分子の相互作用をシミュレーションする研究により、ある酵素の働きを阻害することで、老化により細胞分裂の過程である細胞周期が停止してしまった細胞を元に戻すことが可能なことが判明しました。この発見により、見た目を若々しく保つアンチエイジングやがん治療の分野が大きく発展すると期待されています。

Inhibition of 3-phosphoinositide-dependent protein kinase 1 (PDK1) can revert cellular senescence in human dermal fibroblasts | PNAS

https://www.pnas.org/content/early/2020/11/18/1920338117

Simulations open a new way to reverse cell aging

https://phys.org/news/2020-11-simulations-reverse-cell-aging.html

近年の複数の研究により「生物学的年齢を若返らせる治療法」や、「若返り薬」の開発につながる発見が報告されるなど、かつては不可逆だと思われていた老化を逆転させることができる可能性が浮かび上がってきています。しかし、老化して細胞分裂が止まってしまった細胞が再び細胞分裂できるようになるメカニズムは詳しく分かっていません。



そこで、韓国科学技術院(KAIST)のKwang-Hyun Cho教授らの研究チームは、シミュレーションにより細胞の老化を逆転させることが可能な酵素を特定する研究を実施しました。研究チームはまず、細胞の老化に関与している分子を取り上げた過去の文献からデータを抽出し、そこに傷口の修復などを行う真皮線維芽細胞の増殖や老化に関する独自の研究のデータを追加しました。

こうしてできたデータベースと、細胞内で発生している分子間の相互作用を予測するアルゴリズムを用いてシミュレーションを行った結果、3-ホスホイノシチド依存性プロテインキナーゼ1(PDK1)という酵素が細胞の老化メカニズムに深く関与していることが分かりました。



研究チームが次に、人間の皮膚の組織を立体的に再現した3次元皮膚組織モデルを用いた実験でPDK1をブロックすると、老化して細胞周期が停止した真皮線維芽細胞が元の周期に戻ることが確認されました。しかも、こうして「若返り」した細胞は、傷口の皮膚を再生させる能力を回復させていたほか、悪性のがんになるような兆候も見せなかったとのことです。

研究チームは今後、PDK1をブロックする効果をより詳しく検証するため、皮膚以外の体組織や動物での実験を行う予定とのこと。これにより細胞の老化を逆転させる手法が確立されれば、老化した細胞が蓄積することによって引き起こされるさまざまな症状である「加齢性疾患」を軽減させることができるようになり、ひいては新しいがん治療やアンチエイジング手法の開発も可能になると研究チームは述べています。