夫に向かって「死ね!消えろ!」実体験を映画化した監督に聞く「夫婦円満の秘訣」
2014年の『百円の恋』(監督:武正晴 主演:安藤サクラ)で第39回日本アカデミー賞最優秀脚本賞に輝き、性への妄想を膨らませる田舎の中学生たちを描く2016年の青春ムービー『14の夜』で監督デビューを飾った足立 紳監督。
結婚15年over夫婦に聞いた! いつまでも円満でいるための「家庭内ルール」5つ
そんな足立監督の第2作『喜劇 愛妻物語』は、「セックスレスの妻とセックスする」という悲願を叶えようとする売れない脚本家の姿を、自らの実体験をほぼ全面的に反映させる形で映画化した痛快コメディだ。
いや〜面白過ぎるからお腹を抱えて笑っちゃうけど、冷静に見つめ直すと、程度の差はあれ、口喧嘩をしながらも長年連れ添っている劇中の夫婦は、どこにでも転がっている普遍的な愛の形を代弁するもの。
そこで、足立監督に撮影の裏話はもちろん、そこからさらに突っ込んで体験者だからこそ語れる夫婦円満の秘訣を聞いてみた!!
夫に向かって「死ね!」「消えろ!」と罵りまくる終始不機嫌な妻のチカを水川あさみが怪演
年収50万円の売れない脚本家・豪太と、そんな夫に絶望している酒好きの妻・チカ。
『喜劇 愛妻物語』は、結婚10年目で倦怠感の真っただ中にいるそんなセックスレス夫婦を笑いと涙で描いた痛快コメディだ。
稼ぎがほぼゼロで家でゴロゴロしているだけなのに、妻とのセックスの機会を虎視眈々と狙っているダメ夫の豪太を演じているのは濱田岳。
そして、夫に向かって「死ね!」「消えろ!」と罵りまくる終始不機嫌な妻のチカを水川あさみが怪演!
このふたりがこんなに破天荒な夫婦の役を引き受けたのも奇跡だけど、それ以上に驚くのは、漫画以上にくだらなくてバカバカしいエピソードの数々、思わず涙の劇的な展開のほぼすべてがメガホンをとった足立紳監督と実の奥さんとの過去の実際の出来事ということ。
しかも、普通ならとっくに離婚してそうなのに、いまも奥さんは足立監督の映画作りを全面的にサポートしているという衝撃の事実。
いったいどうして? そこに隠された夫婦円満の秘密を、撮影を振り返ってもらいながら探ってみた。
痴話喧嘩ばかりしている夫婦=これもひとつの絆
――本作のベースになった同名の小説を書かれたときもそうですけど、ご自身の夫婦生活をこんなに開けっ広げに映画にして、奥さんから怒られなかったですか?
台本も下書きから読んでもらっていたのでそれは大丈夫だったんですけど、小説が発売されたときに、思いのほか周りから「こんなことまで書いちゃって大丈夫?」という反応があって。
私小説というジャンルもあるぐらいだし、僕はそんなに珍しいことだとは思っていなかったんです。でも、内容がちょっと生々しかったので驚かれちゃったのかな?って、そのときに初めて気づきました(笑)。
――実際には、あんなに喧嘩ばかりしているわけはないでしょうしね。
いや、実際の奥さんは、映画よりもっと酷い口調だし、間違いなくもっと怒っていて。「消えろ!」「死ね!」なんていうワードはもう日常茶飯事なんですよ(笑)。
――じゃあ、奥さんの運転でロケハンに行ったりするのも本当の話なんですか?
はい。僕、免許を持ってないですから。台本の清書を奥さんにパソコンで書いてもらうのも本当のことです。
――となると、奥さんが清書しながら、自分のセリフをより過激にしてきたりなんてことも?(笑)
小説を初めて書いたときは、逆にソフトな言い回しになって上がってきたから気持ち悪くて。
「何を考えているの?」っていう感じで書き直してもらったんですけど、最近書いた同じ夫婦の小説ではより過激な言葉に変えてきましたね(笑)。
――役所広司や佐藤浩市といった実際の俳優の名前が性的なシーンで交わされるのも面白かったですが、流石にあれは映画を面白くするためのフィクションでは?
いや、あれも僕と奥さんの生の会話です(笑)。
プロデューサーは「一応、確認をとらなきゃ」って慌てていたけど(笑)、確認したのかな? でも、ああいうやりとりって、実名でやらないと面白くないですものね。
――確かにそうですよね。ああいう会話もあったりしながら、ただの夫婦の痴話喧嘩になっていないところがよかったです。
ただの痴話喧嘩だけ映されても、観ていてしんどいですからね。
それに、こういった痴話喧嘩ばかりしている夫婦もありなんじゃないか? ということを提示し、これもひとつの絆と言えないでしょうか? ということを投げかけたいという想いもあったんです。
夫婦ってお互いのいちばんみっともないところを見せ合っちゃう他人同士だし、どこの夫婦も、蓋を開けたら似たような感じだと思いますからね。
――それにしても、こんなに生っぽい豪太とチカの夫婦を濱田岳さんと水川あさみさんがよく演じてくれましたよね(笑)。
本当にありがたかったですね。別にカッコいい役でもないし、この役を演じておふたりが得することは何もないですからね(笑)。
ただ、観客をイヤな気分にさせても仕方がないし、逆に、こういう夫婦の形もあるのかなというところで共感してもらうためにはどうしても俳優の力を借りなければいけなくて。
感情表現のバランスを繊細に考えながら演じるのは難しかったでしょうし、相当助けてもらったと思っています。
――おふたりが振り切ってやられていたのがよかったです。
本当に、この夫婦の役を全身で引き受けてくださったような感じがします。
僕も現場で自分たち夫婦の話をするのはちょっと照れ臭いので、僕たちを演じてもらうのではなく、水川さんと濱田さんに完全にお任せして「おふたりの夫婦像を作ってください」というお願いをしました。
――では、監督は現場では「もっと過激に!」みたいなことを言うだけだったんでしょうか?
台本(ホン)読みのときに、おふたりはもうすでにあの夫婦を作り上げてきていたので、現場では特別なことは何も言ってません。「もうちょっと声を張ってください」って時々言うぐらいでしたね。
濱田岳さんのダメダメな感じがすごくいい
――濱田さんのあのダメダメな感じも、彼が勝手に作りあげたものなんですね。
そうですね。僕は濱田さんの、あのダメでヘラヘラした感じがすごくいいなと思っていて。
濱田さんは僕を現場で見て「“なぜ、この監督はこんなにヘラヘラしているんだろう?”と思って、それを真似してみた」っておっしゃってましたけど(笑)、罵詈雑言を受けても怒らず、ヘラヘラと吸収している感じがすごくいいなと思いながら見ていました。
――でも、それは普段の監督の姿だったりもするわけですよね?(笑)
自分ではそんなにヘラヘラしている自覚はないんですけどね。ただ、奥さんからギャンギャン怒鳴られたときは実際にヘラヘラしているかもしれない。
と言うか、ヘラヘラするしかないっていうのはありますね(笑)。
――自分たちとは違う夫婦とは言え、そこで行われることは監督の実人生を反映させたものなので、恥ずかしくなっちゃうこともあったのでは?
現場で僕が恥ずかしがっていたらダメだと思うので、そういう感情は一切捨てました。
水川さんも濱田さんも「このときはどんな気持ちだったの?」とか、実際のことを敢えて聞いてこなかったですしね。
――それでは、監督が演出でこだわったところは?
夫婦や家族を題材にした映画はけっこう多いけど、本当の夫婦っぽく見えるものはそんなにないな〜と思っていたから、本当の夫婦のように見えるものにしたいという想いはありました。
ただ、そのために何をしたらいいのか? は僕にも分からなかったので、実際にやったことと言えば、僕の家に来てもらって台本読みをしたことぐらいです。
――撮影もご自宅でやられたそうですね。
ええ。その台本読みやリハーサルのときに、おふたりがこういう家で生活をしている夫婦の感じというのをつかんで、それを役に反映させてくれたんです。
――水川さんは今回の役のために、ご自身の考えで少し太られたみたいですね。
そうですね。初めてお会いしたときからクランクインまで4ヶ月ぐらいはあったと思うんですけど、その間に大きくなってくださって。
台本読みで久しぶりに会ったときにすぐ“あっ、背中がデカいな”と思ったし、それは嬉しかったですね。
――濱田さんもホテルのシーンではずっと全裸だったのでビックリしました(笑)。
そうですよね。子供の前ですっぽんぽんになることなんて、なかなかないと思います(笑)。
未熟なところも含めて人間なんだっていうことを描きたい
――でも、この夫婦にとって、娘のアキ(新津ちせ)の存在は大きいですね。
そう思います。この映画を観た方から「子供の前であんなに喧嘩をするもんじゃない!」って怒られたこともあって、それは確かにおっしゃる通りなんですけど、でも、実際、しちゃうじゃないですか?
もちろん、だから、そのままではいいとは言いませんけど、いつまで経っても未熟なのが人間でしょ!っていう想いが僕にはあって。
今回の映画に限らず、そういう未熟なところも含めて人間なんだっていうことを描きたいし、理想の姿より、人間のありのままの姿を見せた方がいいと思っているんです。
――そういう意味では、チカと夏帆さんが演じられた彼女の大学時代の同級生・由美との女性同士の会話も生っぽかったです。
男同士はいつもあんな話ばっかりしてますけど、女性同士の場合はその会話にどれだけのリアリティがあるのか、あまり自信がなかったんです。
でも、ママ友の飲み会に参加したときに、奥さん同士もわりとそういう話をするんだってことが分かって……。
――ママ友の飲み会に参加されたんですか?(笑)
ええ、参加したことがあるんです(笑)。ウチの上の子が保育園に行っていたころは暇だったので、送り迎えからすべて僕がやっていて、周りのお母さんには妻よりも僕の方が印象に残っていたと思うんです。
だから、その流れで飲み会にも参加したんですけど、そのときに、旦那のこととかも赤裸々に話す人がいたので、面白いな〜と思いながら聞いていて。
今回の映画の「喘ぎ声の出し方、忘れちゃったよ〜」というチカのセリフもそこで聞いた生の声を採用したものなんです。喘ぎ声の出し方があるんだ?ってビックリしましたからね(笑)。
――豪太とチカを濱田さんと水川さんのおふたりが演じられたことで、監督が想像していた以上によくなったシーンもありますか?
後半の路上で家族3人が泣き笑いみたいになっちゃうところは、台本に文字では書いたけれど、奥さんとリハーサルもできないし、どんな風に撮れるのかは現場に行くまで分からなくて。
ただ、濱田さんと水川さんには「リハーサルはなしで行きましょう」と言っていきなりカメラを回したんです。そしたら一発OKで。想像以上にいいシーンになったと思います。
夫はすべてをうやむやにして、家族を無理矢理ひとつにしようとしているじゃないですかね〜
――あのシーンは確か濱田さんが少し笑っているところから始まりますが、あれは濱田さんがご自身の感覚で笑われたんでしょうか?
いえ、あれは台本に書いてるんですよ、僕。
濱田さんから現場で「このときの旦那の感情はどんなっているんでしょうね?」って聞かれたときも、「豪太はこの期に及んでも、すべてをうやむやにして、家族を無理矢理ひとつにしようとしているじゃないですかね〜」という、僕の素直な感覚を伝えました。
あのときの奥さんは、かなりの決意で「もう別れる」って言ったと思うんですよね。
そうなったときに、その決意を覆すためには、もう、無理矢理うやむやにする以外にない。同じような局面は実際に何度もありましたし、それで乗り越えてきたようなところもありますからね(笑)。
――奥さんの「私がいると甘えるから」みたいなセリフもリアルでしたけど……。
実際はそうは言わなくて、「もう終わった」「もう、絶対に無理!」って言いながら泣いちゃったことが何度かあって。
そうなったときに、こっちは何も武器がない。
将来の展望もないし、「俺、来年はこういう状態になっているから」って言えるような説得材料もないので、ある種、力ずくのなし崩しで乗り越えるしかないんです。
――それを実際に経験された監督が書かれた台本なので、すごく説得力がありました。
ウチの奥さんは、そういうなし崩しで崩されてしまうような情の深い人だと思います。
それは愛情ということなのかもしれないですけど。
――監督の奥さんがその人で本当によかったですね。
本当にそうです。僕の人生の中でも相当ラッキーなことだったと思います(笑)。
普通だったら、絶対に見捨てられているでしょうからね。
奥さんは100対0で負けているチームを、一生懸命応援してくれているような感じ
――オフィシャルの監督のインタビューを読んだら、奥さんは台本の読み合わせにつき合ってくれたり、自主映画で撮る場合のことも想定してお金をこっそり溜めていてくれたり、すごく応援してくれていますよね。
そうですね。100対0で負けているチームを、一生懸命応援してくれているような感じだと思います(笑)。
――それだけに、今回の映画化が決まったときは、めちゃくちゃ喜ばれたんじゃないですか?
まあ、撮れることになったときは「やっとだね」って喜んでいました。
ただ、感情が爆発するようなタイプじゃないから、文句を言うときは激しいのに、喜ぶときはなんか“その程度なの?”っていう軽いリアクションで。
逆に、仕事や企画が流れたときの悲しみ方はスゴいです。僕とほぼ同じぐらい、彼女も落ち込みますね。
――完成した映画をご覧になったときは、流石に感情が露になったのでは?
いきなり完成品を観たのではなく、意見を聞くために編集段階のラッシュをまずは観てもらったんです。
その編集ラッシュのときに、観ながら後半で泣いていたから、これはイケるなと思いました。たぶん、辛すぎた自分の過去を思い出していたんでしょうね。
でも、観終わったら、「こっちからのカットは撮ってないのか?」とか「もっと寄りのカットはないのか?」って、けっこううるさく言ってきたので、また喧嘩になっちゃいました(笑)。
ずっと夫婦円満でいられる秘訣は?
――お聞きすればするほどご夫婦の仲のよさが伝わってきましたが、夫婦生活の数々の危機を乗り越えて今年結婚18年目を迎えた足立監督にここで質問です。ずっと夫婦円満でいられる秘訣は?
秘訣というほどのことでもないですけど、僕はこの映画の豪太のように、奥さんにどんなに拒否されても求め続けるということをひとつ心に決めていますね。
周りの旦那さんたちの話を聞くと、どうも拒否されるとけっこう傷ついて、それから求めなくなっちゃうみたいなんです。もちろん、僕も傷つくことはありますよ。
でも、そこを乗り越えようって思っているんです。
――映画の中の濱田さんも、「絶対にしないから」という水川さんに諦めずにガンガン行きますものね(笑)。
保育園で出会ったどこかのお母さんだったか、誰だったかちょっと忘れましたけど、そういう女性にいまみたいな話をしたら、「それはいいことだ」ってすごく褒められたことがあるんです。
それで調子に乗って、よりガンガン行くようになりました(笑)。
――セックスレスのご夫婦も最近は多いと聞きますが、その旦那さんにもご自身のように「求め続けた方がいい」というアドバイスをしますか?
セックスレスと言っても、旦那の方がずっと断り続けていたり、いろいろな形があると思います。
でも、奥さんに断り続けられている旦那さんには、とにかく、何度も何度も挑み続けることが大切だって伝えたいですね。
――そのためには、豪太のように奥さんの肩を揉んだりして……(笑)。
肩を揉むというより、日常の家事育児をちゃんとやるってことですよね。
ウチの場合は、それをやったら、ようやく求める権利が得られるんですけど、最近は奥さんがそれを察知するようになって。
僕が火事育児に力を入れ出すと「もう、いい! やるな!」って言われるので、長いスパンできっちりやるようになりましたよ(笑)。
足立紳監督は劇中の豪太と同じように、いつもニコニコしていて親しみやすい、とてもチャーミングな人でした。
ああ、この人が愛されるのは分かるな〜と瞬時に思ったぐらい、いい意味での“人たらし”。映画の内容そのままに、飾らず、どんなことでも包み隠さず話してくれるし、ネガティブなことを一切言わず、奥さんや数々の試練に何度でも立ち向かっていくから、不思議と応援したくなる。
足立監督の人柄にこそ、夫婦円満のすべてが詰まっているのかもしれない。