●完全ワイヤレスイヤホン、どう選んでる?

スマートフォンユーザーの必携アイテムといえば「イヤホン」。イヤホンジャックを搭載しないスマートフォンが増える現在、ユーザーに求められているのはBluetooth接続タイプ、それも左右ユニット間をつなぐケーブルすら必要ない「完全ワイヤレス(TWS)イヤホン」だ。

オンライン専売の完全ワイヤレスイヤホンをピックアップ。実際の使用感を紹介する


TWSイヤホンを選ぶときの基準といえば、デザインやブランドのほか、音質やノイズキャンセリング機能(NC)の有無といった機能面を思い浮かべるが、もうひとつ「SoC」という視点もある。SoCの観点から完全ワイヤレスイヤホンを眺めるとともに、オンライン専売モデルを3製品ピックアップし、実際の使用感を紹介しよう。

○いまさら聞けない「TWSイヤホンのSoC」

PCやスマートフォンのいわゆる中央演算処理装置(CPU)は高集積化が進み、メモリやGPUをも内包するSoC(System-On-a-Chip)※へと進化したが、Bluetoothイヤホンにおいても同様の変化がある。

※注:実装方式によっては「SiP(System-In-a-Chip)」と表記すべきチップもあるが、ここでは「SoC」で表記を統一する。

当初はBluetoothの電波を受信し、符号化された信号を復号化する役割を担う程度だったチップが、デジタル信号をアナログ信号へと変換する機能(DAC)やアナログ信号を増幅する機能(アンプ)をも担うようになった。Blutoothイヤホンとしてのコア機能をワンチップで実現できれば、小型軽量化にも有利だ。

もうひとつ、Bluetoothイヤホンには「ノイズキャンセル(NC)」のサポートという“時代の要請”がある。NCには周囲の雑音が耳に届かないよう(耳栓のように)物理的に遮断する「パッシブ方式」と、マイクで集音したノイズと正反対(逆位相)の波形を生成・出力して打ち消すことでノイズを低減させる「アクティブ方式」(アクティブノイズキャンセル=ANC)の2種類あるが、後者は逆位相の波形を作り出す精度がNCの効きに直結するため、演算性能がカギとなる。SoCの演算性能が高いほど効きを期待できる、というわけだ。

そのような背景のもと登場したのが、ソニーのノイズキャンセリングプロセッサー「QN1e」。大ヒットしたNC対応ワイヤレスヘッドホン「WH-1000XM3」が搭載する「QN1」チップを、TWSイヤホンなど小型機用に最適化したもので、2019年発売のNC対応TWSイヤホン「WF-1000XM3」に初搭載された。DACやアンプといった音質に関わる部分にも妥協のない、音響機器が祖業のソニーらしいSoCといえる。

独自開発のノイズキャンセリングプロセッサー「QN1e」を搭載したソニーの完全ワイヤレスイヤホン「WF-1000XM3」


「QN1e」のイメージ


Appleの「AirPods Pro」に搭載されている「H1」チップも、NCを強く意識したSoCだ。10基のオーディオコアによる高い演算性能により遅延を抑えることで、NC性能を高めることに成功している。省電力性能も強みだ。

Apple H1チップを搭載した「AirPods Pro」の内部イメージ


スマートフォン向けSoC「Snapdragon」などで知られるQualcomm(クアルコム)も、TWSイヤホン向けSoCに力を入れている。そのひとつ「QCC3040」は、オプションでNCをサポートするほか、左右同時伝送技術「TrueWireless Mirroring」、可変ビットレートのコーデック「aptX Adaptive」など機能が充実。通信安定性にも定評があり、採用するTWSイヤホンが相次ぐのもうなずけるところだ。

「QCC3040」をはじめとするクアルコムのBluetooth SoCは、多くのTWSイヤホンに採用されている。写真は同チップを積んだSOUNDPEATS「TrueAir2」の内部イメージ


一方、急速に追い上げているのが台湾や中国のチップベンダー。たとえば、台湾のAirohaは左右同時伝送技術「MCSync」をいち早く採用し、音が途切れにくいTWSイヤホンの裾野を広げることに成功した。RealTekやBesTechnicといったベンダーも、NC対応のチップを投入している。

現状、QN1eはソニー製品、H1はApple製品(Beats by Dr. Dre製品も含む)にしか供給されていないし、QualcommのSoCもイヤホンメーカー設計者の言を借りれば「安くはない」といわれているから、手頃な価格で高機能なTWSイヤホンにはそれら中台ベンダー製SoCが採用されることになる。

では、中台ベンダー製のSoCを採用したTWSイヤホンは、実際のところどうなのか? 今回は、オンライン販売オンリーの3製品をピックアップし、その実力を確かめてみた。

●5,999円でNC・左右同時伝送に対応! EarFun「Free Pro」

○EarFun「Free Pro」(搭載チップ:Airoha AB1562)

EarFun(イヤーファン)のTWSイヤホン「Free Pro」(5,999円)は、最大208MHz駆動のDSPコプロセッサを内包するAirohaのSoC「AB1562」を採用。騒音を最大28dBまで低減させるというフィードフォワード方式のノイズキャンセリング(NC)機能のほか、左右同時伝送技術「MCSync」をサポートする。

NC対応のEarFun「Free Pro」。AirohaのSoC「AB1562」を採用している


Airoha(達發科技)は台湾MediaTekのグループ会社で、Bluetooth SoC以外にもMediaTekから移管を受けたウェアラブル用SoCなどを手がけている。その開発力は高く、特定ベンダー製チップに依存しない左右同時伝送技術のMCSyncをいち早く市場へ投入、大手メーカー製TWSイヤホンにも多数の採用実績を持つなど、存在感は大きい。AB1562はシリーズ上位に位置付けられる最新型で、NCやMCSyncなど豊富な機能をオプションとして用意している。

AB1562を採用したFree ProのNC性能は、なかなかのレベル。フィードフォワードとフィードバックの2方式を併用するタイプ(ハイブリッドNC)ではないものの、イヤホン本体がカナル型で小ぶりなため、耳にフィットしやすく、結果としてしっかりとしたノイズ低減効果を得られる。電車(地上/地下)乗車時にも試したが、ガタンゴトンという音はやや残るものの気にならず、いわゆる“ノイキャン”に期待するレベルの静粛性を得られる。

音質も注目ポイントだ。低域と中域を強調したサウンドキャラクターには力強さがあり、POPS/ROCK系を楽しく聴ける。MCSyncの音途切れの少なさと省電力性があるうえ、AACコーデックをサポートしているから、iPhoneとも相性がよい。

パッケージの内容物。イヤーチップやケーブルが整然と並んで収められている


ところでEarFunは、SoCに同じAiroha「AB1536」を搭載したTWSイヤホンとして「Air」も展開している。こちらはNC非対応でスティック型、先端部分にマイクを配置するなど通話品質を重視した設計だが、音の傾向などはFree Proと通じる部分も多い。同じベンダーのチップを採用することによる設計ノウハウの継承はあるはずで、ある種の安定感を感じさせてくれる。こういった“チップの継続採用”も、TWSイヤホンを選ぶうえでひとつのポイントになる。

EarFunの別製品「Air」。Airoha AB1536を搭載するが、NCには非対応


EarFun Free Proの仕様

Bluetooth SoC:Airoha AB1562

Blutoothバージョン:5.2

NC:○(フィードフォワード方式)

左右同時伝送:○(MCSync)

低遅延モード:△※

対応コーデック:SBC、AAC

再生時間(イヤホン単体):約6時間(NCオン時) / 約7時間(NCオフ時)

再生時間(充電ケース併用時):約27時間(NCオン時) / 約32時間(NCオフ時)

※注:SoCのオプションとしては存在するが、Free Proは非対応

●バッテリもちが良くNC対応も。Tribit「FlyBuds NC」

○Tribit「FlyBuds NC」(搭載チップ:Bestechnic BES2300)

Tribit(トリビット)のTWSイヤホン「FlyBuds NC」(6,999円)は、Bestechnic(恒玄科技)のBluetooth SoC「BES2300」を採用し、ノイズキャンセリング(NC)機能と左右独立型伝送をサポートしている。NCはハイブリッド型ではなく、イヤホン外部のマイクで環境ノイズを拾うフィードフォワード方式のみだが、SoCが定評あるBES2300というところがポイントといえる。

TribitのNC対応TWSイヤホン「FlyBuds NC」


BesTechnicは、中国・上海に拠点を構えるファブレスのチップベンダー。創業は2015年と若いが、2020年には上海証券取引所のテクノロジー企業向け市場「科創板」に上場を果たすなど急成長を遂げている。同社はオーディオ向けSoCのほか、AIoT(Artificial Intelligence of Things)チップにも注力しており、今後目にする機会は増えそうだ。

BES2300は、NCに加えて左右同時伝送技術「LBRT(Low-band Bluetooth Retransmission Technology)」をサポート。ほかにもUSBや各種センサー類を接続できるI2Cもオプションとして用意され、彼らが「Smart Audio SoC」と呼ぶように活用の幅は広い。

ただ、FlyBuds NCのアドバンテージはノイズキャンセル……のはずだが、箱から出した状態でNCの効きを試すと肩透かしを食うことになる。製品には2種類のイヤーチップが付属しているが、工場出荷時点で装着されているもの(TWS向けの半傘タイプ、薄いシリコン製)の遮音性が低く、パッシブのノイズキャンセリング性能を稼げないのだ。イヤーチップをもうひとつの背が高いタイプに交換することで、電車の音や換気扇の音をしっかり低減してくれるようになる。

パッケージの内容物


この製品、音途切れが少ないうえにバッテリーのもちがよく(公称値はNCオフで10時間、充電ケースを含めて30時間)、ハウジングがやや大柄なことを除けば満足度は高いが、標準イヤーチップの吟味が足りない点が惜しい。NCはアクティブ方式の性能だけにあらず、パッシブ方式の性能もまた重要なのだ。

工場出荷時点で装着されているイヤーピース(半傘型)はNCの効きがいまひとつだったが、付属する背の高いタイプ(右)に交換したところ、しっかり効いた


Tribit FlyBuds NCの仕様

Bluetooth SoC:BesTechnic BES2300

Blutoothバージョン:5.0

NC:○(フィードフォワード方式)

左右同時伝送:○(LBRT)

低遅延モード:△※

対応コーデック:SBC、AAC

再生時間(イヤホン単体):約8時間(NCオン時) / 約10時間(NCオフ時)

再生時間(充電ケース併用時):約24時間(NCオン時) / 約30時間(NCオフ時)

※注:SoCのオプションとしては存在するが、Tribit FlyBuds NCでは非対応

●低遅延&高音質なSOUNDPEATS「Gamer No.1」

○SOUNDPEATS「Gamer No.1」(搭載チップ:PixArt PAU1626)

圧倒的なコストパフォーマンスで知られるSOUNDPEATS(サウンドピーツ)の最新TWSイヤホン「Gamer No.1」(4,847円)は、なんとゲーミングイヤホン。Bluetoothでは避けることが難しい遅延を、PixArtのBluetooth SoC「PAU1626」の力で大幅に低減しているのだ。

SOUNDPEATSのゲーミングTWSイヤホン「Gamer No.1」


ゲーミングデバイスのセオリーどおり、イヤホン本体も光れば充電ケースも光る


PixArt(PixArt Imaging、原相科技)は台湾のファブレスチップベンダーで、CMOSイメージセンサーを得意とするMediaTekのグループ企業。Bluetooth SoCは2019年以降、子会社のAudioWise Technology(原睿科技)に移管されている。

その最新チップ「PAU1626」は、フィードバック/フィードフォワード両対応のNC機能のほか、「GRS(GreenRadio Stereo)」と呼ばれる左右同時伝送技術をオプションとして用意する。

しかし、「Gamer No.1」はノイズキャンセリング(NC)機能もなければGRSにも対応しない。ゲーミングイヤホンとして、PAU16XXシリーズのSoCのもうひとつの特徴である「低遅延」に重きを置いているのだ。

Gamer No.1をゲームモードに切り替えると、特別なコーデックに頼ることなく60ミリ秒(0.06秒)という低遅延で動作するようになる。人間が体感可能な遅延は120ミリ秒以上とされるから、ゲームモードで使用するかぎり、キャラクターの動きと効果音がズレては聞こえない(ズレに気付かない)ことになる。

実際、iPhone 12でゲームモードに切り替えて音楽ゲームで遊んでみると、画面の動きと効果音にほとんど違和感がない。通常モードに比べやや音途切れが目立つようになるものの、判定がシビアなゲームで遊ぶときはゲームモードのほうが安心だろう。

Gamer No.1は、音質面も抜かりない設計となっている。実売5,000円以下のTWSイヤホンと聞くと、いろいろ削ぎ落とした仕様を思い浮かべてしまうが、Gamer No.1は6.1mm径ダイナミックドライバー2基のデュアルドライバー構成。低域の量感もさることながら、中高音のヌケもよく、音楽鑑賞用としてもじゅうぶん満足できる水準に達している。

アンダー1万円どころかアラウンド5,000円のNC対応TWSイヤホンが出回り始めた今、NC非対応と聞くと少しがっかりしてしまうが、「低遅延&高音質」を重視するというアプローチもアリだろう。

ちなみに、SOUNDPEATSはQualcomm製SoC採用のTWSイヤホンも数多く発売している(写真はQCC3040採用の「TrueAir2+」)


Gamer No.1の仕様

Bluetooth SoC:PixArt PAU1626

Blutoothバージョン:5.0

NC:△※

左右同時伝送:○(GRS)

低遅延モード:○(60ms)

対応コーデック:SBC、AAC

イヤホン再生時間:約5時間

充電ケース併用:約25時間

※注:SoCのオプションとしては存在するが、Gamer No.1では非対応

●安くてイイTWSイヤホンは「SoC」で見極めよう

○SoCにも注目! ネット専売のTWSイヤホンを賢く選ぼう

Bluetooth SoCから見たTWSイヤホンというテーマで紹介してきたが、表に現れる機能としては、SoCによる大きな差は実感できなかったかもしれない。ノイズキャンセリング(NC)対応といっても性能差は読み取れないし、左右同時伝送機能も名称が違うだけで性能の良し悪しはわかりにくい。

しかし、それでもSoCがTWSイヤホン選びのポイントになることは確かだ。特に、今回取り上げたようなオンライン販売が主体となる商品の場合、性能や品質を見分ける重要な基準となりうる。

その理由のひとつが、同じSoCを搭載する他製品の評判を(ある程度)参考にできること。特に音途切れの少なさは、左右同時伝送機能に対応するかどうかが決め手であり、消費電力の少なさにも影響してくる(左から右、または右から左のリレー伝送がなくなるため)。イヤホン設計者にとってSoCの選定は最重要事項のひとつだから、採用実績の多いベンダー/型番はそれだけ設計者に支持されている、すなわち信頼性が高く性能上々、という見方もできる。

もうひとつは、EarFun Airのところでも触れたが、"継続採用の有無"だ。SoCの性能を引き出すためには、チップベンダーから提供される開発情報が欠かせず、ベンダー/SoCごとに異なるノウハウの蓄積も必要となる。NCや低遅延性のように高度な使いこなしが求められる機能の場合、初めて採用するベンダーのSoCでいきなり頭抜けた性能を発揮するのは難しい。音質についてもまた然りだ。

特にオンライン専売の商品の場合、店頭で試聴してから購入することが不可能なだけに、客観的な情報は多いほうがいい。採用実績豊富で、かつ採用した製品の評判がよく、しかも魅力的なフィーチャーがある……見極めるのはなかなか難しいが、ハズレを引かないためにも、TWSイヤホンのSoCは必ずチェックしておくべき項目であることは確かだろう。