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 命や安全を脅かすのは、新型コロナウイルスだけじゃない。緊急事態宣言が延長され外出自粛が長引く中、DV被害が深刻化している。「ステイホーム」の陰で暴力にさらされ、孤立し、声を上げることもままならない―、追い詰められた女性たちの過酷な現実を緊急レポート。

【写真】苦しい胸の内を語った、佳苗さんと実知子さん

 都内在住の白石佳苗さん(30代=仮名)は4月7日、安倍晋三総理の記者会見をテレビで見ていた。画面の向こうでは、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言について説明していた。

暴力は今回がはじめて

 佳苗さんは保育園児の息子と実母、そして、離婚した前夫と4人暮らし。2年前に離婚したものの、経済的に安定していないため、会社員の前夫と同居を続けている。

 緊急事態宣言が出された日は、今後の生活が見通せず、不安で泣いていた。

「自営業のため、経済的に安定していないうえに、自粛となると先の見通しが立ちません。休むのも決断がいります。子どももいます。心配でしたので、前夫に“しばらくは会社を休んで、一緒にいてほしい”とお願いしました。そこから言い争いになり、右目あたりを殴られました」(佳苗さん)

 これまでに恐怖や不安を感じるほどの威圧的な言動はあったが、暴力をふるわれたのは今回が初めて。最寄りの交番に駆け込んで事情を話すと、「(前夫は)激情型ではないか」と言われた。つまり、感情を抑えられないと警察が判断するほどだった。

 病院へ行ったあと、警察は前夫を呼び出すと、佳苗さんに「逮捕できるが、被害届を出しますか?」と言った。だが、子どもがいることを理由に結局、届けを出さなかった。

 佳苗さんが言う。

「前夫は、普段はおとなしいのですが、ケンカをするとつかみ合いになります。言葉の暴力もあって、離婚の一因でもありましたが、これまでは手を出すことはなかったんです。前夫も、緊急事態宣言が出る前から仕事でキャンセルが続きました。コロナのことがなければ、ここまでにはならなかったと思います」

 都内でドメスティックバイオレンス(DV)に関する支援活動を行う任意団体『ぶどうの木』の森史子代表は婦人保護施設の元職員で、地域にネットワークがある。かつてDV被害者だったメンバーとともに、森さんは当事者から相談を受けている。

「最近は身体的な暴力よりも経済的な暴力が目立ちます。さまざまな暴力を使って、被害女性を精神的に支配していくのです」(森さん)

 DVは夫や恋人との間だけで起こるのではない。事実婚や、佳苗さんのように離婚した相手から被害を受けることもある。またDVには、殴るなどの身体的暴力だけでなく、暴言を吐いたり無視したりする心理的暴力、生活費を渡さないといった経済的な暴力も含まれる。

 佳苗さんの場合、身体的・精神的な暴力に遭いながらも前夫と同居を続けているのは、こんな事情があるからだ。

「母が前夫を気に入っているんです。殴られたことを話しても“あんたにも原因があるんでしょ?”と、被害者の私を心配しませんでした。母は経済的に苦労したくないと思っているし、前夫は母に“お母さんの面倒は一生、見る”と言っています。実際、私には、母と2人で生活できるだけの稼ぎがありません」

 母親との関係が問題を難しくさせているのだ。前夫は、周囲の評判は良好で、経済的に安定していることから子どもの親権者になっている。

「家の中に居場所がないのは、私なんです」(佳苗さん)

 一方、都内で暮らす矢部実知子さん(30代=仮名)は、小学生の子どもがいるシングルマザーだ。2年前に知り合った男性と付き合い、昨年、子どもも一緒に3人での生活を始めた。しかし、コロナの影響でお互いにテレワークになると、言い争いが絶えなくなった。

望まない妊娠、そして流産

 兆候はあった。昨年末、やってもいない夜遊びについて問いただされ、実知子さんが否定すると「なぜ嘘をつく?」と、言いがかりをつけられたのだ。その後も、仕事のついでに飲みに行くときに限って、彼から連絡がきた。

「もしかするとGPSでもつけられている? と思ったんです。バッグや財布を探してもありませんでした。タイミングが変で気持ち悪いです」(実知子さん、以下同)

 違和感を抱きつつ、その後も同棲は続けた。しかし、行動を逐一チェックされる。

「彼が帰ってきたら、掃除をした箇所など、1日の行動を報告するのが義務です」

 正確に伝えなければ責められるため、実知子さんは自らチェック表を作った。

 彼は自分の話ばかりして実知子さんの言い分を聞かない。反発すると、威圧的な態度をとる。ただ、子どもへの接し方はよく、配慮を感じる。

 そんな中で実知子さんはストレスから精神的に追い詰められ、ついに緊張の糸が切れてしまう。小池百合子都知事がロックダウン(都市封鎖)を匂わせた3月下旬、実知子さんはキッチンの包丁を持ち出し、お腹を刺して自殺をしようとしたが、彼に制止された。もとからあった関係のゆがみに、コロナが拍車をかけたのだ。

 今年4月には望まない妊娠をしたが、流産する。

「生理不順で飲んでいたピルを止めるよう彼に言われたんです。でも、避妊はしてくれませんでした。その後、すごい腹痛がして血の塊が出て。検査薬では陽性でした。ストレスの影響? おおいにあるでしょうね」

 DV被害者はすぐに相談機関に出向くわけではない。そのため地域の産婦人科などが、悩みに寄り添い支援につなげる“ゲートキーパー”の役割を果たしている。

 富山県にある『女性クリニック We! TOYAMA』の種部恭子代表(産婦人科医)のもとには、20代、30代の被害女性たちが来院する。

「加害者は被害者が嫌がっても性交を求め、避妊に協力しない傾向があります。避妊用にピルを処方することで女性たちと関係を作れば、支援につなげることができます」(種部医師)

 望まない性交はもちろん、避妊に協力しない、中絶を強要するなどの行為は、すべてDVだ。

 現在、感染防止のためという理由で、彼は実家へ戻っている。実知子さんは「彼と関係を続けていくのは不安」とこぼす。周囲のほとんどが「別れればいい」と言うが、思い切ることができない。

 実知子さんが言う。

「子どもが彼になついているんです。実家も知られている。別れ話になったら、面倒になりそうで、嫌なんです」

 世界中でステイホームが叫ばれる中、国連女性機関は4月6日に声明を出し、「女性に対する暴力という隠れたパンデミック(世界的大流行)が増加している」と警告した。一方、日本では海外のような都市封鎖まではしていないが、外出自粛が強く求められ、家庭内の緊張が高まっている。

経済的DVもある

 コロナ問題によって、DV被害の支援現場はどう変わったのだろうか。前出の森さんは、「影響を感じ始めたのは2月ごろ」と振り返る。

「これまでは家庭内別居をしてなんとかなっていたとしても、最近はテレワークによって夫やパートナーが長時間、家にいるため、言葉の暴力の被害に遭う場面が多くなっています」

 ただし、当事者はDV被害に遭ったという意識をなかなか持てない。持つようになったとしても、時間がかかる。

「暴力を受けるのは自分に問題があるせいだ、と思ってしまうからです。加害者が精神的に支配しているのです。そのため当事者は、被害に遭ってもすぐには相談しません。悩んで、悩んで、ようやく連絡するのです」(森さん)

 DVや虐待被害者の治療を行う『こころとからだ・光の花クリニック』の白川美也子院長(精神科医)は、DVなどの複雑なトラウマを抱えた場合、感情の調整が困難になり、自分を否定的にとらえやすくなる。結果、人間関係を作る力が弱まると指摘する。

「被害者は、加害者と一緒にいる状況に適応せざるをえません。人に相談できなくなるのもトラウマによる症状です。抵抗も逃げることもできないと、加害者に従ってしまいます」(白川院長)

 佳苗さんや実知子さんも、行政や民間の支援団体に相談していない。加害者から逃げることよりも、学校が休校になったり、給食がないことのほうが深刻に感じたりする。

「収入があっても、夫が生活費を渡さないなどの経済的DVがあり、使えるお金がなくて、生活が苦しいこともよくあります」(森さん、以下同)

 DVから逃れても、今度は経済的不安が襲いかかる。コロナの影響で就職活動は難しい。家を出るときに持ってきたお金があると「貯金」とみなされ、生活保護を頼ることもできない。

「ある被害女性は、少しでも稼ぎたいため、自ら手を上げてパート先へ出社していると言っていました。会ではマスクや商品券などを集めて渡していますが、フードバンクを作る計画もしています」

 地方での状況は一層深刻と言える。コロナ以前に、支援体制の格差が大きい。例えば、婦人保護施設や民間シェルターは、東京や大阪などの大都市に集中する一方、青森県、富山県、奈良県には1つもない。さらに感染防止のため施設が閉鎖され、面談を中止する動きが相次ぐ。

 そもそもDV被害者は、加害者から逃げようと思っても、先の生活をイメージできないことが少なくない。前出の種部医師が言う。

「私たちのところには、被害を受けても、加害男性から積極的に逃げたいという相談はありません。不眠や体調不良のためにクリニックを訪れています。それらの原因が夫の暴力にあるとわかっていても、逃げたあとの生活をイメージできず、家を出ようという気持ちにならないのです」

 コロナ禍の緊急対策として、1人10万円の特別給付金が出されることになったが、世帯主へ家族の分をまとめて支給する方法だったことから、「DV被害者に届かないおそれがある」と批判を集めた。総務省はDVを理由に避難している場合、給付金を避難先で受け取ることが可能としているものの、懸念は残る。

「(支援団体の証明書が発行されるなどして)DV被害者と認定されたら配慮されますが、被害に遭いながら同居していると難しい」(種部医師)

 また、加害者が家にいる状況では、気軽に相談窓口に連絡しにくい。内閣府は「DV相談プラス」をスタートさせた。電話やメールだけでなく、履歴がわかりにくいようにチャット相談も行っている。

 感染拡大を防ぎ、命を守るために「ステイホーム」が求められる中で、DV被害は拡大し女性たちの命が脅かされている。そのことにも目を向けなければならない。

取材・文/渋井哲也 ジャーナリスト。長野日報を経てフリー。若者の生きづらさ、自殺やいじめ、虐待などを中心に執筆。東日本大震災の被災地でも取材を重ねている。新著『学校が子どもを殺すとき』(論創社)が5月29日に発売予定