新型コロナ問題に関して担当大臣と話すロシアのプーチン大統領(写真左、写真:SPUTNIK/時事通信フォト)

新型コロナウイルスによる感染症(COVID-19)は中国・武漢を発端に、世界各地に広がり、大きな脅威となっている。その脅威は、中国との長い国境をもち、また中国と近年蜜月関係にあるロシアにも当然ながら降りかかった。ロシアはその権威主義的な政治体制によって、感染拡大の封じ込めに比較的成功している一方、その脅威を政治的に利用するしたたかさを見せている。

このたび上梓された『新しい地政学』執筆者の1人で、ロシアおよびロシア周辺地域を長年ウォッチしてきた廣瀬陽子氏が、その現状をレポートする。

権威主義体制の功罪

ロシアは欧州で大規模感染が広がってしばらく経った後の3月17日段階でも、感染例は114事例に押さえられており、中国と長い国境を接し、欧州とも接していることを考えれば、封じ込めにはかなり成功していると言ってよいだろう。しかも2月中は、感染例は2名にすぎなかったのだ。


この封じ込めの背景にあるのは、ロシアの権威主義的な強権体制であると言ってよいだろう。ロシアは1月末から公共の場でのキスや抱擁を禁じ、2月に入るや中国・ロシア間の列車の運行の停止、中国からの外国人流入の一時的制限を発表し、20日には中国人の入国禁止が発効した。

中国との関係を重視して、中国人の入国制限になかなか踏み切れなかった日本、韓国とは違い、友好国である中国にも断固たる措置をとったロシアの姿勢は高く評価された。

また、ロシアは中国・武漢から避難した144人のロシア人に対しても、厳しい対応をした。移動はトイレもない軍機で、ロシア到着後はシベリアのチュメニ地区に14日間隔離された。なお、このような対応にも反発はとくになかったと報じられている。

その後も、各国で感染が広がるにつれ、韓国や日本の北海道便を停止したり、韓国、イラン、そしてイタリアをはじめとした感染が拡大している国からの入国を禁止したり、入国後に2週間の自己隔離を命じたりした。

なお、感染拡大国から帰国したにもかかわらず、2週間の自己隔離を行わなかった者については、厳しい罰則、具体的には最大5年の刑期を課すとし、徹底した封じ込め体制をとったのだった。

また、早くから会社レベルでも海外出張を禁じたり、自宅勤務を推奨する措置が取られるなど、国民の危機意識も高かったと言える。

そして、3月初旬に医療用マスク、手袋、包帯、防護服の輸出が一時的に禁止され、10日から人々がラッシュアワーに公共交通機関を利用したり、ショッピングモールや公共の場所になるべく行かないようにしたりすることが推奨されるようになった。加えて、12日からは4月10日までの5千人以上の大規模なイベントが禁止され、企業が在宅勤務を認めるようになった。

そして14日には、ポーランドとノルウェーとの国境閉鎖が発表され、私立学校などに対しても2週間の休校かオンラインの授業にすることが推奨されるようになった。さらに16日には、18日から5月1日までの外国人の入国を原則禁止としたのだった。

このように、ロシアの国内外に対する対応は、かなり厳格に行われたと言ってよい。

概して、自由主義の国は、人の移動を重視することから、国境封鎖や入国禁止措置などは取りにくい傾向がある。それに対し、ロシアはそのような政策でもすぐに実行に移せたのは、権威主義のゆえということもできるだろう。

実際、ロシアに限らず、旧ソ連諸国はイランのような爆発的な感染拡大国に接するアゼルバイジャンやアルメニア、トルクメニスタンですら、感染数が低く抑えられており、アルメニアは最近、民主化傾向が強まっているとはいえ、ソ連的な統治が感染拡大の阻止には有効であるということがいえそうだ。

とはいえ、中国の事例を考えてみると、権威主義が必ずしもウイルス対策によいとはいえない面もある。

中国は、感染が拡大した後は、その強権体制を生かして武漢を封じ込め、パンデミック状態から予想より早く抜け出せたと発表している一方、ウイルスの感染が広がり始めた頃に、情報統制を行った結果、爆発的感染が広がったという事実もあるからだ。

フェイクニュース問題

このようにロシア新型コロナウイルス問題対策には比較的成功しているといえるのだが、その裏で同問題の政治利用をしているしたたかな側面もある。その1つがフェイクニュースの利用であろう。

新型コロナウイルス問題では、ロシアを発信とするものに限らず、多くのフェイクニュースが世界を席巻している。世界保健機関(WHO)のテドロス・アダノム・ゲブレイェスス事務局長も「私たちはウイルスと戦っているだけでなく、トロールや陰謀説とも戦っている」と述べ、それらによる混乱が問題への対応を一層難しくしていると警鐘を鳴らしている。

また、デマが世界の混乱をより深刻にしている。

例えば、日本でもトイレットペーパーが買えなくなるというデマからトイレットペーパーなどの買い占めが横行し、○○度でウイルスが死滅するなどのウイルス対策情報が氾濫した。

このように、世界のネット上では、不安をあおったり、医学的根拠を欠く情報が無尽蔵に飛びかっている。WHOはこの状況を「インフォデミック(Infodemic)」として、信頼できる情報の入手が困難になっていると警告している。

それでも、フェイクニュースの世界における最大の脅威と見られているロシアには、早期から警戒の目が向けられた。

2月7日の『ニューズウィーク』の報道によれば、同紙は「アメリカ北方軍はロシア新型コロナウイルスに関する虚偽情報を広めようとした場合に備えて、ロシア政府が運営する(またはロシア政府が発信元の)アカウントを監視している」ことが記載されたアメリカ防総省の機密文書を入手したという。

追跡・監視の対象は政府系のスプートニクおよび、RT(ロシア・トゥデー)、ロシア国防省系のテレビ局「ズベズダ」、およびこれらのメディアの各国語版(英語、スペイン語、フランス語、ドイツ語、トルコ語)などの各種メディアであり、これらはロシアの「シャープパワー」戦略の実行役として、かねてより注視されている媒体だ。

そして、文書には、ツイート数や「いいね!」数が多いアカウントや最もよく使われているハッシュタグ、キーフレーズ、最も多くの反響があった記事などが列挙されており、これらのツイッター・アカウントで1月28日から2月3日の間に最も多く使われたハッシュタグが「コロナウイルス」だったということも記されていたという。

なお、調査期間中に最も活発な動きがみられたロシア政府系アカウントは、RTのスペイン語版(1658ツイート)、スプートニクのトルコ語版(1122ツイート)とスプートニクの英語版(1046ツイート)だったとされる。

コロナ危機のターゲットにされたアメリカ

そして、アメリカ国務省でプロパガンダ対策を担うグローバル・エンゲージメント・センターのコーディネーターであるリー・ガブリエル氏は、3月5日の上院外交委員会・小委員会で、新型コロナウイルスに関し、ロシアによる虚偽情報のエコシステムがフル稼働していると述べた。また同センターはロシアによって、「200万件の陰謀論」が拡散されているとも分析している。

実際、中国、イランと同様に、ロシアはアメリカを批判する論調を展開してきた。例えば、RTは新型コロナウイルスを「アメリカによる生物兵器」だと述べ、イランや中国の主張と歩調を合わせた。

また、2月26日には、ロシア自由民主党党首であるウラジーミル・ジリノフスキーが、アメリカが中国での新型コロナウイルスの蔓延の主な原因だと指摘し、「新型コロナウイルスはアメリカによる扇動行為だ」と述べ、「アメリカは中国経済に打ち勝つことはおろか、少なくとも中国と経済的に対等でいられないことを恐れている」とまで主張したのである。

また、ロシアはかねてより、旧ソ連の中では親欧米・反露路線をとるジョージアに対して懲罰的行為を取り続けてきたが、その一環で、アメリカの資金で運営されているジョージアのバイオ研究所である「ルガー研究所」に対する攻撃も行われてきた。

ロシアは同研究所が生物兵器の開発拠点だと主張してきたが、今回の新型コロナウイルス問題においても、その議論を復活させ、同研究所と新型コロナウイルスの関係を喧伝しているという。それにより、アメリカの国際的な信頼をおとしめるだけでなく、ジョージア・アメリカ関係にも亀裂を生じさせる効果が望めるというのだ。

加えて、新型コロナウイルス問題は、サイバー攻撃にも利用されている。例えば、バルト諸国に現地支局を置くメディア5社が、ロシアからと思われるハッキングを受け、「NATO軍の一員としてリトアニアに駐屯している米軍兵士らがコロナ罹患(りかん)との診断を受けた」という虚偽ニュースを掲載することになってしまったのである。

ロシアにとって、旧ソ連のバルト三国に駐留している米軍は深刻な脅威であり、このような危機の際にターゲットにされたということには十分な理由がある。

また、ロシアと厳しい関係にあるウクライナも被害に遭っている。例えば、ロシア連邦軍参謀本部情報部(GRU)傘下のハッキンググループ(2016年に米民主党全国委員会にハッキングした「APT28」や「Fancy Bear」などと呼ばれているグループ)と関連があるとされる「Hades」は、2月半ばに新型ウイルス関連のニュースを含む文書を同国保健省の公衆衛生センターを差出人と詐称する電子メールに添付し、マルウエア・ウイルスを仕込んで送信する標的型電子メール攻撃を行った。

それと同時に、新型ウイルス関係の大量のスパムメールがウクライナ中に送付され、SNSに同ウイルスの感染者が出たというメッセージが拡散されたのだ。さらにそれらを見た人々が、SNSで情報をさらに拡散させ、結果、各地でパニックが起きて、一部では暴動に発展したという。

また、一部の地域では、混乱が続くウクライナ東部からの避難者がウイルスを持ち込んでくるというデマも拡散し、病院が封鎖された例もあったという。

なお、3月4日に、プーチン大統領は国内での新型コロナウイルスの感染拡大について、連邦保安庁の情報として「外国が作ったフェイクニュースだ」と主張している。そして、17日にはモスクワに新型コロナウイルスに関する情報センターが開設され、同日、プーチンが視察した。同センターは内外の情報収集やインターネットでの偽情報拡散を予防するための監視を行うという。

そのような中で、地政学的に深刻な危機が起きた。3月6日の石油輸出国機構(OPEC)プラス会合における協議が決裂したのだ。新型コロナウイルスの影響で世界の経済活動が停滞し、国際エネルギー機関(IEA)は需要の伸びが、前年比マイナスになるという厳しい予測を示している。これは2009年以来のことだ。

このようなタイミングで、2018年以降、原油の需給と価格の安定を支えてきたOPECプラスの協調減産体制が3月末で終了する見通しになったことは、世界に大きな衝撃を与えた。以来、原油価格は安値を更新し続け、世界の株式市場も大混乱に陥っている。

なぜ、OPECプラス会合が決裂したのか。ごく簡単にいえば、ロシアは市場シェアを重視し、協調減産体制の強化には慎重であり、現状維持を主張したのだが、サウジアラビアが即時の危機対応が必要だとし、4月の原油供給量を日量1230万バレルまで引き上げる方針を主張したのだった。

アメリカのシェール・オイルに対抗するために、ロシア・サウジアラビアが協力して決裂を導いたという陰謀説もあるが、恐らくそれは正しくない。ともあれ、結果的に、石油価格は低迷し始めてしまった。

ロシアは石油・天然ガスを豊富に有する資源大国だ。まさにその資源がロシア経済のバックボーンであり、資源頼みの経済運営を続けてきた。そのため、石油・天然ガス価格によって、ロシアの経済状況は大きく左右される。

また、ロシアの場合、石油価格と同国通貨・ルーブルが連動しており、石油価格が下がればルーブル安になるという構造もある。ロシア財務省は、原油価格・為替下落に伴う景気後退は予期していないと発表しており、ロシアにはリスク保証のメカニズムである「安定化基金」も存在しているものの、ロシアで危機感が高まっているのは間違いない。

「安定化基金」は、国家予算赤字補填用の準備基金(予備基金)と将来の投資や年金補填用の国民福祉基金(次世代基金)から成っていたが前者は2017年末までに底をつき、事実上、後者に一元化され、後者が赤字補填にも用いられるように法改正がなされた。

だが、来たる石油価格下落に伴って生じた赤字を国民福祉基金で補填すれば、国民の年金を維持するうえで大きなリスクが生まれる。とくにロシアでは、年金が持つ意味が極めて大きく、それは2018年に年金受給年齢の引き上げが決定されたときの国民の反発と政権の支持率低下からも顕著に見て取れる。つまり、支持率を維持するためには、年金の原資には手をつけづらいというのが実情なのである。

こうして、ロシアは新型コロナ問題と経済という二重の懸念材料を抱えることになってしまったのである。

改憲問題と大統領制

だが、プーチンはそのような「危機」を自身の権力維持のために、したたかに利用してしまった。

ロシアの憲法規定では、大統領職は連続2期までとなっていた。プーチンは、2000〜2008年に2期大統領を務め、憲法規定に基づき、2008〜2012年にはメドヴェージェフに大統領職を譲る一方、自身は首相として影響力を保持し続けた。

そして、その間に、メドヴェージェフは「次期大統領から」大統領任期を4年から6年へと延長する憲法改正を行い、プーチンがその後、12年間大統領として君臨する道を開いた。プーチンは2012年に大統領に返り咲き、2018年に再選されて今に至るが、2024年に任期を全うした後の去就は国内外で大きな関心の的になってきた。

そのような中、今年の1月15日にメドヴェージェフ内閣が総辞職し、同日、プーチンは「憲法改正案」を発表した。その主柱となるのが、大統領の任期を連続2期ではなく、通算2期に変更すること、そして、国家評議会の権限を強化することであった。

大統領任期を通算2期までとすれば、プーチンが使った首相職との往来などで永続的に権力の座に止まる仕組みが今後、使えなくなるため、強権を長期に維持できる人物が生まれにくくなる。

また、国家評議会は大統領が主宰し、政権幹部および各地域の首長らから成る諮問機関で、これまで実質的に権限がなかったが、その権限を強化したうえで、プーチンがその長に就任し、院政を敷くつもりなのではないかと見られたのである。これらの動きから、少なくとも、プーチンが2024年に大統領職を退くことは確実だと考えられた。

5選出馬を可能にする改憲法案が可決

しかし、3月11日に大どんでん返しが起きた。ロシア下院が、憲法改正法案を審議する第3読会(本会議)を開き、プーチンの5選出馬を可能にする改憲法案を可決したのだ。

その前日、10日の第2読会で世界初の女性宇宙飛行士で国民の尊敬の的であるワレンチナ・テレシコワ議員(与党「統一ロシア」)が突然、任期制限を撤廃するか、新憲法の発効時に大統領の過去の任期を「ゼロ」に戻すべきだと提案した。

その提案はプーチンの再任を可能とするものであることは言うまでもない。そして、その提案は、すぐに法案に追加された。

さらに、その第2読会での演説で、プーチンは経済や安全保障上の安定のために「強力な大統領による(権力の)垂直構造が絶対に必要だ」と述べ、それは事実上、5選目への決意表明と受け止められた。新型コロナウイルス問題で社会情勢が不透明化し、経済の不安も大きくなる中、プーチンの発言はポジティブに受け止められた。

改憲案は上下院で承認されると、それはすぐに全85地方議会からも承認された。さらにプーチンも14日に自ら署名し、16日には憲法裁判所が合憲の判断を下すという、異例のスピード審理で必要なプロセスが進められた。今後、4月22日の国民投票に付されるが、賛成となることはまず間違いなく、改憲が成立するだろう。

このような、憲法改正によって過去の任期数をリセットし、元大統領の出馬を可能にするという荒技は、かつて、同じく旧ソ連のアゼルバイジャンが2003年に死去したヘイダル・アリエフの3期目の出馬を合法化するためにとった手法だ(ただし、ヘイダル・アリエフは大統領選挙前に死去)。


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現状では、プーチンが次の大統領選挙に出馬するかは不明であるが、もし、プーチンが5、6期目にも大統領職を務めることになれば、2036年までトップの座に居座ることになる。そのため、反体制派やリベラルメディアなどは、プーチン体制の恒久化を懸念している。

このように、プーチンは新型コロナウイルス問題と石油価格問題という2つの地政学的リスクに直面しながらも、そのピンチをチャンスに変えて、自身の権力体制を維持するシステムを構築してしまった。

このような動きは、自由民主主義国では到底想定できないものであるが、地政学的な感覚を研ぎ澄まし、状況に柔軟に対応してきたプーチンだからこそできたことだともいえるだろう。今後の動きもしっかり注視してゆく必要がありそうだ。

(3月17日脱稿)