「楽天モバイルのiPhone着信問題」大手メディアがスルーし、楽天も謝らなかった"本当の理由"
■総務省が原因究明と解消を求めた
先日公開した<「楽天モバイルのiPhoneで着信ができない」なぜ楽天モバイルはそれでも販売を続けるのか>という記事に大きな反響が寄せられています。12月15日に記事を公開した直後からわたしのところにも何件もメールが送られてきたのですが、送り主は長らくこの障害で困っていた人たちで、「よく書いてくれた」という励ましの内容でした。
12月17日には産経新聞がこの問題について「総務省が早期の原因究明と解消を求めた」と報道しています(産経新聞「楽天モバイル、iPhone利用者に不具合 総務省が原因究明を要請」)。ようやくこの問題について、マスメディアの一角が報道を始めたわけです。21日には、楽天モバイルも「iPhoneをご利用の際に着信に失敗する事象について」として、お知らせを発表しました。
この記事から読み始めた方のために、問題を簡単にまとめると、こういう話です。今年7月以降、楽天モバイルでiPhoneを購入した人の一部に、他社回線から着信しないという障害が起きています。やっかいなことに着信履歴が残らないため、障害が起きている人は自分に電話がかかってきたことに気づけません。そのため、障害が起きていることに気づいていない人が多数いると推測できます。
■記事をめぐって抱いた「4つの違和感」
この障害はランダムに起きているのですが、たまたま私が契約したiPhoneでこの症状が発生したため当事者の立場での取材ができました。障害を受けつけるコンタクトセンターでは「非常に多くの人に同じ障害が起きていて原因解明中」と言います。それなら「なぜ楽天モバイルはそれでも販売を続けるのか」と問題を投げかけたのが、前回の記事でした。
総務省が動いた後、ようやく楽天モバイルは21日、販売ページのトップページに「重要なお知らせ」としてこの事象を掲載するようになりましたが、販売自体は変わらずに今日も続いています。
さて実はこの記事の掲載と反応を巡って、私は4つの違和感を抱いてきました。今回の記事ではその違和感の正体について解説したいと思います。
1.楽天への違和感
ネット記事というものは鮮度が重要で、普通は記事を書いてから長くても48時間以内に公開するものです。ところが今回の記事に限り、編集部と話し合って2週間待つことにしました。楽天モバイルの広報に質問を送り、回答を待っていたためです。
実はその際に、「もし楽天モバイルが事実の公開に動いたらこの記事はボツですね」と編集部と確認していました。「なぜ楽天は情報を販売ページで告知せずにiPhoneを売り続けているのか?」と投げかける記事なので、楽天モバイルがメディアに向けて障害状況を報告して消費者に注意喚起をすれば、記事を発表する意義はなくなるのです。
■米国の大手IT企業は「謝らない」
結局のところ、2週間待って楽天モバイルの広報から来た返事は、ほぼほぼゼロ回答でした。どれだけの件数の障害が起きているのかは公表できない。障害と販売は関係ないと考えている。これが回答でした。一般的に企業の不祥事が発覚したときの表のマニュアルでは、即座に事実を公表して会見を開くこととされています。そうなったら私の記事は外に出ませんでした。
一方で私も経営コンサルタントなので、裏のマニュアルも知っています。私の場合、楽天モバイルのCMに出演している米倉涼子さんは元事務所の先輩ですし、文化人としての現在の所属事務所の社長は楽天出身です。つまり私を身動きできなくする方法はそれなりに存在します。でも楽天の広報は表と裏、どちらも動かなかった。これが第1の違和感です。その正体は何でしょう?
楽天モバイルのライバルのNTTグループはよく謝罪会見をします。わたしたちはそういった企業姿勢が当たり前だと思っていますが、グローバルには実はそうでもない。たとえばGAFA、つまりグーグル、アマゾン、メタ(旧フェイスブック)、アップルといったアメリカのIT企業大手は絶対と言っていいぐらい謝らない傾向があります。
■楽天は「もっと大きな問題」と戦っているのではないか
個人情報や納税回避など、かなりきわどいことをやっては裁判を抱え、EUやアメリカ政府とさえ交戦状態に入っているのが彼らの日常であって、日本風の謝罪会見など彼らの眼中にはありません。
その彼らの習性を理解するには、グーグルの「自分たちは世界政府を作る」という創業時の価値観を思い出すといいと思います。今の世の中のルールや制度のほうが間違っているのでそれと戦うのが会社の使命なのだというカルチャーです。
実は私は楽天という企業はどうしようもない失敗をすると感じることもある反面、憎めない企業だとも思っています。創業者の三木谷浩史CEOが過去30年近く頻繁にシリコンバレーに飛んでGAFAの遺伝子を受け継ごうとしている。楽天も社会を変えようと戦っている。だとしたらこの問題で、これまで楽天が謝罪も公表もなぜしなかったという違和感の正体は、「もっと大きな問題と戦っているからだ」ということかもしれません。
■大手新聞社が積極的に報じないのはなぜか
2.メディアへの違和感
今回私がこの事件を知ったのは自分が当事者となった11月下旬でした。調べてみるとネット上では結構有名だったこの事件、今回産経新聞が報道するまでは大手メディアの記事では一切見かけませんでした。そして今でもほとんど報道されていない状況には変わりありません。なぜか? というのが第2の違和感です。
日本の大新聞はタブーを扱わないという傾向があります。簡単に結論をいえば、大量の広告を提供する楽天モバイルはそのタブーに入っているのでしょう。そう推察できる根拠をお話ししたいと思います。
日本の大新聞はセクションに分かれていますが、中でも政治部の記者は知っていることに事欠きません。1974年に有名な立花隆さんによる「田中角栄研究」という記事が文藝春秋に発表され、田中内閣退陣のきっかけとなりました。
世間的に大きな反響を呼んだこの記事に対して、大新聞の政治部の有力記者が「あんなことはオレたちはもっと前から全部知っていたよ」と偉そうに話していたというエピソードがあります。政治部の記者が知っていることを書かないのは、政治家の懐に深く入るのが彼らの仕事だからです。有力官僚が賭け麻雀で退任した事件がありましたが、そのときの麻雀相手も政治部記者でした。新聞社は本当は記事以上の情報をたくさん知っています。
ただ自浄能力として社会部の記者は事件を書きます。これが、私たちが知っているタブーを扱う際の新聞社の作法でした。ところがこの10年ほどの間に、記事を掲載しない判断は組織のより上の方で決められるように変わったといいます。新聞が沈みゆく業界で、生き延びるためのお金が重要になってきていると聞けば、このメカニズムも理解できるでしょう。ますます日本の新聞社は書けない記事を増やしていることが第2の違和感の正体だと思います。
■続報の際に、ある記事が紹介されていた
3.インフルエンサーへの違和感
私の記事はヤフーニュースでもピックアップしていただきました。そこまでは嬉しいことなのですが、その後、総務省が動き出したことを伝える報道機関の記事のタイトルをクリックすると、「ココがポイント」というアイコンとともに別のITジャーナリストの方の記事が、この事件の概要を紹介する記事として登場するようになりました。ヤフー個人に掲載された「楽天モバイルでiPhoneに着信しない問題とは? なにが起きているのか」という記事です。
あらかじめ申し上げておけば、2番目の違和感と同じ原因で、ヤフーにとっても楽天モバイルは広告の上得意客です。ビジネスでメディアをやっている以上、広告スポンサーへの忖度(そんたく)が働くのは当たり前だとビジネス専門家の私は考えるので、そこにはこれ以上の違和感はもちません。
■論点が違う記事が「おすすめ」されていた
ただ第3の違和感は、そのITジャーナリストの記事がこのように紹介されることで、問題の論点をすり替える効果を持ってしまっている点です。この方は、自分の端末で100回以上やってみたけどすべて正常に動いたといいます。それはそうでしょう。一部の利用者に障害が起きているのがこの事件の特徴ですから。
ところがそれに続いて、独自研究でこれに「近い状況を疑似的に作ることができます」として、自分のiPhoneとは別のアンドロイド携帯にRakuten Linkを入れてログインするとアンドロイド携帯の方に着信してしまう現象を紹介しています。Rakuten Linkアプリを入れたiPhoneをログアウトせずにアンインストールすると受信しなくなるという話も書かれていますが、どちらも今回の現象とは全然違う問題です。
今起きている事件はそうではなく、新規のiPhoneを楽天で契約した人の一部に初日から着信障害が起きている話であり、それがあらゆる手を試しても直らないという障害です。記事で書かれたような、ユーザーが通常は行わない操作をして起きるミスの話が社会問題になっているわけではないのです。
■現象面では正しい内容だが、紹介のされ方に問題がある
この第3の違和感の正体はネット上のフェイクとニアフェイクの境界線問題です。インフルエンサーであるこのITジャーナリストの方は現象面では正しい記事を書いているので、それ自体は別に問題はありません。ただ「ココがポイント」として、この方の記事を事件解説の記事として紹介することで、読者が事件を誤認してしまうという別の問題がおきます。
フェイクニュースが問題になって排除されつつある昨今、あからさまなフェイクではないけれども、やはり読者を誤認させるニアフェイクはこれから増えていくと思います。事件をインフルエンサーたちがどう広めていくのか自体が、新しい社会問題になるということがこの3番目の違和感の正体だと思います。
■もはや事態解決の能力を持たない総務省
4.総務省への違和感
冒頭で紹介したようにこの事件、発生から6カ月たってようやく総務省が重い腰を上げる事態になりました。総務省が原因究明を要請したことで事態は動くのでしょうか。ここに私は4番目の違和感を抱きました。
直近で起きたよく似た別の事件の話をします。リニア新幹線の静岡県内の工区の建設が進まないことに対して、国土交通省がJR東海に地元の懸念を払しょくするように指導するという報道の話です。
この話、もともとは新東名などのトンネル工事で大井川の水量が大幅に減ったという国土交通省がらみの大問題が発端です。中央新幹線の工事でさらに状況が悪化したら困るという地元と工事を進めたいJR東海の間での対立が広がり、両者の膠着(こうちゃく)状態が続いています。
事態については静岡県側に道理の分がある一方で、一滴残らず水が変わらないように工事しろという難題を知事がJR東海側に突きつければ、事態が膠着するのも仕方ないでしょう。
そこを話し合えと指導するあたり、国土交通省がもはや解決者としての能力を持たないことを露呈したような話だと私は思います。
楽天モバイルの問題も同じで、総務省に報告しても、楽天側の仕事がかなり増えるだけで総務省が問題解決できる話ではありません。ここが違和感の正体だと私は思います。要するに日本の官僚の能力低下こそが問題であり、世の中の問題が複雑化、難題化すればするほど行政の無能化が進んでいくのです。
■現代社会の複雑さを象徴している事件だ
みずほ銀行の最近の障害連発事件を見ても同じことを感じますが、社会の変化や進化とともに、頭取ではマネジメントできない技術的な問題が企業の根幹を脅かす時代がやってきたわけです。ところが監督官庁にもそれを解決する力はない。ただただ呼びつけ、報告させ、しかりつけて最後は頭取の頭をすげかえることが起きている。これが4番目の違和感の正体だと思います。
今回の違和感の話をまとめてみましょう。事件が起きているにもかかわらずそんな事件など起きていない体の報道を続けている大手メディア、善意で論点のすり替えに加担するインフルエンサー、仕方なく動いて報告を求める官庁、どれも今流行の動きであり、かつビジネスという視点でみれば、当然そうなるだろう現象が起きているだけだと言える話です。
そのように達観すればこの事件、「直らないものは直らない。いいサービスも提供しているんだから文句をいうな」ぐらいに本家本元が開き直っているのだと考えたら、こてこてに塗布されまくった世の中の欺瞞(ぎまん)がすべて剥がれて、すっきりした気持ちを感じることができるのかもしれません。かくも現代社会は複雑なのです。
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鈴木 貴博(すずき・たかひろ)
経営コンサルタント
1962年生まれ、愛知県出身。東京大卒。ボストン コンサルティング グループなどを経て、2003年に百年コンサルティングを創業。著書に『日本経済 予言の書 2020年代、不安な未来の読み解き方』など。
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(経営コンサルタント 鈴木 貴博)