラしたり、孤立したりするようになっていた。ささいなことで泣いたり落ち込んだりしてしまうことが、日常茶飯事になっているという。ライアンは友だちと一緒にいる時間が減り、自分の部屋にこもって、何時間もひとりで自分のスマートフォン(スマホ)でゲームをしていることが多くなった。学校ではほとんどすべての科目で落第点を取り、教師は、彼の注意力の散漫さと整理整頓のできなさに不満を抱いていた。

ライアンは半年にわたって、2人の児童精神科医と3人のセラピストによる診断と治療を受けていた。最初は「ADD(注意欠陥障害 )」と診断され、次に「高機能自閉症」、最後に「双極性障害」と診断された。4回目の投薬治療を受けていたが、同僚はどの治療法も息子を悪化させるだけだと感じていた。

「どうしたらいいのか、わからないの」と同僚は顔をしかめた。「何かを見落としているような気がするの。投薬について、あなたの意見を聞きたくて」

薬の問題はさておき、私はライアンのような「問題」を抱えた子どもたちを毎日見ていることを伝え、「デジタル機器のスクリーンが、脳と神経系を過剰に刺激すること」「特に子どもへの影響が大きいこと」を説明した。

そして、これ以上何かを変える前に、一見過激でシンプルなことを試してみてはどうかとアドバイスした。ゲームと携帯できる電子機器とパソコン、スマホを、すべてライアンの手元から3週間撤去する。つまり、ライアンに「デジタルデトックス」をしてもらうのだ。

話し込むうちに、彼女は説明に納得した。ライアンが初めて「スマート」と名の付く携帯電話を手にしたのは前の年で、その後ほどなく悩みが始まったからだ。何とか改善したいと思い、すぐに私が提示したプランを実行した。

4週間後、彼女は私を訪ねてきて、「ライアンは、ずっと、ずっと、よくなったわ」と興奮気味に報告してくれた。彼女の顔、身体、それに話し方までもが、リラックスしているように見えた。

彼女は引き続きデジタル機器の使用を控えさせ、6か月後にはライアンはすべての薬がいらなくなった。成績は上がり、再び友だちと一緒に外で遊べるようになったという。「息子は自分を取り戻したの」と、彼女は誇らしげに話してくれた。

なぜライアンは、評判のよい専門家たちに誤診されたのだろうか? そのうちの2人は、ロサンゼルスの主要学術機関の教員である。また、なぜ彼は多くの薬を飲まされたのに、それらの薬はひとつも役に立たなかったのか?

残念ながら、ライアンが経験したことは、現代では決してめずらしくない。その理由を探る前に、小児期の精神疾患の新たな傾向について考えてみよう。

激増する子どもの発達障害の診断

1994年から2003年までのわずか10年間で子どもの双極性障害の診断数が40倍に増加している。ADHD(注意欠陥多動性障害)、ASD(自閉症スペクトラム障害)、チック障害などの小児精神疾患も増加している。2002年から2005年にかけて、たった3年でADHDの薬の処方は40%増加した。

現在、子どもの障害申請理由の第1位は精神疾患であり、2012年に申請された全請求の半分を占めているが、20年前にはわずか5〜6%にすぎなかった。

こういった子どもの心理社会的・神経発達的問題の増加は、日常生活でデジタルスクリーンにさらされる機会の増加と緊密に関連している。子どもたちは、家庭や学校でかつてないほどスクリーンを見る時間が増えているだけではなく、さらに幼い年齢層からスクリーンにさらされるようになった。

現在、2歳から6歳の子どもたちは、1日に2時間から4時間をスクリーンの前で過ごしている――この時期は、正常な成長のために健康的な遊びを十分に行うことが重要な時期である。そして、学習や発達に関する長期的なデータが存在しないにもかかわらず、幼稚園を含む幼児教育でコンピュータを使ったトレーニングは一般的になっている。

また2010年、健康問題の調査を多数行っているカイザーファミリー財団が行った大規模な調査によると、8歳から18歳の子どもたちは現在、1日平均約7時間半をスクリーンの前で過ごしている――わずか5年前と比べて20%も増加しているのだ。

スクリーンタイム増加の原因のほとんどは、スマホやモバイル機器によるものだ。これらのデバイスは、目や身体に近いところで使用されるため、複合的な毒性があるのだが、1日のうちに使われる回数が増え、以前は会話を楽しんでいたとき、たとえば車に乗っているときや皆で外食をしているときなどにも使用されるようになった。2005年から2009年にかけて、子どもの携帯電話の所有率は約2倍に増加し、10歳児の約3分の1が自分の携帯電話を持っている。

2014年にはアメリカの10代の3分の2がスマホを持ち、7割がiPadやタブレットなどのインターネット接続機器を持っている。2010年にニールセン社が発表したレポートによると、米国の10代の若者は、月に4000回以上、1日に約130回メールを送っているという。

多くの親は、デジタル機器をいじることが子どもの行動や気分に好ましくない影響を与えることを直感的に感じていながら、どうしたらいいのかわからない。また、家庭でも学校でも、電子機器があまりにも普及しているため、手に負えないように感じてしまうのだ。

「脳がショート」する

ひとことで言えば、子どもたちは、ストレスを受けたときに感情的な反応や覚醒レベルを調整することができない「調節不全(dysregulated)」に陥っているのである。2013年には、「重篤気分調節症(DMDD)」という新しい診断名が発表され、話題となった。これを発表したのは『精神疾患の診断・統計マニュアル』の第5版(DSM︲5)である。慢性的なイライラ、集中力の低下、怒りで感情を抑制できない、激しい反抗的行動などの症状を持つ子どもが、気がかりなほど増えている。そういった子どもが、双極性障害やその他の疾患と誤診され、抗精神病薬を処方されているのではないか。

しかし、この調節不全を特徴とする「障害」が、謎の新種の疫病ではなく、環境に起因するものだとしたら? 感情の調整不全は、電子機器のスクリーンを見続けることで、脳がショートしてしまうという副産物に過ぎないのではないだろうか? もしそのようなスクリーン機器を体系的に取り除くことで、すぐに症状が改善されるとしたら?

私がデジタルスクリーンの悪影響に気づいたのは、2000年代初頭に、特に敏感な(心的外傷を伴う精神疾患を抱えた)子どもを担当していたときだった。そのなかには、グループホームに住んでいる子、里親に預けられている子、新しい家族に養子に出された子もいた。現在の状況がどうであれ、トラウマを抱えた子どもは、多くの症状が現れやすいことが共通していた。

トラウマを持つ子がストレスを感知すると、「一触即発」の状態に陥り、小さな身体が常に「戦うか逃げるか」の状態になる。この状態の特徴には、「感情的に反応する」「指示に従うのが難しい」「ちょっとした不満でキレてしまう」「すぐに興奮してしまう」などがある。

このような敏感な子どもたちを何か月も何年も定期的に観察しているうちに、私が発見したのは、ゲームの時間がたとえ「わずかな量」であっても、この「戦うか逃げるか」反応を引き起こすことだった。これは、治療で和らげようとしたり、薬で鈍らせようとしていたのと同じ反応である。

そこで私は、保護者やグループホームのスタッフに、子どもたちにゲームを一切させないようにアドバイスするようになった。

「なぜ不利な状況にある子たちの楽しみを奪うようなことをするんです?」と、私のアドバイスはしばしば抵抗を受けたが、この介入に従ってもらうと、多くの深刻な症状が急速に軽減された。興味深いのは、子どもたちがすぐにゲームのことをたずねなくなり、自然と健康的な活動に目を向けるようになったことだ。

ゲームに敏感な反応を示すのは、チックやトゥレット症候群の子どもも同様だった。このような子どもたちは、脳の過活動領域が、本人の意思とは無関係に異常な運動を引き起こしていた。

ゲームが引き起こす「戦うか逃げるか」反応

精神に問題を抱える子どもにとっては、ゲームをすることで脳と身体を過剰に働かせ、神経症状や精神的な症状を悪化させているようだった。最初はゲームを中心に観察していたが、時間が経つにつれ、「戦うか逃げるか」反応が、ノートパソコンやスマホなど他のスクリーン機器でも起こることがわかってきた。最終的には、これらの影響が重度の精神障害を持つ子どもたちだけでなく、ADHDの症状を持つ子どもたちにも見られることがわかった。

そして、診断を受けていない「健康に発達している(定型発達の)子ども」であっても、それほど極端ではないにせよ、重篤な症状が出る可能性があると気がついたのだ。――つまり、感受性の高い子どもや精神疾患を持つ子どもだけではなく、どんな子どもにも悪影響を与える可能性があるということだ。

ここに重要な関係があると確信した私は、ゲームの制限をより広く、より厳密に行うようになった。すると、驚くべき結果が得られた。本当にゲームに「依存」している子どもは少数派かもしれないが、大多数の子どもたちは、ゲームをするとアンフェタミン(覚醒剤の一種)にさらされたときとよく似た症状が現れ、それは完全にゲームをやめても、数日から数週間しないと消失しないのだ。

私は、「デジタルデトックス」と呼ぶことにした介入の前後に起こったことを観察した。成績や宿題の達成度などの客観的な指標を追跡し、そして親がやむなくスクリーンを「再導入」したときに何が起こるかを見守った。デジタルデトックスをする価値があることを親に納得してもらうためには何が必要か、やり方についてどのような不安があるか、私の伝え方がどのような効果をもたらすのかに注視した。そして気づいたのは、スクリーンを見なければ見ないほど、子どもたちの成長が飛躍的に伸びることだった。

幼少期にスクリーンに接していることが、言語や読み書きの遅れと関連しているという事実を踏まえれば、脳が耐えられるようになるまでスクリーンに触れさせないことは、重要かつ長期的なメリットがあると考えられる。テクノロジーの導入を遅らせることが賢明だと考えるのは、私だけではない。

たとえば、自然な教育方法で有名なウォルドルフスクールのような一流の私立学校では、6年生になるまでコンピュータトレーニングを導入していない。

アップルCEOは子どもからデジタルを遠ざけた

興味深いことに、シリコンバレーのハイテク企業のCEOや幹部の多くは、わが子については、ウォルドルフスクールをはじめとするローテクの「自然教育」を好んでいるのだ。

スティーブ・ジョブズは、自分の子どもがデジタル機器に触れることを厳しく制限したと言われており、他の多くの企業幹部や裕福なベンチャーキャピタリストも同様である。

テクノロジーや金融の世界でトップに立つ人たちが、最高のリソースを手に入れることができる立場にあるにもかかわらず、わが子にテクノロジーを導入するのを遅らせたいと考えているとしたら、それはいったい何を意味するのだろうか?


わが子が「取り残される」心配をしている人に、忘れないでほしいことがある。それは「害を与えないのが最優先」ということ。

デジタル機器に触れることが成長期の脳に与えるリスクと、わが子がテクノロジーの進歩に遅れを取っていないという安心感とを、慎重に比べる必要がある。「みんなに遅れを取らない」ことは、どこまで重要だろうか?
断言しよう。

「取り残される」のは、「集中力のない子ども」である。

(ヴィクトリア・L・ダンクリー : 精神科医・医学博士)