高校生バイクやクルマから遠ざける「3ない運動」。40年前の全国運動の影響が、いまも根強く教育現場に残ります。この状況に危機感を覚え、痛烈に批判した自治体トップの言葉から、現代の社会問題が浮き彫りになりました。

免許を取らせないことが「本当に正しい教育なのか」

 生徒指導の大きな柱とされる「3ない運動」。これは「取らせない」「乗せない」「与えない」の3つの「ない」が由来となっています。生徒の生活からバイクや乗用車の免許や運転を切り離すことで命を守る、という指導方針でした。
 
 1982(昭和57)年に全国運動が開始され約40年。決議採択が取りやめとなった現在では、3ない運動を意識する人はほとんどいませんが、一部の教育現場では今も根強く残る指導方針で、免許を取得することで指導の対象となることは珍しくありません。この実質的な見直しを求める声が、地域の活力維持に奮闘する自治体の首長から提起されました。なぜ今、変える必要があるのでしょうか。


菊地伊豆市長も参加した高校生主催のEVバイク体験ツーリング(中島みなみ撮影)。

 静岡県伊豆市の菊地 豊市長が2021年9月の定例会見で、3ない運動について、次のように話しました。

「私の息子は野球で進学した。早くに決まって、大学では練習場まで遠いから入学までにバイクの免許を取れと言われたのですが、高校が認めないわけです。それで、市長の息子でしたが、学校のルール違反を(息子に)命令するしかなかったわけです。(現状と)合わないですよね」

 3ない運動は、バイクや原付(原動機付自転車)がブームになった1980年代の社会情勢が背景にあります。当初はバイクを禁止する生徒指導でしたが、拡大解釈が進み、普通免許を含む自動車免許全体を対象に指導が及ぶようになりました。

 菊地氏は自衛官として、在ドイツ日本大使館付防衛駐在官や内閣情報調査室衛星情報センター主任分析官などを歴任したのち退官し、2008(平成20)年から出身地の伊豆市で市長を務めています。現在は4期目の63歳。新型コロナ対策でも静岡県への積極的な働きかけを行う「もの言う市長」を自認する論客です。「市長としてどこまで踏み込んでいいのか」と前置きしつつも、3ない運動への疑問を、率直に話します。

高校生に(自動車)免許を取ることを禁止しているが、高校卒業で全員が進学するわけではない。進学したって免許が必要な状況がある。果たして四輪車とか二輪車が危ないから、取らせない、教えないで、これが本当に正しい教育なのだろうかと」

進む過疎、細る「足」 運転から遠ざけるだけでいいのか?

 3ない運動が全国的なうねりとなってから約40年が経ち、「運動」という名前は消えても、前出の通り免許を取得させないという指導方針は、教育現場に強く残っています。菊地氏は言います。

「昔のようにきつい3ない運動にはなってないと聞くが、いつまでも『泳げるようになるまで海に行ってはダメ』という教育がどこまでいいのか。これは教育の問題なので、私はこれ以上踏み込めないが、社会的な課題として感じている」

 なぜ菊地氏は今、高校生の免許取得を「課題」と捉えているのでしょうか。背景には、歯止めのかからない地域の過疎化に対する自治体の焦りがあります。


会見で語る菊地伊豆市長(中島みなみ撮影)。

 利用者の激減で公共交通が維持できない状況に陥りつつあることは、全国的な傾向です。高齢化と過疎の加速する地域では、さらに深刻。免許返納などで運転できない住民を、住民相互の自助で支える取り組みを進めなければならないほど差し迫っています。そうしたなかでクルマがないと生活できない地域の若者は結局、クルマがなくても生活できる都市へと移っていきます。

 10月3日、菊地氏は地域の高校生と保護者が修善寺町で開催したEVバイクのイベントに出席。その会場でも、こう話しました。

「現実問題として、大人になったらクルマは絶対に必要になる。社会人になる勉強のひとつです。禁止しても仕方がない。しかし、高校の立場で(運転教育の)責任はとれない。それを社会が支える仕組みが必要。どこかで作らなければならない」

 そして、伊豆市の現状を重ねて、こう訴えます。

「我々は若者に対して、公共交通機関がないところで就職してくれって頼んでいるわけです。仕組みを作ってやる必要があるよ」

 運転から遠ざけるだけでは解決しない高校生の運転教育。この課題を避けて通ることができない段階にきています。