緊急事態宣言後、EC関係の荷物が急増している(記者撮影)

新型コロナウイルスの感染拡大に伴う外出自粛を追い風に、宅配首位のヤマト運輸を擁するヤマトホールディングス(HD)が宅配便の取り扱いを急拡大させている。

同社が6月4日に発表した小口貨物取扱実績によると、2020年5月におけるヤマトの宅配便の荷物量は1.6億個(前年同月比19.5%増)と高水準だった。4月も1.5億個(同13.2%増)の荷物を取り扱っており、2ケタ増ペースが続いている。

自社配達員であるセールスドライバーを約6万人抱えるヤマトが、新型コロナで急増したEC(ネット通販)関連の荷物を首尾良く取り込んでいると言える。

休憩する間も惜しいほど忙しい

コロナ特需を受けて現場も大忙しだ。

「緊急事態宣言が出た4月7日以降、アマゾンなどEC関係の荷物が急増した。1日に1人のセールスドライバーが運ぶ荷物の数は、およそ250個(前年同期比で約1.5倍)。ドライバー不足が深刻化して『宅配クライシス』が叫ばれた2017年前後と同水準の荷物量で、休憩している間も惜しいほどに忙しい」

ヤマトのあるセールスドライバーはそう話す。

ヤマトHDの芝粼健一副社長は5月14日の決算説明会で、「BtoBの荷物量が非常に落ち込んでいるものの、BtoCやCtoCの荷物量でカバーしている」と語った。

足元の荷物量が増えていることもあってか、5月29日には1人当たり原則5万円の見舞金を支給した。支給対象となるのは正社員と契約社員合わせて約22万人にのぼり、2020年4〜6月期にはそれに伴う費用として約70億円を計上する。ヤマトの広報は「新型コロナへの不安を持ちながらも出勤し、物流の維持に貢献する社員に報いるため」と語る。

ところが、ヤマトの現場からは将来を不安視する声が絶えない。ヤマトHDのある中堅社員は「当社の経営陣は何をしたいのか、さっぱりわからない。ここ(ヤマト)で働いていても先はない」と語る。コロナ特需で荷物量が回復しても、長年の経営課題が払拭されていないためだ。

ヤマトHDの2020年3月期は、営業収益が前期比0.3%増の1兆6301億円に対し、営業利益は同23.4%減の447億円と大幅減益に終わった。契約社員ドライバーの増員などによる人件費の増加が響き、営業利益率はわずかに2.7%にとどまった。ライバルであるSGホールディングスの6.4%、日本郵便(郵便・物流事業)の6.9%との差は歴然としている。


ヤマトは「自前主義」を貫くが…

経営の効率性を表すROE(自己資本利益率)もヤマトHDの4%に対して、SGHDは12.3%、日本郵便は10.2%と、こちらも大きな差がある。

これらSGHDや日本郵便との差は、柔軟な配送体制の有無が影響している。例えば、SGHDと日本郵便は、近年荷物が増えているEC関係の荷物を中小事業者に配送委託する仕組みを確立。ECの荷物は配送単価が低く、SGHDと日本郵便は荷物量の増減に合わせて外注ドライバー数を変動させるなど、コストを柔軟にコントロールしている。これに対して、ヤマトはEC関係の荷物もセールスドライバーが届ける「自前主義」を貫いてきた。

2017年には人手不足を背景に、引き受ける荷物量の抑制(総量規制)と配送料の値上げを行った。それによって多くの顧客が離反し、その後も荷物量の回復が思うように進んでいない。ヤマトの荷物量は2017年3月期の18.6億個をピークに、18.3億個(2018年3月期)、18億個(2019年3月期)、17.9億個(2020年3月期)と減少傾向が続いている。

加えて、上昇し続ける人件費も利益を圧迫している。2018年から荷物量の増加を見込んで午後の配送に限定した契約社員ドライバー「アンカーキャスト」の採用・増員を進めてきたこともあり、ヤマトHDの2020年3月期の人件費は8490億円で、売上高の52.1%を占める。売上高に占める人件費の比率は、SGHDが34.5%、日本郵便は59.1%だ。

一方で、従業員1人あたりの売上高は、ヤマトHDが721万円なのに対し、SGHDが2270万円、日本郵便の郵便・物流事業が2164万円(いずれも2019年3月期)。ヤマトHDの経営効率の悪さが見て取れる。

今後、ヤマトが収益構造を立て直すためには、荷物を増すだけでなく、いかに人件費を抑えるかが問われる。ヤマトはこの4月から、EC関係の荷物を中小事業者に配送委託するモデルを導入し、実証実験を本格化させている。東京23区内や横浜市などにも同サービスの実験対象エリアを拡大している。

EC関係の荷物を中小事業者に配送委託すれば、うまくいけばセールスドライバーに配送させるよりもコストが抑えられる。だが、問題は約6万人のセールスドライバーの運ぶ荷物がなくなってしまうことだ。

前出の中堅社員も「セールスドライバーの運ぶ荷物の8割程度を占めているEC関係の荷物を外注先に任せるならば、セールスドライバーは今の半分ぐらいしか必要ないだろう。EC関係の荷物の配送委託が始まったエリアではドライバーの業務集約が進んでおり、いつリストラされるか不安だ」と話す。

余剰人員の削減は不可避に

ヤマトが収益構造を立て直すためには、余剰人員の削減は避けて通れない。2024年3月期に売上高2兆円、営業利益率6%以上、ROE10%以上を達成するという高い目標を掲げているならなおさらだ。一方で、どの程度の人員を削減するのか、現時点では不透明だ。


収益構造立て直しのため、余剰人員の削減は避けて通れなくなっている(記者撮影)

2020年1月に発表した経営構造改革プラン「YAMATO NEXT100」では、グループ会社を再編して管理間接業務や調達業務を集約する方針を掲げた。2021年4月にはヤマト運輸を存続会社として、ヤマトロジスティクスなどの6子会社を吸収・合併。重複業務の削減や経営効率化を目指す。

ヤマト広報は「単なるリストラ(人員削減)は予定していない。お客様にしっかりと向きあえる体制を構築するため、あらゆる経営資源の最適配置を進めている」と回答している。

ヤマトが配送料の値上げに踏み切った当時(2017年3月期)の人件費は7692億円(前期比7%増)に膨れ上がり、営業利益率は2.3%(前期は4.8%)に落ち込んだ。そこで、「サービスを維持するためには適正な運賃をいただく必要がある」(当時の山内雅喜・ヤマトHD社長)と強調して配送料の値上げを断行するに至り、それが顧客の離反と荷物量の大幅な減少を招き、現在に至っている。

足元ではコロナ特需の追い風を受けているが、いつまで続くかわからない。構造問題を抱えたまま、今後も走り続けることができるのか。ヤマトHDは難しい局面を迎えている。