2022年度末に北陸新幹線の金沢〜敦賀間が延伸開業します。長野〜金沢間開業時にも、高速バスは金沢方面の路線を中心に大きな影響がありましたが、このような競合環境の激変にどう対応してきたのでしょうか。

ビジネス客は新幹線へ 金沢開業時に訪れた高速バスの変化

 北陸新幹線は、およそ2年半後の2022年度末に、金沢から福井を経由し敦賀(福井県)まで延伸される見込みです。その時、並行する高速バス路線は「スピードで勝てないから減便や廃止」となってしまうのでしょうか。同じように競合環境が一変した事例を元に考えてみましょう。

 新幹線延伸が高速バスに影響を与えた最新の事例は、2015(平成27)年3月、北陸新幹線の長野〜金沢延伸です。並行する高速バス路線は、明暗が分かれました。


北陸新幹線のW7系。金沢〜敦賀間の延伸開業が2022年度末に予定されている(画像:JR西日本)。

 首都圏〜北陸の各路線では、減便が相次ぎました。8往復あった西日本ジェイアールバス/ジェイアールバス関東らによる東京〜金沢線は、共同運行していた西武バスの撤退もあり4往復に半減。西武バス/富山地方鉄道の池袋〜富山線と西武バス/加越能バスの池袋〜高岡・氷見線は2017年に路線統合、といった具合です。

 新幹線延伸以前、同区間は鉄道と航空の利用が拮抗していましたが、両者でカバーできない需要もありました。それは、北陸側の人が東京都心へ朝9時までに着きたい、あるいは都内で夜の会食後、翌朝には北陸に戻っていたいという多忙な出張客のニーズです。また、乗り換えや空港での手続きが心理的に負担で、直行する高速バスを選ぶ高齢者もいました。前者は高速バスの夜行便、後者は昼行便で一定の割合を占めていましたが、これらのニーズが新幹線に移ったことで、高速バスの利用者は、コストを最重要視する、主に若年層に限られることになったのです。

 逆に、短距離路線は輸送人員が増加しました。金沢〜富山線は増便し、30分間隔の時間帯が増えています。頻発していた在来線特急が廃止され、新幹線だと割高なうえに便数が減ったことなどが背景にあります。一方で高速バスは、住宅の多い富山市南部でこまめに停車し、商業施設や官公庁が集積する金沢の都心部まで直通するので便利です。

新幹線延伸の激変に対応遅れたケースでは…?

 このように新幹線の延伸が、並行する高速バスの長距離路線でマイナスに、短距離路線でプラスに働く傾向は、九州新幹線の博多〜新八代開業(2011年)などでも見られました。

 北陸新幹線の金沢延伸では、高速バスにプラスになったケースがもうひとつありました。それは、名古屋と富山県との流動です。この区間の鉄道は、所要時間の長い高山線経由を除くと、金沢で乗り換えが必要になったからです。高速バスの名古屋〜富山線、高岡・氷見線などが増便を繰り返しました。


富山地方鉄道の富山駅前バスターミナル。一部の高速バスもここへ発着する(画像:Suradeach Seatang/123RF)。

 新幹線開業などで競合環境が一変すれば、当然、高速バス事業者はそれに対応する必要があります。しかし、共同運行会社間の調整も必要で、なかなか決断に至りません。2010(平成22)年、東北新幹線の新青森延伸で影響を受けた仙台〜青森線がその例です。

 同路線が開業した1989(平成元)年当時、新幹線は盛岡止まりで、青森へは在来線特急に乗り換えが必要でした。その乗り換えを含む所要時間は4時間弱。高速バスは5時間弱だったので、十分な競争力を持っていました。その後、新幹線は八戸延伸を経て新青森まで開業し、乗り換えが不要になったうえ、仙台〜新青森が1時間35分程度まで速達化しました。

 その間、高速バスは所要時間も変わっていなければ、鉄道の5〜6割という運賃水準もそのままです。しかし、所要時間の差が1時間だった当時と、3倍の差が付いてしまった今では、全くの別路線だと考えられます。

 しかし、決断できないままずるずる減便を繰り返し、3往復まで半減しました(2020年8月現在、新型コロナウイルスの影響で2往復のみ運行中)。運行頻度は昼行路線において最も重要な利便性の指標です。姉妹路線である仙台〜弘前線と早めに統合し便数を確保すべきだったと考えられます。以前は幅広い客層の利用があったものの、今では、特に価格を重視する人に限定され、所要時間は二の次だからです。

新幹線の敦賀開業で「チャンス到来」の高速バス路線も

 仙台と青森や弘前を結ぶ高速バス利用者の多くは、青森県側在住者です。青森側のニーズにほぼ特化してダイヤを組みなおせば、現在の車両と乗務員運用数を変えずとも、青森と弘前を午前に、仙台を午後に発車する便についておおむね1時間間隔を確保することができると筆者(成定竜一:高速バスマーケティング研究所代表)は考えています。

 高速バス路線は、歴史が長ければ長いほど、開業当時の状態を残し、現在のニーズに対応できない「生きた化石」になりがちで、仙台〜青森線もその例です。そうならないためには、常に「もしも今、イチから新しく路線を引くなら、どんな経路やダイヤ、運賃になるか」を問い続ける必要があります。


京福バスが運行する東京〜福井線の車両(2019年9月、中島洋平撮影)。

 話を北陸新幹線敦賀延伸に戻すと、その時、高速バスでマイナスの影響を受けるのは東京〜福井線ですが、もともと便数は少ないため、影響の規模は限定的でしょう。むしろ、「鉄道だと敦賀で乗り換えが必要」となれば、名古屋、京阪神と福井、金沢を結ぶ高速バス路線に成長のチャンスが回ってくるでしょう。

 そのうち、名古屋発着の路線は、特に北陸側で相当定着しています。ただし、共同運行会社の数が多く調整が困難なこともあり、運行ダイヤは開業時から大きく変化していません。ニーズに合わせ頻繁に施策を実施する新宿〜長野県方面の路線などと比較すると、路線環境はよく似ているのに、始発時刻が遅く終車が早い点や、自家用車から高速バスへ乗り換えるパーク&ライド用駐車場の整備が不十分な点など、対応の遅れが目立ちます。つまり、まだ伸びる余地があるともいえます。

さらに考えられる「攻めの施策」 新幹線「長崎開業」も転機に

 新幹線延伸は、「イチから新路線を引く」つもりになって、ダイヤ改正やパーク&ライドの環境整備を一気に進め、「攻め」の戦略に出るいい機会です。さらに名古屋〜福井線は、新幹線と同年に延伸開業が見込まれる中部縦貫道(東海北陸道 白鳥ICから北陸道の福井北JCTを結ぶ)を経由させ、所要時間を短縮することも可能です。その場合、北陸道沿いで一定の乗降がある途中停留所(敦賀、武生、鯖江などのIC。いずれも福井県)を経由できなくなるので、増便のうえ、一部の便のみ経由を振り分ける積極策も選択肢でしょう。

 一方の京阪神〜福井、金沢方面は、現在、在来線特急が相当な頻度で運行しています。所要時間も、高速道路が遠回りということもあり鉄道が優位で、高速バスのシェアは高くありません。新幹線延伸後の鉄道の運行形態がはっきりしない以上、先行しての投資はリスクが大きく、様子を見ながら対応することになるでしょう。

 同じような変化は、2022年度内に武雄温泉〜長崎間の暫定開業が見込まれる九州新幹線長崎ルートでも予想されます。高速バスには、1台当たりの座席定員が少ないからこそ高頻度運行が可能なこと、地方側ではIC周辺などに大きなパーク&ライド駐車場を整備しやすいこと、逆に都市側では官庁街や繁華街に直接乗り入れしやすいことといった特徴があります。高速バス事業者が、その特徴と利用者のニーズに真摯に向かい合えば、新幹線延伸が意外にも高速バス路線の成長を後押しすることも考えられるのです。