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市民や元警察官が襲撃された4事件で殺人などの罪に問われた特定危険指定暴力団「工藤会」のトップとされる野村悟被告人とナンバー2とされる田上不美夫被告人に対し、福岡地裁(足立勉裁判長)は8月24日、野村被告人には求刑通り死刑を、田上被告人には無期懲役(求刑:無期懲役、罰金2000万円)を言い渡した。野村被告人は25日、判決を不服として控訴したという。

罰金部分以外は求刑どおりの判決となったが、主文が言い渡された後、退廷する前にひと騒動あった。

報道によると、主文が言い渡された後、退廷する前に、野村被告人は「公正な判断をお願いしたんだけど。あんた、生涯この事後悔するよ」などと、足立裁判長に向かって発言したという。また、田上被告人も「ひどいな、あんた、足立さん」などと述べたようだ。

これら発言は、単に裁判所の判断を非難したものにすぎないのかもしれない。もっとも、指定暴力団の中でも特に市民の生命・身体に重大な危害を加えるおそれがあるとされる特定危険指定暴力団のトップ・ナンバー2とされる者の発言だ。何らかの報復を示唆する意味が含まれているようにもとれそうだ。

実際に、今回の発言を受けて、福岡県警が担当の裁判官や公判に出廷した証人らの保護対策を徹底する方針とも報じられている。

裁判長に向けた今回の発言は、脅迫にはならないのだろうか。神尾尊礼弁護士に聞いた。

●脅迫罪は元来「境界が不明確な犯罪」

--今回の発言は脅迫に当たりうるのでしょうか。

結論からいうと、脅迫罪が成立する可能性自体はありますが、現状得られる情報からはその可能性は高くないと私は考えます。

組織的な犯罪の場合、裁判所の有罪認定のハードルが低くなる傾向にあると感じることがあります。ただ、私は、法律家として有罪か無罪かは慎重に検討すべきであり、(本来当然のことではありますが)犯罪でない可能性があれば犯罪ではないと判断すべきと考えています。

--脅迫に当たるかどうかはどのように判断されるのでしょうか。

脅迫罪というのは、元来境界が不明確な犯罪です。窃盗罪ならば「確かに目の前のものがなくなった」という確固たる状況(結果)があるわけですが、脅迫罪はそうではありません。

脅迫というのは、一般人が怖いと思うほどの害悪を伝えることです。同じような行動をとったとしても、それが怖いと思うかは状況によって違うはずです。昼間親友から言われるのと、深夜見知らぬ人から言われるのでは、同じ言葉でも受け止め方が違うからです。

そこで、脅迫に当たるかどうかは、告知の内容、相手の立場や年齢、周囲の状況などを総合的に考えて決めていくことになります。

なお、今回のケースでは第三者による害悪という論点もあります。これは組織内の立場の議論に帰着されるところ、裁判でも争点になっているようです。報道からは詳細が必ずしも明確ではないので、ここでは「組員をコントロールできる立場にあった」ことを前提に、以下検討していきたいと思います。

●「発言前後の文脈、声の大きさやトーン」などで判断変わりうる

具体的にどのような発言があったのか、みていきます。

たとえば共同通信は、「公正な判断をお願いしたんだけど」「あんた、生涯後悔するぞ」と報道しています。これだけをみるとお礼参りを示唆したようにも読めます(途中でカギカッコが途切れているのが気になるところではあります)。

他方、時事通信は、「公正な判断をお願いしたけどね、全然公正じゃない。生涯後悔するよ」と報道しています。

また、FNNプライムオンラインでは、「公正な裁判をお願いしたのに全然公正やないね。全部推認、推認、推認。こんな裁判があるか!あんた生涯、この事後悔するよ」と報道しています。

これらをみると、推認のみから導いたという判断プロセスこそ非難しているようであり、裁判官の汚点として後悔することになるという意味合いにみえます。

また、あらためて「生涯」後悔するという言い方をよく考えると、危害を加える相手には言わない発言ともとれます。「生涯」後悔するというのは、長く生きて後悔するというニュアンスが含まれていることが多いように思えるからです。

「家族に危害を加えるからあなたは一生後悔しろ」と読み込むことは考えられますが、刑事事件においてそこまで拡大して解釈してよいか疑問が残ります。

そうすると、いわゆる「お礼参り」(報復行為)とは関係がないことになっていきます。

--現場での発言のニュアンスなどが重要ということでしょうか。

報道でわかるのはカギカッコの中だけなので、前後の文脈や立ち位置、声の大きさやトーンなどがもっと判明してくれば判断が変わりますし、有罪に傾くこともあるかと思います。

ただ、少なくとも上記報道ベースからみれば、脅迫罪における害悪の告知とは言い切れない可能性があります。

適切な表現とは思わないですが、刑事事件という範疇でみるのであれば、「合理的な疑いが残れば無罪」の原則どおり脅迫罪という犯罪までは成立しないのではないか、少なくとも確実に犯罪が成立するとは言い切れないのではないか、と考えます。

ナンバー2の発言についてはもっと脅迫罪からは遠く、「ひどいなあんた」などだけでは害悪の告知に通常当たらないと考えます。

●警備体制の強化は、犯罪の成否にかかわらず必要

結論として、先のとおり有罪認定のハードルが低いので、起訴されれば簡単に有罪になりそうではありますが、原則からみていったら犯罪は成立しないと判断すべきではないかと考えます。

なお、あくまで「この発言が犯罪なのか」というレベルでの検討ですので、裁判官等に危害が加わらないよう、万一に備えて警備体制を強化するのは別次元の話ですし、必要なことだろうと思います。

--仮に脅迫罪で起訴されることになった場合、今回判決のあった事件を含め、どのように審理されていくのでしょうか。

今回の事件とは当初別々に審理されますが、確定まで時間がかかるはずなので、最終的には併合されて審理されていくと思われます。

その場合、仮に双方有罪となると、懲役刑は死刑(や無期懲役)に吸収され、死刑(や無期懲役)のみが科されることになります。

【取材協力弁護士】
神尾 尊礼(かみお・たかひろ)弁護士
東京大学法学部・法科大学院卒。2007年弁護士登録。埼玉弁護士会。刑事事件から家事事件、一般民事事件や企業法務まで幅広く担当し、「何かあったら何でもとりあえず相談できる」弁護士を目指している。
事務所名:弁護士法人ルミナス法律事務所
事務所URL:https://www.sainomachi-lo.com