「かんぽ」の不適切販売はなぜ起こったのか。過剰なノルマ、自爆営業、偽造、恫喝……。高齢者に群がる郵便局員の実態を、朝日新聞経済部が著書『かんぽ崩壊』でリポートしている。

※本稿は、朝日新聞経済部『かんぽ崩壊』(朝日新書)の一部を再編集したものです。

写真=iStock.com/winhorse
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/winhorse

■「郵便局を信じた母は、だまし取られた」

国の信頼をバックに、人口の2割にあたる約2700万人の顧客を抱えるかんぽ。不正の広がりに、契約者から不安と怒りの声が上がっていた。

「母は郵便局を信頼し、言われるままに契約した。パートで苦労してためたお金をだまし取るような行為だ」。保険を売る郵便局員に、北海道内の50代男性は不信の声を上げた。

近くに住む80代の母がかんぽの保険の乗り換えで不利益を受けたという。2013年12月、局員の勧めで養老保険を途中解約した。死亡保険金が300万円で、保険料が掛け捨てにならない貯蓄性の保険。同じ保険金額の養老保険に乗り換え、保険料は月3万2千円から3万7千円に増えた。

■30万円はなんとか返金させたが……

母は当時から物忘れがひどく、契約の2年後に認知症と診断された。契約の際には80代の父が同席したが、男性ら他の家族に連絡はなかった。「母も父も(定期の)貯金が満期を迎えたと思った。内容を理解せず契約させられた」と男性は振り返った。

認知症の診断後の15年12月、男性が両親の貯金などの蓄えを確認した際に、保険の乗り換えが判明。契約書類に「親族が遠方にいて連絡がとれない」と虚偽の内容が記されていることもわかった。

途中解約によって不利益を被った約30万円分が、何とか返金された。ただ、署名を求められた同意書には「今後、一切異議を申し立てない」「一切の事項を第三者に開示しない」などとも記されていた。

後日、男性が郵便局に再び問い合わせると、担当局員は異動し、トラブルの引き継ぎはなし。「問題が現場でフィードバックされていない。被害者は全国に多くいるはずだ」と憤りをみせた。

■月8万4千円にはね上がった保険料

新潟市の70代男性の自宅には2019年5月下旬、新しい終身保険のパンフレットを手に郵便局員2人が訪れた。

「絶対に有利。今の養老保険から乗り換えませんか」

男性と妻は養老保険に加入し、保険料は月3万円。乗り換えると旧保険は途中解約となるが、保障内容は充実し、保険料も低めと説明された。しかし、資料をよく見ると、月3万円の保険料は月8万4千円にはね上がる内容。それを問うと、局員はばつの悪そうな表情を浮かべた。

写真=『かんぽ崩壊』

男性は結局、年金暮らしで払えないと断ったが、「高額な保険はいらないのに勧誘され、おかしな話。お得と信じてだまされる人がいてもおかしくない」と振り返った。

■抜け道となった「ヒホガエ」の実態

郵便局員が契約者に対して、保険をかける相手(被保険者)を短期間で変えさせる。取材を進めると、そんな手口で販売実績稼ぎをしたとみられる実態もわかった。

「被保(険者)」を変えることから、通称「ヒホガエ」。契約者は変更時の途中解約で少額の返戻金しかもらえない一方で、局員は手当をもらえた。乗り換えを巡っては顧客に不利益を与えたことが問題だったが、ヒホガエは乗り換えにならない抜け道の手法とされた。

複数の郵便局員によると、典型的な手口はこうだ。

図表=『かんぽ崩壊』

ある郵便局では「AB契約からAC契約に変える」と呼んでいた。高齢の母(A)に養老保険などを契約してもらい、保険をかける相手の被保険者は長男(B)とし、保険料は母が支払う。ここまでは通常の流れだが、局員が新契約を取ろうとして、被保険者を次男(C)とする別契約を母に勧めたとする。保険料の負担が増えるなどの理由で断られた場合、長男の分の保険を解約させて次男が被保険者の新契約を結ばせる。

母は旧契約を途中解約するため、積み立てた保険料が違約金で目減りし、受け取れる返戻金が減ってしまう。高齢者らは被保険者などの内容を十分確認せずに契約していた恐れがあり、局員の勧誘に従ったようだった。「契約者の家にお金がない場合、『ヒホガエ』を促していた」と元局員は証言する。

■「ぐるぐる回せば件数を稼げる」

新旧の保険乗り換えの際、被保険者が同じだと局員の営業手当や実績は通常の新契約の半分になる。しかし、被保険者を変えれば新規契約として扱われ、手当も通常通り。東京都内の局員は「ヒホガエで件数を水増しする人が多かった」と打ち明けた。

解約が契約後2年以内の場合などは手当を一部返すルールがあり、ヒホガエは2年後が多かった。「同じ家庭で被保険者をぐるぐると回せば件数を稼げる。高齢者は局員が言うなら間違いないと思ってくれる」。東海地方の局員はそう話した。

ヒホガエが相次いだため、日本郵便は2019年4月、局員の手当ルールを見直した。旧契約から新契約で被保険者が変わっても、契約者が同じだと手当を減らす。ただ、「根本的な体質を改めない限り、ルールの抜け道はいくらでもある」と話す局員もいた。

■「ゆるキャラ」高齢者に群がる郵便局員

「人生は、夢だらけ。」

かんぽ生命がテレビCMで使ったキャッチコピーだ。郵便局の現場取材を進めると、こんな美しい言葉とはほど遠い「隠語」を数多く耳にした。

「ゆるキャラ」「半ぼけ」「甘い客」。郵便局によって違うが、契約を結びやすい一人暮らしの高齢者に対し、こんな呼び方をする局員が一部に存在した。かんぽの新規契約者のほぼ半数は60代以上。高齢者を中心に、郵便局ブランドは絶大な信頼感を持ち続けてきた。

局員に頼まれると断れない顧客は多い。自らの預金通帳を警戒感なく局員に見せる人もいる。ノルマに追われ、販売実績を上げるため、高齢者頼みの契約に走る局員がいて、汚い隠語も定着したようだった。

■狙われた高齢者、コツコツ貯めたお金

70代女性は2018年、息子を被保険者とする養老保険を契約した。同じ保険に加入済みで、7カ月間は保険料が二重払い。預金がわずかなのに、19年も500万円の養老保険を契約し、保険料を全額払い込んだ。

片耳が遠く、補聴器を手放せない。近年は記憶や判断能力が衰えた。息子が保険のことを尋ねても、理解していない様子だった。契約に不審な点があったため、問い合わせると、郵便局員が7月上旬にやってきた。

「(契約は)すべてお母様のご意向です。証書以外ないのもお母様の意向。全部捨てたいと言われていました」

そう言い張る局員の説明に、息子は不信感を高めた。契約当時、自らも局員から連絡を受けたが、深く考えずに同意してしまっていた。「うかつだったが、母ちゃんがコツコツためたお金が食いものにされた」と憤った。

■90代女性1人に、10年間で54契約

かんぽが金融庁へ報告した事案には、耳を疑う事例もあった。東北地方の90代女性は10年間で54件の保険を契約し、すべて解約していた。勧誘に携わった局員は計27人。1人の高齢者をねらい、局員が入れ代わり立ち代わり契約を取ったようだった。

こうした問題が起きる一因には、かんぽのシステムのチェック体制の不備があった。他の民間生命保険会社は、高齢者らが複数の保険を契約すると、本部の担当者が顧客に対して意向確認などをしている。かんぽの保険を扱う郵便局は、そうした取り組みが足りなかった。

顧客への勧誘でトラブルになった際、意向確認書や不利益事項の説明書などに署名があれば、「顧客の意向だった」との販売側の主張もありうる。ただ、勧誘時にうその説明をしたり、重要事項を説明しなかったりすれば、販売を担う局員は、保険業法違反に問われる恐れがあった。

■印鑑50本で営業、「嫌になった」

ある局員の好成績は、50本余りの印鑑に支えられていた。

朝日新聞経済部『かんぽ崩壊』(朝日新聞出版)

保険営業をしていた神奈川県内の60代の元郵便局員の男性は、成績上位の「優績者」だった。現役だった1990年代当時、本来は契約者が書くべき書類の代筆などは、日常茶飯事。様々な名字の印鑑50本ほどが手元にあった。保険をかける相手の被保険者と面談せずに契約することもしばしばあった。「そんなことばかりやっているのが、だんだん嫌になっちゃって」。男性はそう振り返った。

3年ほどの営業担当の間に疑問が高まり、約20年前に退職。その後、外資系の保険会社に転職した。20年前を思い出すような不適切販売について、「そんなことをまだやっていたのかという気持ちと、やっぱりという気持ちの両方ある」と打ち明けた。

■転職先で実感した郵便局ブランド

新たな職場では被保険者と面談しない契約や書類の代筆は厳禁。郵便局から同様に移った営業社員が数十人いたが、局出身者10人ほどがある日、一斉に会議室へ呼ばれた。

「郵便局でやっていた手法は、ここでは非常識ですから」

講師役から受けた言葉を男性は今も覚えている。自分は心を入れ替えて営業に励んでいたが、一部の元局員が不適切に営業していたという。

転職して郵便局のブランド力をしみじみと感じた。局員時代は高齢女性に営業する際、「お母さん」と気軽に話しかけても自然に受け入れられた。しかし、今の外資系の営業マンの立場で同様に声をかければ、「『あなたに、お母さんって呼ばれる筋合いはない』と怒られちゃいますよ」。

男性は古巣に対して「信頼に足るだけの仕事をする組織に生まれ変わってほしい」と話した。

(朝日新聞経済部)