怒り狂った老婆が包丁で!福島県に伝わる世にも恐ろしい昔話「三本枝のかみそり狐」【下】

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前回のあらすじ

「自分は絶対、狐なんかに化かされない!」

そう自信満々で三本枝(さんぼんえだ)の狐スポットへ乗り込んだ彦兵衛(ひこべゑ)は、赤子をしょった怪しい女を見かけます。

こっそり尾行していくと、着物の裾からチラリと尻尾がのぞいており、彼女が狐だと確信した彦兵衛は、女が帰宅した老婆の家へ押し込んで、赤子を奪い取りました。

「こいつは狐で、この赤子はカブか何かに違いない!」

さっそく化けの皮を剝がしてやろうと、赤子を火のついた囲炉裏へ放り込んだ彦兵衛ですが……。

孫を殺された恨みに、老婆が包丁を……

「あぁ、何てことを!」

彦兵衛に取り押さえられた老婆と女は、囲炉裏の中で燃えながら泣き叫ぶ赤子を、ただ見ているよりありませんでした。

「わはは……下手な芝居はよせ。すぐにも術が解けて、カブか何かに戻るじゃろうよ」

人間サマを化かす悪い狐を退治して、すっかり英雄気取りの彦兵衛でしたが、赤子はいつまでも燃え続け、やがて真っ黒こげになって、死んでしまいました。

「……あ、あれ?」

そんなバカな……でも、女の尻には動かぬ証拠が……そう思って尻をまさぐりましたが、尻尾など生えていません。

「きゃあっ!」

彦兵衛が動揺した隙に脱出した女は、その頬ッ面を思い切り張り倒します。そして、自由になった老婆は台所へ駆け込み、包丁を持って戻って来ました。

「よくも……よくもワシの可愛い孫を!」

怒り狂った老婆。かわいい孫を奪われた怨み!

その目は血走って眦(まなじり)が裂け、こめかみには何本もの青筋が浮き出して、まるで山姥(やまんば)の形相です。

「す、すまん……すまんかった!」

「殺してやる!殺してやる!殺してやる!」

「ひぃっ!」

問答無用とばかり斬りかかってきた老婆の一撃を辛うじて躱した彦兵衛は、転がるように逃げ出したのでした。

彦兵衛、命からがら寺へ逃げ込む

「ひえぇ、助けてくれぇ!」

「待てぇ……この怨み、晴らさでおくべきか!」

真っ暗な竹やぶの中を必死で逃げる彦兵衛を、老婆はどこまでも執念深く追って来ました。もう随分と走っているはずですが、里には帰りつけるどころか、どんどん奥深くへ迷い込んで行く感じです。

「このままでは追いつかれる……あ、あそこに寺がある!匿(かくも)うてもらおう!」

彦兵衛は山門を駆け抜けて本堂まで転がり込むと、そこには一人の住職がいました。

「……いかがなされたか」

「故あって追われております。どうか……どうか匿うて下され!」

老婆に追われる彦兵衛。

住職はしばし思案した様子でしたが、承知して御本尊の裏に隠れるよう促します。彦兵衛が隠れ終わった次の瞬間、包丁を握りしめた老婆が乱入して来ました。

「住職様!ここへ男が逃げ込んで来ましたろう!」

ガチガチと歯を噛み鳴らし、ざんばらに振り乱した白髪頭、地獄の鬼もかくやと思うほどの形相で住職に詰め寄ります。

「いや……ここには来ておらぬぞ」

「嘘じゃ!ここへ駆け込むのを、確かに見た!」

「まぁまぁ。そもそも何があったのか、事情を話しては貰えぬか……」

老婆は涙ながらに、娘を狐だと言い張って孫を焼き殺した彦兵衛の悪行を語ります。御本尊の裏でそれを聞いていた彦兵衛は、いつ住職が心変わりして、自分の居場所を明かしはしないか、気が気ではありません。

しかし、住職は老婆の話を最後まで聞き終えると、穏やかにこう諭しました。

老婆をやさしく諭す住職。

「……確かに、その男の所業は罪深き過ちではある。しかし、仇討ちの血に穢れたそなたの腕に抱かれることを、冥土のお孫さんは喜ぶじゃろうか?」

「それは……」

一通り訴え散らして少し落ち着いた老婆は、涙をすすりながら口ごもります。

「天網恢恢、疎にして漏らさず。その男の罪は必ず仏様が罰して下さるゆえ、今夜のところは帰って娘さんを慰めておやりなされ。明朝、拙僧が供養に参ろう」

「……はい……」

あれほど怒り狂っていた老婆がすっかり大人しくなってしまったところを見ると、よほど徳が高く、日頃から慕われているのでしょう。

彦兵衛の出家

何はともあれ助かった……胸をなで下ろした彦兵衛は、老婆が立ち去ったのを確かめた上で、御本尊の裏から這い出します。

「お陰様で、助かりました」

すっかり安心した彦兵衛はお礼を言いましたが、住職は厳しい顔で訊ねます。

「さて……あの者の申すことは、真か?」

「……相違ありません」

いくら豪胆を気取る彦兵衛でも、仏様の前で嘘をついたらどうなるかくらいは知っています。

「左様か……ひとたび御仏にすがった以上、いかなる罪も赦されようが、俗世との因縁は絶たねばならぬ。この場で出家剃髪して、殺(あや)めてしもうた赤子の菩提を弔うのじゃ」

「……はい」

出家剃髪する彦兵衛)。

さっそく住職が剃刀(かみそり)を持って来て、彦兵衛に合掌瞑目(手を合わせて目をつぶる)するよう命じます。

髪をひと剃り、またひと剃り。剃刀がなまくらなのか、時々頭皮に引っかかって痛いですが、これも俗世の罪業を剃り落とすため、と彦兵衛は我慢しました。

(あぁ、早合点から本当に悪いことをしてしまった……また時が来れば、あの二人に心から詫びなければ……)

髪が剃り落とされる度に、彦兵衛は心から過ちを悔い、反省の念を深め……。

彦兵衛、まんまと化かされた!

「……おい、彦兵衛!起きろ!」

明くる朝、気づけば彦兵衛は村はずれの道端に寝転がっていました。

「あれ?」

「お前ぇ、いったいその頭はどうした事だ?」

頭に手をやると、すっかり丸坊主にされていて、あちこちに血糊がベッタリとついています。

「うわぁっ!」

彦兵衛が昨夜の一件を話すと、村人は笑いました。

「そりゃお前ぇ、狐に化かされただな。女も老婆も住職も、みーんなグルだったのさ」

「何てこった!」

「人間ふぜいが、調子に乗るな」勝ち誇る三本枝の狐たち。

あれほど「俺は化かされない」と豪語していたことが恥ずかしくなった彦兵衛は、それからと言うもの、何事も用心深くなり、大口を叩かなくなったそうです。

この一件から、彦兵衛を化かした狐たちは「三本枝のかみそり狐」と呼ばれるようになったのでした。

【完】

※参考文献:
川内彩友美 編『日本昔ばなし 里の語りべ聞き書き 第5集』三丘社、1989年3月